マジシャンのハトみたいに出てくる
もうタイトルですべて言ってしまったが、こういうことである。
うちには捨てられない箱がたくさんある。なにか買う。中身を取り出す。箱をクローゼットの収納にホイッと置く。その繰り返しの結果がこれである。なんか捨てられないのだ。
というか、こんなにあったっけ。嘘でしょ。
なんで今さら驚いているかというと、きっかけは当サイトの動画企画『ゴミか宝か鑑定』である。林さんから出演オファーがあり、「他の人からはゴミに見えるけど自分にとっては捨てられない宝を持ってきてください」と言われたのだ。
なんだろう。捨てられないもの? うーん、捨てられないものといえば……あぁ……あそこにたくさん箱があるな……と思った。
宝かどうかはわからない。でも本家の『なんでも鑑定団』だって、祖父が物置に残した謎の紙束を、出張鑑定団に「これゴミだと思うんですけど」と持ってくる孫がいたりする。そういうタイプの人として、箱を持っていってもいいだろう。
そう思って箱を掘り出したら出るわ出るわ。マジシャンのハトみたいに、クローゼットからどんどん箱が出てきたのだった。でも捨てられないんですよこれ。
果たしてゴミなのか宝なのか、鑑定結果は動画を見てもらうとして、改めて自分が保管している箱について気づいたことがある。
「捨てられない」という割には少ないな。
たとえば当サイトでは、過去に斎藤公輔さんが「箱、箱、箱! Amazon箱コレクターの日常」という記事を書いている。Amazonの箱に型番があることに気づき、トランクルームまで借りて箱を収集した記録である。
僕も箱が捨てられないとはいえ、居住空間を圧迫するまで箱を集めているわけではない。右肩上がりに数が増えているわけではなく、箱たちは一定のスペースに納まったまま。インプットもあればアウトプットもある。まるでビオトープのように、クローゼットの一角で新陳代謝が働き続けている。
そして箱なら何でもいいわけではない。Amazonの箱は捨てるし、「パイの実」の箱だって食べ終えたら捨てる。
「捨てられない」のに「捨てる」も一部伴っている。そこには何らかのルールがあるのではないか。これから先、箱の分量がこのままである保証もない。であれば不測の事態に備えるためにも、ルールは解明したほうがいい。
そこで当事者である自分自身から一度離れ、客観的にこの行為を見つめ直してみる。
捨てられない箱の「3つのルール」
というわけで、シルバーウィークの一部を犠牲にして改めて考えてみた結果、ルールを3つまで絞り込むことができた。
①箱の中身が現役で使われている
どんなときに箱を処分しているのか振り返ってみる。真っ先に浮かんだのは「箱の中身を捨てるとき」だった。
たとえば使っているキーボードが壊れたら、本体と共にその箱も捨てる。中身がなくなると箱にも未練がなくなるようだ。魂を失った躯体みたいなことだろうか。
そう考えると、「パイの実」の箱をためらいなく捨てるのも納得できる。食べ終わったら中身がなくなるからだ。Amazonの箱は、届いた時点で「輸送」という目的を達成しているため、「魂を失った」と判断できる。
先ほどの写真にあったiPhoneやNintendo Switch、トラックボールなどは今も現役で使っているもの。なので箱も捨てられずにいる。
ちなみに「売るときに必要だから箱を保存しているのではないか」と思われる方もいるだろうが、基本的に一度買ったら壊れるまで使い倒すタイプなので、最初から箱に入れて売ることまで想定していない。アントニオ猪木も「出る前に負けること考えるバカいるかよ!」と言っていた。
②自分で買った箱だけを保存している
保存している箱は、もともと自分で買ったものだ。家族がなにかガジェットを買い、箱を捨てようとしても「ちょっと待って!」と止めたりはしない。それは自分の箱ではない。所有者の好きなようにするべきであり、箱にもその自由がある。基本的箱権の尊重。
ただ、うちの子が使うiPhoneは親である自分が購入したので、箱は捨てられないでいる。iPhoneの箱って、昔から硬くて手に馴染む大きさでいい感じですよね……。
③箱の種類を把握しておきたい
箱の収納場所はクローゼットの一角であるが、たとえば箱を展開して平面にしたり、マトリョーシカのように大きな箱の中に小さな箱を入れたりすれば、箱の収納力はさらにアップする。
でも、それはあまりやりたくない。どこにどの箱があるかわからなくなるからだ。なるべく箱は独立して置き、その存在を把握しておきたい。
限られた空間にどうやって箱を納めたらいいか、というパズル的な楽しみがあることも事実。「ぴったり納まる」という感覚はテトリスに近い。
その昔、ゲームセンターに『ブロックアウト』というテトリスの3D版があった。テトリスを上から見下ろしたような視界で、画面手前から奥に向け、箱の中に3Dのテトリスブロック(テトリミノ)を隙間なく埋めていく。テトリスは列が埋まったら消えるが、ブロックアウトは「面」を埋めないと消えない。
こうしてルールを書いていても感じるが、めちゃくちゃ難しい。奥に隙間があっても、ブロックがぴったりハマるとは限らない。やむをえず手前にブロックを積むと、奥の隙間が見えなくなってしまう。「このブロックの向こうに隙間がある」と覚えておかないと先が読めない。
これをリアルでやっている。でも「面」を揃えても消えないので、箱は奥にどんどん溜まっていく。
FAQのコーナー
ここからはFAQ(よくある質問)のコーナーです。
・好きな箱のタイプはなんですか?
小さく前ならえしたとき、手の間に納まるくらいの大きさの箱が好きです。靴箱だとギリギリ大きいです。でも見た目が気に入った場合、大きい箱でも保存することがあります。
・家族になにか言われませんか?
家族の共有エリアを浸食していないこともあり、特に何も言われていません。今回の話をしたら「そういえば取ってあるね」と言われたくらいの温度感でした。
・もし家族に箱を勝手に捨てられたら怒りますか?
それはもうしょうがないですね。家族の判断を尊重します。だからといって箱の保存をやめるかどうかというのは、また別の判断とさせてください。
・箱を保存して役に立ったことは?
買ったキーボードが指に合わなかったとき、箱に戻し、カミさんにメルカリに売ってもらいました。ただ、売るために箱を保存しているわけではないので、「たまたま箱があってよかったね」という感覚に近いです。
箱を「抱える」ことの安心感
先に挙げた3つのルールをまとめると、「中身が現役で機能している状態の箱」を、「自分の責任の範囲で保存」し、「その存在を把握しておきたい」ということになりそうだ。
なんとなく在庫管理に近いような気がしてきた。限られた倉庫スペースを有効に活用するために、一定期間を過ぎたものは処分する、みたいな感じだろうか。
とはいえ、何に備えて在庫を抱えているのか、やはりよくわからない。むしろ抱えること自体が目的なのかもしれない。所有物に何かあったとき、所有物に附帯する箱が手元あることで、味方が増えたような安心感を覚えるのだろう。そばにいてくれるだけでいい、という存在がみんなにもあるはずだ。それだ。それです。
わかったような、わからないような。まるで○○みたいに雲をつかむようなオチになってしまった(うっかりネタバレしそうになったので、○○には心当たりのある映画や小説などを各自で当てはめてください)
皆さんの「箱」を募集します
どうでしょう、皆さんのご家庭や職場にも「捨てられない箱」があるのではないですか。僕にはわかります。手前のダンボールを避けると奥に箱があるのが見えます。
そういうわけで、皆さんの「捨てられない箱」を募集します。インターネットで箱の存在を共有し、胸をなで下ろしましょう。こちらのフォームから投稿をお待ちしています。

