特集 2015年11月25日

「チャンピオン」や「りぼん」から国語辞典にのせたい言葉を探す

国語辞典にのせたい言葉をさがすぞー! 漫画から
国語辞典にのせたい言葉をさがすぞー! 漫画から
言葉は、大河の流れに翻弄される木の葉のように、たえず揺れ動き、さまざまに向きをかえ、時には裏返り、その見た目を変化させる。

そのひとつひとつを丁寧にすくいあげ、記録として残すのが国語辞典の役目のひとつでもある。

われわれがなにげなく日々使う言葉、とくに漫画にはどんな言葉が使われているのか、現役の国語辞典編纂者と国語辞典のプリンスにすくい上げてもらった。
鳥取県出身。東京都中央区在住。フリーライター(自称)。境界や境目がとてもきになる。尊敬する人はバッハ。(動画インタビュー)

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用例採集ってなんだ

国語辞典編纂者が、国語辞典を作るさいに「用例採集」という作業を行っていることは、昨年紹介した。
「『用例採集』ってなんだよ」というひとは、上の記事の1ページ目だけをざっと読んでいただきたいところだが、せっかくなので改めて簡単に説明したい。

国語辞典を作るとき、または改訂するときは、事前に決めたルールのもと、掲載するべき言葉と削除する言葉を選ぶ。

そのさい、新しく使われはじめた言葉(「キター」や「ツィート」など)や、従来の意味とは違った意味で使われはじめた言葉(「替え玉」など)を、新聞、雑誌、書籍、テレビ、ラジオ、市中の看板などから、どんなふうに使われているのか実例を集めるのが、用例採集という作業だ。

用例採集は、日常で使う言葉の、ふだんは気にもかけない側面をのぞき見るような楽しさがあっておもしろいのだ。

国語辞典に詳しいひとと漫画に詳しいひとに集まってもらった

そんな用例採集を漫画雑誌から行ったらどんな言葉が拾えるのか?

国語辞典の専門家、漫画誌出版社の人に集まってもらった。
三省堂国語辞典編纂者の飯間浩明先生
三省堂国語辞典編纂者の飯間浩明先生
以前、用例採集の記事にも登場していただいた、国語辞典編纂者の飯間浩明先生。飯間先生は『三省堂国語辞典』の編纂者であり、いままさに国語辞典づくりに携わっておられる、いわばプロである。

今日は、プロの立場で、漫画雑誌から「三省堂国語辞典にのせてもいいかな?」と思えるような言葉を拾っていただく。

そしてもうひとり、辞書マニア代表として参加していただいたのは見坊行徳さん。
辞書好きなひとは「見坊」という名字でピンとくるのでは?
辞書好きなひとは「見坊」という名字でピンとくるのでは?
見坊さんは、早稲田大学在学中に国語辞典サークル「早稲田大学辞書研究会」を立ち上げ、早稲田大学で使われている言葉をまとめた「早稲田大辞書」を上梓したほどの辞書マニアである。

さらに、見坊さんは『三省堂国語辞典』の初代編集主幹、見坊豪紀(ひでとし)先生のご令孫である。いわば、国語辞典界のプリンスといっても過言ではない。
見坊豪紀先生の「用例採集カード」。おやっと思った言葉をこのようにカードにまとめ、国語辞典を作るさいの基礎資料としていた。見坊豪紀先生の残した用例採集カードは実に100万枚以上もある
見坊豪紀先生の「用例採集カード」。おやっと思った言葉をこのようにカードにまとめ、国語辞典を作るさいの基礎資料としていた。見坊豪紀先生の残した用例採集カードは実に100万枚以上もある
そして、漫画雑誌に詳しい専門家として、秋田書店の滝川さんに来ていただいた。
「カラスヤポータルZ」の「滝G」こと秋田書店の滝川さん
カラスヤポータルZ」の「滝G」こと秋田書店の滝川さん
上記の三人に、ぼくを合わせた四人で、漫画雑誌を黙々と読み、気になった言葉を拾い、その言葉は『三省堂国語辞典』にのせられるのか? を検討してみた。
このあたりの漫画雑誌から用例採集します
このあたりの漫画雑誌から用例採集します

