タクシーを3時間貸切りした
タクシーの料金は通常、距離と時間をそのつど計測して支払うシステムになっているが、時間で区切って貸切することもできる。
都内の一般的なタクシーだと、3時間から貸出が可能なところが多い。(3時間以内でも3時間分の料金がかかる)
今回は、前日に配車をお願いし、東京駅で待ち合わせた。待ち合わせ場所には、ハロー・トーキョーの長谷川さんがすでに来て待機してくれていた。
運転手の長谷川さん
ただ、タクシー内で世間話をしたい。というだけでタクシーを3時間貸切る。震えるほどの贅沢である。
同郷の知り合いに、東京電力のサポートセンターに毎日電話をかけ続け、話し相手になってもらっていた人を知っているが、無理やり話し相手を作るという点においてはこちらの方がステージが高い(と思いたい)。
最初の行き先はあの人気スポット
タクシーの貸切りは、東京23区内(タクシーの営業区域内)であれば、北は足立区、南は品川区まで、ホントに好きな場所に連れて行ってくれるという。
ただ、規定により、高速道路は使えないらしい。
さて、どこに行ってもらうかなー
まずはどこに行くか。
どこに行ってもらっても構わないのだが、最初の行き先は今一番人気のある観光スポットに連れて行ってもらうことにした。
――とりあえず、いま一番人気のある観光地に行って欲しいんですが……その場所はぼくには秘密にして行ってもらえますか?
「あぁー、いいですよー」
いちばん人気のある観光地はどこか? タクシーがその場所に近づくにつれて正解がわかる。という、そういう趣向だ。
「でも、スカイツリーなんですけど、いいですか?」
あ、いま正解いっちゃうのね……。はい、いいです。行ってください。
スカイツリーに行くんですね
人気が衰えないタワー
――やっぱり、最近はスカイツリーって多いですか?
「多いですねー、スカイツリー、浅草寺は多いですよ」
――そうするとスカイツリーができてから東京タワーに行く人って減りました?
「いや、それはないですね、以前と変わらないですよ、東京タワーとスカイツリーと両方行かれる方もいますし」
足元に、増上寺や芝公園を抱える東京タワーのブランド力は、なかなかのものがあるらしく、スカイツリー登場後もその人気は衰えてないらしい。
じつはご近所さんだった
今回タクシーを運転してくださる長谷川さん、よくよく話を聞いてみると、生まれも育ちも月島らしい。ぼくは勝どきに住んでいるので、ご近所さんであった。
――あの界隈、ずいぶん変わりましたよね
「いやー、ホント変わった、私が子供の頃は路面電車が走ってたんですよ」
――あ、都電ですね。今の都バス03系統の前身!
「そうなんですか?」
うっかり世間話の王道、ローカルトークで盛り上がってしまった。しかも、都バスの話でタクシーの運転手さんにマウントとっても仕方がない。
そもそも、月島界隈の昔話は今ここで書くことでもないのでこれぐらいでやめておきたい。
そんなに道は覚えてない
――ところで、タクシーの乗務員さんって東京だと「地理試験」っていうのがあるんですよね?
「はいはい、あります、あれね、けっこう難しいんですよ」
――やっぱり難しいですか?
「難しいです、あれはよっぽど車乗り回して道を知ってるひとか、勉強が得意なひとでないと簡単には通らないですよ」
東京と大阪でタクシーの乗務員になるばあいは地理試験を受けて合格しなければいけない
――長谷川さんはどうでした?
「ふつう、道の名前なんて自分の住んでるとこ以外あまり意識して覚えないですからね、それが大変だったなー」
ロンドンの「ダウニングストリート10番」といったような、通り名を使った住居表示をしない日本では、道の名前を覚える必要がないため、あまり意識して覚える人もいないと思う。
電車移動がメインであれば、通り名をそんなに気にしなくても生きていけるが、タクシーの運転手だとそういう訳にはいかない。
地理試験の問題。えーと、文京区民センターってシビックセンターのことじゃないのか?
