まとめ
厳冬の中、フユシャクを東京カレンダーのように華麗に演出した、森上信夫さんの最新刊「虫・むし・オンステージ!」が好評発売中。
森上さんの撮影したおもしろくかわいいポージングの昆虫達が、圧倒的なボリュームでところ狭しとパフォーマンスをしまくる、カバーの端っこまで見逃せない写真絵本だ。
森上さんの活動や最新の情報はこちらをチェック
■ 昆虫写真家・森上信夫のときどきブログ
たいがいの虫達が春に備えて卵や幼虫の姿でひそんでいる真冬に活動する蛾がいる。そんな冬の蛾「フユシャク」を厳冬の中、あの自撮り昆虫写真家がムダに映えさせた。
以前、「虫と自撮り」という唯一無二のコンセプトで昆虫愛を暴走させた写真家の森上信夫さんを取材した。
それ以来、森上さんとは虫がわっさわっさ活動する夏〜初秋に「また遊びましょう!」と虫を探して撮影するフィールドワークを予定していたのだがここ数年、約束した日は箱舟を作りたくなるほどの豪雨に見舞われあえなく中止、しびれをきらした森上さんの提案がこれだ。
「もうさ、冬でよくない?」
「冬でいいじゃん」、我々はいつのまにかそこまで追いつめられていたのか。まあ冬なら晴天も多いから安心ですよね、って肝心の虫が全然いないじゃないですか。
「最近昆虫好きの中で人気が高まってきている蛾を見に行きましょう。フユシャクといって冬に活動する蛾です。地味だけどかわいくておもしろいですよ」
冬に活発に、そんなシベリアンハスキーみたいな虫が身近にいるとは。それまで割と暖かめだったのに急に関東を寒波が襲った年末近く、フユシャク探しを敢行した。
――しかし寒いな、なんだってフユシャクはわざわざこんな時期に活動するんですかね。
「冬はほとんどの虫が活動しない、っていう事は彼らを襲う天敵もいなくなりますよね。だからそこを狙っているんじゃないかといわれています」
――あーなるほど、そう言われてみると叡智ですね。すき間昆虫だ。
「お、早速いたぞ、幸先いいな」
森上さんが指差す白壁に、キツネ色のデルタ翼をまとった小さな蛾がとまっていた。
「これはチャバネフユエダシャクのオスです」
――名前長いな、フユシャクでなくてフユエダシャクなんですね。
「フユシャクっていうのはちゃんと言うと冬に活動するシャクガ科の蛾の総称で、日本には35種がいます。冬の中でも種によって活動する時期が違っていて、今よく見られるのがこのチャバネフユエダシャクやクロオビフユナミシャクです」
「これはオスですが、今回のメインターゲットはこのチャバネフユエダシャクのメスです。フユシャク界のアイドルで、白黒のまだら模様とずんぐりした体格から『ホルスタイン』と呼ばれています」
――ホルスタイン?牛の?蛾の愛称がですか?
――なんだこれ!もはや蛾じゃない。
ぱっと見た目に蛾を蛾たらしめてる要素が全然ないですね、端的にいうと羽がない。
「フユシャクの仲間に共通しているのがメスは飛ぶ事ができないってことですね。小さな羽を持つのもいるけど飛べません」
――となると繁殖するにはオスのほうが飛んでくるしかないですね。
「はい。多くは夜行性なので夜になると樹や公園の擬木柵なんかをメスが歩いて登ってフェロモンを出します。そこにオスが飛んで来て交尾をするんです」
日も傾きかけた頃、遊歩道の柵の上にかなり小さい蛾がちょこんとすましていた。どうせ誰もこっちなんか気にしないだろうという体だったがそうはいかない。
「お、日暮れも近くなってぼちぼち出てきたね、これもフユシャクです。クロオビフユナミシャクのメスですね」
――こいつは羽がありますね、がんばればスピッツのように空も飛べそうな気もしますが。
「いや、無理ですね。この羽じゃ貧弱すぎるね」
「これからどんどん活発になってきますよ、といっても地味だけどね」
バーミヤンで腹を満たして夜の部へ突入。15年ぶりくらいに入ったバーミヤンのメニューの進化っぷりに驚いて思わずハイボールを飲んでしまった。
最低気温が-0.7℃、寒波って寒い波と書くもんねそりゃ寒いよねみたいな状況でもひっそりと活動している虫がちらほらいた。
ひたすら無彩色な冬景色の中でビビッドな花を咲かせていたサザンカに上質な毛並みの蛾がやって来た。
「ヤマノモンキリガですね。おそらく今日の取材で唯一の鮮やかな絵でしょう。記事の真ん中くらいにもってきたほうがいいですよ」
――構成のケアまで!
