南極に近づこうとしたが途中の縁日に寄り道をし、最後は疲れに負けて東へと向かった。
根性の足りない結果となったが、家でごろごろしているよりは確実に南極へと近づくことができた。このように考えれば私はいつだって南極へ北極へ、フランスへブラジルへ近づいていけるのだ。
「おお、景色がちょっとブラジルっぽくなってきたぞ」などと思いながら住宅街の軒先の植木などを眺めるのもまた、これはこれで乙なものである。
例えば私が、100km先にいるあなたのもとに向かって5時間歩く。当然、あなたのもとにはたどり着かないだろう。それでも、確実に、じわじわと、5時間ぶん、あなたのことを追いつめたことにはならないだろうか? いや、「なる」と断言できる。
人は誰しも、地道な努力のぶんだけ目標を追いつめることができるのだ。
今回はそのことを検証&実証するため、酒の穴のふたりがそれぞれ「北極」と「南極」を徒歩で5時間ぶん追いつめてみることにする。
ルールはたったひとつ、「無理はしない」だ。
編集部より:
今月の「酒の穴」はパリッコさんが北極を、ナオさんが南極を追い詰める2本立てでお送りします。こちらは南極編。
冒頭は同一、【1時間目】から極を追い詰める様子をお送りします!
パリ :「酒の穴」なんてユニットを名乗ってデイリーポータルZに定期的に記事を書かせてもらってますが、コロナ以降、実際には一度も会えてないじゃないですか?
ナオ :そうですね。常にお互い東京と大阪からリモートで。
パリ :なのでいい加減、実際には会わないまでも、物理的にお互いの距離を縮めてみたら、記事の空気感も少しは変わらないかなと思って。
ナオ :なるほど。
パリ :例えば、お互いの家の最寄駅を同時にスタートして、5時間歩いたらどれだけ近づけるのか? とか。
ナオ :いいですね! ただ歩くという。どのくらい近づけるんだろう? それでいうと例えば、「エジプトに近づく」みたいなこともできますね。
パリ :わはは! どっちがよりエジプトに近づいたか。無意味で最高。
ナオ :エジプトを追いつめる。
パリ :ふたりして別の位置からエジプトにプレッシャーをかけていく。なんか気味悪い。
ナオ :はは。いよいよ妄言という。基本、西に向かう事になるのかな? 東? それすらわからない。
パリ :あ、それなら北極とか南極もわかりやすくないですか?
ナオ :いいですね!
パリ :そうだ、ふたりの位置関係から、僕が東京から北極を追いつめ、ナオさんが大阪から南極を追いつめるのはどうでしょう? どっちが「極」にプレッシャーを与えられるか勝負だ!
ナオ :「この先に南極はある!」
パリ :「少し肌寒くなってきた!」
ナオ :俺なんか南ですもんね。1回あったかくなってから。
パリ :ははは。
と、話はあらぬ方向に展開し、パリッコ、スズキナオのふたりはそれぞれ、自宅の最寄駅である西武池袋線「石神井公園」駅と、大阪環状線「桜ノ宮」駅から、徒歩で5時間、北極および南極を追いつめることになった。
ナオ ::私はこんな感じで追い詰めていったんです。南極を
パリ ::はは。ずっとこうやって歩いてたわけですね。南極、こわかっただろうな〜
ナオ ::そうですね。ただならぬ気迫は感じてたはずです!
ナオ ::グイグイ追い詰めていきましたからね
ナオ ::同じく南へ向かう民です
パリ ::大阪では南極追い詰めがブームなのか
ナオ ::最初は方角的にずっと川沿いを歩いていくことになって、その辺りは普段からよく歩くところなので、ほとんどいつもの散歩でした
パリ :街中ですしね
ナオ ::そうなんですよ。天満橋というところまで歩き、そこから谷町筋という大きな道路をひたすら歩くことになりました。都会の風景っていう感じ
パリ ::追い詰める他にやることなさそうな
ナオ ::こんな風景が続くんです。コンクリートジャングルみたいな。
ナオ :この辺り、オフィスもたくさんあるエリアなので
パリ ::疲れがとれそうな椅子!
