そもそも「遠吠え」とは何なのか
遠吠えというとなんとなくオオカミが崖の上とかで満月に向かってやっているイメージしかない。そもそもどういう意味があるのか。記事「アフリカのことわざを動物の専門家に説明してもらう」でもお世話になった、どうぶつ科学コミュニケーターの大渕希郷さんにお話を伺ってみた。
大渕さん「イヌはオオカミを品種改良したものなので、オオカミの遠吠えを引き継いでいると考えられます。
もちろん、品種改良の歴史の過程で、意味が変わった、あるいは品種ごとに違いはあるかもしれないので、元になったオオカミで回答します。
オオカミは、血縁関係者で構成されるパックという群れを形成します。
遠吠えは、パック同士の縄張り主張、あるいは離れた仲間と連絡を取ったりするのに使われます。
頭数が多くて力のあるパックほど遠吠えが多く、頭数が少なく力の弱いパックではあまりおこなわれないらしいです。」
与太郎はいわば筆者1人と与太郎1頭という零細パックに所属していて、犬ネイティブじゃない筆者とのコミュニケーションでは遠吠えを使わないということなのかもしれない。
廃品回収車へのシンパシー
まずは現状の遠吠えレベルを共有したい。今のところ与太郎が一番反応を見せるのは廃品回収車のアナウンスだ。動画は今年の春頃に取ったものだ。
廃品を集めて何をしているのかサービスの実態は謎だが誰もが一度が聞いたことがあるこの音に与太郎はたびたび共鳴する。遠吠えしたいんだろうな、という感じの何かしらの声を発して廃品回収車へレスポンスを投げている。
パトカーや救急車に対してもクーンという具合に鳴くものの、廃品回収車への熱意は頭一つ抜けているところがある。
まだ聞かせたことのない車の音にはもっと反応したりするのか。はたまたパトカーなどのサイレン系を繰り返し聞かせればうまく鳴くようになるのか。今回はいくつかの乗り物の音を聞かせて反応をみることにする。
なお、この遠吠えチャレンジにあたって、イヌを欲求不満にさせる、仲の悪いよく遠吠えするイヌを聴こえる範囲に配置するようなことでも遠吠えをする可能性はあるが、それは動物倫理(大渕さんが所属されていた京都大学野生動物研究センターの場合はこちら)に反するためすべきではないという話も大渕さんからお聞きした。
与太郎をしっかり観察し、われわれ月餅パック(所属2名)の信頼関係の上で行ったことということご理解いただければと思う。
また、近所迷惑のために遠吠えをさせない訓練も存在するようだが、その点も十分考慮した。
救急車にはエンパシー
まずは比較的聞きなれている救急車からだ。これは初日からいい反応を見せてくれた。
音源:「効果音ラボ - フリー、商用無料、報告不用の効果音素材をダウンロード」
遠吠えというよりも心配をしているような鳴き方である。やはり搬送される人への気持ちが表れているのだろうか。
しかしこれはフリー音源で、実際には誰も傷ついていないので安心してほしい。やさしい子だね。
こんな調子で数日様子を見たが、初日以上の成果は得られなかった。というより鳴き声がちょっとかわいそうな気持ちになるのでやめてしまった。
強気になれるパトカー
次もそこそこ聞きなれているパトカーだ。昼夜問わずよくなっている印象がある。
たまたま鳴ったリアルパトカーに対しての反応はこんな感じだ。
音が鳴るや否や窓辺に行き、耳をそばだてているのがわかる。やはりサイレンというものは犬の何かしらの感覚を刺激するのかもしれない。
ただ遠吠えするとまではいかない。数日様子見ていると、リモートで仕事をしている昼休み中にそれは起こった。
音源:「効果音ラボ - フリー、商用無料、報告不用の効果音素材をダウンロード」
救急車と同じくフリー音源を流したところ、これまでにない反応を見せた!
これは遠吠えといってもいいんじゃないだろうか……!
パトカー出動という物騒な状況に合わせたように怒っている感じのがなりを発したあと、明らかに遠吠えをしている!!
しかしこれ以降パトカーで完成度の高い遠吠えを聞かせてくれることはなかった。回数を重ねれば重ねるほど「ニセモノの音を聞かされている」と気づき始め、体を掻いたり、尻尾を追いかけたり、すぐに飽きてしまうようになった。
ダメ押しの廃品回収車VSライブ感にこだわる犬
ここであきらめちゃいけない。検証前から反応が良かった廃品回収車があるのだから。
だめだ~~~~~~~!!
鳴ってすぐは興味を示したものの、びっくりするスピードで己の尻尾に気移りしている。
なんならちょっと体なんか掻いちゃって興味ない仕草のコンボだ。
もうだめか、と思ったが2日後、寝起きにリアル廃品回収車が来たときに与太郎が窓辺に来た瞬間のものがこれである。
ちゃんと鳴いてる!遠吠えとはちょっと言い難いけど!
