地図に描かれているのは「約束事」
いきなりのなぞなぞ。しかも答えは「ぜんぶ」。
どういうことかというとこういうことだ。
たとえば地図にはこのように点線で千代田区と中央区の境界が示されている(
大きな地図で表示)
つまりこういうことになる。しかしもちろん、現場に境界線が引いてあるわけではない。
言われてみればそりゃそうだ、って話なんだけど、言われなければ気がつかないことだ。すくなくともぼくはそうだった。これを聞いたときは、なるほど!とハッとした。
じゃあ、現場に「境界」を描いてやろうではないか!
描けた!
どうだ!やや不安定な線で、しかも途中で途切れているけど、本来ないはずの千代田区と中央区の境界がくっきりと写真に写っている!
いわゆる「ライトペインティング」というもの
冒頭のなぞなぞは、DPZの記事では「
GPS地上絵」でおなじみの石川初さんが
言っていたこと。曰く『地図に示されているほとんどのものは社会的な約束事(社会制度)であって物的には存在していない』と。地図で首都高は緑色になっているが、路面が緑に塗られているわけではない。また、ビルの屋上に「井上ビル」とか書いてあるわけでもない。
しかし一方で、地図好きの人には「地図と現場との一致を確かめて無邪気に喜ぶ」という性癖がある。たとえば過日の西村さんの記事「
練馬に県境が一目で分かる場所がある!」などはそのような趣味が遺憾なく発揮されたものだと思う。
すごく面白い記事だった!
じゃあぼくは積極的に線を引いてやろうではないか!というのが今回の記事の動機だ。
で、どうやって引いたのかというと、懐中電灯を使って描いた。
夜道であやしい動きをする人。しかもニヤニヤしながら。
カメラに暗くするフィルターを装着
そうなのだ。残念ながら実際に地面に塗料などで描いたわけではないのだ。ほんとは描きたいけど、たぶん怒られる。
そういえば小学校でグラウンドに石灰で線引く道具があったなあ。あれほしい。
怒られるのは嫌なので、写真上のトリックで実現しようというわけだ。やり方は、
・カメラにNDフィルターを付けて暗くする
・夜になるのを待って、三脚に乗せて長時間露光する
・露光している間、強力な懐中電灯で線を引く
というものだ。分かるかな?
強力な懐中電灯を買った。8000円ぐらいした!
いわゆる「ライトペインティング」というものだ。
「写真にしか残らないんだったらフォトショップかなにかで写真に加工すればいいじゃん」とお思いかもしれない。
うん、いやまあ、その通りなんだけどさー。
でもこれ、実際に身体動かして「描く」っていうのがなかなか楽しいのよ。やってみてよ。
とはいえ独りでは心細いので
集まった愉快な面々。名付けて「ボーダーズ」
楽しいんだけど、夜道で三脚セットしてセルフタイマーかけて、懐中電灯で道路照らす。っていうのを独りでやるのはいかにも心細い。
とかく怪しげな行動をしがちなデイリーポータルZライター陣の共通の悩みであろう。
なので、いっしょに参加してくれる人を募集した。いきなり平日の夜で、誰か来てくれるだろうか?と心配だったが、6名の方々が駆けつけてくれた。
やることがよく理解できないまま参加してくれた方や
前出の「県境~」の記事を書いた西村さんも参加してくれた!
いやほんとに良い時代になったものだ。確実に世の中は良い方向に動いていると思う。
面白い境界線を選んだ
さて、前ページでも示したとおり、今回は東京は神田から東の方へ伸びている千代田区と中央区の境界線を選んだ。
日本中いたるところに境界があるなかでなぜここを選んだのか。ひとつは車が通らない道路だということと、もうひとつはこの道自体の成り立ちが面白そうだったからだ。
前ページのペイント完成の写真は路地だが、そこからさらに東の方へ進んだあたりに公園がある。上の地図で見ると、そこで境界がかくっと曲がってる。これは面白そう。
路地から公園に突き当たったところ。ほら、なんか面白そうな気配がするでしょ?!
路地の延長にこんなものが。
そう、つまりこの路地境界線はかつての堀の跡だったのだ。
すくなくとも戦前までは堀があったようなのだ!(「
時層地図」より。昭和戦前期1928年~36年のものをトリミング)
堀があれば、西村さんの「県境~」の記事のように、その流れを境界そのものとして愛でることができるのだが、いまはもうない。おそらく境界線って、こういう川や山の峰など物理的なものが元になっているのだと思う。それが都市部ではどんどん更新されて、結果的に「制度」だけが残り、現場ではそれを見ることができなくなるというわけだ。
「ボーダーズ」みんなで交代で描いた
慎重に堀のレプリカの中央を照らしていく。橋の側面も丁寧に!
