いつか買うときのために
こりゃぁもう閉じ込められても安心だ、と、最新のエレベーター事情に感心したものの、まだまだ世の中には年代物のエレベーターが多数存在し、エンジニアは全部直せるように腕を磨く必要があるそう。まだまだ世代交代には時間がかかる。大変だ。
とりあえず将来エレベーターを買うことになったら、またここに来ようと思います。

取材協力:三菱電機ビルテクノサービス株式会社
エレベーターが止まったらどうなるんだろう。
いや、考えたくない。できることならそんなことは起きてほしくない。だが悪い想像をすると止まらなくなる。狭いよ暗いよ怖いよ的なことになるんじゃないか。
というわけで、実際に閉じ込められてきました。
きっかけはエレベーターの中にある「非常ボタン」だ。以前、あれをうっかり押してしまったことがあるのだ。
何度も乗っているエレベーターだったので、流れるような動作で階のボタン→扉を閉めるボタンを押そうとした。
が、なぜかもっと上にある非常ボタンを押していた。なんのためらいもなかった。指の車幅感覚みたいなのが狂っていた。
すかさずスピーカーから「どうしました?」と男性の声がした。
超ビックリした。慌てて「間違えました!」と謝って事なきを得る。間違えて110番を通報してしまったかのような罪悪感があった。ちょっとしゅんとした。
それにしても「どうしました?」の声の主は誰なんだろう。あれだろうか、やっぱり巨大な司令室みたいなのがあって、ヘッドセットをしたオペレーターにつながるんだろうか。実際、閉じ込められたりしたらどうなるんだろう。
エレベーターといえば、去年エレベーター渋滞について三菱電機さんに話を聞きに行ったことがある。もう一回エレベーターの話を聞くのってありなんですかね……と恐る恐る問い合わせてみたところ、光の速さで快諾いただいた。
さっそく「エレベーター内の非常ボタンを押したらどうなるんですか?」と聞いてみる。
小金沢さん 非常ボタンを押すと、建物に設置されたインターホンが鳴ります。インターホンに出ると、カゴの中と会話ができるんです。
インターホンがある場所は建物によって違いますね。管理室があるなら管理室のなかに、管理室が無ければ1階のエレベーター付近に設置されています。
じゃぁ僕がうっかり非常ボタンを押したときに「どうしました?」って言ったのは、ビルの管理人さん……?
小金沢さん すぐにインターホンに出られたのであればそうですね。
なんだ、ビルの管理人さんなんじゃないか……。ちょっと拍子抜けではあるが、もちろん間違えて押すのはダメだし、イタズラなんて論外だ。ボーッとして押してごめんなさい。
じゃぁ、実際にエレベーターがなんらかの事情で止まっちゃったらどうなるのかである。管理人さんにつながったところで「困っちゃいましたね」以上の進展はないのではないか。
小金沢さん 1996年以降の保守契約では遠隔点検機能付きが主流になっています。運行状況や故障の有無など、現在の状況を私たちで把握できるようになっているんです。
点検装置は24時間365日、エレベーターの状態を監視している。なので、「いつもより扉の開け閉めが遅い」「エレベーターとフロアの間に段差ができている」というのもわかっちゃう。
点検装置が「なんかいつもと違うな……」と感じたら、自動的に情報センターに通報されるようになっているそう。「故障するかも」の段階で教えてくれるのだ。
小金沢さん 通報を受けるとエンジニアが現地に向かうんですが、故障の程度によっては遠隔でエレベーターを動かして安全を確認し、そのまま復旧まで持っていくこともありますね。
そう、この装置、監視のみならず遠隔でエレベーターを動かすこともできる。なんなら「遠隔診断」というメニューまである。
小金沢さん 通常運行と異なる状態を意図的に作り出して、エレベーターの診断を行うものです。例えばブレーキの診断では、満員時の2倍のトルク(圧力)をかけたり、両側にあるブレーキを片側のみにしたりして、ブレーキの効きを見ます。
遠隔診断は誰もいない深夜に行うんだそうだ。夜中にエレベーターがひとりでに動いていたらびっくりするだろう。でもそれは心霊の仕業ではなく遠隔診断だ。オカルトじゃなくてテクノロジーである。
故障を未然に防ぐのはわかった。いやでも、そうはいっても世の中なにが起こるかわからない。明日、自分が乗ったエレベーターが止まったらどうなるのかですよ。怖くないですか。
では実際に閉じ込められてみますか、と案内されたのは、三菱電機ビルテクノサービス内にあるショールーム「M’s station」。である。
なんと、館長の福地さんが直々にご案内くださった。なにからなにまで手厚すぎて恐縮がいよいよ高まる。
このエレベーターはあくまで遠隔操作のデモ用で、上下に動くことはない。
でも、LED表示はどんどん上の階に上っていくし、耳を澄ますと「ブーン……」という音も鳴っている。
ドアの外の景色は変わらないのに、うっすらとGまで感じるから不思議だ。人間の感覚って当てにならない。まだあると思っていた財布の中身が、月末には無くなっていたりしますしね。
やがて音声アナウンスから「まもなくお客様がエレベーターに閉じ込められた状態になります」と丁寧にお断りが入る。「しばらくお待ちください」という音声と共にピロン!ピロン!と警告音が鳴った。
……閉じ込められた!