一つ目の動画の廃品回収車は前もって録音したものであった。生音とそうでないものが聞き分けられるのかもしれない。ライブ感に反応しているのか。
石焼き芋アレルギー発症の瞬間
生音と録音の違いがわかるらしい、ということは判明したが、では聞いたことない音ならどうか。そもそもの区別がつかないのではないか。
うちの近所には石焼き芋の移動販売車がきたことはない。これならどうだろう。
音源:TAM Music Factory
見たことないところを掻いている。与太郎自身もそんなところかゆくなったことがないのだろう、口で掻いていいのか脚で掻いていいのかわかっていない。
一言も発することなく、体を掻いて終わった。石焼き芋の何がそうさせるのか不明だが、かゆくなる音らしいということはわかったのでもう聞かせないことにします。
おまけ・バニラカー
廃品回収車、石焼き芋屋さんに次いで、乗り物系のアナウンスといえばバニラカーである。
神奈川の住宅街にバニラカーが走るのは見たことがない。与太郎も聞いたことがないはずだ。
与太郎にも都会の喧騒というやつを教えてやろう。音はお届けできないが、聞かせた時の様子である。
聞きなれない音を聞くと右半身がかゆくなる病気でもあるのだろうか。
口の噛み締め具合が物語っているそのかゆさ。
本当にバニラカーのせいなのか因果関係は不明だが、かわいそうだからすぐに止めた。
都会の厳しさを教えるにはまだ早かったようだ。
遠吠え習得への道は厳しい
遠吠えさせようとすればするほど、与太郎の学習意欲は下がり、ついには生音以外にはまったく鳴かなくなってしまった。押せば押すほど離れていく。まるで恋のようだ。
綺麗な遠吠え聞かせてほしかった。しかしその技術を体得するには一週間やそこらでどうにかなるだろうという生半可な気持ちでいてはだめだったのだ。
大渕さんによると、犬がサイレンの周波数に反応するという言説は出ているものの、周波数まで明記されているものはないらしい。ただ、イヌはわずか5ヘルツの際を区別し、リズムのわずかな変化、音の高低にも敏感で、確かにサイレンのような澄んだ高音に惹かれるという文献があるとのこと。
しかし、サイレン音はドップラー効果を伴うため、一概に言えない、ということもあるようだ。生音と録音の音では周波数が異なるため、与太郎の反応が悪かったと考えられる。
大渕さんからは、与太郎の犬種に当たる豆柴は体格が小さく、骨格が発声に関係しているため、そもそも遠吠えをしにくいのかもしれない、との仮説もいただいた。
一方で、豆柴のもとになったと思われる柴犬は、あらゆる犬種の中でも最もオオカミの遺伝子を残している部類に入るらしい(豆柴の研究はデータはない)。
さらに、近所迷惑にならず、与太郎のストレスを誘発しないで遠吠えを引き出せる可能性の高い案として、
・動物園でオオカミの生の遠吠えを聞かせる
・ピアノやハーモニカの生の音を聞かせる
・犬笛を使ってみる
この3つをご助言いただいた。やはり生音がつよそうだ。
今回は締め切りの関係上、残念ながら試すことができなかったが、いつか生のオオカミの声を聞かせてあげたい。
与太郎の名誉のためにも、これまでで一番それらしかった遠吠えを載せておく。
はたらくくるまたちの音をこれからも待っています
今回、大渕さんの話を聞いていて意外だったのが、反応する周波数しかり、犬の遠吠えに関する研究が思っていたより少ない、ということだ。
遠吠えと一口に言っても抑揚などの違いがあり、さまざまな意味を持つと思われる遠吠えのそれぞれの意味を解析した研究結果は、大渕さんの知る限りではまだないとのことである。
生物の遺伝子の働きを調べて医療に生かすといった応用研究は盛んなものの、このような基礎科学に当たるものは日本では特に少ないとのこと。
なんの役に立つの?と言われればそれまでかもしれないが、こうした好奇心が尊重される世の中であってほしいな、と思う。
いつかオオカミにも負けないかっこいい遠吠えを月に向かってする与太郎を見たい。そんな日を夢見て、はたらくくるまたちの音を待つことにする。できれば、廃品回収車の平和な音で。
大渕さんよりおしらせ
■大渕希郷さんウェブサイト
どうぶつ科学コミュニケーター 大渕希郷のホームページ
■オンラインイベント:ぶっちーの生きもの教室zoom講座
動物園、科学館、大学、博物館で働き、いろんな姿かたち、能力を持ったいろんな生き物に関わってきたぶっちー。そんなぶっちーと一緒に、ふしぎな生き物たちのふしぎにせまります。
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