ナオ :快適そうなオフィスチェアがこっちに向けて並べられていて、まだ1時間も歩いてないのにすでにかなり座りたかったですね
パリ :ははは
ナオ ::1時間歩くだけで結構疲れませんか
パリ :疲れる。波がありました
ナオ :普段割と散歩するんだけど。南極行かなきゃと思うからか、なんだか疲労が大きかったような気がしました
パリ :とろとろ歩くのとは違いましたね
ナオ :見てください!こんな居酒屋がありましたよ
パリ ::うお、なんだこれ!
ナオ ::ジョッキでドアを開ける居酒屋
パリ ::斬新
ナオ ::飲む前にもうジョッキを握れる。ジョッキ握りたがりには最高でしょう
パリ :がぜん飲みたくなりますね
ナオ ::あとそう、道の途中に折れたサーフボードが落ちていて
ナオ ::おお南へ向かってる感が徐々に出て来たぞ!と思ったのですがここから最後まで、南っぽいものはこれしか見なかったですね
パリ ::唯一の南っぽいものこれか
ナオ ::そうです。今回の旅を通じてこれだけ。もうお昼でお腹が減っていて
ナオ ::エンドレスライスの海に飛び込みたくなりました
パリ ::「ご飯」「ライス」より「無限」が圧倒的にでかい
ナオ ::「何かが無限らしい!」ということだけがまずわかる仕組み
パリ ::そもそも店の米、無限じゃねえだろ!っていう野暮なツッコミも思い浮かんでしまいますがすごい迫力
ナオ ::「飲み放題、食べ放題」って言い換えれば無限ですよね。放題って
パリ ::可能性的には無限ですね、確かに
ナオ ::無限という言葉に置き換えてみると派手さが増します。「おみそ汁のおかわり無限」とか。吉野家も紅しょうがが無限なわけだし
パリ :90分アルコール無限!(生ビールを覗く)
ナオ ::ははは。無限に対象外があるっていう。ここら辺で1時間が経過しました。
ナオ :さらに谷町筋を歩いて行くと、四天王寺というお寺の脇を通ることになるのですが、四天王寺ってすごく大きなお寺で、広い境内で毎月縁日が開かれるんですよ。弘法大師の命日にちなんで。「お大師さん」って呼ばれていて。
パリ :楽しそう!
ナオ :コロナの影響でしばらく休んでたようなのですが、先月あたりから再開して。我々が北極と南極をそれぞれ追い詰めていたのがまさにちょうどその21日だったじゃないですか。
パリ :すげぇ
ナオ :これは寄るしかないでしょう。境内に入っていったらこんな様子です
パリ :あ〜も〜ワクワクする!
ナオ :境内のあちこちに骨董品を売る店とか、古着を売る店とかが出店してるんですね。
ナオ :これ見てください。おじいさんが鉄砲を手にしているところが偶然撮れました
パリ :大阪、なんでもありだな
ナオ :レコードの売り方もかっこいいでしょ
パリ :ここに5時間いれるじゃないすか
ナオ :でしょー!かなり時間使ってしまいました
パリ :出店数もかなり多いんですか?
ナオ :従来より距離をあけるために減らしてるそうで、以前より減ってる感じはあったけど、でも賑わいはありましたよ
パリ :天気もいいし最高ですね
ナオ :こんな古いノートを買っちゃった
パリ :最高!手前のは、おんがく?なんの写真なんだろう。タンバリンや笛?
ナオ :が、ガラスごしに写ってるのかな
パリ :そんな感じですよね。謎にかっこいいデザインだ。飾っておいていいくらい
ナオ :ちょっと目を引かれるデザインですよね。雑踏の中でこうやって撮ると「社会」って感じがすごいした
パリ :社会だな。どこでも社会ノート
ナオ :そしてこの縁日の名物で赤飯の屋台があるんです。パリッコさんが油揚げを買った店と同じでそこの店の名前も知らないな。まあ屋台だから店名はないのかな
パリ :赤飯、がぜんうまくなりますよね!うちらの年代くらいになると
ナオ :私は普段赤飯をそんなに食べないんですけど、でもここの赤飯を一度食べたらびっくりしたんです。縁日に来た人はみんなたぶん「四天王寺の赤飯屋さん」として知っているはず。目立つんですよ
ナオ :こんな風に長蛇の列ができていて
パリ :はは。赤飯に行列
ナオ :混む時は1時間ほど並ぶこともあるといいます
パリ :まじか!縁起物だから?それとも、異常にうまいから?
