先月も行った大和上市駅へまた向かう
山奥の人気ラーメン店「ラーメン河」を取材するために、2024年2月に大和上市駅まで電車に乗っていった。大和上市駅は奈良県吉野郡にある。私が住む大阪市内から電車を乗り継いで2時間弱はかかる距離だ。
大和上市駅からその「ラーメン河」までは車で15分ほど。その時は取材に同行してくれたカメラマンの方が割と近くに住んでいて、車を出してくれた。お店のラーメンは素晴らしく美味しく、取材もなんとかうまくいった。
その帰り、大和上市駅まで送り届けてもらって電車を待つ間、少しだけ周囲を散策した時に、なんとも雰囲気のいい食堂が2軒、近い距離に並んでいるのを見かけた。
「いつかあの店に入ってみたい」と思ってその日は帰路につき、少し経ってから意を決して行ってみたら2軒とも閉まっていた……!という顛末は前に記事にさせてもらった。
あてが外れたが、それはそれで、一駅先の吉野駅(桜の名所で、春はすごく混雑する)まで行って、現存する日本最古のロープウェイに乗ったりして楽しい旅になった。
とはいえ、結局あの食堂に行けていないという厳然たる事実は残っている。「またいつか行こう。その時こそ開いていたらいいな」と思ってその後の毎日を過ごしていたが、「いや、ここでまたすぐ行くのが、なんかちょっと、いいんじゃないか!」と考えたのだった。
友人にそんな話をしたら、少し呆れたように「事前に営業日を確認したらいいんじゃないですか?」と言われた。親切な友人がいて私は幸せだが、そういうことではない。2時間かけて電車で行ってみて「あ、やってる!」と感激したいのである。そこで、今回も、一応ネットで見つかる定休日だけは避け、平日のある日、出かけてみることにした。
吉野川を眺めながら電車で行く
大阪方面から大和上市駅へは近鉄吉野線という電車に乗って行くことができる。大阪市内からだと、大阪阿部野橋という駅から特急電車に乗っていくのが一番楽である。前回は「青の交響曲」という、運行本数の限られた豪華な観光特急電車に乗って行って、優雅な気分だった。
しかし、今回はタイミングが合わず、急行と普通電車を乗り継いで大和上市駅を目指した。ちょっと味気なくも感じるが、節約にはなる。車内では吉田健一の『汽車旅の酒』という文庫本を読んだ。
吉田健一は列車に乗って旅をしながら、酒をめちゃくちゃ飲んでいる。むしろその移動中のお酒こそが楽しみだというようなことを書いていて、親近感をおぼえた。
“旅行をする時は、気が付いて見たら汽車に乗っていたという風でありたいものである。今度旅行に出掛けたらどうしようとか、後何日すればどこに行けるとかいう期待や計画は止むを得ない程度だけにして置かないと、折角、旅行しているのにその気分を崩し、無駄な手間を取らせる。”
などと書いてあって、今の自分も勢いだけで電車に乗っているな、と、吉田健一と会話しているような気分になった。しかし、乗った電車は全席指定の特急電車ではなく、横に長いシートが向き合った急行電車なので、ここではお酒は我慢だ。
前回の記事を書いた後、ライターのヨッピーさんが反応してくださって驚いた。
うおおお!!吉野だ!!吉野!!!
— ヨッピー (@yoppymodel) August 13, 2024
ひかり食堂は太巻きが抜群に美味いよ!!!!!
今度僕に案内させて欲しい!!
半年前に駅前で見かけた食堂がどうしても気になるのでまた行った https://t.co/faOIKR9kWy
ヨッピーさんのおじいさん、おばあさんの家が奈良の吉野エリアにあって、ヨッピーさんは子どもの頃からこの地域が大好きらしいのだ。今回、改めて大和上市に行ってみることをお伝えしたところ、ヨッピーさんから近辺のおすすめスポット情報をたくさん教えていただいた。心強いことである。これでもしまた食堂が休みだったとしても、なんとかなりそうだ。
大和上市駅についた、さて、どうだろう!
正午過ぎ、無事、大和上市駅に到着した。静かなホームも、自分にとってはもはやお馴染みの風景という気がしてきている。
ICカードで運賃を支払って改札を出て、まずは深呼吸。食堂の並ぶ一角まではそこからすぐだ。つまり、営業しているか、していないか、結果はもうわかってしまう。さあ、どうだどうだ!
