特集 2016年5月11日

ベトナムの個人経営の焼き鳥屋が、なんでまた東京に支店?

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ベトナムに支店を置く日本のお店は、結構ある。たとえば、丸亀製麺、大戸屋、吉野家…四年ほど前まではほぼ皆無だったが、今では歓迎こそすれど特段珍しいことではなくなった。

が、逆に、「日本に支店を置くベトナムのお店」があることをご存知だろうか。しかも現地の大手チェーン店が日本へ進出!…といった類の話ではない。首都・ハノイの路地にある一軒の焼き鳥屋、その支店が何故か東京の高円寺にあるのだ。

以前から謎だったので、その経緯を突き止めるべく今回はじめて二カ国取材を行った。
1984年大阪生まれ。2011~2019年までベトナムでダチョウに乗ったりドリアンを装備してました。今は沖永良部島という島にひきこもってます。(動画インタビュー

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連日日本語が聴こえるハノイのローカル焼き鳥店

夜に行くといつも、醤油の甘い香りと煙が漂う路地がある。
オレンジ色ばかりのハノイの街灯は魔都っぽい感じで好き。
オレンジ色ばかりのハノイの街灯は魔都っぽい感じで好き。
路地の名前はリーヴァンフック通り。この道は奥行きがあり、点々と焼き鳥屋が並んでいるのだが、入口にある店だけがやけに多国籍だ。そこからはベトナム語以外に日本語が、折り重なって英語やロシア語まで聴こえてくる。
店名は、
店名は、
ビンミン。
ビンミン。
「GA NUONG」はまんまベトナム語で「焼き鳥」。すでに「あれっ?」とお思いだろうけど、日本語が書かれてある。日本語が、何故かベトナムのローカル焼き鳥店の看板に書かれてあるのだ。
メニューにさえもこの通り!
メニューにさえもこの通り!
早速ネタあかし。ここはかつて純然たるローカル店だったが、いつしか「あそこは美味いぞ」と在住日本人の間で評判になり、サービス精神旺盛な店主が看板やメニューに日本語を載せて、輪を掛けて人気になった。本当にいつ行っても日本人がいるので、在住日本人の認知度は5割を超えているかもしれない。

そして今では他の外国人ネットワークにも情報が広がって、路上にはみ出すように並べられた席からはいろんな言語が聴こえてくる、いわゆる「在住外国人御用達」のお店となっているのだ。
焼き場では、
焼き場では、
お店のおじさんが秘伝のタレを塗っては焼いていた。
お店のおじさんが秘伝のタレを塗っては焼いていた。
やらせてもらう。おじさんカメラ目線やめてください。
やらせてもらう。おじさんカメラ目線やめてください。

足を軟骨ごとゴリゴリと食べるのがベトナム式!

そこで焼けたものがこちら。
パン!
パン!
手羽先!
手羽先!
ソーセージ!
ソーセージ!
なんでこんなに皿汚れてんだよと言われると、もうほんとそれは謝るしかございません。一回使った皿だから。ずっと前からそうなのだ、まるで血を見ると我を忘れる吸血鬼のごとく、食べ物を前にするとたちまち撮影を忘れてしまうのだ。せめて、その代わり、味についてはちゃんと書こうと思う。

手羽先とソーセージに塗られたタレは、甘辛い。それが炭火でこんがりと焼かれ、手羽先の皮はパリパリとしており、その上から歯を立てるとブシュッと肉汁が溢れるほど中身はジューシー。時折ジャリジャリといった食感があり、舐めると舌先で甘い液体へと変わる。ザラメっぽい。

パンはバインミー(現地式ランスパン)を平べったくプレスされており、そこに蜂蜜とバターが塗られてある。おかず的ポジションの肉に対して、こちらはご飯的ポジションといったところ。焼き鳥といっしょにバクバクと頬張れば、すぐにお腹は満たされる。

