特集 2011年11月3日

東京でも学校建築を見るべきだ

東京の大学にも、古くてカッコ良い建物がたくさんあります
東京の大学にも、古くてカッコ良い建物がたくさんあります
以前、「京都では学校建築を見るべきだ」という記事を書かせて頂いた。

京都といえば神社仏閣が有名だけれども、京都にある大学の建物もまた、なかなか風情があって歴史を感じられますよ、という趣旨の記事であった。

いやいや、古くてカッコ良い学校建築があるのは京都だけじゃない。首都東京にも、京都に負けず劣らず、カッコ良い学校建築が存在するのだ。
1981年神奈川生まれ。テケテケな文化財ライター。古いモノを漁るべく、各地を奔走中。常になんとかなるさと思いながら生きてるが、実際なんとかなってしまっているのがタチ悪い。2011年には30歳の節目として歩き遍路をやりました。2012年には31歳の節目としてサンティアゴ巡礼をやりました。(動画インタビュー)

前の記事:この木なんの木なんじゃもんじゃの木

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早稲田大学の古い建物

私は以前の京都の記事で、歴史の長い大学には古くてカッコ良い建物が高確率で残されているという事を学んだ。今回もまたそれに倣い、古くからある大学を巡ってみようと思う。

まずは、明治15年(1882年)に大隈重信が創設した、早稲田大学だ。その名の通り、新宿区の早稲田界隈にある。
早稲田大学正門。正門と言っても門は無い
早稲田大学正門。正門と言っても門は無い
その背後には、早稲田大学のシンボル「大隈記念講堂」がどーん
その背後には、早稲田大学のシンボル「大隈記念講堂」がどーん
出ました、大隈記念講堂。早稲田大学の建物と聞けば、これを思い浮かべる方も多いのではないだろうか。

昭和2年(1927年)に建てられた、時計台付きの大講堂だ。国の重要文化財にも指定されている。
この地階への階段が良い味出してる
この地階への階段が良い味出してる
天井の高いアーチのエントランスもグッド
天井の高いアーチのエントランスもグッド
時計台は125尺(約37.9メートル)あるらしい
時計台は125尺(約37.9メートル)あるらしい
鉄骨鉄筋コンクリート造の建物で、薄茶色のスクラッチタイル(縦に溝が入ったタイル)張り。ロマネスク様式を基調としながら、エントランスや時計台の上部などにゴシック様式を採り入れた名建築だ。

そもそも大学というものは、中世ヨーロッパの修道院に起源を持つとの事で、日本の大学の建築も、戦前までのものはこのようなロマネスク様式やゴシック様式の建物が多いらしい。
側には、かつて大隈邸の守衛詰所であったという建物が。こんなかわいらしい小屋に守衛が詰めていたのか
側には、かつて大隈邸の守衛詰所であったという建物が。こんなかわいらしい小屋に守衛が詰めていたのか
ざっと眺めた感じ、周囲には古そうな建物も多く、これは大隈記念講堂以外の建物にも期待が持てそうである。

胸を高鳴らせながらキャンパス内に入って行くと、左手にいきなり良さげな雰囲気を放つ建物が現れた。
お、これは古そうな建物だ
お、これは古そうな建物だ
2号館と名付けられているこの建物。そのたたずまいといい、窓などの意匠といい、なかなか良い風情である。

この時は漠然と、その雰囲気に惹かれてパシャパシャ写真を撮っていたのだが、後で調べてみると、なんと大隈記念講堂よりも古い大正14年(1925年)の建物であった。

元々は図書館として建てられたらしく、南側はホール状なのに対し、書庫だった北側は角ばった形状。見る角度によって表情が違う、なかなか面白い建築である。
さっきの大きな写真は東側の玄関、こちらは南側の玄関。どちらも同じ建物です
さっきの大きな写真は東側の玄関、こちらは南側の玄関。どちらも同じ建物です
書庫だった北側には窓が整然と並ぶ
書庫だった北側には窓が整然と並ぶ
このかわいらしさがたまらない
このかわいらしさがたまらない
見れば見るほど不思議な2号館に後ろ髪を引かれつつ、さらにキャンパス内を進んで行くと、これぞまさに大学建築!と言うような建物が目に留まった。
三連アーチの玄関が印象的な、6号館
三連アーチの玄関が印象的な、6号館
玄関以外の部分を見ると、いたって普通の学校建築というような趣であるが、凝った意匠の玄関を見る限り、それなりに古い建物であるようだ。

