体長2.5kmの「ロンドリ」
ともあれまずはとにかく完成した地上絵を見てください。
ひとつめは鳥。体長2.5km。
ロンドンの鳥、つまり「ロンドリ」だ。(Google earthに表示したものをキャプチャ。下も同様)
ちょっと引いた鳥瞰。鳥だけに鳥瞰。頭の上はテムズ川。
ロンドンに歩いて残した、巨大な鳥の絵というわけだ。もちろん現場には何も残っていないけど。
こういうものを持って、歩くわけです。いわばこれが絵筆というわけ。
頭の上はテムズ川。ご覧の通り、鳥の姿は南北が逆。羽根の南がロンドン塔。
おそらく鳥の絵として最大のものではないか。テムズ川岸で羽を休め、じっとロンドンシティ空港あたりを見つめている。巨大だけど、かわいい。
自分で描いておきながら、鳥の種類が不明だったので鳥好きの友人に 「これ、なんの鳥かな? インコ?」 って見せて尋ねたら 「インコ……うーん……鳥だね」 とのことだった。どうやら新種らしい。ロンドリと命名しよう。
データには時間が含まれているので (というか、GPS、さらに言えば緯度経度の特定の大元は「時間」なのだ。ややこしくなるので詳細は割愛しますが) 、軌跡を動かすこともできる。以下がそれ。
これを見て 「面白そう!」 と思った方はぜひこの趣味をはじめてください。きょうびスマホにもGPS機能があるので、すぐに始められますよ!
妻の設計です
さて、さきほど 「あらかじめ地図上に絵を見つけておき」 とさらっと言ったが、実際にはその設計がとてもたいへん。
以前記事にしたことがあるが(→「
十五夜に体長2.5kmのウサギの絵を描いた」)、地図を上下左右ぐるぐる回転させながら何日もひたすら眺め、何かが見えてくるまで待つのだ。
家で寛いでいるときも、暇があれば地図とにらめっこ。
今回、妻とロンドンに行こう、となって 「せっかくだから地上絵を描こう!」 とふたりで盛りあがり、それからは各々地図を眺める日々になった。 そういう夫婦なのです。
実はこの「ロンドリ」の設計は妻によるもの。彼女は優秀な「GPS地上絵師」なのである。結婚生活楽しいです。
そしてロンドン。プリントアウトした地図を片手に、この線の通り歩き回ります。
せっかくロンドン来たのに
この「ロンドリ」の道のりは16kmあまり。普通だったら3時間もあれば描き終える距離だ。
しかし今回は異国の地。土地勘ゼロ。途中すごく疲れて休憩もしてしまい、結局6時間以上かかった。
それ以上に苦痛だったのは、魅力的なものが見えてもそちらへは行けない、ということ。軌跡が残っちゃうから。
ノーマンの 30 St Mary Axe が見えて「お!」となっても
そちらには行けない。鳥がへんな形になっちゃうから。
ロジャースの The Leadenhall ビルにも近づけない。鳥の描写の方が大事だから。
Tower of London もスルー。恨めしそうな顔。自分で好きでやってるんですが。
まったく観光できない。
建築好きとしては痛恨。すべて 「明日以降、改めて見に行こう」 を合い言葉に地上絵に専念した。
そしてそういう約束がしばしばそうなるように、結局はたされることはなかった。後述するようにもうひとつ地上絵描かねばならなかったし、、
ロンドンのすごい団地や、
かっこいい地下鉄めぐりもしなければならず、まったく暇がなかったのだ。
いったい何をしにロンドンまでいったのか。
いや、地上絵描きに行ったのだ。しょうがない。遊びじゃねえんだ! (遊びです)
とうぜん迷う
普通の絵は、筆をキャンバスから離せばそこは空白になるが、地上絵はそうはいかない。常に接地した一筆書きなのだ。だから観光気分は捨てなければならない。
ただ、日本だったら別にそれでもいいが、いざこうやって滅多に来ることができない場所となると、これはかなりつらい。
まあ、後からデータ加工できるんだけどね。でもそれをやっちゃったらおしまいだ。だって、データいじっていいんだったら、そもそも現場に行く必要もない。
と、なぞのストイックさを主張したところで、もうひとつの異国の地での困難をご紹介したい。
こちらは単純な話だ。道に迷うのだ。
どこだここ。
左が設計、右が実際に歩いた軌跡。だいぶ間違っている。(ちなみに線がふらふらしているのはGPSの誤差のせい。建物があると誤差が大きくなる)
地図で見るのと実際は、やはり大違い。この脚のエリアは、現地に行ってみると 「ここ、行っていいのか?」 という雰囲気の場所だった。
落書きだらけの廃虚ビル、そしてその先は工事中。行けるのか?
