薄底、大地に立つ
大地の水没に備えて箱舟的なものを業者に発注しておいたほうがいいんじゃないか、とそわそわするほど雨が降り続いた9月が過ぎ10月がやって来た。
秋晴れのこじんまりしたベンチでコンバースのオールスターを脱いだ。かわりに履くのは旅行先のホテルから持ち帰ってきた使い捨てスリッパである。
外で履こうと手に取ると、とにかく薄いし作りもだいぶ華奢でなんとも頼りない。しかしこのはかなさが、散歩に新しい体験を与えてくれるに違いない。
ルックスは悪くない。ホテルからそのまま出てきてしまった程度の違和感しかない。こういうことを真顔で言ってはいけない。
体重を乗せると、ふつうの靴とは足裏に伝わってくる地面のリアリティが違うのがわかる。
この感動冷めやらぬうちに近隣を歩き回りたい。
ペタペタと軽快な音を立てるスリッパのクッション性のなさは想像を超えており、アスファルトにぶつかって跳ね返されるように歩みを進める。
宇宙飛行士ユーリー・ガガーリンは「地球は青かった」と言ったが私はホテルスリッパ散歩士として「道路は固かった」と言いたい。
そこは地球じゃないの?と言われたら、「うーん、道路っすねえ」と答えるだろう。
踏み味を堪能しよう
ちょっとした高低差でも薄底で踏みしめてみたくなる。この薄底目線(なにそれ)で路上を注視すると、平坦だと思っていた道は実にでこぼこしている。
アスファルトのひびやカケの存在を確かに感じることができる。それだけでなく、あたたかみや硬さとか、さまざまな感触が生成りに近い状態でスリッパを抜け通ってくる。これを総称して「踏み味」と呼ぼう。薄底散歩で見つけたポイントとその踏み味を談じていきたい。
路肩の踏み味
道の端っこの路肩がペイントされていて、よく見ると踏みたいポイント満載だった。
ヒビや剥がれの他によく見られた微地形がタイヤ痕である。
施工して固まる前に車が通ったのかと思ったが、それにしてはたくさんある。夏場の暑さで軟化したところに大型車や関取が乗った車の圧がかかったのだろうか。
さすがにこのくらいになると、こちらから「おし、感じるぞ」と意識して踏みこまないとわからなかった。しかしこの繊細さも得難い踏み味である。
グレーチングの小石も感じる
路肩の外には側溝が走り、グレーチングという格子状のフタがはめられている。ふつうの靴でもかなりハードな踏み味があるが、薄底だと強度が増してマッサージ効果がすごい。
細いグレーチングでは格子に挟まった小石も感じることができた。
マンホールの踏み味
路上で踏みたくなるオブジェクトの代表格といえばマンホールである。薄底を通じてその剛性がしっかりと伝わってくる。
鋳物系では駐車場などと道の段差を解消する段差スロープの踏み味もよい。
「止まれ」の谷
なんせ薄底なので、路面表示のペイントのわずかな盛り上がりも微地形として感じることができる。なかでも素晴らしかったのは「止まれ」だ。「止まれ」には谷があった。
砂利はやめておけ
特にオブジェクトがなくとも道路それ自体が特殊な踏み味を出しているストリートもあった。かなりの粗挽きアスファルトがごつごつしていて、途中から歩くのが苦痛になるほどだった。
さらにやばかったのは砂利で、これはかなり来るのではと踏んでみたが激痛が走った。安易なテイスティングだった。
薄底散歩は砂利にかなり弱いことがわかった。
平坦なものがすごく平坦
さまざまな踏み味を足裏で味わい歩いていると、平滑な場所の踏み味がアップデートすることも貴重な気付きだった。
こんな感じで凸凹をハンティングしている合間に、ツルッとしているコンクリに足を置いてみると、「おお、平坦じゃん」という感動が立ち上がった。