しかし、やはりビンミンの看板と言えばこれ!
足~!
足~!
鶏の足。一見すると黒魔術の道具かのようだが、甘辛いタレを塗られたこの足を、軟骨ごとゴリゴリ食べてしゃぶり尽くす食べ方がベトナム式。最初はその姿形に抵抗を感じるかもしれないが、きっとすぐに慣れる。

と、食レポも重要だが、今回は東京支店の存在について話を聞きに来たんだった。
フイくん(中央)とハオさん(右)。
フイくん(中央)とハオさん(右)。
私「ここ、東京にも支店あるんだって?」

フ「あるよ!」

フ「三年前に修業に来たんだよ」

私「誰が?」
フ「彼」
フ「彼」
私「ベトナム人…かな?」

フ「そうそう」

私「今度東京支店の方へも行こうと思うんだけど、何かメッセージある?」

フ「シッカリ仕事してドッサリ客を集めろって伝えてやってよ!」
それではいざ東京支店へ!だからおじさんカメラ目線やめてください。
それではいざ東京支店へ!だからおじさんカメラ目線やめてください。

ビンミン東京支店のある高円寺へ。

ビンミン東京支店は冒頭で書いた通り、高円寺にある。東京の街でサブカルチャーと言われて連想される街の多くが、下北沢か高円寺だろう。音楽に古着に芸人と、いろんなイメージがあるが、飲み屋が多いことも特徴的。

ビンミン東京支店は、「大一市場」という場所にある。そこはビルの一階を貫いたトンネルのようなスペースで、かつては乾物屋が多く並んでいたが、今は多種多様な居酒屋がひしめく横丁だ。
こちらが入口。
こちらが入口。
ひさびさの帰国、なんでもない風景にグッと来る。
ひさびさの帰国、なんでもない風景にグッと来る。
実は私、ベトナムに引っ越す直前までこの高円寺に三年半ほど暮らしていた。用をつくっているのかたまたまできているのか、帰国のたびに寄っている。内輪ネタで恐縮だけど、二楽亭とか、メシモとか、ENTA巣とか…当時よく通ったお店は日本を離れているうちになくなってしまったが、今でも残っているひとつがここ。
ベトナム料理店!
ベトナム料理店!
チョップスティックス!
チョップスティックス!
何の因果かこの店が、隣接するー…。
ビンミン東京支店の姉妹店だったりするんですな…!
ビンミン東京支店の姉妹店だったりするんですな…!
ベトナムが好きで通った訳じゃない。当時、フォーを食べながらベトナム料理だとまったく意識していなかったし、ベトナムのイメージを聞かれると「プラトーン?」と答えただろうというくらいに知識はなかった(戦争映画です)。

それが、ライター活動の先で、まさか四年半前に自分が通った店…正確に言えば姉妹店だけど、そこに取材へ行こうとは!人間、前に進んでいるつもりでも同じところをグルグルしているものなんだなぁと、自分だけの悟りの小窓が開いた。さて、感傷に浸るのもこれくらいにして本題に戻りましょう。
右下には本店の住所が。リスペクトを感じる看板。
右下には本店の住所が。リスペクトを感じる看板。

米粉の麺を追求するとたまたまベトナム料理だった

今回、オーナーの茂木さんに、ビンミン東京支店ができるまでの経緯を聞かせていただきました。ベトナムでニュースを見ていて、「やけに中央線でベトナム料理店ができてるな」と思ったら、ほぼすべて茂木さんの企てだったのだ。
高円寺・中野・吉祥寺で合計4店舗のベトナム料理店を経営する茂木さん。
高円寺・中野・吉祥寺で合計4店舗のベトナム料理店を経営する茂木さん。
私「私、よくチョップスティックスに行ってたんですよ」

茂「そうなんですか?」

私「はい。だから今日の取材は不思議な感じで。茂木さんは、どうしてベトナム料理をはじめたんですか?以前現地に住んでいたとか、なにか縁が?」

茂「いや、実は最初にベトナム料理があった訳じゃなくて、日本米で麺料理をつくりたいというところがはじまりだったんですよね」
営業は終電後の深夜2時まで、地元の人がメインらしい。
営業は終電後の深夜2時まで、地元の人がメインらしい。
私「日本米ですか」

