特集 2016年4月22日

川の上の駅が好き

結論からいうと、阪神線の武庫川駅がすばらしく「川の上感」あって最高でした。うっとり。
結論からいうと、阪神線の武庫川駅がすばらしく「川の上感」あって最高でした。うっとり。
ときどき、ホームが川の上にある駅がある。「いま自分は川の上にいるのだ」と思うと不思議な気分になる。普通の橋の上に立つのとはまた違う感慨がある。

今回、いくつかの「川の上の駅」をめぐってみた。同好の士がいることを願いつつ、その様子をお伝えします。いますように。
もっぱら工場とか団地とかジャンクションを愛でています。著書に「工場萌え」「団地の見究」「ジャンクション」など。(動画インタビュー

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新馬場駅で目覚めました

ぼくがサラリーマンだった時の勤め先は、京急線の青物横丁という駅が最寄り駅だった。帰宅の際、ときどき何駅か歩いたりした。そのとき出会ったのが隣の新馬場駅(しんばんば)だ。

この駅がとても印象的だった。ホームが川の上にあるのだ。
川を跨いでいる、覆われた橋のようになっているのが新馬場駅。川は目黒川。
川を跨いでいる、覆われた橋のようになっているのが新馬場駅。川は目黒川。
ホームが川の上にあるってなんかすてき、と思った。今も思っている。で、こうして記事を書いている。でもなんで「すてき」って思うのかうまく説明できない。そもそも構内や車内にいるかぎり、そこが川の上かどうかなんて意識されないし。作って管理する方にとっては大問題だろうけど。作る際の各種調整たいへんだっただろうし、作ったあともメンテナンスがやっかいだろう。

でもなんだろう、この「すてき」は。 よくわからない。

よくわからないので以後しばらく、この「すてき」の正体はほったらかしのまま話を進めます。すてきだと思う意味がまったく分からないという方には申し訳ない。

さて、ともあれ、この新馬場駅は構内に入るとホームがすごく長いのも印象的だ。
ホームが長すぎて車両が止まる位置までに距離がある。
ホームが長すぎて車両が止まる位置までに距離がある。
川の上なので改札口をホームの端にしか作れないからなんだろうな、ぐらいにしか思っていなかった。この予想は当たっているけどもうちょっと複雑な事情があることがあとでわかる。

おもしろいのは、この駅には各駅停車しか止まらない点。昼間の京急線各駅停車は、しばしば4両というとても短い編成で走る。つまりこれだけ長いホームを持っていながら、その一部しか使われないということだ。
4両編成がもてあますホームの長さ。あたらせっかくの長いホームが。こういうのすきだけど。
4両編成がもてあますホームの長さ。あたらせっかくの長いホームが。こういうのすきだけど。

長いのはホームだけじゃない

しかしこの駅の「長さ」はこれだけではない。入口もすごく遠いのだ。
ただでさえむやみに長いのに、入口がさらに遠い。(国土地理院「地図・空中写真閲覧サービス」より・整理番号・CKT20092/コース番号・C58/写真番号・30/撮影年月日・2009/04/27(平21))
ただでさえむやみに長いのに、入口がさらに遠い。(国土地理院「地図・空中写真閲覧サービス」より・整理番号・CKT20092/コース番号・C58/写真番号・30/撮影年月日・2009/04/27(平21))
南口のある道路から改札方向を臨む。先に見える改札くぐって構内への入口はさらにその先にある。
南口のある道路から改札方向を臨む。先に見える改札くぐって構内への入口はさらにその先にある。
この南口から短い各駅停車に乗るためにホームの真ん中あたりまでは230mほど。一方、隣の青物横丁までは500mあまり。

