日焼けをしていた
その日の夜、日焼けをしているのにも気が付いた。服を乾かしただけなのに体に跡が残った。徒労が目に見える形で現れて愉快だなと思った。
洗濯物を干すのは気持ちがいい。いい匂いがするし、日に当てて乾かしてふっくらさせるという手順自体が素敵だ。
せっかく好きな作業なのだから、好きな場所でやりたい。
「好きな場所で洗濯物干したい」と編集担当の橋田さんに説明してからしばらく経っていた。ずっと天気が悪い。
部屋干しはそんなに楽しくないし、自宅でしかできない。
そう思っていたある日の朝、予報は曇りだったけど空が明るいなと思っていたら橋田さんから「今日めっちゃ天気よくないですか!?」と連絡が来た。
こちらはそこまで日が差していないが、調べたら昼から晴れ間があるらしい。そして翌日はまた雨。
今日だ、今日やるしかない。
洗濯物は本来すぐに干さないと雑菌が繁殖して臭くなってしまう。調べるとリミットは1時間というサイトが多かったが、あくまで目安だ。早ければ早いほどいい。急いで干そう。
ここにシャツとズボンを干す。
レジャーシートと飲み物と本を持ってきたので、乾くまでのんびりしよう。
河原でのんびりするのが好きなのだ。景色が広くて川がシークバーみたいにゆっくり流れていて。
今日は、中でも人通りが少なくて見晴らしのいい場所に来た。好きな場所なのだ。
そんな場所でゆっくり洗濯物が乾いていく。最高のシチュエーションだと思った。
地面に付いたが、汚れなかったのでセーフとした。
風が強いのだ。空模様ばかり気にして、その下に吹く風のことを考えていなかった。
この世界では、静止させた物が次の瞬間も静止しているとは限らないのだ。風が吹くから。
なぜ学ばないんだろう。外で撮影をする時、物が風で倒れたり飛んだりして毎回新鮮に驚いている。
どうしようかなと思っていたら橋田さんから連絡が来た。
まさに今、僕はマイクスタンドから離れられなくなっている。
しかしそんなこと報告したら心配させてしまう。担当しているライターから「これから数時間、マイクスタンドをおさえながらじっとしています!」と返事が来たらライター本人のことも、その結果できあがる記事のことも心配だろう。
別の干し方を考えなくてはいけない。マイクスタンドを支えながら辺りを見回した。
階段の手すり ・・ 低いので服が地面に付いちゃう
自転車 ・・ 自転車の汚れが服に付いちゃう
木 ・・ 意外とハンガーが引っかからなさそう。奇跡的に干せる枝が見つかっても虫が付きそう
これぐらいしかない。本当に何もないな、と思いかけた時に「俺がいるな」と思った。
自分である。ハンガーが引っかかるどころか握れるし、俺は風が吹いても倒れない。俺に干せばいい。
回っても走っても倒れない。マイクスタンドと比べて安心感が全然違う。
これなら何の心配もない、と思って俺に干した様子を返信した。
こうして自信を持って河原で洗濯物を振り回すことになった。
走ったり回ったりして、飽きたらスタンドに掛けて支えながらぼんやりした。
カラスが曲芸みたいな飛び方をしている。楽しそうだけど風に流されてるだけかもしれないな。
そう思いつつまた服を振り回していたらズボンのポケットの部分の布が厚いのに気が付いた。
ポケットにハンカチを入れたまま洗濯していた。よくやっちゃうのだけど、今日やるかね、と思う。
でもここまでシャツとズボンと僕でグルーヴが生まれていたので、そこに新メンバーが加入したみたいで嬉しかった。
風ではためくハンカチは気持ち良さそうだったしすぐに乾いた。
洗濯物は、ハンカチに気づいたり振り回したりしていたら2時間ほどで乾いた。
窪田さんの記事( 応援団の旗手になってバスタオルを乾かしたい)で厚手のバスタオルを振って乾かしていたが、こちらも2時間ほどかかっていた。布を、振り回して乾かそうと思ったらだいたい2時間なのだ。
服を畳んでしまい、少しぼんやりして余韻を味わってから家に帰った。
帰ったら汗だくだったので、さっき乾かした服をすぐに着た。いい匂いでサラッとした肌触り。その匂いと感触がいつもと違う場所で付いたものだから、知らない街で買ってきた古着みたいでおもしろい。
いつもの服が初対面みたいになる。思いがけずいいことが分かった。違う場所で干すと、ちょっと違う服になるのだ。
ベランダを見ると家を出る前に洗ったカーペットが物干し竿から落ちていた。
その日の夜、日焼けをしているのにも気が付いた。服を乾かしただけなのに体に跡が残った。徒労が目に見える形で現れて愉快だなと思った。
▽デイリーポータルZトップへ | ||
▲デイリーポータルZトップへ | バックナンバーいちらんへ |