ひるんだ。
結果的に、ここはなんとか通ることができた。しかし、その先も 「ここ、観光客が来る所じゃないな」 という感じの街だったりしてちょっと緊張した。
たとえば、上の地図で分かるように、鳥の爪を描くためには、通りをあるところまで歩いたらそのままUターンして引き返す、という謎の動きをしなければならない。一筆書きだから。
ここが爪。集合住宅の中の通りを行って戻る、という動きをしなければならないのだが……
ちょうど正面に、なんか、座り込んでる方がいらっしゃって……
地図を見ながら 「あれー?」 なんつって演技しながら引き返しました。緊張した。
やはり異国の地だと 「ここは行けるな」 「ここは無理だろう」 「あの人やばそうだな」 という感覚がぴんと来ないので難しい。
地図って国によって違うのだな
もっとも困ったのは 「日本ならこの地図表記だったら通れるはずなのに!」 という道がちょくちょくあったこと。
うわ! 塞がれてるよ!
まいったなこりゃ。
ここもだめか……
地図とは「制度」であって、その描き方は国や文化によって異なるのだなあ、とあらためて思った。
Googleマップ などのオンラインの地図は、シームレスに海外につながっているので、あたかも同一ルールで描かれているように感じてしまう。しかし地図上で同じように表記されている道でも、実際にいってみると国によって通れたり通れなかったりするのだ。これは勉強になった。
いや、勉強にはなったが、困った。
こういう場合はアドリブでルートを設計し直し、結果的にそれがよりよい描画に結びついたりもするのだが。
でもこの街に迂回路はなかった。道路と建物の関係、つまり街のつくられ方が日本と違うので、横に別の路地がある、ってわけにはいかないのだ。
結果としてロンドリの脚はつたない表現になってしまいました。無念。でも良い思い出。
地上絵という観光の仕方はありだと思う
「思い出」でいうと、地上絵でも描かなきゃ絶対訪れない街に行くはめになったのがすごくよかった。
地上絵のコースは自分の意志で決められないので、素っ頓狂な場所に行くことになる。特にロンドンは1ブロック移動するだけでまったく雰囲気が違う街になるので、すごくおもしろい。
散歩ともまた違う「地上絵による観光」はありだな、と思った。
これはロンドリの眼を描いているところ。住宅街の中のクルドサックをぐるりと一周。
より描画をなめらかにするために柵を越えたり。
時にはすてきな教会の敷地内を通ったり。
何度も「ここ行ってだいじょうぶか?」ってなって、
GPSの電波が届かなくなる高架下ということもあり、走って通り抜け。
最後の最後で!
こんな感じで6時間歩き続け、いよいよゴールが見えてきた。
GPS地上絵が面白い、というか、複雑な気分にさせられるのは「ゴールはスタート地点」という点だ。
6時間歩き回って、結局元の場所に戻るだけ。この充実した徒労感はGPS地上絵の醍醐味である。
で、最後の最後に地図に描かれないものに悩まされることになった。
工事中のため通行止め!
