ししゅんきの「し」
これが通学路にあった(いまもある)すし屋の看板
先日、久しぶりに中学校の通学路を通った。
風景はほとんど変わっていなくて(友達が住んでいた社宅はなくなっていたが。今思えばあれはすごくいい団地だった。もったいない)なつかしいなあ、と歩いていたそのとき、とある店の前を通りかかって思い出したことがあった。およそ25年ぶりに呼び覚まされた記憶だ。
それは京成線の踏切の脇にあるすし屋さん。もはや駅前とは言えない住宅街の真ん中にあるすし屋で小さいながら存在感を放っていた。だから子供心にも印象に残ったのだろう。
で、その呼び覚まされた記憶とは「このすし屋さんの看板の文字おもしろいなあ」って思ったってことだ。
そうなのだ、すし屋の「し」ってダイナミックだ。
当時はこのすし屋独特の「し」だと思っていたようだが、40歳になった今は知っている。たいていのすし屋の「し」はダイナミックだよ!
「し」の部分だけ抜き出してみた。ダイナミック!これを「ダイナミッし」と呼ぼう。言いづらい。
甘酸っぱい思春期の思い出、いやほぼ酸っぱいだけ、いや、しょっぱい、かな。の、思い出を元に、今回はすし屋のダイナミックな「し」描写、いわゆる「ダイナミッし」を鑑賞して回ろう。
それにしても中学生当時からこんなことばかり見ていたのだな、ぼく。
すし屋さがしの「し」
近所を自転車で走り回り、ひたすらすし屋を探す。中学生のぼくよ、25年後君はこのていたらくだよ!
これが今回「ダイナミッし」探しで動き回った移動ログ。
例によってGPSロガーで記録したもの。よく巡ったなー(ログを Google Earth で表示したものをキャプチャ、加工)
「たいていのすし屋の『し』はダイナミックだよ」と啖呵を切ってみたものの、いざ探すとなかなか「ダイナミッし」がない。
結論から言うと、上記の通学路の「し」はかなりの名品だということが分かった。
「最初に偶然出会ったものが最高傑作」という現象はよくあるが「ダイナミッし」もまたそうだったというわけだ。
思えばぼくが団地に目覚めたのは高島平団地だったし、ジャンクションを意識的に見るようになったきっかけは箱崎ジャンクションだ。そういうことだ。そういえば、萩原さんのダムとの出会いも宮ヶ瀬ダムだそうだ。やっぱりそういうことなのだ。なんの話だっけ。
ダイナミックでないとはいわないが、すし屋の「し」の可能性はこんなものではないはずだ。
「鮨」を漢字ではなくひらがなにしてみないか。
あたらせっかくの「し」をもったいない。
思わぬしゅうかくの「し」
今回、4時間あまりで20数件のすし屋を見て回ったのだが、想像していたよりも「ダイナミッし」が少なかった。
おかしいな。あらゆるすし屋に「ダイナミッし」があるイメージだったのだが。これはアレだな。「特殊例が記憶に残りやすい」という心理学でよく出てくるやつだな。
しかし、「ダイナミッし」の有無でその店の方向性を感じ取ることができるようになったのは収穫だ。そんな収穫いらないが。
いろいろ見て分かったのは、チェーン店系すし屋に「ダイナミッし」なし、ってことだ。
あと回転系にもほとんど見られない。
あと、逆に高級感のあるすし屋にも「ダイナミッし」はない。
このように、むしろダイナミックとは対極のしっとりとした雰囲気で迫る場合が多い。
こういういまどきの(なにがいまどきなのかはよく分からないが、なんとなく)すし屋にも「ダイナミッし」はない。
こういういまどきの(なにがいまどきなのかはよく分からないが、なんとなく)すし屋にも「ダイナミッし」はない。
文字に頼らない、ファサードの「いかにもすし屋的雰囲気」デザインで主張。やるな。
この店なんか店名にも「し」が含まれているのに!
分かったのは、いわゆる「まちのおすし屋さん」がダイナミックな「し」を使うのではないか、ということだ。
チェーン店系でも回転寿司でもなく、かといって高級路線でもない。駅から少し離れた、近所の常連さんが行くすし屋。そういうお店に「ダイナミッし」はあるようなのだ。
冒頭の通学路のすし屋はまさにその典型だった。なるほど。
いやいや、なるほど、じゃないよ。
その点、このすし屋はかなりいい感じだったのだが…!
そっちいっちゃったかー
おちつけ、自分。
かみしめるの「し」
実はこの今回のネタをデイリーポータルZの会議で説明した時も「あー、ありますよねー」「わかるわかるー」という心温まる反応だった。
しかしそれで自信をつけてしまったためにこの始末だ。ぜんぜんないじゃないか。なんだぼくらはそろいもそろって心理学的誤謬におちいってたのか。
と、いささか逆ギレぎみになった、そのとき!