発音がわからない「T」

まずは見坊さんから、見坊さんは漫画のセリフではなく、グラビアページの「T170、B85、W58、H83」という表記が気になったという。
まず気になったのはこの部分ですね。何を表してるかはお察しの通りだと思うんですが、わたしはこの「T」というのが慣れていなくて、身長っていう意味ですよね。
『ヤングチャンピオン』2015年19号グラビアページ
『ヤングチャンピオン』2015年19号グラビアページ
身長ですよね。こういう書き方って漫画雑誌特有なんでしょうか。
グラビアのページによくのってますね。
これ、重要だなと思いました。三国(『三省堂国語辞典』のこと)の「T」の項目はいまTシャツぐらいの意味しかのってないです。単なるアルファベットのTだと日本語になってませんが、それをどう読むかで日本語として国語辞典にのせる意味が出てくるんです。
確かに「身長」の意味はのってない
確かに「身長」の意味はのってない
確かに「身長」の意味はのってない
ただこの「名詞化してるアルファベット」もいろいろあって「チビT」と書くばあいは「ちびてぃー」と読むんですが、「決勝T」の場合「けっしょうてぃー」とは読まないんですよ。かならず「けっしょうとーなめんと」と発音するんです。だから、わたしたちはそういう概念を今度から「書き言葉専用の言葉」というふうに表示しようって考えてるんですけどね。
そもそも、これほかは「バスト」「ウェスト」「ヒップ」と読むんですよね、じゃあ「T」はなんて読むんだろうって話ですね。「トール」でいいのか「しんちょう」と読むのか。
とくにここらへんではルビふらないので、読み方は不明ですね……。
『ジャンプ』だと総ルビだったはずなので、もしこういうページがあればルビふってくれるんでしょうけど……。
三国の、B、W、Hの項目は、それぞれ「胸まわり」「腰まわり」「しりまわり」と、意味がちゃんとのっている。しかし、Tに「身長」の意味はのっていない。飯間先生が「重要だ」とおっしゃったのはそのためだ。

程度のないものに「すぎる」を使うのか?

続いて、飯間先生の拾った「~すぎる」について。
まずは「~すぎる」です。これは「美人すぎる」とかいろいろあるんですけど、ここでは「ライバル心むきだしすぎる」とあります。
『りぼん』2015年10月号 森乃なっぱ「サワッちとなっぱっぱの放課後妄想♡倶楽部」より
『りぼん』2015年10月号 森乃なっぱ「サワッちとなっぱっぱの放課後妄想♡倶楽部」より
この「むきだし」は「程度」の表現ができるのかな? ってことですね。美人すぎるってのは「非常に美人だ」って言えますけど。むき出しってのは「非常にむき出しだ」って言えるのか?
たしかに、違和感は否めませんね「むきだし」は、むけた状態か、そうじゃないかのどっちかですよね。
でもこれは、なにか意味があって言ってるわけだから、程度じゃないとしたらなにかです。例えば「ライバル心むき出しなのが、非常に強く迫ってくる……」あるいは「むき出しであることがひしひしと感じられる」とか。わかりませんが。
AかA′の状態しかないものに、アナログ的な量の概念の「すぎる」をつけて使うってのが、用法としてはおもしろいところですね。
ぱっと見たらね、そのすぐ横に「かわいすぎる新キャラ」ってあったんで、くまなく見て行ったら、従来は「~すぎる」がつかなかったけど、つけて使っている言葉が続々見つかりそうな気がしますね。
「~すぎる」の使える範囲がどんどん広がってるということですね。
そうです、たとえば「女子大生すぎる」とか?
たしかにそれ、よく考えるとおかしいですけど、言いたいことはわかります。いかにも女子大生風なかっこをしているひとをさして「女子大生すぎる」ということありえますね。
ありえます。だから今後この言葉は要注意の言葉ですね。
主語と述語があって、その後ろに「すぎる」つけちゃう例も見かけますね。
えぇと、例えば「わたしにはわかりませんすぎる」みたいな?
そこまで行くと口頭で使う言葉なんでしょうか。若者言葉かな。
そのあたり、わたしはチェックが弱いんです。
「すぎる」自体はもちろん三国にのっているのだが、今までと違った使われ方が広まってくれば、やはりそれも国語辞典にのせていかなければならないのだ。