ナオ :すごく美味しいからじゃないかと思います
パリ :うおー!食いてー!
ナオ :これは食べて欲しい!なぜこんなに美味しいのかわからない。検索してみたら亀田兄弟の父の亀田史郎氏がここのを「ナンバーワン赤飯」に推してました。2位以下がどこかはわからないけど
パリ :「大阪四天王寺蚤の市の赤飯」ですね。今度食いにいこう。
ナオ :今、境内ではこのご時勢で飲食が原則禁止になっているようなので、一度お寺を出て人のいない場所で赤飯を食べていたらもう1時間が経ってしまいました
パリ :ははは。のんびり四天王寺さんぽ
ナオ :南極責める気のない1時間。ずっと歩いてきて喉が乾いたので近くの自販機で発泡酒を買って飲んで。
パリ :ビールのミニ缶ある自販機いいですねー。最高の休日
ナオ :目的を忘れつつある
パリ :追い詰め中なんだった
ナオ :次の1時間なんですが、「やっぱりどう考えてもこの赤飯美味しすぎるだろ!」と思って、お店の方の手が空いた隙に色々とお話を聞いたりしていて全然歩き出せませんでした
パリ :はは
ナオ :お忙しそうなので詳しい話はまた後日聞くことになったのですが、どんどんこの赤飯の美味しさの理由に迫りたくなって。で、しばらくして南極追い詰めのことをようやく思い出しまして
パリ :やっと歩き出した!
ナオ :ハルカスを目指して南下を再開しました
ナオ :ここ、ハルカスの真下なんですけど、ここに着いて時計を見たらもう1時間経ってました
パリ :はは。ここまでで何時間でしたっけ?
ナオ :ここまでで3時間です。この1時間は追い詰めが足りなかった。ここから巻き返しをはかります!
ナオ :天王寺からさらに南極方向へ進んでいきましたが、結構そこから先は静かな住宅地が広がるゾーンに入っていきました。途中、私が前に書いた銭湯の鏡広告の字描き職人・松井さんの手掛けた看板がかかっているラーメン屋さんの横を通りました
パリ :へー!かっこいい
ナオ :「ラーメン白樺」。松井さんが娘さんと一緒に作ったものだと聞いていて、前にも見に来たことがあったんです。ここの味噌ラーメン美味しいんですよ!それを久々に見ることができてうれしかったです。
パリ :歩いてると予想してなかったものがパッとパッとあらわれますよね。それが自分に縁のあるものだったり、新発見だったり。それが混沌としてておもしろい
ナオ :次々と何かが現れますからね
パリ :まぁそれって散歩の醍醐味なんだろうけど。その規模が大きい版っていうか
ナオ :天王寺駅前から阪堺電車という路面電車が走っていて
ナオ :乗せてー!という気持ちでした
パリ :はは
ナオ :「助けてー!足が痛いんです!」
パリ :しかし静かにスイーッと
ナオ :「知るかよ」って感じでね
パリ :「好きでやってんだろ」っていう
ナオ :まさにその通りなので言い返せない。
ナオ :こんな風なちょっといい雰囲気のエリアにさしかかったと思ったら
ナオ :梶井基次郎の旧居跡の立札がありました
パリ :あら。また酒の穴にはちょっとゆかりのある
ナオ :そうですね!我々はいわば梶井チルドレンですからね。この路地の先あたりに住んでいたそうです
パリ :へー!渋い
ナオ :この辺りも味のある商店街があってゆっくりしたかったんですが、なんせ南極を追い詰めないといといけないから
ナオ :そしたらこんなクレープ屋さんが現れましてね
パリ :なに!?
ナオ :めっちゃ気になるでしょう。でも、お腹いっぱいなので
ナオ :抹茶クレープにしました!