各駅停車はなかなか来ないので特急も停まる青物横丁まで歩いた方がいいのではないかと思わせる距離だ。

なぜこんな遠くなってしまったのか。。そもそもなんで川の上にホームができたのか。駅ができる前の様子を古地図や航空写真で見てみよう。
駅ができる前の1963年の様子。川の上に駅がない。(国土地理院「地図・空中写真閲覧サービス」より・整理番号・MKT636/コース番号・C13/写真番号・19/撮影年月日1963/06/26(昭38))
駅ができる前の1963年の様子。川の上に駅がない。(国土地理院「地図・空中写真閲覧サービス」より・整理番号・MKT636/コース番号・C13/写真番号・19/撮影年月日1963/06/26(昭38))
新馬場駅ができたのは1976年だそうだ。京急線自体はもっと昔からあったので、新馬場駅はあとからできた新駅だったわけだ。おお、だから"新"馬場なのか。今気がついたぞ。

それにしても76年ってけっこう最近だ。ぼくが生まれた時はなかったのか。

いや、それって最近じゃないな。歳をとるとすぐ「最近」とか言い出すよな。

で、上の航空写真だとわかりづらいが、1948年~1960年ごろの地図を見てみると新馬場の北と南にそれぞれ今はない駅があることが分かる。
川の上に駅がない代わりに南北にいまはない駅がある。(すばらしいiOSアプリ「東京時層地図」より「高度成長期(昭和23 - 35年)」)
川の上に駅がない代わりに南北にいまはない駅がある。(すばらしいiOSアプリ「東京時層地図」より「高度成長期(昭和23 - 35年)」)
Wikipediaによると、これは北馬場駅と南馬場駅だそうだ。ちなみに北馬場駅前西側にある「品川神社」は以前記事にした富士塚「品川富士」のある場所だ。

この南北馬場駅が1976年に統合されて新馬場になった、とのこと。

おそらくすでに市街地化されていたこと、特にここらへんは旧東海道沿いでまわりにお寺が多く用地取得できなかったので川の上に作らざるを得なかったのではないか。

同時期に駅から東に山手通り・国道357をのばしてもいるので、各種いろいろやっかいなことがあったのだろう。
この山手通り・国道357に面して改札口があってもいいようなものだけれど、ホームはスルー。さらに北側まで行かねばならない。いろいろたいへんだったんだろうなー。
この山手通り・国道357に面して改札口があってもいいようなものだけれど、ホームはスルー。さらに北側まで行かねばならない。いろいろたいへんだったんだろうなー。
改札口がやたら離れているのは、前出Wikipedia「新馬場駅」によれば「統合に際して旧駅の利便を保つため、以前両駅のあった場所に改札口を設置したためとされる」とある。なるほど。川渡らなきゃならないってけっこう心理的に遠いしな。そういう配慮に加え、前述したようにお寺が多いのと道路整備との兼ね合いも相まって、というやむにやまれぬ事情もあっただろう。

「川の上の駅ってすてき」と呑気なことを言ったが、その背景にはいろんな事情があるものだ、と思った。

で、この同じ京急線それもほど近くに同じように川の上の駅がある。「えっ、あの駅って川の上なの?」という意外な駅が。蒲田駅である。
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たしかに川の上だ。だが、しかし。

しばらく降りないうちに知らない駅前になっていた京急蒲田駅。
しばらく降りないうちに知らない駅前になっていた京急蒲田駅。
蒲田駅に対して「川の上の駅」とういうイメージを持っている人は少ないのではないか。ぼくも今回調べてみてはじめて気がついた。
このとおり、ホームの下が川なのだ。というか、ホームに見えないな、京急蒲田駅。
このとおり、ホームの下が川なのだ。というか、ホームに見えないな、京急蒲田駅。
離れて見ると、こんなかんじ。
離れて見ると、こんなかんじ。
呑川という川を、京急蒲田駅は跨いでいる。と、さきほどから思わず「ホームの下が川」とか「跨いでいる」と表現してしまっているが、これは「川の上の駅」と呼びづらいからだ。