「ガテン系」は国語辞典にのせるのか?

続いては、ぼくもひとつ言葉を拾ってみた。
『月刊少年チャンピオン』2015年10月号・プレゼントページ
『月刊少年チャンピオン』2015年10月号・プレゼントページ
ガテン系ってのってますか? (三国を調べる)のってませんね(ドヤ顔)。
はい「ガテン系」とか「とらばーゆする」とか、「デューダする」とかあったでしょ。あとは「フォーカスする」、「フライデーする」みたいな言葉は雑誌名ですよね。流行語はのせないという基準からすると、ちょっと難しいんですね。
あぁ、そうなんですか。新しい言葉なら何でもかんでも入れるってわけにはいかないんですね……。
その雑誌が消えているにもかかわらず「ガテン系」という言葉が一人歩きして使われているのであれば、これはもう言葉として定着したってことですけども。
いま、調べたら「ガテン」は2009年に休刊してますね。
え! そうなんですか? じゃあ「虎は死して皮を残し、人は死して名を残し」じゃないですか?
今はウェブ媒体ではあるらしいです、でも紙媒体は無くなってますね。
それは、微妙ですね……。世の中の人が「そういえばガテンってなんだろうね?」というふうになれば、これは要検討ですねえ。「八百長」って言ったひとが「そういえば八百長ってなんだろうね」ってなるようになれば、国語辞典にのるレベルなんです。
雑誌や商品名など、固有名詞発祥のことばは、よっぽど定着しないと国語辞典にはのらないらしい。

「ググる」がのるのはまだまだ先のことかもしれないが、それまでgoogleの検索サービスが今の形のままであるのかはわからない。

『新明解』がのせるようになれば「鉄板」

つづいては、滝川さんが拾ったこちらの言葉。
『モーニング』2015年40号・落合さより「ほいくの王さま」より
『モーニング』2015年40号・落合さより「ほいくの王さま」より
「鉄板」です。「焼き肉にご飯は鉄板だよね」みたいに「間違いないもの」みたいな意味で使いますけれども……。
その意味の「鉄板」は三国にのってるかな? のってますね「失敗するおそれがないようす、最強。」これですよね。
さ、さすが……瞬殺ですね……。
「最強」の意味の鉄板がのっている三国」
「最強」の意味の鉄板がのっている三国」
これはねえ、『新明解』(新明解国語辞典)あたりがのせるようになると、それこそもう「鉄板」なんですけどね。……いま新明解を調べてみると鉄板は「鉄の板」としかのってないですね。新明解はそのあたり無関心というか……俗な使い方をあまりのせないんです。
鉄の板の意味しかのってない『新明解国語辞典』
鉄の板の意味しかのってない『新明解国語辞典』
あの、いまさらでちょっと申し訳ないんですが『三省堂国語辞典』と『新明解国語辞典』ってどう違うんですか?
三省堂の国語辞典のツートップとして『三省堂国語辞典』と『新明解国語辞典』があるんですが、いちおう今いちばん売れていると言われているのが『新明解国語辞典』で、これは独特な、というかちょっと変な語釈(言葉の解説)が多いということで話題にもなったんです。
飯間先生が編集委員をされている『三省堂国語辞典』は、新語や俗語のような生活に密着した言葉をどんどん辞書にのせるということで、これはこれで人気があるんです。
『新明解』は、変な語釈がいつも話題になりますが、どちらかというと項目は保守的なんですね、で『三国』はその逆。でも人気があるのは『新明解』。『新明解』の人気ぶりを、『三国』がいつもやっかんでる。と、そういう構図ですね。
「どの辞書でも同じだよ」という意見はよく聞くけれど、国語辞典はひとつひとつに個性があっておもしろい。同じサッポロ一番でも塩らーめんと、みそラーメン、しょうゆラーメンなどがあるように、まったく別物と考えていただいてさしつかえない。