茂「以前、イギリスの和食店で働いていて。日本米はやっぱり美味いなと、美味しさを伝えたいなと思って、米粉の麺なんていいんじゃないかと考えていました」

私「それは今まで日本になかった?」

茂「なかった。日本米を使った麺だと謳っていても、実際には米粉を10%だけ練ってるだけで90%は小麦粉とか。そこにはグルテン(つなぎ)が足りないという問題もあったのですが、いろいろ調べる中で『ベトナム料理のフォーは純粋な米粉麺らしい』ということを知ったんです」
フォーです(ベトナムで撮影)。
フォーです(ベトナムで撮影)。
私「ですよね、米粉麺と聞いて私もフォーを思い浮かびました」

茂「それから日本米を使ったフォーの開発をはじめたのですが、ベトナム料理店をはじめた背景にはそのフォーがあったからです」

私「なるほどー、それはいつ頃の話ですか?」

茂「開発は2002年、チョップスティックスの開業は2003年です。ベトナムにはその前後から通うようになりました。その中で、『現地在住日本人の間で人気のローカル店があるらしい』とビンミンの話を聞くようになったのです」

私「お、いよいよ核心…」
創作フォーもたくさんある。
創作フォーもたくさんある。
そう、この豆乳フォーをしょっちゅう頼んでた。
そう、この豆乳フォーをしょっちゅう頼んでた。

ハノイのビンミンで東京支店の交渉に望むと…あっさりOK!

茂「当時、今のビンミン東京支店がある場所は、バーやおでん屋と形態を変えていったのですが、チョップスティックスと同じベトナム料理にしようかと考えていました。そこでビンミンの話を思い出し、ここの東京支店を開いてみたらおもしろいんじゃないかと思ってシェフのタイさんと二人で交渉に行ったのです」

私「そんな簡単にー…OKしてくれるものですか?」

茂「それが、割とすぐにOKが出ましたね。でも多分、タイさん一人だったらダメだったんじゃないかな。日本人が日本でやりたい、という点が本店の彼らにとっても興味深かったんだと思います」

それから2010年に、茂木さんはタイさんをビンミン本店へ研修派遣。一ヶ月間みっちりと技術を学び、本店の味をマスターしたタイさんをシェフに迎えて準備期間を経て、ビンミン東京支店は2012年7月にオープンした。
店内には業界紙で紹介された、ビンミンの記事が。。
店内には業界紙で紹介された、ビンミンの記事が。
足、という呼称が身も蓋もない感じで好きだ。
足、という呼称が身も蓋もない感じで好きだ。

ビンミン東京支店の味はタイさんの味

そんなシェフのタイさんに話を聞かせてもらった。
タレを塗っては焼いている…
タレを塗っては焼いている…
こちらの方がタイさんだ!
こちらの方がタイさんだ!
間違いない!
間違いない!
私「タイさんは、ビンミンで働くタイミングで来日したんですか?」

タ「いえいえ、2003年からいますよ」

私「想像より全然長い!シェフの道一本ですか?」

タ「はい。ベトナムにいた頃も1996年からずっとシェフです」
あえてハノイ本店と似たようなメニュー表が。
あえてハノイ本店と似たようなメニュー表が。
タレは、蜂蜜、醤油、バター、麻椒などを合わせるらしい。
タレは、蜂蜜、醤油、バター、麻椒などを合わせるらしい。
私「日本ではどういったところで料理を?」

