巨大都市・重慶
まずは「そもそも重慶ってどこにあるんですか?」ってところからはじめたい。重慶は中国の内陸部にある。
飛行機を降り、ホテルまで向かう途中の風景にさっそく圧倒された。
撮影しながら思ったのだ。写真1枚あたりの情報量がおそろしい。
いったい何千人、何万人の人の住まいが写り込んでいるのだろう。想像してみるだけですーーーーっと気が遠くなる。
そんな重慶市は、中国内に4つある「国家直轄市」のひとつ(※ほか3つは北京、上海、天津)。市内の総人口は3000万人以上におよび、なんと北京や上海よりも多い。
春秋航空の機内では、乗員乗客らが突如ラジオ体操を始める…という話をTwitterでみたことがあり、非常に気になっていた。
もしその場に居合わせたら自分も参加してみようか。それともただ静かに見守っていようか。どちらにしようと考えながら、乗員の動きをうきうき見守っていた。
だが残念なことにわたしが乗った便には、そのような展開は一切訪れなかったのである。重慶の旅中で最も無念を感じた出来事である。
火鍋とモノレール
重慶をまだ知らない人に「重慶には何があるの?」と聞かれたとき、真っ先に答えがちなのが「火鍋」だ。重慶の街には火鍋を食べられるお店が多くある。
重慶に行く際はひとり旅だった。火鍋食べたいけど、ひとりで完食するの難しいよなぁ……と思っていたら、火鍋と遠くない味がする一人前の食べ物がそこかしこにあってホクホクした。
それぞれの街に「街のにおい」ってあると思うんだが、重慶の街には麻辣のにおいが立ち込めている。においだけで既に辛い。
「通常時の摂取量の1年分くらいの唐辛子が入ってそうだなぁ」と適当な暗算をしながら、1時間近くかけてゆっくり完食したのも、いまとなっては良き思い出である。
そしてモノレール。重慶の街にはモノレールが走っており、その誕生には、日本も大きく関わっている。
一方、ほとんど見当たらないのが自転車だ。
なぜないのか。重慶の街中を少し歩いてみたら問答無用で納得した。高低差が激しいのである。
上記写真に写る構造物に注目してほしい。
これ、とんでもなく高い位置にあるが道路だ。あまりの現実感のなさに「ひょゃっ」「っひぇ」「ほわぅっ」など、Siriが認識に迷いそうな声を上げてしまいそうになる。
……だがこれは重慶を物語る要素の一部にすぎない。
重慶には、心臓のばくばくが止まらなくなりそうなアップダウンがそこかしこにあるのだ。通称「山城(山の地形を利用して築いた城)」といわれるほどに。
次章からはその詳細を説明したい。
道路の高さに震える
まずはこちらから。高いところに設置された道路である。
出会いは偶然だった。車窓に上の写真のような景色が現れたものだからギョッとしてモノレールを降り、近くまで寄ってみたのだ。
見上げると首の筋肉が震えた。うっかりすると口を半開きにさせたままぽかんとしてしまう。
「肉眼で見ているときの、このスケール感を己の撮影技術で再現するには限界があるのではないのか」と惑った。
どうしたら今感じている興奮をそのまま持ち帰れるんだろう。撮れば撮るほどわからなくなる。現実なのに虚像みたいでくらくらする。なんなんだ。なんなんだこの気持ちは。
〜2年後〜
………………で、もう一度訪れたのである。
なにしろ、もう一回じっくり見たかったのだ。ちなみに最初は2016年、再訪は2018年。道路の見た目に変化はないが、時だけはしっかり2年経過している。
そして今度は幸い道路上方まで登れそうなエスカレーターを発見した。初見時は見落としてたのに。再訪してみるもんである。
階段を登り切ると、さっきまで感じていた異世界感とはうって変わり、道路の高さと自分の高さがぐっと近くなった。
すると周囲の状況が急に飲み込め始めた。うわーーーーー。この道路は、ほんとうにほんとうに現実に存在する道路なんだ!