なんとゴールまであと100mちょっとということろでこの仕打ち。工事は地図には描かれてないからなー。
横のビルの隙間にコース変更チャレンジ。
地図上でも、見た感じでも行けるかどうか微妙な隙間に意を決してチャレンジ。行けなかったら最後の最後で変な軌跡が残ることになる。こういうの緊張する。
酔っ払いのおっちゃんたちが、躊躇してるぼくらに何か話しかけてきたが、こちらはそれどころではない。
うおお! なんとか行けたぞ!
人っ子ひとりいないビルの隙間の奇妙な道。なんとかリカバーできた、と思ったら。
GPS衛星からの電波を遮るこの足場! 憎い。
ただでさえビルの谷間で電波が乱れるのに、この仕打ちである。通り抜けた先がゴールだというのに。
しょうがないので走った。走り抜けた。
なんとかゴール。つかれた。
こういう紆余曲折の末描けたのがこれというわけです。感無量。
イギリスでGPSといえば
さて、GPSロガーを持ち歩くようになって9年あまり。外出時は常に携帯している。ここ9年のぼくの全外出記録はGoogleマップ上で見ることができる。
そのおもしろさにとりつかれ、高じてこうやって地上絵まで描くようになったわけだが、ぼくのようなGPS信者にとっての聖地メッカとでもいうべき場所がロンドンにはある。
グリニッジ天文台である。
グリニッジ天文台があるのは広大な公園の中。この時点で感無量。
天文台はまだ先だが、当然のことながら経度がすでに1分を下回っている。こうふんする!
なんてエキサイトしてたら、天文台がある場所は公園の中の丘の上で、急坂をのぼることに。
坂つらい。
グリニッジ天文台が経緯0度0秒0分なわけで、GPSロガーが「0」になるのが見たいだけでここまで来たわけだが、予想外の登山にへこたれた。考えてみれば天文台なんだから高いところにあるのは当然だ。
本初子午線はグリニッジ天文台を通っていない!
さていま「グリニッジ天文台が経緯0度0秒0分なわけで」と言ったが、実はこれは間違い。なんと現在、本初子午線はグリニッジ天文台を通っていない。
ほかでもないGPSのために、0度0分0秒は東に100mほど移動させられてしまった。
本初子午線はかつてのグリニッジ子午線からずれている!(Googla earth をキャプチャしたものに加筆)
ずれた経緯をごく簡単に説明する。
1675年に子午線を決定するためにグリニッジ天文台がここに設置され、19世紀には多くの国がグリニッジ子午線を基準としていた。
しかし、1980年代になってアメリカがGPSを開発。衛星によるシステムというそれまでとは全く異なるやり方のために、基準となる測地の考え方が変わった。
その結果としてそれまでの経緯とズレが発生。で、「本初子午線をずらした方が(アメリカにとって)都合がよい」ということになり、0度0分0秒は東に100mほどずれることにあいなった、というわけだ。
で、実際0度0分0秒になる地点を探した。
誤差のせいでなかなかぴったり0度0分0秒にならない。うろうろしてる。
0度0分0秒! 感動。なんだろうこの感動。そしてぜんぜん天文台じゃないあらぬところ。
GPSのデータを見るアプリ(
GPX Binder)で見たところ。確かにあらぬところで「0度0分0秒」になってる。
0が8つ並んだ表示を見た時はほんとうに感動した。考えて見りゃあたりまえのことなんだけど。
それにしても、0度になるところを見るためのGPSが0度の位置を変えてしまった、という事実と、ゆらゆらと定まらない誤差とを目の当たりにすると「0って、なんだろう?」という形而上的な気分になる。
ロンドンのイルカ「ロンドルフィン」
さて、ロンドンではもうひとつ地上絵を描いた。こんどはイルカだ。「ロンドルフィン」である。「ロンドリ」に続きダジャレである。
ロンドルフィン。
少し引いて鳥瞰で見ると、こんな感じ。さっきのロンドリの近く。テムズ川からジャンプ!
