本当にいってよかった、タイ料理が食べられる餃子の王将。王将一筋のオーナーがタイ料理に惚れたからこその店舗なのだ。厨房仕込みのメーさんの明るい日本語もまたよかった。野球部の後輩みたいだ。ファンが多いというのもよくわかる。
内田さんからは「本当に王将でいいの?」、渡辺さんからは「ブログじゃなくて記事なの?」と不思議がられた。確かに王将で友人と飲み食いしただけという記事なのだが、個人的にはとても満足度の取材だった。
取材協力:餃子の王将 稲沢店
愛知県在住の友人から、タイ料理がやたらと充実している餃子の王将があるという話を聞いた。王将は店長の裁量でオリジナルメニューを出す店もあるという話を聞いたことがあるけれど、タイ料理というのは初耳だ。
餃子の王将でタイ料理を、なんだか『ティファニーで朝食を』みたいな話である。組み合わせとは不思議なもので、餃子の王将もタイ料理の店も珍しくないけれど、餃子の王将でタイ料理が食べられると聞くと、そこが愛知だろうと行きたくなってしまった。
友人の話だと、タイ料理が食べられるのは一宮市にある苅安賀店。じゃあお店が空いてそうな1時半くらいに付き合ってよと約束したのだが、予定していた火曜日が定休日だということが前日にわかり、急遽稲沢店という近隣の店へ。
苅安賀店と稲沢店、数ある王将の中で、なぜかこの2店舗だけがタイ料理を出していているらしいのだ。
あれ、本当にここでいいのだろうか。外観からはタイらしさを微塵も感じさせてくれない。よくあるロードサイド型の餃子の王将だ。
埼玉から愛知まで新幹線で来ておいて、普通に餃子を食べて帰ることになったら俺は泣くぞ、声を上げて。
どこかにないかとタイの要素を探しながら入り口のドアをくぐると、そこには日替わり定食の看板が出ていた。
『ナスと肉の甘辛いため』、あれ普通だ。いやこれは右から読んで、さらにめを◎に置き換えて、『◎たい辛甘の肉とスナ』という暗号かもしれない。
ほらタイ料理といえば辛くて甘い味付けだ。スナってなんだ。あ、酢か。『タイ辛甘の肉と酢な』、酸っぱい料理もあるよねー。
暗号でこっそり伝えてくるタイ料理の存在。もしかしたら王将の本社的にタイ料理を許可しておらず、裏メニューとして存在するのかもしれないぞ。
なんていう妄想をしながら入店する。
さてどこに座ろうかと店内を見回す。中央のオープンキッチンを囲うようにカウンター席があり、その周囲に座敷席が並ぶという作り。奥にはテーブル席もあるようだ。
とてもきれいでかなりの広さがあり、他の王将では見たことのないドリンクバーやサラダバーが設置されている。
ただタイ料理が出てくる気配は皆無で、どちらかといえばファミレスっぽく、メニューに目玉焼きハンバーグとかがありそうだ。
適当な座敷席に腰を掛けて、メニューを手に取った瞬間、ホッとして大笑いしてしまった。
いきなりのサワッディー(タイの挨拶)である。
餃子でもラーメンでもなく、トムヤムクンの紹介から始まるメニュー表。これはなにも知らないで普通の王将だと思って来たら、店を間違えたかとびっくりするやつだ。
表紙をめくれば、そこにはトムヤムクンやパッタイ、カオマンガイといったタイ料理がズラリ。もしかしてここは王将の居ぬき物件でやっているタイ料理屋なんじゃないかと怪しむほどの押しまくりである。
これはタイ料理用のメニューではなく、この店の全料理が載ったグランドメニューだ。
そこからページをめくると、やっと国境を越えて王将らしいメニューが登場した。うん、やっぱりここは王将なんだよな。
タイ料理のあるメニューを確認して安心したところで、本日のメンバーの紹介です。
情報を提供してくれた手織り雑貨作家の内田さん(当サイトではネギマフラーを作ったりしている)と、その友人で彫刻家の渡辺さん。
この店の駐車場で初めて会った渡辺さん。内田さん曰く、かなりの人見知りだそうで、私もすぐに人と打ち解けるタイプではないため、ここまでの会話はぎこちない挨拶のみ。
そのため後から判明したのだが、渡辺さんは家がこの近所で子供の頃からここに通っている常連。タイ料理もよく食べているそうだ。なので王将の中のタイを知らないのは私だけ。
この見守られているシチュエーションにニヤニヤしながらメニューを吟味し、タイ料理の中から3人分をセレクトさせてもらった。この胃袋が20代だったら、肉チャーハン単品もつけていたな。