せっかくなのでそのまま、歩行者が侵入できる場所を歩いてみることにしたところ……
そういえば、身ひとつで大きな橋を渡る機会、東京の暮らしのなかでもそうそうない。橋渡ってるだけなのにカロリー消費が著しい。
街にごく当たり前にある交通インフラが、いちいちジェットコースターのようである。歩いているだけでぞくぞくが止まらない。最高だ。
地上約68メートルに設置された歩道橋に震える
続いて紹介したいのは歩道橋である。
2018年、重慶に行く直前に「すんごい高い場所(地上からの高さ約68メートル)に設置された歩道橋がある」とインターネットに教えてもらった。
27階の歩道橋を渡る勇気ある? 重慶の幻想的な建築に広場出現
重慶市にまた幻想的なビル 1階も27階も広場
なんでも「どの地平線上にいるかわからない感覚になる」という。どういうことなんだ。記事を何回読んでもさっぱり想像できなかったので、もう行くしかないと現地へ向かった。
生憎の雨模様ではあるが目的地周辺に到着した。
………………ってちょっと待ってくれ。おかしい。
ついさっきまでは、地上2階くらいの場所にいたのである。なんでこんなに地上が果てしなく遠いものになっているんだ。
なんでもホテルが崖に沿って建てられたために、このような構造になったのだという。が、理屈を知っても感覚的な理解は追いつかない。
ああ、ほんとうに「どの地平線上にいるかわからない感覚になる」そのものだ。地平線ってなんだっけ。自分の立ち位置が全然わからない(物理的に)。
結局、何度周囲を見回してもわからないままだった。
「重慶は土地の起伏が激しい街である。ゆえに、こういう風景はけして意外なものではない」
……と脳では理解していても、心の理解が追いつかないのだ。とはいえ、自らが望んで混乱するのはなかなか清々しいものである。
※動画も撮影していたので載せときます
長江上空を渡るロープウェイに震える
さて。ここからは乗りものの話をしよう。まずはこちら。重慶を流れる大河、長江の上空を往来するロープウェイ「長江索道」である。
長江はとにかくでかい。さすがアジア最長の川だ。歴史の教科書に出てきたのを記憶している人も多いのではないだろうか。私自身、黄河とセットでひーひー暗記したことをよく覚えている。
……しかし、まさかそのころは本物を見る日がくるとは思ってなかったぞ。未来はわからないから面白い。
山にあるイメージが強いロープウェイだが、巨大都市・重慶では高層マンションの真横をロープウェイが通り過ぎる。そして川を渡る。
かつては「山城空中公共汽車」と呼ばれ、通勤や通学などに使われていたというロープウェイ。公共汽車は日本語だと「バス」である。空中のバス。文字並びだけを見ると、ねこバス並にファンタジーだ。
現在はモノレール網の発達に伴い、公共交通機関としての役目は終えたものの、観光スポットとして人気という。入り口に到着すると、わいわいがやがや沢山の人であふれていた。
空の旅が始まった。ロープウェイはするすると進んでいく。だが、見た目のインパクトほど派手な動きはない。むしろ地味だ。
ゆっくりでも確実に前に向かって進んでいく。
マンション群を過ぎたら、いよいよ長江を渡る。この日の長江は泥色だった。もともと内側がまるで見えない川だが、雨の影響でさらに濁りを増していたように思う。
到着。
……なんだろう。乗り心地の地味さと状況の特異さを脳が同時に処理できなくて、さっきまで長江の上空にいたなんて嘘みたいとひたすら思った。
正直、書いている今も嘘みたいだ。自分のことなのに。実感って、体験すれば間違いなく得られるとも限らないのか。人体の不思議に片足突っ込んだ気分である。
ビルに突っ込むリフトに震える
次にリフトの話をしたい。こちらは一転「乗った実感」がものすごくあった。ありすぎた。
問題のリフトが設置されているのは、重慶の中心部からバスで30分くらい行ったところにある遊園地「美心洋人街」である。
が、ググってみたところ、2018年の洋人街の移転に伴いリフトは撤去され、もう存在しないようだ。まじか。残念きわまりない。
参考記事:さすがは3D都市・重慶……ビルに突っ込んでいくスリル満点観光リフト
もう存在しないならばなおさら、ありし日の姿をインターネットに紡いでおくべきだろう。……というわけで重慶に初めて訪れた2016年時の記録をしたためていく。
まず、このリフトの何がすごいのかといえば、先述したとおり「ビルに突っ込んでいく」スタイルなことだ。
加えて随分と高い場所にある。
とはいえ、せっかく来たからには乗らずにはいられないのが観光客というもの。 意を決して飛び乗った。
4年前の記憶だけど、カメラを持つ手にめちゃくちゃ力を込めていたことをまだ覚えている。なにがなんでも落としたくなかったのだ。
見下ろすと足と地上との間にたっぷり空間があったしな。
高さと見える景色のおかしさにくらくらしながら乗車すること10分弱。先述した「ビルの中に突っ込んでいく」局面がやってきた。
リフトは足先を自由にぷらぷらできる分、空中にいる実感が湧きやすい。だが、実感がわきすぎてお腹いっぱいになる。
失ってみてわかった。地に足をつける(物理的に)ってとんでもなく素敵なことなのである。