「いくない」は活用に合わせ、「でたよ」は独立しようとする

続いては見坊さんの拾ったこちらの言葉。
『りぼん』2015年10月号・黒崎みのり「バディゴ」より
『りぼん』2015年10月号・黒崎みのり「バディゴ」より
次は「いくない」ですね。
「いくない?」(疑問形で語尾が上がるアクセント)ですか?
いや、これは形容詞で終止形の「いくない」(最初にアクセントがある言い方)ですね。「よくない」ということを「いくない」と言っている。
これは「よくない」がぜんぶ「いくない」になって活用が、いくなかった、いかろう……となると、語幹が「い」で統一できるんですよ。

今は不規則変化で「よい」って形容詞は「よかろう」「よかった」というふうに「よ」を使ったりするんですが、「よい」は普通「いい」を使いますよね。「いいです」とか「いいね」とか。「よいです」「よいね」はあまり使わない。
つまり、「よ」と「い」で、語幹がゆれうごいていて不規則なんです。で、もう不規則なのは嫌だね、統一しましょうということになれば、「いくない」という言い方も正しいということになってくるんです。
「いくない」若い人が使ってるイメージありますが……。
いや、これは方言にもある言い方で、新しいというわけではないんですよ。「いかった、いかった」とか。
なるほど。なんとなく「正しくないのかな?」と思ってた言い方ですけど、じつはちゃんとした理屈があるんですね。
わたしがこれを最初にみたのは、ちばあきお先生の「キャプテン」で、イガラシというキャラクターが「ハハハそりゃいかったいかった」っていってる場面です。いずれにしろ、「いかった」や「いくない」といった言葉は脈々と非標準的な立場が続いているという感じですね。
次はこれ、三国にのってなかったんですが、「でたよー、銀て、こういうの本当好きだね」っていう。この「でたよ」ですね。
『りぼん』2015年10月号・いしかわえみ「絶叫学級転生」より
『りぼん』2015年10月号・いしかわえみ「絶叫学級転生」より
あーこれか、「でた! いつものやつ」っていうときの「でた」ですね。これは「でた」で見出しつけるべきだね。
そうですね。
え、これは普通の「でる(出る)」とは意味が違うということですか?
そうです、微妙なところですが、三国では「来る」と「来た」を分けてるんです。「◯◯と来たもんだ」の「来た」や「キター」の「キタ(来た)」は、「来る」の形にはならない(活用されない)言葉なので、見出しを立ててのせてる。
「きた(来た)」の項目がある「三省堂国語辞典」
「きた(来た)」の項目がある「三省堂国語辞典」
「きた(北)」の次が「ぎだ(犠打)」で「きた(来た)」の項目がない「新明解国語辞典」
「きた(北)」の次が「ぎだ(犠打)」で「きた(来た)」の項目がない「新明解国語辞典」
「でたよ」もそれに近いということですね。
しかし、ひとつの項目になるには勢力が弱いかな……。
そうですか? ただやっぱり若年層がよく使うというところはあると思うんですが、そうですね、40代50代のひとが「でたよ」っていわな……いや、いうきもしますね。
そう、いうんですよ、ただね「お化けがでた」の場合は「おばけがでる」と活用もするから、「でた」専用じゃないってところですね。あと「でた、いつものやつ」ってのも「でるよ、いつものやつ」みたいにも言うから、活用している。まだ「でた」だけで独立していないんじゃないか? と、思うわけです。
ただ、意識としてはこの「でたよ」って言うとき、これが活用するものだと言う意識は正直ないですね。
先ほどの「いくない」は活用の方に合わせる感じで言葉が変わってきてますけど、この「でたよ」は活用される言葉から独立しかけている。面白いですね。