高速道路の出入口……お手上げだ……
あ、これならわかる! 武蔵野音大以外はわかった!
駅が何区にあるかはだいたいわかるけど、通り名は……消去法でなんとかというレベル
――やっぱり得意な地域とか苦手な地域ってあります?
「あ、それはもちろんあります。私は中央区、港区、渋谷区あたりが得意ですね」
――じゃあ、板橋区は苦手だったりするんですか?
「そうです、板橋、練馬あたりはちょっと苦手なんです。もちろん行けって言われれば行けますよ」
さすがにいくらタクシーの運転手でも東京23区全ての道路に通暁してるというわけではなく、やはり自分の得意な地区がそれぞれある。ということらしい。
めちゃめちゃ混む町
――むかし赤坂でタクシーに乗ったことあるんですけど、赤坂って夜になるとめちゃめちゃ混んでますよね
「あー、はいはい、赤坂はもうあそこはすごいです」
――山王下の交差点から入って、TBSの横通って乃木坂に抜ける道ですよね?
「そうです、もうあそこはひどいですよ」
――他にも激混みの場所ってどこですか?
「六本木ですね、飯倉の交差点わかります?」
――はい、飯倉の交差点から、あれですかロアビルの前通って六本木の交差点まで?
「そうそう、そこです、あそこもものすごく混みますね」
そう、これだ。
「あのへん」を説明して、言葉だけで「あのへん」のイメージが「あー、はいはい」と共有できるこの感覚。
ぼくはタクシーの運転手さんと、こういう道トークをしたかったのだ。この感じが味わいたかった。
ロングの出やすい町出にくい町
運転手さんとあのへんの地理トークで盛り上がっている間に車はスカイツリーに到着。
スカイツリーが綺麗に見えるおすすめの場所
この場所は、長谷川さんが先輩の運転手さんから教えてもらったスカイツリーがよく見える場所らしい。
写真撮影もそこそこに、次の目的地に向かいたい。
――次はどこ行こうかな……神楽坂行ってもらってもいいですか?
「はい、神楽坂ですね。交差点のところですか?」
――坂下の交差点のところから、むかし警察病院があったところに向かって坂あがってもらって、そのへんまで行ってもらっていいですか?
「警察病院……はい、わかりました」
神楽坂ですねーわかりましたー
――やはり長距離のお客さんはいいですか?
「長距離、やっぱりいいですねぇ」
長谷川さんはこの「いいですねぇ」の部分、中島誠之助が焼き物を褒める時みたいな感じで言っていた。
「ただね、長距離乗せて行った先が営業エリア外だった場合、例えば東京からお客のせて横浜とかに行っちゃうと、東京のタクシーは横浜でお客乗せちゃダメなんですよ」
――え! そうなんですか。
「だからそういう場合は「回送」にして東京まで帰らなきゃだめなんです」
今は貸切なので貸切が点滅している
たまに「回送」のタクシーを見かけると「タクシーで回送って大げさだな」なんて思っていたけど、ちゃんと意味があったのだ。
「でも、実は裏ワザみたいなのがあって、東京のタクシーの営業エリア外でも東京に帰るひとだったら乗せてもOKなんですよ」
――あぁ、なるほど、確かにそれは裏ワザっぽい。
「私も一度ありましてね、東京から幕張までお客さん乗せて、幕張本郷の駅前で休憩してたらたまたま東京まで乗せてくれってひとがきて」
――その日は売上すごかったんじゃないですか?
「やっぱりね、ロングが何回か出ると売上違いますよ」
――長距離のこと「ロング」っていうんですか? 業界用語ですか?
「いや、私が勝手にそう呼んでるだけですよ」
勝手にそう呼んでるだけだとしても、みょうに実感のこもった言葉だ。艶かしい響きもなんかある。
――ロング狙ってなにか工夫したりすることってあります?