そしてそして、そこから数軒となりの「だるまや」は……
やった。やったよ!どっちもやってるよ!心の底からうれしい。2軒の軒先にのれんがかかっている、この景色が見たくてここに来たのだ。
えーと、さて、どうしよう。私の勝手な想像上のコースでは、お昼ごはんをどっちかで食べて、夕方、お腹がすくまで辺りを散策し、もう一軒の方で夕飯を食べてから帰路につく。そんな風にできたら最高だなと考えていた。
しかし、2軒のお店とも、遅い時間まで営業しているものなのかはわからない。もしかしたらお昼の営業だけかもしれない。そこで「ひかり食堂」のドアを開け、「今日は何時まで営業していますか?」とたずねてみた。
すると、「遅くても16時頃には閉めますー!」とお店の方が教えてくれた。「わかりました!遅くならないうちにまた来ます!」と言ってドアを閉めた。うむ、思ったより早い。しかもお店の方の口調からするに、場合によってはもっと早めに閉めるかもという感じだ。どうしよう……と考えながら、私は勢いで「だるまや」の方へ入ってしまった。
お昼時ということもあっていくつかあるテーブル席は埋まってしまっていたが、「こっち、ええよ」と、常連さんらしい方が相席をすすめてくれた。ありがたく座らせていただく。外観から感じていた通りの、なんとも落ち着く雰囲気のお店だ。
壁に貼られた短冊メニューを眺め、650円の「中華そば」を注文する。700円のカレーも美味しそうだなー!目の前の常連さんは焼酎を飲んでいて、他のテーブルでビールを飲んでいる方もいる。私もお酒を飲もうかなと思うが、少し迷っていた。というのも、ヨッピーさんがすすめてくれたスポットの中に、駅前の観光案内所で電動自転車を借りたら行ける距離にあるところが結構あって、それもいいなと思っていたのだ。
前回、大和上市駅前にある観光案内書でスタッフの方に周辺のスポットについて教えてもらった時も、徒歩で行くにはどこも難しい距離感であることは聞いていた。自転車に乗るとなれば、酒は飲めないしな……うーん、と考えているうちに中華そばが運ばれてきた。
和風だし感のある醤油味のスープに、ごま油の香りが強めに効いている。キャベツ、にんじん、もやし、豚バラ、小ネギが具材で、麺は優しいやわらかさ。ちゃんぽんのようなストレートで太めの麺だ。
周りのお客さんはみんな近くにお住まいの方らしく、「〇〇さんの息子さん、〇〇さんのとこで頑張ってるらしいわ」とか、病気をされたお仲間のこととか、そんな話が聞こえてくる。「いいなー。この会話を聞きながら、少しゆっくり飲んでいきたい」と、そんなことを考えながら中華そばを食べ終えて私は思った。「この感じなら、まだ食える!」と。
もう一軒の「ひかり食堂」へとハシゴ
「だるまや」さんでの食事を終え、私はすぐに「ひかり食堂」へと向かった。なんせこの2軒の食堂に入ってみたくて大和上市に来たのだ。開いているうちに行っておこう。
テーブル席がいくつかあって、奥に小上がりの座敷席があって、こちらもまた、いきなり居心地がいい。
テーブル席、入口側に向かって座って、ドアの外の明るさを眺めていたら「これはやっぱり、どうしたって瓶ビールだな」と思った。
ヨッピーさんから、この店の巻き寿司が美味しいと教わっていた。お寿司が人気のお店で、この日も、1200円のお寿司の「盛合わせ」はもう売り切れてしまっているのだとか。となると、絶対に巻き寿司は食べるとして……壁を見ると、中華そばが美味しいと、SNSに投稿された感想が貼ってあって「ええい!」とそれも注文してしまった。ビールを飲みつつ、迷惑にならない程度にゆっくり過ごさせてもらおう。
高野豆腐、玉子焼き、かんぴょうと青菜が具材の巻き寿司。しみじみと美味しい。
また、中華そばが美味しいのだ。鶏ガラのダシが効いていて、でも後味はさっぱりしていて、毎日でも食べられる味だなと思う。
「男はつらいよ」のロケ地になった話を聞く
お店の方が「遠くから来てくれはったんですか?」と話しかけてくださり、「実は前にこの食堂を目指して来たことがありまして……」と、それがきっかけで、今ここにいる経緯をお話しした。そこから少し会話が続き、創業80年近くなるこのお店の近くで、かつて、山田洋次監督の映画『男はつらいよ』シリーズの39作目、『男はつらいよ 寅次郎物語』のロケが行われたという話を聞かせてもらった。
撮影があったのは37年ほど前だという。ロケ地めぐりをしている寅さんファンもよく大和上市に来るのだとか。
――あの駅前でロケをしてたんですか。
そうそう、昨日かってそんなゆうて来はった人いたよ
――へー!そうなんですか!知らなかった
でね、この写真もボロボロになってしまったけど、みんな見に来てくれるの
――これはすごい。秋吉久美子さん
秋吉久美子さんが私の服を着て帰りはってん。寒かってん(笑)ここの2階でね
――えー!優しい
その頃は駅前に売店もあったし、今みたいなロータリーやなくて
この記事はね、その後に婦人会で写真展をしてね
この辺りも、20軒ほど店ありましてん
――賑やかだったんですね。映画、見てみます
と、聞いた話を思い出しながら今パソコンに向かって原稿を書いていて、『男はつらいよ 寅次郎物語』と検索したら、私が入っているサブスクサービスにもその作品がアップされていて、すぐ見ることができた(便利すぎる時代で怖い)。
本編を最初から見ずにその場面だけひとまず見るという行儀の悪さで申し訳ないのだが、映画の開始から1時間14分10秒経ったあたりに大和上市駅が映る。秋吉久美子が寅さんと子どもが乗った電車をホームで見送り、駅前から車に乗ってどこかへ帰る。そのシーンに「ひかり食堂」の看板が映り、賑やかだった当時の駅前の雰囲気もちょっとわかって、時の隔たりに、なぜか泣きそうになってしまった。よかったら見てみてください。