夜の部で最初に見つかったのは夕暮れ時に見たのと同じクロオビフユナミシャクだった。
「向こうにある街灯を入れるともっとインスタ映えするかもしれないね」
――クロオビフユナミシャクのインスタ映え!ニーズがあるのだろうか…
「ストロボで逆光を入れると美しさが引き立ちます」
――すごい!ハッシュタグでいろいろ繋がれそうなやつが撮れましたね。
「カメラからの一方的な光だけよりがぜん立体感のある写真になります。棒つきストロボを使うやり方は僕独自のものでフォームによって名前をつけています。今のはフォアハンド・バックライティング」
――またムダにかっこいい名前ですね......。
そろそろ本命のホルスタインを見つけたい。
「お、こんな寒い時期にマダラカマドウマがいるなあ」
へえーどれどれと柵の下のほうにいたカマドウマをしゃがんで見ていたら柵の横木の下に妙な存在感を持つ虫が隠れていた。
「お、やりましたね。これがホルスタインです。すこしやせ型ですね」
「ここにオスが飛んで来て交尾するわけですが今日は交尾シーンも見たいですね。僕もチャバネフユエダシャクの交尾はまだ撮れてないので」
じゃあここでオスがくるまでずっと待っていようかとも考えたがじっとしているとマジで凍死しそうだし、せっかくなのでもっと探しまわる事にした。
「お、これはアオマツムシが卵を産んだ穴ですよ」
――アオマツムシですか。あんな柔らかそうな虫がごっつい木に穴開けちゃうんですね。
「樹皮をかじり取ってそこにおしりの産卵管を差し込むんですね」
へーアオマツムシすごいね、他にも産卵痕ありますかねと幹を照らしていたら異様な静けさをたたえたホルスタインがじっとしていた。
―—よく見ると脚がすらりと長いですね。
「ちょっと刺激するとこの脚でガンガン歩きはじめるからものすごく撮影しにくくなるんですよ」
「あ!いた!交尾してる!」
突然森上さんが5,6mほど先の桜の木にむかって走り出した。
「驚かせちゃってすいません。チャバネの交尾を見つけたもんで」
――だいぶ早業でしたね。
「オスは羽を立ててメスとつながるんですが光や人の気配を感じると素早く羽を寝かせてメスを守るように覆ってしまうんですね。
だから時間との勝負です。ぱっとセッティングして最初のショットで決めるぐらいの感じで」
――なんかオスの態度かっこいいなあ、あと覗いてる我々がすごく下世話なことしてる感にさいなまされますね。
夜も深まりさらに気温は低下、外から忘年会帰りとおぼしき泥酔した若者の奇声が聞こえる。まるで鵺(ぬえ)のようだ。そろそろ切り上げようかという頃合いに、展望台近くの柵にしがみつくホルスタインの姿があった。
「あ、ここはいい。街の灯りとセットでムダにムーディーなやつが撮れますね」
――しかし街並がずいぶん遠くにあるからだいぶボケちゃいそうですね。
「ここはまた技を使いましょう。まず手前のホルスタインにフォーカスを合わせてシャッターを切り、露光している間にピントリングを回して後景のほうにフォーカスを持っていきます」
「ちょっと違うな〜もう1回」
「あーもうちょい光量欲しいなー」
吹き荒ぶ寒風の中、手動でストロボやピントを操作し、最適露出を得る作業は困難を極める。納得がいくまで調整を続ける森上さんを固唾を飲んで見守る。そしてついに、輝けるワンショットがモニターに映し出された。
「これはだいぶ映えてるでしょう」
――アダルトな恋の始まりの予感がただよいまくりですね!
カブトムシやクワガタなど、いわゆるスター級の昆虫達はあからさまに撮られる事を意識しているようなたたずまいをしている。俺をかっこよく撮れよと背中が語っているのだ。
たいしてこのホルスタインことチャバネフユエダシャクはどうだ。そんな事は1ミリも望んでいない。羽もいらない。
そもそも目立たぬようにわざわざひっそりとした冬の夜というステージを選んだのだ。それは厳しい生存競争に生き残るための叡智にほかならないがしかし、生涯の一大イベントがそれでは、あまりにも寂しすぎる。せめて我々が、まばゆく演出してあげなくてはいかんのではないか。
――まあ、あれですね。押し売りするスタジオアリスみたいなもんですかね。
「ははは、お金もらえないけどね」
寒さと酔っぱらいの奇声はますます激しさを増してきた。満足げな着ぶくれおっさん2人の前でフユシャクは、心底どうでもよさそうだった。
厳冬の中、フユシャクを東京カレンダーのように華麗に演出した、森上信夫さんの最新刊「虫・むし・オンステージ!」が好評発売中。
森上さんの撮影したおもしろくかわいいポージングの昆虫達が、圧倒的なボリュームでところ狭しとパフォーマンスをしまくる、カバーの端っこまで見逃せない写真絵本だ。
森上さんの活動や最新の情報はこちらをチェック
■ 昆虫写真家・森上信夫のときどきブログ
▽デイリーポータルZトップへ | ||
▲デイリーポータルZトップへ | バックナンバーいちらんへ |