注文時に日本人の女性店員さんに、なんでタイ料理があるのかと直球で聞いてみたところ、「オーナーがタイにいったときに美味しかったからって聞いています。一宮の苅安賀店も同じオーナーですよ」とのことだった。
なるほどー。
注文したタイ料理はどれも美味しかった。タイにはいったことがないし、タイ料理に詳しくもないので、どこまで本格的なのかは判断できないのだが、王将の味をベースにしているためか、どれも舌に馴染むものだった。
タイにいったことがあるという渡辺さんによれば、「タイでは中華料理ばっかり食べていたからなー。この店ではタイ料理をよく食べるんだけど」とのこと。なんでだよ。
それにしてもである。いくらオーナーがタイ料理好きとはいえ、ここは餃子の王将だ。好きというだけで、わざわざタイ料理を出すものなのだろうか。
厨房にはタイ人と思われる方がいて、日本人客と談笑している。あれは何語で話しているんだろう。
そういえばメニューに何か書いてあったなと確認したら、タイ料理のご意見ご感想を店員さんに伝えてもいいシステムのようだ。
これは店員さんと話をするチャンス!
「あのお兄さんとちょっと話をしてみたくない?」、「美味しかったって直接伝えようよ」、「藤岡さんの『、』は伝えなくていいかな」ということで、料理を持ってきてくれた日本人店員さんを通じて、お手すきのタイミングでお話をさせてもらうことにした。
これってあれだ、人生初の『ちょっとシェフに一言伝えたいんだけど、呼んでくれるかな』というやつである。餃子の王将でトレンディドラマごっこだ。
しばらくして我々の席までやってきてくれたのは、店長のメーさんだ。
おお、店長なのか。そりゃタイ料理がメニューのトップに来るわけだ。
玉置:「タイ料理、とてもおいしかったです」
メー:「ありがとうございます!そういっていただけると、本当にうれしいです」
玉置:「日本語、上手ですね」
メー:「いやいやいやいや、読めるけど書けないんですよ。漢字とか全然わからない」
内田:「いやいやって、めちゃめちゃうまいじゃないですか」
玉置:「日本にはいつ来たんですか?」
メー:「11年ぐらい前ですね。オーナーがタイ料理好きなんですよ。大谷さん。ちょっと一緒にタイ料理をやってくれって誘われて」
玉置:「それは日本のタイ料理店に働いている時ですか?」
メー:「タイにいた時です。オーナーさんの奥さんがタイ人で、タイと日本を行ったり来たりしていて」
玉置:「じゃあ向こうで料理人だったときに誘われたんですか!」
メー:「そうっすよ。日本語は全然しゃべれなかったです。今日はオーナーさんが休みですけど、普段は一緒に働いています。店にいる他のコックさんも、タイから誘ったんですよ」
玉置:「すごい、仲間をどんどん呼んでいるんだ」
メー:「まだあと3~4人欲しいかなって。もう忙しい、忙しい」
玉置:「餃子の王将って知ってました?」
メー:「日本に来てから知りました。やべえ、中華とタイ料理をやるのかって。タイにいるときはタイ料理だけだったので。でも今は餃子とかなんでもやりますよ!苅安賀店もタイ人のコックががんばっています」
渡辺:「前に喫茶店だったとこでしょ」
メー:「そうそうそうそう!」
玉置:「タイ料理と中華料理、どっちの注文が多いですか?」
メー:「やっぱりね、まだ中華のほうがでます。やっぱり餃子が有名」
玉置:「餃子の王将ですからね。そのうち『トムヤムクンの王将』にしましょうよ」
メー:「いいですねー」
内田:「でも王将は王将なんだ」
玉置:「ここの味付けとかは本場と同じですか?」
メー:「まあちょっと優しい味。辛過ぎは日本人食べられないかなって。 辛いのはめちゃくちゃ辛いですからね。日本人が一口食べたら、火が出るわ―って言われちゃいますよ。でも本場の味がよければぜひ頼んでください。注文のときにいってくれれば、タイの味で作りますよ!」
玉置:「そうなんですか。じゃあひとつお願いします!」
メー:「パッカパオです。そこまで辛くないですよ。僕が食べるときは丸ごとの唐辛子を入れてもっと辛くします」
玉置:「これは……ヘックション。すみません、辛さが鼻に来ました。匂いがすでに辛いですけど、食べると美味しい辛さです。砂糖も結構入っていますね」