パリ :そうだ、赤飯食べたあとだった。いいおやつ感
ナオ :和菓子と洋菓子の間ぐらいのさっぱり感。歩きながら食べるのに最高でした。
ナオ :ここで4時間目が終わりましたね
パリ :いいふらり旅ですね。めっちゃ歩いていることを除き
ナオ :そうそう。足の疲労はもう限界でしたけどね
ナオ :で、とうとうラスト1時間となったわけなんですが、こんな住宅街を延々と歩いていると足がかなり痛み出しましてね。しかも時計を見たらもうタイムリミットが近い
ナオ :そしたら長居公園という公園が近いらしいことが地図でわかったんです。この前デイリーポータルZの棒の記事で友達にバトンを渡しに行った時にもこの辺りを歩いていたから奇遇だなと思って、まっすぐに南極を追い詰めなきゃいけなかったんだけど完全にこんなふうに心が折れて
心の折れをGPSが克明に記録している
パリ :はは!これはもう、南極から逃げてる!
ナオ :そうそう。プイッと逃走しちゃって
パリ :し〜らない!って
ナオ :長居公園の植物園の中にはすごくいい休憩所があるんですよ
パリ :あ!ここ知ってる
ナオ :まさに天国酒場みたいなスポット
パリ :雰囲気のいい店としてたまに情報を見ます
ナオ :でしょう。そこでこうですよ
パリ :うおー!なんだなんだ!こら!
ナオ :もう南極追い詰めは卒業です
パリ :これはもう時間外ですか?
ナオ :そうですね。ゴールと同時にこの休憩所にたどり着いたぐらいのタイミングでした
パリ :追い詰め切った人の顔してる
ナオ :この休憩所、「HANDSOME bot GARDEN」っていうシャレた名前なんですが、セルフで撮ったらちょうどハンサムっていう字が自分から飛び出してるみたいになって
パリ :わはは
ナオ :南極を追い詰め切ったら人はハンサムになる
パリ :つーか、絶品赤飯、抹茶クレープ、水辺でビールって。今回我々の目的は東西グルメ旅?
ナオ :ははは。確かに美味しいものを気ままに食べてばっかり!
パリ :必要のない距離を歩いただけの
ナオ :ああいい空だなーなんつって
ナオ :でもこれやってみて思ったんですけど、それぞれ追い詰めが終了した後に、パリッコさんと「眠いですねー」「足裏マッサージ行きたいですね」とか、疲れを通じて共有できる感情がありましたね
パリ :確かに。遠隔地にいながら同じ体験ができる
ナオ :そうそう。あれが新鮮でした
パリ :ZOOM飲みにも通じる。とりあえず、追い詰めはもはやどうでもよくて、いろんなコース、時間設定でやってみたいですね。思ったのが、夜やるとさらに不安で楽しそう
ナオ :いいですねー!また追い詰めますか!今度、夜を!
パリ :夜を追い詰める。普段レジャーでやるなら、3時間くらいが手軽でいいかもですね
ナオ :追い詰めるってなんなんだそもそも
パリ :追い詰めるって本当、なんなんだ!表現としてただしくない。でもいろんなものを追い詰める旅、楽しいのでまたやりたい
ナオ :色々追い詰めましょう。オーストラリアを追い詰めてもいいわけです。エアーズロックを
パリ :移動さえすれば「おれ、エアーズロックに行ったことあるんだよ。途中までだけど」と言っても嘘ではないですもんね
ナオ :ははは
パリ :「時間なくなっちゃって途中までで引き返したんだよ」って旅先の笑えるエピソードみたいな
ナオ :「途中で疲れちゃってさー。赤飯だけ食べて帰ってきたわ」みたいなね。うそではない。行こうとはしたのだから
パリ :ね
ナオ :確実に少しは近づいたんだし!
パリ :嘘ではないけど、異常ではある
ナオ :はは。誰にも聞かれてないけど「行こうとしたんだよ!南極にさー!」
パリ :「はいはい、いつものね」って
南極に近づこうとしたが途中の縁日に寄り道をし、最後は疲れに負けて東へと向かった。
根性の足りない結果となったが、家でごろごろしているよりは確実に南極へと近づくことができた。このように考えれば私はいつだって南極へ北極へ、フランスへブラジルへ近づいていけるのだ。
「おお、景色がちょっとブラジルっぽくなってきたぞ」などと思いながら住宅街の軒先の植木などを眺めるのもまた、これはこれで乙なものである。
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