せっかくなので、急遽結成された「ボーダーズ」のメンバーみんなで描くことにした。
この公園で見事な「筆さばき」を見せてくれたのは @shiomichu さんだ。
完成写真。柵を越えるあたりの丁寧さがすばらしい。
描いている様子。腰の低さがポイント。(ボーダーズの一員
@mechapanda さんによる動画。ありがとうー)
柵を越えるあたりで「おおー!」とかみんな言ってるけど、端から見たらなにが「おー」なのかわけ分からない。
でもねえ、これ実際やると楽しいんだよ
同じ公園なのに
なかなかいい境界が描けた。うれしい。たのしい。
で、この公園、千代田区と中央区に分断されているわけだ。ベルリンだ。
で、公園の右端と左端に立っている看板を見たら!
公園北側入り口付近には「千代田区 龍閑児童公園」
南側には「中央区 龍閑児童公園」と。
中央区のほうはご丁寧に看板に番地標記のプレートまで。意地を感じる。
こうやって境界を描くために訪れたのでなければ気がつかなかったのではないか。
そうなのだ。脳みそが「境界線探知モード」に切り替わると、いろいろな境界の証拠に敏感になる。
くだんの歩いてきた堀跡の路地の地面を見ていると…
境界標がぽつぽつと。
先ほどの写真も、見れば下水道のマンホールが。きっと堀割を利用したのではないかと思う。たぶん。きっと。
境界線にぴったりの位置に路面の補修の筋が!境界線好きの手による工事だったのか!?
「区ごとに道路整備って割り振られてるんですかねえ」
「いやー、たぶん都で一括でしょうねえ…」
「そうですよねえ。これは偶然だろうなあ」
と、なんでも「境界であることの証拠」に見えてきちゃったり。
ほんとはけっこうむずかしい
境界ペインティングも最初はこんな感じだった
さて、これまで見ていただいたペインティングは経験を重ね上手くなった末の作品であって、最初はなかなかうまくいかなかった。
露出の時間もよく分からないので、真っ暗だったり。
懐中電灯からの直接の光が写ってしまったり。まあ、これはこれで面白いけど。
前出の動画でわれわれボーダーズが「おおー!」と声を上げるのも、コツをつかんできて「これは良さそう!」と直感したからなのだった。
って、こんなの上手くなってどうするんだ。
上の失敗写真、ここは、一番神田駅に近いJRの高架下にあたる「境界線路地」で、なんと
高架下建築好きにはおなじみの今川小路なのだった!高架下建築を夢中で見てたときは境界だとは気がついていなかった。(場所は
ここ)
かくっと曲がった境界線を見事に描ききった名作。
前出の公園の裏手、境界線がやおら直角に曲がる箇所だ。古地図では、ここはお堀のT字路だったようだ。
これをペインティングしたのは @miyaho さん。彼の描きっぷりを動画でご覧いただきたい。
直角で、なおかつ障害物の多い、難易度の高い境界線だったが、長身を活かしたペインティングは見事である。
で、よく見るとちゃんと境界票が。
川面にペイントしたかった
さて、今回最後の境界線ペイントは、浅草橋でであった。
いままでと違って、現存する川が墨田区と千代田区の境界なのだ。そう、水面ペイントにチャレンジしたかったのだ。
結論から言うと、うまくいかなかった。
いかに8000円とはいえ、懐中電灯では距離の離れた水面を、それと区別できるほどに照らすことができなかったのだ。
「光線をもっと絞れるといいんですけどねー」
「こうなったらレーザーかなー」
しかし、せっかくここまできたのだから、と最後に上の地図の一番東端の橋、柳橋でペイントおさめした。
橋の真ん中に境界線が通っているので、道路と柱と梁をペイント。
むむー!くやしい。いずれ水面ペイントには再チャレンジしますよ!
水面はうまくいかなかったものの、初めてにしては上出来だったと思う。これもボーダーズのみんなのおかげだ。
次回は川の他、地下鉄駅構内(内幸町駅が境界で分断されてる)とか公園とか(林試の森公園内に目黒区と品川区の境界が)でチャレンジします。