タ「都内のベトナム料理店ですね、三鷹が一番長かったかな」

私「ハノイの焼き鳥店の支店をはじめると聞いてどう思いました?」

タ「それまで聞いたことはなかったけど、嬉しかったですね。私もハノイ出身ですし」

私「そうなんだ。修業ってどんな内容だったんですか?」

タ「夕方5時から夜12時まで、フンさん(焼き場のおじさん)に教えてもらいながらとにかくずっと焼いていました」
そのフンさんとタイさん。
そのフンさんとタイさん。
私「味は完全にハノイ本店を再現?」

タ「うーん、最初とはかなり違ってますね!」

私「そうなんだ笑」

タ「何か良いアイデアが思いつけばアレンジしていっています、きっと本店より美味しいよ!」

茂木さんによると、本店もすべてベトナム国産の調味料を使っている訳ではないため、日本で同じものを集めることはかなり難しいらしい。

その上で、かなり近しい味にたどり着いたが、そもそもここは日本でお客さんもほぼ日本人。本店の味を再現することにこだわらず、アレンジできることは積極的にアレンジしていっているとのこと。

茂「タイさんは結構好き勝手にアレンジするんだよね、俺が知らない間にメニューが変わってることもたまにあるよ笑」
東京支店では焼き鳥も、
東京支店では焼き鳥も、
パンもあらかじめ切り分けられている。
パンもあらかじめ切り分けられている。
足も皿や置き方からして品があるという感じだ。
足も皿や置き方からして品があるという感じだ。
私「どんなアレンジを?」

タ「たとえば、本店にはキュウリの浅漬けが無料で食べ放題だけど、ベトナムと違って日本だと高いからやめた。タレもハノイは甘辛いけど日本人には大味なので、こちらで細かく味を変えたり、客席に調味料を置いたりしているよ」

客席に置かれた調味料。
客席に置かれた調味料。
ほかにもあると、オリジナル料理を教えてくれるタイさん。
ほかにもあると、オリジナル料理を教えてくれるタイさん。

それでは実際に食べてみよう!

存分に話は聞けた、あとは肝心の実食だ。ハノイ本店と味が違うと言うのなら、それはそれで楽しみである。
さきほど紹介した料理たちを!
さきほど紹介した料理たちを!
いただきます!
いただきます!
ふむ…ふむ…うまい!そして品がある。

ハノイ本店は見た目のみならず味もワイルド、つまり大味。東京支店はタイさんが言うようにかなり調整がされていて、「甘辛い」と一言では済まず、甘かったり、辛かったり、しょっぱかったりと、味に深さを感じる。

本店が「旨い」なら支店は「美味い」という感じ。とりわけパンは、パンらしい香ばしさがギュッと凝縮されていた。物価がまるで違うのでボリュームは本店の方こそ多いが、タイさんが「本店よりうまい」と豪語する気も分かるぞ。

ベトナム旅行の出発点は、高円寺でもいいかもしれない。

ハノイ本店と東京支店にどんな関係があるのかと思いきや、お願いしたら難なくOKと、意外にさっくりしたものだった。しかし、個人店であってもこれが逆(ベトナム人が日本の店に交渉)のパターンだと同じようにはならないだろう。改めて、ベトナム人の良い意味での軽さを感じた取材だった。

もしあなたがベトナムのハノイへ行くのなら、あらかじめ高円寺へ行って、ビンミンの食べ比べをしてもおもしろいんじゃないだろうか。ちなみに、ビンミンとチョップスティックス、どちらにいてもどちらの料理も注文できる。

ちなみに前回、茂木さんがハノイへ行ったとき、本店のおじさんは「俺、いつでも準備できてるから!」と意気込んでらしい。「日本に呼ぶなんて話はしてないんだけどね…笑」と、茂木さん。
最後にタイさんにハノイ本店の写真を見せると…。
最後にタイさんにハノイ本店の写真を見せると…。
「彼(フイ)とはそんなに話してない」と言っていた、マジか。
「彼(フイ)とはそんなに話してない」と言っていた、マジか。

取材協力

ビンミン東京支店
東京都杉並区高円寺北3-22-8 大一市場内
予約・問い合わせ:03-3330-3992
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