声門閉鎖する漫画のセリフ

さて、まだまだ用例採集は続く。続いては飯間先生の拾ったこちらの言葉。
『りぼん』2015年10月号・黒崎みのり「バディゴ」より
『りぼん』2015年10月号・黒崎みのり「バディゴ」より
よめないですね。
でも、これは重要ですね。
これ「つ」じゃないですよね、ちっちゃい「っ」ですよね。
そうですね、ちっちゃい「っ」ですね。これ、何かに「くっ!」(歯を食いしばった雰囲気で)ってなるときの感じですかね?
でも、それは「くっ!」って書けばいいわけだから。
「うっ!」(息が詰まった雰囲気で)っていう、息がとまってる感じなんです。
じゃあ「うっ!」って書けばいいじゃないですか?
いやいや、実際には音が出ないんですよ。
ならばビックリマーク(!)だけでいいじゃないですか。
いやいやいや、それは違いますよ。
おぉ、師弟対決だ。(※飯間先生は、見坊さんの大学時代の先生です)
これは、なんですか? いわゆる「グロッタルストップ」ですか?
「グロッタルストップ」ですね。
ちょっとまってください。きいたことがない言葉が。グロ……。
「グロッタルストップ」ですね、日本語で「声門閉鎖」と申しますけども、声門を「っ」って閉じるんです。ひとよんで「グロッタルストップ」。
そういう発音が、世界の言語にはあるんですね。
あります、日本語にもありますよ。例えば「あっ」って言うときの、「あっ」は、別に「アツ(a-tsu)」って言ってないでしょ。これは「あ」という母音を発音ししながら、いきなり声門閉鎖するんです。
「あっ」
「あっ」
「あっ」
先ほどの漫画の「っ」は「あっ」が突然途切れた音を「っ」で表してるんですかね。声門閉鎖してるところだけ、書いているんじゃないかと。そう思うんですね。
なにか言おうとして言えない感じを表してるんでしょうね
漫画で絵があると、非常に実証的にわかっておもしろいですね。
この「っ」から始まる言葉がもっと一般的に使われるようになれば、そのうち国語辞典に採用される可能性もある。ただ、読み方がわからないのだが。

「シフト」は「勤務時間帯」のことなのか?

『りぼん』2015年10月号・津山ちなみ「HIGH SCORE」より
『りぼん』2015年10月号・津山ちなみ「HIGH SCORE」より
これはおそらく「シフト」(最初にアクセントのある言い方)じゃなくて「シフト」(平板な言い方)ですね。バイトでね「シフト変更お願いします」って言ってるんですけど……。
三国にのってますよねこれ。
ところがですなあ、微妙なところで三国の「シフト」の項目は、順に読んでいきますと、①位置の移動 ②移行。「増税―」 ③入れかわること。交替(コウタイ)。「パラダイム―・勤務―」、この辺りが近い。
③番の意味がいちばん近いですよね。それでいいんじゃないですか?
そう思いますよね、でもよく考えてください。「シフト変更お願いします」といった時に、これは「交替変更」と言っている。ちょっとおかしいですよね。
そうか。
「シフト」とは、いまや「交替」ではなくて「勤務時間帯」という意味になっているのではないかと。「わたしシフトが夜だから」っていいますよね。それは「交替が夜」ではなく「勤務時間帯が夜」という意味ではないかと。
「シフトを入れる」というのは「勤務時間帯、勤務当番を登録する」という意味で、「交替を入れる」のではないですね。すでにそういう意味になっている。
意味が変容してきている言葉の典型例ですね。これ。

