特集 2023年10月24日

開催!オホーツク「痛いカニサミット」

食レポではなく触レポです。

根室でのハナサキガニとの出会いは衝撃的だった。うまくて、痛いのだ。しかし、オホーツクにはまだまだ痛いカニがいるというではないか。そんな痛み自慢のカニが野付半島に集まった。

ほんとうに痛いカニをここで、決めようじゃないか。

1975年神奈川県生まれ。毒ライター。
普段は会社勤めをして生計をたてている。 有毒生物や街歩きが好き。つまり商店街とかが有毒生物で埋め尽くされれば一番ユートピア度が高いのではないだろうか。
最近バレンチノ収集を始めました。(動画インタビュー)

前の記事:根室港が燃えるような赤に染まる、ハナサキガニの祭典「根室かに祭り」

> 個人サイト バレンチノ・エスノグラフィー

野付半島に集まる人、カニ達 

今回は北海道のトゲが痛そうなカニ4種を集めての痛さ比べである。
会場は北海道の標津町からぴょこんと飛び出す野付半島の途中にあり、今や私の標津旅行の拠点となっている民泊「ポンノウシテラス」だ。

すでになにかが始まっている雰囲気。

 私だけでなく、近隣に住む人達も続々と集まっていた。近隣といっても隣家まで車で走っていったんトップ・ギアに入るぐらいの距離があり、だいぶ広範囲なのだがここ標津町で暮らすみなさんである。

サケ取材でおなじみ標津サーモン科学館の西尾さん(左)、「ポンノウシテラス」オーナー和田夫妻(中央)、和田直人さんは以前記事にしたプライベート天文台を持つべらぼうな人である。そして和田さんの呼びかけで集まった標津町の好事家のみなさん。

 ちょうど夕食時、テーブルに料理が並べられる。中央ではオホーツク海で獲れる巨大なカニ達がメインなディッシュとして待機している。

なんか超豪華。一匹小さいな。

紫綬褒章を惜しくも逃しでもしたのかというほどの豪勢さである。ここで「トゲトゲしたカニの痛みを語ろう」という催し、すなはち「オホーツク痛いカニサミット」がとり行われるのだ。

きっかけはイバラガニの存在だった

ハナサキガニを写真ではじめて見た時から「トゲが鋭すぎてすげえ。ドッヂボールでなくてドッヂハナサキガニやったらやばいな」と思っていた。私が標津の人たちとのグループメッセージでふとそんな話をしたところ、まさかの対抗馬が現れた。

サーモン科学館の西尾さんから知らんカニの話がきた。

イバラガニ、なんだそれは。まだ見ぬ痛いカニの存在を知って大事なことに気づいた。カニにはうまいの前に痛いという段階があって、人はそれと向き合うべきだ。痛さを比べ、語らなければならない。

やろうよ、やりましょうよ、「オホーツク痛いカニサミット」を!となり、ポンノウシテラスのオーナー、和田さんが会場を提供してくれたのみならずご近所や知人に声をかけたところ、「マジで何言ってるかわからないけどなんか面白そうなので行きますね」となったのだ。

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痛みの競演に参加する4種のカニ 

参集したカニたちを紹介しよう。
根室からやってきたハナサキガニ、これは昼間に行った根室かに祭りでゲットしたものだ。

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1. ハナサキガニ トゲもそうだけどめっちゃ赤いのがやばいよね。

網走からの刺客、イバラガニ。

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2. イバラガニ まさしくイバラ......

正式には「イバラガニモドキ」という。もっとトゲが長くてするどい「イバラガニ」というのがいるのだが、一般的に「イバラガニ」として流通しているのはこのカニである。漁獲量が少なく幻のカニとも呼ばれているが、さらに今年は不漁らしく、お店に電話したときにたまたま水槽にいたやつを売ってもらった。

おなじく網走からキングオブクラブ、タラバガニもやってきた。

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3. タラバガニ やはり高級感がある。

今回のラインナップでいうと金額は高い順にタラバ>イバラ>ハナサキとなる。サイズによっても違うし一概には言えないが一般的な感覚としてもこんな感じだろう。

そして標津のクリガニがちょこんと盆に乗る。

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4. クリガニ ちっさいな。

一見してハナサキガニの鋭さがものすごい。このカニが一番痛いに違いないという意見が大勢をしめたがイバラガニを支持する人もいる。

タラバガニは大したことない

まずは見た目がそんなに激しくないタラバガニからためしてみよう。ハナサキ・イバラと比べるとほぼ平坦に見えたタラバだが、ちゃんと見てみるとなかなかにトゲトゲしい装甲を持っているのがわかる。手に取るとけっこうな痛みを感じた。

痛い痛い痛い!

「いや、ちゃんと痛いですよ、ちゃんと痛い」
わけがわからない感想が口をついて出る。

隣家に住む漁師生活30年の室谷さんは「まあ、一番痛いのはハナサキだろうな」と予測を立てていた。やはりタラバは(痛みに関しては)取るに足らないようだ。

「ちょっと痛いね、でもやっぱりタラバはたいしたことないよ」

カニの王様タラバガニが「たいしたことないよ」と評価されてしまう世界、痛み道(どう)は甘くないのだ。

味はさすがのキングオブクラブ。いいもん食べてるなという満足感がすごい。

ハナサキガニは激痛が稲妻

続いてハナサキガニを試触(ししょく)する。昼に行った根室かに祭りでゆでガニを剥いたので痛みは経験済みだったが、それより二まわりほどもでかい。このサミットのために、でかいのを選んで買ってきたのだ。

痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い!

