ライターの與座ひかるさんがデイリーポータルZにこんな記事を書いていた。
休日に朝からラーメンを食べ、その後にクラシックのコンサートを聴きに行って、それまで縁のなかった「HUB」に行ってお酒を飲んでいる。未知の行動で一日を埋めることで、気を抜けばいつも通りに過ごして終わってしまいそうな休日が「旅行になる」と與座さんは書いている。
私も與座さんのいう「旅行」を体験してみたい。そこで、この記事をカバーしてみることにした。與座さんはご自身のお住いの近所で未体験なあれこれを探していたので、私もそれにならい、家から近くてよく飲みに行ったりもする大阪の「天満」という町で試してみることにした。
JR大阪環状線の天満駅からスタートしよう。天満と書いて「てんま」と読む。天神橋筋商店街という、すごく長いアーケードの商店街が有名で、その周囲に把握しきれないほどの飲食店がひしめく町。私は天満が大好きで、よく歩き、買い物をしたり飲み食いしたりしている。
つまり、私にとって天満は日常の町なのである。そんな町だからこそ、未体験を探す甲斐があるというもの。
しかし、だ。歩き出すとすぐにいつもの立ち飲み屋に入ってしまいそうになる自分がいる。無意識状態で「スーパー玉出」の缶チューハイを買ってしまいそうになったり。
そんな定番的な動きに逆らうようにして歩いていくわけだが、未体験を探すのが結構難しいことにすぐ気づいた。未体験ってたとえば、ボクシングジムにいきなり入会するようなことだろうか。生け花を習うとか……いや、そんな気持ちで始めたのでは相手に迷惑がかかるか。
違う。今回探したいのはもう少しだけ身近な未体験だ。その加減がなかなかに難しい。難しいなーと思いながら、ただただ商店街を歩いていく。「すき家」だったら私はいつも「キムチ牛丼」を食べるのだが、今日は未体験の「わさび山かけ牛丼」を……とか、そういうことじゃないんだよな。
とにかくまずは何か食べよう。與座さんが朝ラーメンを食べて未体験の一日をスタートしていたように、なんでもいいから未体験なものを。
そんなことを考えていたら「宇奈とと」という店の赤に視線が引き寄せられ、さらにその店の前の「ひつまぶし」という文字列がグーンと迫ってくるように感じた。
「ひつまぶし」は、人にとってはめちゃくちゃ当たり前の食べ物かもしれない。しかし、私にとってはずっと食べずに過ごしてきてしまった料理の一つである。またそもそも、うなぎ屋さんに昼から一人でふらっと入るということからして未体験なのであった。
「名物ひつまぶし 1,100円(税込)」と外に掲示されているのだから料金面で心配することない。とはいえ、昼からうなぎだ。ドキドキだ。お店に入って「ひつまぶしをお願いします!」と言ったらうな丼とダシの入った鉄瓶と薬味が運ばれてきた。
そもそも、「宇奈とと」のうな丼がいきなり美味しいではないか。うなぎというと滅多に食べられないものと決め込んでしまっていたが、このようなお手頃な値段で美味しく食べられるのだな。そしてダシをかけたらこれがまた、美味しい!というか、ダシそのものがもう美味しい!
なるほど、普通にうな丼として食べて、ちょっとよけた一口をひつまぶしにして食べたり、行ったり来たりしながら楽しむこともできるのか。勉強になった。
不思議なもので、ひつまぶしを食べたら心に余裕が生まれ、未体験なものがどんどん視界に入ってくるようになった気がする。たとえば「宇奈とと」からそんなに遠くない場所にある「天満天神繁昌亭」は、上方落語の寄席小屋で、今まで前を通ったことは何度もあるのに一度も見に行ったことがなかった。
入ってみようと思ってチケット販売窓口に近づいてみると、私が入ろうとしたタイミングが昼の部の「仲入り」という、折り返しの休憩タイムだったようで、割安な価格でチケットを売っているようだった。
チケットを買って入ってみると、気分がパッと華やぐようなきれいな寄席で、「いきなりこんな贅沢していいんだろうか」と思った。さっきまで、今日の自分が落語を聞くなんて思いもよらなかった。
公演中の写真は撮れないのでここからは私の回想になるのだが、上方落語の言葉の響きが私にとってはずっと気持ちよく、そして、終始笑えた。上方落語、もっとちゃんと聞かなければいけないな。桂佐ん吉さんという方の「犬の目」っていうネタなんて、藪医者が患者の目玉をくり抜いて、犬の目と取り替えるっていう、言葉にしたら「それOKなの!?」という内容なのだが、これがもう、すごいのだ。
あと、昼席のトリの笑福亭松枝さんがやった「一人酒盛」というネタ、途中からずーっと気持ちよさそうに酒を飲む描写が続き、もちろんそれは顔と手の動きでそう演じているだけなのだが、その美味しそうなこと……。もう一度見返しながら酒を飲みたい。
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