データをマップ乗せたもの。ロンドリと同様、彼も南北が逆の体勢。
100mほどずれたとはいえ、イギリスは間違いなく近代的な測地のパイオニアだ。そしてGPS地上絵のパイオニアもイギリスにいる。
Jeremy Wood さんだ。
GPSロガーを使って絵を描く、ということを最初に行い、かつ最も魅力的な作品を作っている Jeremy さん。ロンドンに行って地上絵描くなら彼に連絡を取らねば! とメールを送った。
残念ながらお会いすることはできなかったが、「ロンドリ」と「ロンドルフィン」の設計図にコメントをくださった。いわく「北が上じゃないのが面白いね!」と。
これにはびっくりした。良い絵が見つけるためには北を上にしていてはだめなのは当然だと思っていたから。
しかし先日の
ロンドンの地下鉄と方角感覚についての記事に即して考えると、東西南北の感覚が常にある(と思われる)ロンドンっ子にとって、南北が逆になるというのは異常事態なのかもしれない。地図をぐるぐるまわすのは東京の人間ならではなのか。
あと、今までぼくが描いた地上絵に関しても "It looks like the animals from the zoo have escaped! " というキュートな感想をくれた。うれしい。
誤差も利用するのだ
さて、さきほどのロンドリは妻の設計だったが、こちらロンドルフィンはぼくの設計。トリよりさらに小さく、道のりわずか8km、大きさ1.6kmだ。
どちらもかなり小ぶりにできて非常に満足。個人的には、GPS地上絵の設計の優秀さは小ささに現れると思っている。
大きいものは、歩いて描くのはたいへんだが、設計は比較的簡単だ。原理的には、大きければたいていのものは描ける。そういう意味では今回のこのロンドンの2作はかなり出来がいい。年々上手くなっている。
ただ、小さいとそれだけGPSの測位誤差も全体に対して大きく出てしまう。これも難しさのひとつだが、これが逆に功を奏することもある。このロンドルフィンがそうだった。
これは設計段階のマップ。頭の部分がどうしてもなめらかにできなかった。
上のように、小さいがゆえに設計段階ではどうしても頭がデコボコしてしまっていたのだが、できあがりは比較的なめらかになった。
どういうことかというと、このエリアはビルが多く、GPSの誤差が大きかった。結果的に軌跡がぶれていい具合に丸められたのだ。怪我の功名である。こういうのもGPS地上絵の醍醐味だ。マニアック。
ロンドルフィンも珍道中
ロンドリと同様、これを描いた道中もいろいろなことがあった。すべて書くには紙幅が足りないのが残念だ。
今回も線をなめらかにすべく柵を乗り越えた。
設計時の思惑通り、公園を利用して斜めに突っ切れる時はうれしかった。
別の公園でも突っ切る予定が、サッカーやってる。
どうしよう……
なんとか通らせてもらえました。おじゃましました。
すごくかっこいい団地があるのに近寄ることも許されず!
路上でバリカンを使って散髪するふたりに出会い、
陽も暮れてきたころ、なんだかワイルドなエリアに突入しちゃってちょっと腰が引けちゃったり。
ロンドルフィンは夕方から描きはじめた。
例のすごい団地を見に行ったあとだったのだ。
その結果、後半陽が暮れてきてしまった。運悪くちょっと物騒な雰囲気のところがゴールだった。怖かった。
よりによってぜったいここ夜に行っちゃだめそうなところがゴール。
うわー…。
これは…
だいじょうぶかな…
いやこれだいじょうぶじゃないよね!
足音とビンが割れる音が聞こえてきて、さすがに走って逃げた。
とはいえ、ここがゴールなのでいちおうガッツポーズを。
たぶん昼間通ったらそんなでもなかったのだと思う。やっぱり外国だと特に夜はおっかないよね。
というか、ぼくだけならまだしも、妻を連れて、というのは危険だったと思う。つい地上絵のためでふたりともがんばっちゃった。
世界中でやりたい
異国の地での地上絵描きはいい。普通に観光してたんじゃ気づかないことがたくさんあった。世界中でやりたい。妻と一緒に。
東京の大森に、まだ描いてない子犬の地上絵があります。こんどみんなで描きに行きましょう!