「イケメン」をみまもり介護

『りぼん』2015年10月号・藤原ゆか「リトルウィッチアカデミア 月夜の王冠」より
『りぼん』2015年10月号・藤原ゆか「リトルウィッチアカデミア 月夜の王冠」より
わたし「イケメン」ウォッチャーなんですよ。
誤解を招きそうな言い方ですけど、「イケメン」という「言葉」のウォッチャーですね。
そう、イケメンそのものはどうでもいいんですが、こういう「かっこよい男性を指し示す言葉」って流行りすたりが激しいんですよ、「ハンサム」なんてこと、もう言わないでしょう? あと「イカす」なんてのも言わなくなってる。
「二枚目」なんてのもそんなに使わないですね。
なぜかというと「いちばん最新の流行りのスタイルのひと」っていう意味だから、言葉が古くなっちゃうと新しさが出ないわけです。となると、「イケメン」もいつまでの命かな? 「イケメン」大丈夫かな? っていつも心配してる。
「イケメン」の寿命ですね。ちなみに「イケメン」はすでに三国にのってるんですね。
当然のっていて、三国は2008年の第六版からのってます。おそらく広辞苑も2008年の第六版からのってます、広辞苑はひらがなで「いけ」と書いて、そのあとに漢字の「面」をあてて「いけ面」でのってます。
なぜその表記を採用したのか?
なぜその表記を採用したのか?
「いけ面」って、そんな書き方しないでしょう。
ぜったいないと思うんですけど。まあ、そういう形でのってるということですね。イケメンは広辞苑にのったから安泰かっていうとそうでもなくて、実生活で使われなくなる日がちかづいてるんじゃないかって、心配してます
かっこいい男を表す、新しい言い方ができれば、それに取って代わられるということですね。「男前」が「ハンサム」になって、イケメンになったように。
「イケメン」「ハンサム」「男前」は同じような意味領域だと思うんですが、新しいか古いかなんです。そうすると「だれこのイケメン」っていう文章も、あと10年ぐらいたつと「あぁ、これはいかにも2010年代ごろに書かれた文章だな」って感じるはずなんです。
書かれた文章で時代を感じるってのは確かにありますね。いかにも「80年代の文章だな」とか、ありますもん。
というわけで、このイケメンの運命をウォッチして健在ぶりを確認してる。「イケメン」を「みまもり介護」してるんです。
ちゃんと見守ってないと、気がつかないうちに消えてますからね。現れるときはわかりやすいんですけど。
この時点までは使ってましたよってのは記録しておかないとだめなんです。わたし「ぶりっ子」っていうのは、なくなるまでウォッチしたんです。
たしかに、ぶりっ子はいま普通の文脈では使わないですね。
「ぶりっ子」が普通の文脈でつかえたのは90年代の終わりぐらいまでですよ。ただ、その当時でもかなり微妙な使い方でしたね。「ナウい」ってのも90年代ぐらいまで使われてましたよ。
(※「ぶりっ子」は、2015年の時点で、若者のファッション雑誌にもよく出てくることを確認しました。「自分の高校生の娘も使う」という声も聞きました。今でも現役のことばということになります。(飯間))
言葉って新しい言い方が発明されると、いっきに使われるようになりますね。「ディスる」という言葉ありますけど、これも相手を「けなす」とか「批判する」とか「文句をいう」とか、そういうのをひっくるめた便利な言葉として出てきて、ここ5年ぐらいでいっきに使われるようになりましたね。
「ディスる」はもちろん三国にのってるんですが、わたし「ディスる」なんてのは、いかにもとってつけたような、ネットスラングっぽい感じがあるので、これいらないなと思ったんですけども、塩田さん(NHK放送文化研究所専任研究員・塩田雄大氏)が勝手に入れちゃったんです。
でも、今けっこう使われてますもんね。
そう、だから「ディスる」は入れておいてよかった。
(※塩田委員が「勝手に入れちゃった」という部分は、私の大失言です。委員が独断で項目を作ることはありません。提案者が塩田さんという意味でしたが、そもそも、「ディスる」を提案したのは別の委員でした。ここに深くおわびします。真意は、「ディスる」を当初いらないと思った私の判断ミスについて述べたかったのです。(飯間))
用例採集は新しい言葉を探すだけじゃなく、ちゃんと使われてるのかを確認する作業でもあるらしい。