なんというか、川と駅とのバランスが悪い。そんなものに良いも悪いもあるか、とおっしゃるかもしれないが、これはちょっとなあ。蒲田駅が川に対してでかすぎる。
ホームの長さ400mもある。さきほどの新馬場駅は200m(国土地理院「地図・空中写真閲覧サービス」より・整理番号・CKT201010/コース番号・C3/写真番号・19/撮影年月日2010/12/10(平22))
ホームの長さ400mもある。さきほどの新馬場駅は200m(国土地理院「地図・空中写真閲覧サービス」より・整理番号・CKT201010/コース番号・C3/写真番号・19/撮影年月日2010/12/10(平22))
さきほどの新馬場駅のことをホームが長い長いと言ったものの、その長さは200mほどだった。この京急蒲田は倍の400mある。いわば羽田空港への玄関口として存在感を放つ京急蒲田駅。しかしぼくのイメージはいまだに高架化する前のもので止まっているので、あらためてじっくり見てみて、その変貌ぶりにびっくりした。
高架化する前の様子。現在の新馬場より小さい。そして川を跨いでいない。(国土地理院「地図・空中写真閲覧サービス</a>」より・整理番号・CKT843/コース番号・C20/写真番号・30/撮影年月日1984/12/12(昭59))
高架化する前の様子。現在の新馬場より小さい。そして川を跨いでいない。(国土地理院「地図・空中写真閲覧サービス」より・整理番号・CKT843/コース番号・C20/写真番号・30/撮影年月日1984/12/12(昭59))
上は高架化する前、1984年の様子。そうなのだ、高架化に伴ってやたらでかくなって、結果として川を跨いだ、というプロセスだったのだ。つまり、もともとは川の上に作るはずではなかった。

もろもろ勘案するに、やはりこれはぼくが理想とする「川の上の駅」とはちょっと違う。いや、設計・調整・工事はさぞかしたいへんだったでしょうけど。
工事のたいへんさとそれを成し遂げたプライドを感じさせるのが、構内にあったこの駅と周辺の街の模型。
工事のたいへんさとそれを成し遂げたプライドを感じさせるのが、構内にあったこの駅と周辺の街の模型。
川のまたぎっぷりも再現。それにしてもこういう模型文化もそのうちなくなっちゃうのかな。いや、3Dプリンタのおかがでさらに盛んになるのかな。
川のまたぎっぷりも再現。それにしてもこういう模型文化もそのうちなくなっちゃうのかな。いや、3Dプリンタのおかがでさらに盛んになるのかな。
別に好きこのんで呑川をまたいだわけではないだろうに「ちょっと違う」だなんて、京急蒲田駅、ごめん。

川とは何か、問題

そもそも「川の上の駅」をどう定義したものか。だいたい「川」をどう定義するのだ。たとえば暗渠の上の駅はどうするのか。

いやほら、暗渠を認めてしまうと新宿駅もいわば「川の上の駅」になってしまうのでなあ。
昭和の初め頃までは現在の新宿南口、甲州街道沿いに流れがあった(こちらも「東京時層地図</a>」より「明治のおわり(明治36 - 42年)」)
昭和の初め頃までは現在の新宿南口、甲州街道沿いに流れがあった(こちらも「東京時層地図」より「明治のおわり(明治36 - 42年)」)
いやべつになってしまってもいいんだけど、なんというかもっと川の上の風情がほしいというか。

また、逆にがっつり川の上通ってる千葉のモノレールの駅も、ちょっとなあ。栄町駅とか葭川公園駅は川を「跨いでいる」ではなく川の上空に平行して建ってる。まさに「川の上の駅」なわけだけど、あんまりぐっとこない。

そもそも都市モノレールは用地取得できない状況に対する解決策なわけで、道の上や川の上を走りがちだし。そういえば最初の新馬場の下の川である目黒川の下には以前記事にした品川線が走っている。

結局、最初に書いたように「すてき」の正体が分からないので定義できない。ここはもっと事例を重ねていくしかない。「これぞ川の上の駅!」という事例を。

それでいうと、ぼくが興奮するのは都営新宿線の東大島駅だ。
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東大島駅、いい!

