よし、空き缶でも磨くか
気が付いたら私はぶっ倒れており、いつの間にか朝になっていた。 時計を見ると7時。定刻通りならば竹芝桟橋に着くのは午後3時頃であるため、残りはあと8時間強といったところだろうか。
あと8時間。あと8時間でやれることといったら……空き缶磨きしかないだろう。
この空き缶は、ただの空き缶ではない……などということはなく、ただの空き缶である。正確には、ココアを飲んだ後の何の変哲も無いただのスチール缶だ。これを紙やすりで徹底的に磨こうと思う。
用意した紙やすりは粗さの違う4種類。粗いものから順にやすりがけしていき、空き缶をピカピカにする。目指すは、i-pod並みの鏡面仕上げ!
一見地味で、まぁ、やっている最中も地味な作業なのだが、磨けば磨くほど徐々に光沢が出てくるその工程は、なかなか楽しいものである。ついつい、もっと光れ、もっと光れと夢中になって磨いてしまう。
これは、空き缶を磨いているのではない、磨いているのは己の心なのだ。 そう思えば、周囲から変な目で見られているのも気にならなくなる。
どうだろう。若干暗いが、空き缶に手の形が写り込んでいるのがお分かりだろうか。まさか自分もここまでピカピカになるとは思わなかった。まさに感無量である。
磨いている最中、目の前を船内見学ツアーの一団が通り過ぎていった。私もそちらに参加すれば良かったかな、などとも思ったが、まぁ、それも今では良い思い出だ。このピカピカの缶を前にすれば、どんな苦労も報われる。
さらに磨けば、もっと光るに違いない。さぁ、仕上げだ。研磨剤で磨きをかけよう。
空き缶でも磨けば光る
いやぁ、素敵だ。素敵すぎる。あの空き缶が、ここまでピカピカになるとは。この写りこみ具合、これはもう、鏡面仕上げと言っても良いだろう。っていうか、言わせてください。
なーんて調子に乗って浮かれていたら……
そして船は東京湾へ
こうして、恐怖と策略が交錯する50時間余が終わった。
結局、私は往路も復路も船酔いで終わる形になってしまったが、それはバカみたいに動き続けていた、というのが大きいのだろう。何かしようとあちらこちらをうろうろした結果、酔ったというどうしょもないパターンだ。
私がこの航海で学んだことは、空き缶でも磨けば光るということと、 長時間船に乗る場合はあまり動かず横にでもなっていた方が良いということ。
まぁ、船に乗ったら酒でもかっくらってさっさと寝るのが一番だと思う。 二番は空き缶磨き。