「欲ばりなあなたには!」「ケンカ売ってんのか!」

『週刊少年ジャンプ』2015年41号・葦原大介「ワールドトリガー」より
『週刊少年ジャンプ』2015年41号・葦原大介「ワールドトリガー」より
「貪欲」なんですが、これいわゆるサッカーなんかでいうところの「勝ちに貪欲」みたいな使い方ですよね。「貪欲に自分の役目を追求する」とか。
悪口ですよね、貪欲
悪口ですよね、貪欲
三国を見ますと「〔おかねや物などにたいして〕欲が深いこと。強欲。」とありますね。
つまり、昔はあまりいいイメージで使われなかったのが、最近は良いイメージの文脈でも使われるようになってきたということですね。
しかしですね、原義から言ったら、欲を貪(むさぼ)るですから、ひどい意味なんですよ。
ほめ言葉にはなりようがないんですよ。
ほかにも似た言葉があって「欲ばり」って言葉ありますよね。これもほめ言葉ではないんですよ。ところが、ある時期からコマーシャルなんかで「欲ばりなあなたにはこれ!」とかいうんですよ「ケンカ売ってんのか」って話になりますよね。
確かに商品のコピーだとハッタリかまそうとしてそういうこと無遠慮にいいますよね。
レストランでも「欲ばり定食」とかあるわけですよ。ようは大盛りってことなんですけど、そんなこといわれると「わたしは欲ばりじゃないから要らん!」って気持ちになるんです。つまり、欲をはることが、美徳になってる
なるほど、まんま資本主義じゃないですか。「欲」という言葉から悪い意味がどんどん薄れてきている。言葉の使われ方に社会のありようがにじみ出るのがおもしろい。
パスタでも「欲深い大人の」というキャッチコピーをうたってる商品ありますね。
あ、もう「欲深い」までいってるんだ。これ「欲深い」までなると、ちょっと気をつけないと、トラブルになりますよ。
「欲深い大人の」って完全に日本昔ばなしでキツネに化かされて馬糞食べちゃうおじいさんの方である。

ほめる意味で、逆に悪くいう。というパターンはわりとあるけれど、言葉を使う側と受け取る側で、言葉の理解にギャップがあると、まずいという例だ。

『刃牙道』の独特な当て字に当惑する

『週刊少年チャンピオン』2015年41号・板垣恵介「刃牙道」より
『週刊少年チャンピオン』2015年41号・板垣恵介「刃牙道」より
これはルビの話なんですが、なんて漫画ですか?
『刃牙(バキ)道』ですね。
ここでは剣道の試合でしょうか、それが始まって「開始(はじ)まっちまった」って書いてあるんですけど「開」要らなくないですか?
あはは、確かにそうですね。ただ、『刃牙道』って漫画は、わざとこういう言葉遣いをしてるんです。「嗚呼」とか「っ」を重ねたり、言葉の使い方が独特な漫画なんです。
ルビをふるのがスタイルの漫画なんですか? これも「技術(わざ)が使用(つか)えん」とか。これも「用」いらないでしょう「使えん」で通じるでしょう? あ、もしかしてこれは中国人ぽさを表すものですかな?
『週刊少年チャンピオン』2015年41号・板垣恵介「刃牙道」より
『週刊少年チャンピオン』2015年41号・板垣恵介「刃牙道」より
いやいや、違います。そういう漫画なんですこれ。
これ、いらないよなー。「技術」に「わざ」をあてると意味の範囲が絞られて分かりやすくなるかな? とは思いますけど「使用」と「つかう」はほとんど一緒でしょう? 意味ないんじゃないかなあ?
国語の専門家の見方として、そういう見方ができる。ということですね。
ただこれは、作者の板垣恵介先生の独特な言いまわしなんですよ、作家性ですね。これはもう仕方がない。