東京都江東区の旧中川の上に堂々と伸びる東大島駅。すばらしい。
東京都江東区の旧中川の上に堂々と伸びる東大島駅。すばらしい。
駅名が書いてあるのがいい。あとなぜか各主要駅への所要時間も。カヤックに乗った子供たちがその下を行く。いいなー。駅くぐりたい。
駅名が書いてあるのがいい。あとなぜか各主要駅への所要時間も。カヤックに乗った子供たちがその下を行く。いいなー。駅くぐりたい。
なんといってもこの川に降ろしたたくましい橋脚がいいではないか。
なんといってもこの川に降ろしたたくましい橋脚がいいではないか。
新馬場と同じようにもちろん改札口は両端に。
新馬場と同じようにもちろん改札口は両端に。
どうだろうか「ザ・川の上の駅」だ。

この東大島駅は、京急蒲田とはちがってできた時から川の上だ。ちゃきちゃきの純粋川の上駅ということだ。いい。付近はすてきな団地だらけだし。

おもしろいのは、都心からやってきた都営新宿線はこの駅と、すぐ脇を流れる荒川を隔てたもうひとつ東隣の船堀駅の2つだけ一時的に高架になるという点。それ以外は地下だ。

地下に鉄道を通すのはすごくお金がかかるのだが、それでも大都市に地下鉄が走っているのは、都心では地上の建築をどけるほうがたいへんだからだ。しかし大きな川の下を行くのはもっとたいへんなので、こうして川を越えるためだけに地上に顔を出す。まるで地下鉄がここで息継ぎをしているよう。

ちなみに送電線も都心に入ると地下に潜る。地下鉄と一緒だ。鉄塔が立っているということは、そこはある意味「都心」ではないと言える。

新宿線の北を走っている送電線の船堀橋線も荒川を超えたところで地下に潜る。ちょっと南にある葛西橋線や江東線といった送電線も同じだ。 興味深いのは江東線のすぐ脇の地下鉄東西線も全く同じように荒川を超えたところで仲良く地下に潜るということ。東京の東側はほとんどすべて荒川を境に鉄塔が姿を消す。

以前「どこまで東京?」 という記事を書いたが、鉄塔を基準にすると「東京」は荒川までだ。

送電網と都市のエッジの話でいうと、あと、超超高圧500kVの送電線の一部と圏央道のルートがおおむね一致するのもおもしろい。これは東京の何のエッジといえるのだろうか。

そんなことを考えながら、せっかくなのでこの新宿線が地下に潜る地点まで行ってみた。
東大島駅から西(都心方向)へ300mほど行ったところから振り返る。高架だった線路は塀に囲われて、このあたりですでに地面より下に。
東大島駅から西(都心方向)へ300mほど行ったところから振り返る。高架だった線路は塀に囲われて、このあたりですでに地面より下に。
塀に蓋がされて、そのままどんどん地面に食い込んでいく。
塀に蓋がされて、そのままどんどん地面に食い込んでいく。
この先あたりで完全に地下へ。
この先あたりで完全に地下へ。
振り返ってみると、こんな。それにしても地下に潜りきった場所の上がよく分からない庭のようなものになっているのがおもしろい。
振り返ってみると、こんな。それにしても地下に潜りきった場所の上がよく分からない庭のようなものになっているのがおもしろい。
ガンガン掘ってるけど、その下、地下鉄ですよね。
ガンガン掘ってるけど、その下、地下鉄ですよね。
さて、この東大島が「川の上の駅」の最高峰かというと、そうではない。ぼくが惜しいと思うのは、ホームにいると、まるで「川の上感」がない点だ。
完全に覆われていて、川の上であることがわからない。もったいない。
完全に覆われていて、川の上であることがわからない。もったいない。
そういえば以前、秋葉原の総武線が首都高をまたぐ(というより首都高が総武線の下を苦労して行く)場所の風景がかっこいいですよね、という話を鉄道総合技術研究所の小野田滋さん(鉄道趣味の人間からしたら神様のような方です)にしたところ「この時代の鉄道の橋は、車窓からの眺めをした設計にしているんです」と教えていただいた。感動した。
ここの話。すぐ左が秋葉原駅。いわれてみれば、窓を遮る部分にアーチやトラスの構造物がない。そのかわり下の桁構造でがんばってる。
ここの話。すぐ左が秋葉原駅。いわれてみれば、窓を遮る部分にアーチやトラスの構造物がない。そのかわり下の桁構造でがんばってる。
かつて高架とは単に立体交差するためのものではなく、眺望を提供するものだったのだ。