地震が起きるとこうやって止まるんですか、と聞いてみると、「今回のデモは地震ではなく別の故障を想定したものですね」とのこと。
「別の故障」
別の故障って、悪い想像をすると止まらなくなる。だってエレベーターって、床の下は暗く深い穴が何メートルも続いているわけじゃないですか……。そこにこう……あれがこうなったら……ねぇ……。
……と、仄暗い穴の底に震え上がっていたら、さっきまでゆるいクイズが流れていたモニタに人の姿が映った。
監視装置から自動的に通報がいき、情報センターとつながったのだ。こちらの映像も監視カメラを通じて情報センターに届いている(今回はデモなので、本物の情報センターではなくてショールーム内から接続)
「エレベーター内は安全ですので落ち着いてお待ちくださいませ」と声をかけられ、「これより遠隔により救出運転を行いますので、ドアから離れてお待ちください」と案内がある。
顔が見えると安心する。エレベーター内のモニタに、こんな使い方があったのか。
遠隔で何らかの操作があったのか、「救出運転を開始します」という音声アナウンスが入る。ピピピピピピという警告音と共に、エレベーターは最寄り階に着いた。実際はこのあとエンジニアが駆けつけて、原因を調査することになるという。
さっき「最寄り階に着いた」って言っちゃったけど、本当はエレベーターは動いていない。なぜならデモだから。
しかしデモとはいえ、「狭い空間に閉じ込められる」という非日常のシチュエーションは、やっぱりハラハラしたのだった。
さっきの「閉じ込め」はデモだったが、実際に有事が起きた際は情報センターにいるオペレーターと話すことになる。
その「情報センター」、実はショールームと同じ建物内にある。
非常ボタンを押したらこういうところにつながると思ってた、その光景が目の前に広がって興奮する。あまり大きい声は出せないので、ほぉぉぉと息を吐く。
情報センターは全国に8箇所あり、24時間体制で対応にあたっている。対象となるエレベーターは全国25万台。1日に東京情報センターだけで2000件もの問合せがあるそう。
正面の地図には今日エンジニアが赴く予定の現場がポイントされており、さらに左下の地図には気象情報が出ている。天気って関係あるんですか?
小金沢さん 大雨になると、エレベーターが冠水したり、雨風が吹き込んでボタンから水が入り込む危険性があるんです。大雨や台風の予報が出たときは、お客様に「一番上の階でエレベーターを止めてください」とお願いすることもあります。
最新の保守契約では、お客様自身がWebを使ってエレベーターを上の階に止める機能も提供しています。
エンジニアは全国に6000人おり、異常があったらすぐに駆けつけられるよう、位置情報を常に把握している。
「いま丸の内にこれくらいエンジニアがいます」と地図を見せていただくと、想像以上に多くの人があちこちにいて驚いた。丸の内、エレベーターだらけですもんね……。
小金沢さん こちらには契約内容やビルの入館方法、エレベーターの作業履歴などが全て記録されています。「犬がいるので注意」という情報もあるんですよ(笑)担当エリア外でも作業する場面もありますので、こうして情報を共有しています。
普段何気なく乗っているエレベーターの裏側に、こんなに見守っている人がいるとは。
安心感からここで記事を終えてもいいのだが、先ほどのショールームが大変充実していたので、ここからダイジェストでお伝えしよう。
このショールーム、エレベーターやビル設備の商談のある人が訪れる場所であり、「今度の休みに家族連れで行ってみよう」みたいなところじゃない。でも子どもも興奮するだろうなぁ、というポイントがいくつもあった。
ちなみにエレベーターのロープは実は消耗するものなんだそうだ。よく使われるエレベーターほど消耗が激しくなるため、同じビルにあるエレベーターでも部品交換のサイクルが変わるそう。案内されながら「へー!」ばかり言ってしまう。
こりゃぁもう閉じ込められても安心だ、と、最新のエレベーター事情に感心したものの、まだまだ世の中には年代物のエレベーターが多数存在し、エンジニアは全部直せるように腕を磨く必要があるそう。まだまだ世代交代には時間がかかる。大変だ。
とりあえず将来エレベーターを買うことになったら、またここに来ようと思います。
取材協力:三菱電機ビルテクノサービス株式会社
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