タラバガニとは比べ物にならない激痛が稲妻のようにほとばしる。相手はボイルされて動かないというのに攻め手がない。

ハサミをもぎ取ろうと力を入れるとすぐトゲが刺さってくる。まじで痛い。
「根元のトゲのないところを持ってもぎ取るんだよ」

とくにハサミのトゲは見るだけで痛々しく仕上がっている。

これは殺傷能力高いわ。ちょっと湾曲して鉤爪になってるし。
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イバラガニは痛さの質が違う

イバラガニもそうとうトゲだらけだが、ハナサキガニほどの痛みはないのではないか。しかし、そんな単純な話ではなかった。
 

痛い痛い痛い痛い痛い痛い!

たしかにハナサキガニほどするどさはない。しかし、なんというか痛みの質が違うのだ。

痛み比べ。
ふむ......。

神田さんは大学院在学中に期限付きで移住できる「地域おこし協力隊」制度を利用して標津にやって来た。期間終了後も町役場の職員となり標津で暮らしている。今日は和田さんに誘われたがなんだかよくわからないまま参加して、カニの痛みを比べることとなった。

「たしかに、こっち(イバラ)のほうが密度がある感じですね」(神田さん)

痛いのはハナサキなのか、イバラなのか。この議論にまったをかけたのは神田さんだった。「クリガニのここ痛いですよ」

クリガニは横が痛い

痛い痛い、甲羅のサイド部分、小さいながらもなかなかの攻撃力。

「クリガニは味噌とか美味しいよねえ」次々とクリガニを支持する声があがる。

「クリガニはこの中で唯一のカニですからね」(西尾さん)

そう、実は本サミットでサミられている4種のカニのうちクリガニをのぞく3種はカニでなくヤドカリの仲間なのだ。これは初めて知る人もけっこういて「え?ヤドカリなの?宿は?」と驚いていた。

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痛みの解像度が上がった 

結局、どのカニが一番痛いのか、カニを触るシーンで出てきた「痛い」を整理してみよう。
 

そっけないデザインの表でお送りします。

やはり1kg超えのハナサキガニはすごかった。パキッとして、クリアーな痛みが瞬時に走ってきた。対抗のイバラガニの硬質な棍棒で殴りつけられる感じもかなりのものだったが、ハナサキガニのインパクトにはおよばなかった。

参加したみなさんの意見も大半がハナサキガニの痛みを支持するものだった。

イバラガニの痛みを推奨した西尾さんも静かにハナサキガニに挙手していた。

「いや、昔網走で買ったイバラガニはめちゃめちゃ痛かったんですよ!それと、今日のハナサキガニはかなりでかいです(笑)。我々の日常だとスーパーで小さいのを買って鉄砲汁にしたり、根室にでかけた時に大きめのを買うことはありますが、ここまでのはそんなに見かけないですね。」(西尾さん)

イバラガニの痛みを評価する声もあった。

「イバラガニが痛いですね。私は好きでよく食べるんですけど、密度のあるトゲに悩まされてきました。ハナサキは脚の根元のところでトゲが小さく、少なくなるけどイバラはするどいのが根元にもあるから油断ならないんですよね」(和田直人さん)

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足の根元にも協力なトゲを持っているので油断ならない。

「硬さと密度はイバラガニではないでしょうか」(サーモン科学館 仁科さん)

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甲羅だけ見てみるとイバラのほうがはるかに密度が高い。スーパーマリオのトゲゾーみたいになってしまった。

「イバラは殻が硬いから剥く時に力を入れるでしょう、だから痛く感じるんじゃないかしら」といった達見も飛び出した。皆の痛みに対する解像度が、表現力が、確実に上がっている。

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やっぱりハサミが一番

「痛いよねえ」「痛いですよねえ」と言っているばかりではない、それでも人はカニを食べるのだ。このトゲを攻略し、快適にカニをいただく秘策はあるのだろうか。

「歯でいきますね」

プリミティブな手法を提案したのはサーモン科学館の若きホープ、仁科さんだ。地域おこし協力隊で標津へやってきてサーモン科学館に就労、あまりにも相性が良すぎて期間終了後、迷うことなくそのまま就職した。働きながら学芸員の資格を取得した没入と努力の人である。

ここのところを.......。
「前歯でガチッといきます」

少しトゲがささるのでは?と思ったが
「唇でガードします!」というわかったようなわからないような答えが返ってきた。

バキッ!

 車のダッシュボードが割れたような音がしてハサミの殻が開かれ、ぎっしりつまった肉が姿を現した。

「このサイズだとやっぱりハサミ使うのがベストですね」
 

やっぱハサミ最強!
 

ハナサキガニの巨大なはさみに詰まっていた筋肉は抜群の弾力に旨味も濃厚で、会場では「一番おいしい」と評判だったし、痛みながらイバラガニの脚から取り出した肉も艶やかで味わいは極上だった。
カニはやりすぎじゃないのというぐらい鋭いトゲで武装し、身を守る。その痛みを受け止めて、それでもなお、カニを食べた。この痛みのコミュニケーションを通じて、我々は本当のカニの味を知ったのではないだろうか。そんな野付の夏の夜だった。
 

ポンノウシテラスの愛犬茶丸。いい犬小屋だ。
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