東大島や新馬場のホームが、せっかくの川の上なのに完全にふさいでしまうのは、安全や防音や風よけということなのかもしれないが、鉄道黎明期だったらぜったい眺望をだいじにしたよねー、と思う。というか「せっかくの川の上」って思うのはぼくだけでしょうか。いや、そんなことはないはずだ。

現に、眺望重視のすばらしい川の上の駅があるのだ。そのひとつが阪神線の芦屋駅だ。
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芦屋駅、すばらしい。だけど川自体はなかなかやっかい

芦屋川の上にあるホーム。
芦屋川の上にあるホーム。
すばらしすぎる開放感! いままで見てきた東京の川の上駅とは一線を画す。
すばらしすぎる開放感! いままで見てきた東京の川の上駅とは一線を画す。
川と、六甲が見える。すてき。
川と、六甲が見える。すてき。
川の上の駅、かくあるべし。すばらしい。

下を流れるのは芦屋川。実はこの上流 1km ほどに阪急の駅もあって、そこも川の上の駅だ。東京ではめずらしい、あこがれの川の上の駅がここにはすぐ近くに2つもあるのだ。

で、面白いのは、その間にあるJRだ。なんと、JRだけ川の下を通っているのだ。
JRの場合は駅は川から離れた場所にあるのだが、それよりそもそも線路が川の下を通っているではないか。(国土地理院「地図・空中写真閲覧サービス</a>」より・整理番号・CKK20092/コース番号・C39/写真番号・42/撮影年月日2009/04/19(平21))
JRの場合は駅は川から離れた場所にあるのだが、それよりそもそも線路が川の下を通っているではないか。(国土地理院「地図・空中写真閲覧サービス」より・整理番号・CKK20092/コース番号・C39/写真番号・42/撮影年月日2009/04/19(平21))
川を越えるためにトンネルというより、川の方が橋を架けて線路の上をいった、という風情だ。

なぜこんなことになっているのかというと、芦屋川が天井川だからだ。天井川とは、以前萩原さんが草津川の記事で紹介したり、ぼく自身も出雲平野について書いたあれだ。
地形図で見るとこんな。芦屋川、土砂を運びまくって下流の方はまわりより高くなっているのがよく分かる(国土地理院「基盤地図情報数値標高モデル」5mメッシュをSimpleDEMViewerで表示したものをキャプチャ・加筆加工)
地形図で見るとこんな。芦屋川、土砂を運びまくって下流の方はまわりより高くなっているのがよく分かる(国土地理院「基盤地図情報数値標高モデル」5mメッシュSimpleDEMViewerで表示したものをキャプチャ・加筆加工)

天井川とは、流れが上流から土砂を運んできた結果、川なのにまわりの地面より高さが高くなってしまっている状態のこと。芦屋川の上流は地質がもろく、天井川になりやすいのだそうだ。