あったーーー!
すばらしい!やはり「し」の上に「寿」がのっかってこその「ダイナミッし」だと思う。右から読むというのももすてき。
街のお持ち帰り専用すし屋!そういうのもあるのか。すてきだ。そして手前の看板の「し」!すばらしいい!
この看板をお持ち帰りたい。
やはりあるところにはあるのだ。あって当たり前だと思っていたものがそうではなかったと思い知った後に出会った喜び。幸せとはそういうものだ。この喜びをかみしめたい。
一方で、上の暖簾の「理想の『し』」で気づいたことがある。って、すごく当たり前のことなんだけど、暖簾って風で揺れるのな。
たとえばこの見事な「し」の店は…
暖簾にもすばらしい「し」が垣間見えるのだが、風で…
何度か移動して戻ったりを繰り返し、小一時間粘ったがずっとこのままだった。「『し』が見たいので暖簾戻していいですか?」とお店の人に聞く勇気もなく、あきらめた次第。暖簾、やっかいなやつだ。
よく見ると「廣寿し」の読む順番が「真ん中→右→左」という順番だ。これはすごい。これも「ダイナミッし」ならではの現象だと思う。ああ、もったいない。今度また改めて見に行こうっと。
すし屋は夜か
もうひとつ気がついたのは、すし屋って昼やってない、ってこと。これは計算外だった。っていうか、今思えばあたりまえなんだけど。
看板には「ダイナミッし」はないが、あるいは暖簾には…。しかしまだまだ仕込み中!
だんだん開店前で暖簾が見れないことを理由にして「きっとあそこにはすてきな『し』が!」と思い込みはじめる始末。
現にこうやって出番を待つ暖簾に見事な『し』があったりする。悔しい。
こういう「街のすし屋」に縁がないので、昼に来てしまった。鑑賞時刻を見誤った。悔しい。
しかし、上の暖簾の「し」は、よく見ると前述の暖簾と同じだ。たぶん出来合いのすし屋向け暖簾なのだろう。大量生産品好きのぼくだが「ダイナミッし」に関してはオリジナルであってほしい。
とはいえ、このすし屋、壁画がオリジナルすぎてかっこよかった。
で、もうひとつ、いまさらだがそもそも根本的な疑問が浮かんだ。
なぜ「し」はダイナミックになるのだろう?
「のし」の「し」
といっても、それに対する明確な回答があるわけではない。ちょっと調べてみたが不明だった。っていっても「すし屋 し なぜダイナミック」とかで検索したっていうてきとうすぎる調査だが。食べログとかしかヒットしなかった。もはや調査でもなんでもない。なんでもネットに頼ってはいけない。というか、なんっていう語句で検索すればいいのか。
思うに。あたりまえ過ぎる仮説だが、たぶん「し」っていう文字が単純すぎるからだと思う。字にした時に間が持たないのではないか。単純だからこそアレンジのしがいがあるというか。
その思いつき仮説を裏付けるように、とある事例に出会った。
ここにもないか…。暖簾にも「し」ないし…と思ったそのとき!
暖簾に書かれた「文字のし」が目に入った。そうだ!「のし」の「し」もすごいことになってるよね!
この暖簾、店がオープンした時に贈られたものなのか、贈答の際に描かれる「のし」の文字、いわゆる「文字のし」があった。
これに限らず多くの暖簾に見られるこの「のし」の文字、よく見ればその「し」がかわいらしくダイナミックなのだ。
「文字のし」の「し」の発展形としての「すし屋のし」と考えても良いかもしれない。いずれにせよ、やっぱり「し」の字が単純なためにダイナミックになるのだろう。欧文におけるカリグラフィが、単純な文字ほど大げさになるのに似ている。
あと「『のし』の『し』」っていい響き。
だったらあれもそうじゃないか?