メー:「酸っぱいとか甘いとか辛いがハッキリしているのがタイ料理。これはご飯と一緒に食べるといいですよ。白飯と最高!」
玉置:「どうせだったら、もっといろんなタイ料理も出したくないですか?」
メー:「本当はソムタム(青いパパイヤのサラダ)とかも出したいですねー。でも日本だとまずパパイヤが高い。一玉で三千円とか4千円するんですよ。それを出したら一人前千円とかになっちゃうでしょ。王将では安いものを出したいじゃないですか」
玉置:「なるほど、王将ですからねー」
さてそろそろ帰ろうかというタイミングで、派手なジャージを着た方が我々のテーブルに近づいてきた。
なんとオーナーの大谷さんである。
渡辺:「僕、地元でよく来てるんですけど、もともとは普通の王将でしたよね?」
大谷:「平成3年オープンなので28年目ですね。タイの奥さんをもらう前です。実家が京都で、前の前の王将の社長と家が近所で、両親がコーヒー飲み友達だったこともあり、高校1年でアルバイトを始めたんです」
玉置:「すごい、王将一筋じゃないですか!」
大谷:「そのまま高校卒業後に王将へ入りまして、25歳で社員から店舗オーナーとして独立させていただきました。当時、京都から大阪は店舗数が多く飽和状態。そこで開拓の余地があるからと愛知県を勧められて、この店をオープンしたんです」
玉置:「そこからどういう流れで、王将一筋の男がタイ料理を出すようになったんですか?」
大谷:「王将で使う食材購入の視察でタイに何回か連れて行っていただき、そんな御縁があって、店でタイ料理をやろうかなと考えていました。そのときに知り合ったのが今の家内。タイ語はできない、ぜんぜんです。身振り手振りでアプローチですよ」
玉置:「さすが大谷ジャパン(大谷さんの会社名)」
大谷:「ホテルの従業員だったんですが、初めてチェックインしたときにパスポートを提示したら、誕生日がたまたま一緒だった。そこから遠距離恋愛を3~4年して結婚しました。日本に呼び寄せたんですが、彼女は日本語できない、英語できない、タイ語しかできないですから。苦労は掛けましたけど、楽しかったですね」
大谷:「それでタイ料理はおいしいから、店で売れるんじゃないっていう話をしていて、ただ現地のをそのままやってもダメだろうと。辛すぎるしクセが強すぎるのではと」
玉置:「先程本場の味でいただきましたが、確かに何も知らないで王将に来たファミリーがうっかり食べたら、びっくりする味かも」
大谷「それで日本人の方が食べられるように試行錯誤をして。最初は全然だったのですが、メーさん達のがんばりもあって、だんだんとファンが増えて。今では県外からも来ていただけるようになりました。メーさんはすごいがんばり屋さんなんです。」
玉置:「タイ料理を出していることは王将公認なんですか?」
大谷:「大丈夫です!取材もOK!」
渡辺:「ここの店って大学芋を置いてませんでした?ぼくサツマイモが好きで、あれ好きなんですよ」
大谷:「今もやってますよ。ちょうどできあがる頃ですね」
渡辺:「これこれ、この味。王将といえばタイ料理と大学芋。大阪の王将にいったらどっちもなくて、あれ?ってなりました」
大谷:「それが普通の王将です」
なかなか来る機会のない場所だけど、この店はまた来たい。次は全部のタイ料理を「本場の味で!」と注文しようと思う。
だったら素直にタイ料理屋に行けよという話なのだが、餃子の王将で食べるからこそ、心が躍るのである。
渡辺さんとは、こんどカニでも採りに行こうという約束をした。行こう。
本当にいってよかった、タイ料理が食べられる餃子の王将。王将一筋のオーナーがタイ料理に惚れたからこその店舗なのだ。厨房仕込みのメーさんの明るい日本語もまたよかった。野球部の後輩みたいだ。ファンが多いというのもよくわかる。
内田さんからは「本当に王将でいいの?」、渡辺さんからは「ブログじゃなくて記事なの?」と不思議がられた。確かに王将で友人と飲み食いしただけという記事なのだが、個人的にはとても満足度の取材だった。
取材協力:餃子の王将 稲沢店
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