天井川が問題なのは、川が浅くなって少しの雨ですぐに氾濫するようになるということと、川の方が高いので氾濫するとまわりがたいへんなことになること。

現にこのあたり一帯は1938年7月に「阪神大水害」という未曾有の洪水を経験している。谷崎潤一郎の『細雪』や手塚治虫『アドルフに告ぐ』にそのときの様子が描かれている。
「アドルフに告ぐ 1」(手塚治虫漫画全集・講談社)189ページ・193ページより。ひさしぶりに本棚からひっぱりだしたら、思わず読みふけってしまって本原稿を書くのが遅くなりました。
「アドルフに告ぐ 1」(手塚治虫漫画全集・講談社)189ページ・193ページより。ひさしぶりに本棚からひっぱりだしたら、思わず読みふけってしまって本原稿を書くのが遅くなりました。
村上春樹は『羊をめぐる冒険』の中で芦屋川について

「川沿いの道は僕の好きな道だった。水の流れと共に僕は歩く。そして歩きながら、川の息づかいを感じる。彼らは生きているのだ。彼らこそが街を作ったのだ。何万年という歳月をかけて彼らは山を崩し、土を運び、海を埋め、そこに木々を繁らしたのだ。そもそもの最初から街は彼らのものだったし、おそらくこれから先もずっとそうなのだろう」

と書いている。そうなのだ。気を抜くと「彼ら」はたいへんな災害を起こす。このエリアがこの時以来なんとかそれなりに平穏にやってきているのは、現代的な治水の成果なのだ。

ともあれそんなわけでJRは川の下を行くことになった。逆に阪神線は川の上に駅を置くために、だいぶ高度を上げている。

芦屋駅がホームから川を望めるようになっているのは、芦屋川をなだめすかしてなんとか折り合っているこの地域の人々のプライドの現れなのかもしれない。お、なんかいま良いこと言ったぞ。

というか、前述の東大島駅の中川・荒川だってたいへんな治水の歴史があるエリアなんだけどなあ(これについて話し出すと際限なく長くなるので割愛)。やっぱりあの駅も川見えたらいいな。

暫定的に「川の上の駅」最高峰・武庫川駅

さて、紹介したい川の上の駅はたくさんあるが、そろそろおわりにしなければ。阪神間にはほかにもあるし、いま思い出したけど二子玉川も川に出っ張ってるし、北赤羽もそうだった。あと、土讃線の土佐北川と長崎の市電の正覚寺下電停は行って見てみたいなあ。

で、最後は同じく阪神線の武庫川駅だ。ここもすばらしく「川の上感」がある。ほんとうにすてき。
芦屋駅から大阪方面に8駅。武庫川駅。このとおり、川の上。
芦屋駅から大阪方面に8駅。武庫川駅。このとおり、川の上。
芦屋駅と同じく、すばらしい開放感。これこれ! こういうの!
芦屋駅と同じく、すばらしい開放感。これこれ! こういうの!
ホームの下にも水面が見えるのがいい。
ホームの下にも水面が見えるのがいい。
これまで紹介した他の駅と同様、改札はホームの端。この遠さも「ザ・川の上の駅」って感じでいい。
これまで紹介した他の駅と同様、改札はホームの端。この遠さも「ザ・川の上の駅」って感じでいい。
そしてこの駅のすばらしさに輪をかけているのが、改札外の通路がホームのすぐ脇にある点。
そしてこの駅のすばらしさに輪をかけているのが、改札外の通路がホームのすぐ脇にある点。
完ぺきだ。川の上の駅のマスターピースだ。東京にも武庫川駅が欲しい。

こちらの記事によれば、もともとは川の上にはなかったが、武庫川の改修工事をきっかけに駅をリニューアルすることになり「用地買収の費用を抑えられるうえ、川の両側の住民から近いため」川の上に作ったのだという。
駅名の字体もかわいい。
駅名の字体もかわいい。
いまのところ、すてきな「川の上の駅」暫定ナンバーワンは武庫川駅に決定。そして川の上の駅のすてきさはホームからの眺望にあることがわかった。満足。

あくまで暫定です。今後も川の上の駅を訪ねていこうと思う。土讃線の土佐北川と長崎の市電の正覚寺下電停はいつか行かなくてはならない。

そして同好の士がいると信じております。
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