化石を買った
何年か前に博物館の売店でモササウルスの歯の化石を買った。たしか3000円くらいだったと思う。
僕は子どもの頃、化石を掘る人になりたかった。考古学とか古生物学とか、そんな難しいことはまだ知らない頃である。ただ単に、世界のどこか渇いた地層から、まだ見ぬ化石を発掘することを夢見ていたのだ。
時は経ち、僕はウェブサイトの編集部に勤務し、おもしろ記事の取材のついでに化石を買う。そのとき少年時代の夢を思い出したかどうかは今となっては覚えていない。
この化石をいったん埋めて、忘れたころに掘り返したら、自分が見つけたみたいな感動があるんじゃないか。子どもの頃の夢を、形はどうあれ叶える時がきたのかもしれない。
というわけで化石を持って近所の砂浜にやってきた。砂浜を選んだのは掘りやすそうだったからである。
砂浜は表面こそ渇いているが、少し掘ると重く冷たい砂に変わった。20センチほど掘って化石を埋める。穴の底の化石に砂をかける瞬間にいままで感じたことのないタイプの罪悪感を感じた。
そんな僕の気持ちを置き去りに、化石はすぐに見えなくなり、砂浜はもとの温かさを取り戻した。
埋めた場所がすぐにわかってしまっては掘り起こした時の感動が薄れると思い、目印を取り払い砂を踏み固め、表面をならした。
化石を埋めた場所はそこだけ色が濃くなっていて(何か埋まっているな)とすぐにわかる状態だった。いまこの場を離れたら、誰かが掘り起こしちゃうかもしれない。
砂浜が渇いて他と見分けがつかなくなるまで、持ってきた昼ごはんを食べて待つことにした。
今日は気温も高く晴れているのですぐに乾くだろう。
照りつける日差しによって、5分もしないうちに砂浜は無言の表情を取り戻した。ただ、ずっと見ていた僕には、どこに化石が埋まっているのかまだ明らかにわかる。
自分の勇気を試すため、いったん家に帰ることにした。
化石を埋めた現場から家まで、歩いて5分程度の距離である。
この往復10分が永遠のように感じられた。
いったん家に帰り猫にごはんをあげ、トイレに行ってすぐにまた出てきた。化石!モササウルスの化石!途中から走った。
10分前に化石を埋めたはずの砂浜は、もう他人みたいな顔をしていた。
もう迷いはない、化石発掘の解禁である。
思っていた場所を掘る。
化石が見つかったらうれしいだろう。そこそこの喜びが予想できていた。
たぶんすぐに見つかっちゃうだろうな。それでもうれしいに違いないのだ。
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