深い深い地下鉄の駅に震える
さて次に紹介したいのは、地下深い場所にある地下鉄駅だ。高低差の激しい街・重慶は低さにおいても規格外なんである。
一番深い部分で、地上との距離が約94.5メートルもあるという。
ものすごくざっくりいうと、この駅を大きな穴にして、渋谷マークシティ・イーストのホテル棟(99.67メートル)を埋め込んだら、少しはみ出すくらいの深さである。
イースト……?どのビルなんだかさっぱりだ……という人は、20〜30階建ての建物をざっくり想像してほしい。100メートル走を思い返し、あのくらいの深さってことか!と想像するのでも、いい感じに気が遠くなるのでおすすめだ。
日本を代表する2つの「深い駅」とも比較してみようか。
日本一深い地下鉄駅・大江戸線の六本木駅は、地上からの距離が最大42.3メートル。日本一深い駅・JR上越線の土合駅は、駅舎と下りホームとの標高差が70.7メートルだ。
つまり重慶の紅土地駅は、六本木駅の約2倍深く、土合駅以上にモグラ駅なのである。どんだけの量の土を掘ったんだろう……って想像し始めると果てしないだろう。
いったいモグラが何万匹いたら掘り起こせる深さなんだ。
そんな紅土地駅、ストップウォッチと一緒に歩いてみたところ……
ドラマティックな出来事は特に起こらなかった。だが深いと聞いてやってきた場所が、本当にちゃんと深かったことにホクホクした。
なおわたしが時間を測ったのは6号線の改札から出口までの移動だ。先日ググった際に見つけた記事によると、6号線から10号線に乗り換えをする場合にはプラス3分ほどかかるらしい。
つまり、出口から10号線改札までの移動時間でカップラーメンが2回作れる。いや、電子レンジを活用した時短料理なら一品完成してしまうかもしれない。あさりの酒蒸し、もやしと鶏肉のレンジ蒸しとか。
そう考えるとけっこうな時間である。
追伸1:モノレールは世界最長だし地下も走る
最後に少しモノレールについて触れたい。
重慶の鉄道最大の特徴といえば「モノレールが走っていること」だ。市内を10数本走る軌道交通のうち、モノレールは2号線と3号線。なかでも3号線はモノレール世界一の営業距離をほこる。
基本地上を走っているが、一部区間のみ地下に埋まっている。一方、地下鉄も地上を走る区間がある。そして地下鉄とモノレール、両方が停車する駅も存在する。
するとどうだろう。自分が乗っていた鉄道が何だったのかわからなくなる瞬間が生まれる。地下鉄?モノレール?…どっちだったっけ。
記憶力の良い人なら、そんな現象起こらないのかもしれない。だが筆者のようにぼんやりしている人は周りの景色に影響され、あっさり混乱してしまう。旅先ならなおさらである。
しかしこれが妙に楽しい。癖になる混乱なのだ。
追伸2:観光地化した駅周辺の謎オプション
混乱といえば。マンションを突き抜けるモノレールを鑑賞するために作られたスペースの一部がスケルトンになっているのも混乱だった。
こういうの、どこかの展望施設で見た記憶がある。足もとがスケルトンになっていて真下の世界が覗けるやつ。でも……、なぜここに施してしまったんだ。設計考えた人に問いかけたい気持ちでいっぱいだ。
うっかり視界に入れてしまうと「下には下があるんだよ」という無言の圧を感じ、ぷるぷる震えてしまう。高所恐怖症じゃなくても十二分に恐怖なのである。
……とはいえ、モノレールを見どころはマンションだけにあらずである。いっそ全線全域といってもさしつかえない。
起伏が豊かな重慶の街並みとモノレールはよく似合う。
2020年11月現在、中国への渡航は制限されている。
今年末中国に旅立つ予定の上野の子パンダ・シャンシャンが乗る飛行機も、直行便を希望してはいるものの、経由便になる可能性がゼロではないと先日知った。
大切なパンダがそんな状況なのだ。ごく一般人であるわたしが重慶行き直行便に乗れる日はまだまだ先の話だろう。
禁断症状がでたら、ぱんぱんのカメラロールを繰り返し眺めつつ、次訪れた時の変貌ぶりを楽しみにしたい。ああ、行きたいぞ重慶。
鉄は熱いうちに打とう
正直にいう。この旅行記は、海外旅行に行けなくなってしまった今だから書いた。書くタイミングを完全に逃したからもう書くことはないだろうなーと思っていたのだ。
なんせ重慶を訪れたのは、2016年と2018年。大枠は覚えているものの、細部の記憶がぼんやりなんである。バイアスもかかりがちだ。実際、息を巻いて始めたものの早速つまずいた。思い出せなくって。
そんななか、助けてくれたのは、Googleフォトに保存されていた撮影写真約2000枚だった。
脳内では、せいぜい10dpi(解像度)だった荒い記憶が、写真を見ているうちに120dpiくらいまで息を吹き返した。写真を見返しているうちに、「世界にはこんな一面があるんだなぁ……というかこの光景、わたし肉眼で見たんだったわ」と驚愕し、人ごとのように感激することもあった。文明に感謝したい。
……だがそれでもやっぱり今後は、旅行したら鉄が熱いうちに記事をしたためたいなと思う。多くの人が既に認識して実践しているであろうことに、やっとわたしも気がつけた。