「私自身はこれといった工夫はしないんですけど、ただ、終電の後の駅だとか、そういうところに行くのは基本ですよね」
――あぁ、終電逃して家までタクシーでってやつですね
「あとはやっぱり渋谷とかよりも銀座のほうがロングでやすいとか、そういうところはありますね」
若者は終電を逃すと、漫画喫茶やカプセルホテルのような場所を利用しがちだが、銀座の高級クラブにいくような人は、お金がかかっても家までタクシーで帰る。というわけである。
ロングが出やすい銀座
町の性格によって、ロングのでやすさが変わるという、露骨ではあるけれど、納得のいく話だ。
むかしよく来た町
そうこうするうちにつぎの目的地、神楽坂に到着した。
この辺りは、ぼくが会社勤めしているときの取引先があり、よく立ち寄った場所である。
この場所に警察病院があった
ほんの数年前まで警察病院や書店があったはずなんだが、いつの間にか巨大なビルが建っていた。
さっき、場所を説明する時「むかし警察病院があった」とぼくが説明したわけだが、警察病院はすでに中野に移転しているにもかかわらず、長谷川さんはちゃんとわかってくれた。
さすがである。
雨がふって喜ぶのはカエルとタクシー
さて、次の目的地である。もうそろそろ時間もなくなってきた。おそらく、次の目的地に移動したらそこでタイムアップで終わりだろう。
せっかくなので、昔住んでいたアパートがある場所に向かってもらうことにした。
――次は、北区の中里なんですけど、場所わかりにくいんで、とりあえず駒込駅まで行ってもらえますか?
「はい、わかりましたー」
本郷通り経由でいきますねー
――ところで、長谷川さんはラジオはつけないんですか?
「私はつけないですね、たまにつけてくれってお客さんもいますけど」
――その辺は好みの問題ですか、やっぱり
「そうですね、それぞれの運転手さんの好みの問題ですよ、ただ、ラジオニュースで情報収集してるひとはいますね」
――渋滞情報とか?
「いや、それよりも鉄道の運行情報のほうが意外と重要ですね、電車が止まってタクシー使う人もいますから」
――あぁ、なるほどー。
「あとは雨や雪ですね」
――天気は重要?
「重要ですよ、雨はとくにお客さん増えますね、雨になって喜ぶのはカエルとタクシーぐらいですよ、ただ、雪がふった時はお客さんが増えるからといって欲だして出ちゃうと危ないですね、車がすべるから」
雨で喜ぶのはカエルとタクシー。ことわざっぽい喩え話でた! そんなに変わったこと言ってないのに名言ぽいのがすごい。
無線はほぼ使わなくなった
――そういえば、さっきから無線がまったく鳴りませんね。
「あぁ、これね、最近は配車の指令はこっちのタッチパネルに出てくるんですよ、無線はもう使わなくなりましたね」
最近のタクシーはGPSで管理されており、配車の指令もタッチパネルの画面に連絡がくる
一応、無線はついているものの、会社への連絡は携帯電話でするらしく、ここ数年で全く使わなくなったらしい。
あのタクシー無線でのやりとりが、今後「懐かしい風景」になってしまうと思うとなんだか寂しいものがある。たいした思い入れがあるわけじゃないけれど。
大家さんちが更地になってた
駒込駅から古河庭園の横の交差点を右にまがって狭い路地の中に入ってもらい、昔住んでいたマンションの近くまでやってきた。
マンション前の路地は狭すぎて車が入らなかった
あぁ、ここ来るの15年ぶりぐらいだ……
毎月家賃持って行ってた大家さんち、更地になってた
当時、まだ仕事もなにも決まってないのに部屋を貸してくれたあの大家のおじさん、当時すでに70は超えてたからな……これ以上の詮索はやめておこう。
思う存分世間話できた
昔住んでたアパートに行った後にちょうど時間がきて、タクシーの貸切は終了となった。
タクシーの運転手さんは、タクシーに乗りたい客のいそうな場所を予測して、車を走らせ、お客をのせる。
これは獲物がいそうな場所を考えて狩猟する狩人にかなり近いのではないか。
タクシー運転手狩人説。あると思います。
3時間すこしオーバーしてしまったので、15200円になってしまった。まいいや。