「賞金首」がどの辞書にものってない

『月刊少年チャンピオン』2015年10月号・塚脇永久、伊藤龍「蟻の王」より
『月刊少年チャンピオン』2015年10月号・塚脇永久、伊藤龍「蟻の王」より
「賞金首」ですね、これがですね、なぜかのってなかったんですよ。
え? 「賞金首」がのってない? 賞金の項目にも?
いやいや「賞金首」なんてはじめて聞きましたよ。
えーっ! ほんとですか!
いやー、言わないでしょ!
西部劇なんかみてたらよく出てくると思うんですけど。
「賞金首」ってよく言います……よね?
言います。でもこれがですね、たぶんどの辞書にものってないんですよ。
というかね、今の会話をきいてね「言うかよ」って思ったんですが、正直。
ブラック飯間でましたねー。ただ「賞金首」はよく聞きますよ。
フィクションでは非常によく出てくる言葉ですね。ウォンテッドになって懸賞金がかかってるひとのことを「賞金首」というんです。
そうですか、それは今日勉強しました。
わたしが、なぜこれをのせたほうがいいと思うかというと、西部劇もそうなんですが、たぶん今いちばん売れている漫画のひとつである『ONE PIECE』に、おそらく繰り返し出てくるんですよ。
あー、それでか。その認識の元ネタがわかりました。
漫画にふれている層とそうでない層で、この言葉の認識に違いが出た、ということでしょうか。
なるほど、まさしくね、漫画から用例採集してなかったツケがまわってきたと。そういうことですね。
完全に見落とされてる言葉ですね。日国(※『日本国語大辞典』日本最大の収録語数を誇る辞書)にも、デジタル大辞泉にものってないんですよね。
普通ね、「これのってないよ」って言われたらね「あちゃー、入れ忘れた!」ってなるんですが、「賞金首」は知らなかったですねえ。まったく知らなかった。
『メタルマックス』というテレビゲームがあるんですが、ぼくはそれで見たことがあるんです。
たしかジャンプで昔連載していた『海賊コブラ』でも出てきたはずです。
やはり、漫画やゲームでよく使われてる言葉なんでしょうね。
漫画やゲームの言葉ってのは用例採集の対象ではある?
まあ、そうなんでしょうけど、あまり意識してなかったですねえ。見坊豪紀先生だったらどうでしたかね? ゲームしてましたかね?
たぶんゲームしてると思います。なにしろ、うちの父がゲームをすごくするので、とりあえず、あたらしいものはやりたがる。そういう部分は遺伝してますね。
ちなみにききますが、もしおじいさんが今いれば、インターネット、ツイッターはやってたと思います?
ぜったいやってますね。本人が書き込みするかどうかはわかりませんが、見るぶんは見るでしょうね。コーパス(※言葉のデータベース資料)代わりに。
そうか、見坊先生はみますか。いやあ、今日は本当によかった。「賞金首」は次の改訂で収録を検討する言葉の最重要項目ですね。もっとも、この記事が出てすぐぐらいに『デジタル大辞泉』が追加するでしょうけど。

漫画にも意外と言葉が使われている

絵がメインの漫画から言葉なんか拾えるのか? といささか不安ではあったものの、そんな心配は杞憂であった。

あまりにもおもしろく、じつは四人でこの倍の言葉を拾ったのだが、なくなく半分に削った。

そのうちどこかで完全版を公開したいという気持ちになっている。
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