事前の連絡は入念に
引き継ぎのない夕飯作りの流れはこうだ。
- 一人目 何を作るか決めて食材を調達する
- 二人目 一人目が準備した食材を見て何を作りたいのか推測、調理スタート
- 三人目 二人目が残した作業を引き継いで完成まで持っていく
場所はレンタルキッチンを借りることになったけれど、当然使える時間には制限がある。プロジェクトが破綻して何も出来上がらないまま撤収、ということも起こりうるのだ。それは記事的にも避けたい。なにがしかの形で完走はしなければ。しかも他の人の作業に口を出したり手伝ったりすることは厳禁……。
などと、考え始めると制約が多くて、本当にうまくいくのかしらと心配でたまらなくなった。無責任な振る舞いのためには入念な下準備が必要とは、なんたる矛盾だろう。他人に作業を丸投げする人はよほど豪胆な精神を持っておられるに違いない。あるいは心底どうなってもいいと思っているか。
人を募った結果、一人目を編集部 石川さん、二人目を筆者、三人目はライターの月餅さんが担当することになった。

準備されていたものは?
当日、場所は渋谷のレンタルキッチン。複雑な入室手順に手間取ったけれど、だいたい時間通りの到着だ。
予定通りなら石川さんが食材を用意しておいてくれるはずなのだが。



実質なにも言っていないに等しい書き置きで、企画の趣旨的に非常にマッチしていると言っていいのだけれど、一つだけ大事なことが書かれていた。しかも一番小さい字で。

台の上に載っていたのは唐辛子、にんにく、春雨、ゴマ、そして正体不明の調味料群。
これだけでもすごく貧しい感じのなにかが作れてしまいそうなところが罠である。調理がある程度進んでから冷蔵庫の中の食材の存在に気がついても後の祭りだ。
「これも引き継ぎの一種なのでは?」という気がしないわけではなかったけれど、企画を破綻させまいとする石川さんの編集魂を感じたのでよしとする。


最初に書き置きと食材を見たときに内心「え、これだけ?」と思ってDPZの先行きを不安視したのだけれど、冷蔵庫を開けた時には視界に花が咲き乱れるような気分で、待ち望んだ補給船が到着した時の南極料理人ばりに歓喜した。
乾き物ばかりの食卓に生鮮食品がやってきた。

中でも気を引いたのが、小分けされた正体不明の調味料群だ。

当然、一つずつ中身を確かめるしかあるまい。

小学校か中学校の理科で、「正体不明の薬品を確かめる方法」というのを習ったことがある。ジャガイモの切り口に垂らしてみて紫色になったらヨウ素、とかそういうのである。
鼻を近づけて臭いを嗅ぐとか、ましてや舐めてみるというのは、選択問題の選択肢にあったら真っ先に除外できるバカなやり方なのだが、今回は全部食べ物のはずなので堂々と嗅ぐし、舐める。
正体不明の粉や液体を口に入れる。ありそうでないシチュエーションだ。ちょっとドキドキする。アク抜き用の重曹とかでありませんように。


簡単だった。オーソドックスなものしかなかったからだ。
しかし食材を整理したり調味料を同定したりしている間に、1時間しかない持ち時間の少なからぬ割合を使ってしまった。当然、後任の月餅さんも同じことをすることになるだろう。引き継がないことのなんと非効率なことか。