そこでさらに思い至ったのが「うなぎ屋の『う』」だ。
こういう「う」がウナギになっちゃってるやつ。すばらしい。間違いなく江戸一番だ。
ひらがな界では「し」に次ぐシンプルぐあいをほこる「う」だ。これまたアレンジしたくなるのもうなずける。
いや、「く」の方がシンプルだな。「つ」も。「へ」もか。なんだ、ひらがな界、全体的にシンプルすぎないか。
ともあれ、よく見るこういう「うなぎ屋の『う』」これを「ダイナミッう」と呼ぼう。言いづらい。
というか、これって「
共食いキャラ」の範疇かな?いや、これはキャラと言うよりは食材表現の範疇だろう。うん、そういうことにしよう。
ともあれ、ついでに「ダイナミッう」も探し始めたのだが、これがまたなかなかない。「よく見る」とかまた言っちゃったけど、ぜんぜんない。おかしいな。また心理学の問題か。
というか、うなぎ屋自体がなかなかない。
ようやく見つけても「ダイナミッう」がぜんぜんない。おかしいな。
ひいき目に見ると、他の文字に比べて「う」が多少大きめな気はするが。
「ダイナミッう」はほぼノボリにしかない
今回実感したのは、すし屋の数:うなぎ屋の数、は5:1ぐらいだということだ。うなぎ屋が少なすぎるのか、すし屋が多すぎるのか。浜松とか行ったらぜんぜん違うんだろうけど。
そして、「ダイナミッう」がぜんぜんない。
角立地のかっこいいうなぎ屋だが「ダイナミッう」はない。
ここも角だ!「
角のタバコ屋」現象に次ぐ角界のメインキャラか?しかし「ダイナミッう」はない。むむむ。
ここもないか…というか、すし屋と同様、夜にならないとだめか…
というか、店頭のタヌキがちょっとかわいそう。
で、分かったのは「ダイナミッう」は看板になることはほとんどなく、あるとしたらもっぱらノボリにおいてである、ということ。前ページで紹介した作品だけがいまのところ貴重な看板事例だ。
店の看板はいたって冷静だが、ノボリで「ダイナミッう」!
この名店ぽい店も、看板は平常心。そしてやっぱりノボリでダイナミック!
うれしい反面、よく見れば前出のノボリとまったく同じ。これも出来合いか…
この店は、ウナギ専門ではないので、看板に「ダイナミッう」を望むべくもないが、ひいき目に見るとちょっと「う」が大きい気も…
残念ながらノボリも圏外だった。やっぱり専門店じゃないとダメか。
もう看板はあきらめた。ノボリは!ノボリはどこだ!
ノボリあった!が…
残念ながら以上だ。「ダイナミッう」はほとんど発見できなかった。おかしいな。でもまだ1日見て回っただけだ。今後に期待しよう。そういえば近々土用丑の日なので、これから大量発生するかもしれないし。期待しよう。
暫定日本一の「ダイナミッし」と「ダイナミッう」はこれだ!
さて、最後に今回みつけた「ダイナミッし」と「ダイナミッう」の中からもっともダイナミックなものをご紹介しよう。
まずは「ダイナミッし」!
うおおおお!
立体にするとますます「し」には見えない。すばらしい。後ろの湾曲した木もいい。すし屋はこうでなくっちゃ!
これを見つけた時はほんとうにうれしかった。これに出会うために今日という日はあったんだ!と思った。疲れていたんだと思う。いやでもこれいいよねー。
つづいて暫定日本一の「ダイナミッう」をどうぞ!
手書き!「シンプルな文字なのでアレンジしたくなる」という心持ちの原点を見た思いだ。
しかも、ウナギ専門店ではなくすっぽん料理屋!あやうく見逃すところだった。あぶないあぶない。それにしてもすばらしい看板群。
さらに!なんと手書き
共食いキャラ!スッポンキャラ自体が珍しいのに、さらに手書き!もうこのお店には脱帽である。
前ページ「ダイナミッう」の一番最初で紹介した「江戸一」とどちらにしようか迷ったのだが、手書きの魅力に負けた。今後さらなる強敵「ダイナミッう」の登場を待ちたい。
引き続き探していきます
本文中にも書いたが、これから土用丑の日。きっと「ダイナミッう」が出現するはずだ。みなさん、見かけたら教えてくださいませ!
すしとうなぎの夢の競演。「し」はかなりの素敵作品。「う」にもがんばって欲しかった。
【告知:地図好き・地形好きのみなさん、お待たせしました!「スリバチナイト」開催です!】
以前
三土さんが記事にした、東京の地形、特にスリバチ状になった谷地形を愛でる「東京スリバチ学会」がカルカルでイベントを行います!地形好きはぜひ!詳しくは
→こちら
【告知その2:2013年7月18日、ゲンロンカフェでトーク「チェルノブイリ萌え!?」】
来る2013年7月18日、話題のゲンロンカフェで東浩紀さん、速水健朗さんとトークをすることになりました。だいじょうぶかな緊張するなー。
テーマは出版されたばかりの『チェルノブイリ・ダークツーリズム・ガイド』の発売記念として「チェルノブイリ萌え!?」というタイトルをもらっています。だいじょうぶかな緊張するなー。
まだ日本では定着していない「ダーク・ツーリズム」と「工場萌え」を絡めてみよう、という話なわけです。だいじょうぶかな緊張するなー。
詳しくは
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