その通り、これもまた昭和10年(1935年)の建造と、戦前の建築であった。
外灯も素敵ですな
外灯も素敵ですな
太い円柱が並ぶ内部空間も良いカンジ
太い円柱が並ぶ内部空間も良いカンジ
右から左に書く看板からも、古さが見て取れる
右から左に書く看板からも、古さが見て取れる
ひっそりと静まり返った6号館。

「ほぉ、これはこれは」などと一人で呟きながら、アーチの玄関ホールを通り抜けて建物の裏側に出てみると、突如私の目の前に、これまでのものとは一味違った建物が姿を見せた。

昭和3年(1928年)に建てられた、演劇博物館である。
学校建築というより、洋館といったたたずまいだ
学校建築というより、洋館といったたたずまいだ
なんでもこれは、シェイクスピア全集の完訳を記念して建てられた建物だそうで、16世紀後半のイギリスの様式で建てられており、その形状は劇場を模しているそうだ。

実際、シェイクスピアを演じられるように設計されているそうで、館の正面と二階のテラスが舞台、前庭が観客席となるらしい。
ここで、「おぉロミオ」とかやるワケだ
ここで、「おぉロミオ」とかやるワケだ
なんか、魔法使いとか出てきそうな扉ですな
なんか、魔法使いとか出てきそうな扉ですな
ちなみにこの演劇博物館の設計者は、今井兼次氏。先ほど紹介した2号館もまた、今井兼次氏の設計である。同じ設計者でありながら、随分と毛色が異なるものだ。

ちなみに今井兼次氏は、早稲田大学の教授を長く勤めていた人物だそうだ。大学建築というのは、その学校の偉い先生や、関係者が行う事が多い。6号館の設計者である桐山均一氏もまたしかり。

それら各学校の先生が持つ好みやクセが、その学校の建築の特色、ひいては学校の特色になるのかもしれない。と、知ったような口を利いてみる。

格調高い、学習院大学の建造物

お次は、豊島区目白にある学習院大学だ。

京都御所内にあった公家の教育施設を起源に持ち、明治時代は宮内庁管轄の華族学校であった学習院大学。現在も皇族が通う、由緒正しき学校である。

その構内にある建物も、きっと古いものが多いに違いない。そんな短絡的な思考で訪ねてみたら、まさにその通りで驚いた。
この正門も、明治41年(1908年)の煉瓦造だそうだ
この正門も、明治41年(1908年)の煉瓦造だそうだ
ぱっと見た感じでは新しい建物が目立つが
ぱっと見た感じでは新しい建物が目立つが
奥に進んでいくと……おぉ、これは
奥に進んでいくと……おぉ、これは
なかなか凄い校舎があるではないか
なかなか凄い校舎があるではないか
石張りの玄関ポーチが印象的だ
石張りの玄関ポーチが印象的だ
そこには、とても重厚な雰囲気の建物が鎮座ましましていた。昭和5年(1930年)に建てられた、西一号館である。

玄関ポーチや一階の窓には尖頭アーチ、窓と窓の間にはバットレス風の柱が並ぶというゴシック様式。赤いスクラッチタイルが、さらにその格調を高めている。

ちなみに、この西一号館の側には、それよりも古い昭和2年(1927年)建造の南一号館があるのだが、残念ながらこちらは耐震工事中で、全体がすっぽり隠されていた。
あーら、残念
あーら、残念
チラッと見える玄関は、西一号館と似たカンジ
チラッと見える玄関は、西一号館と似たカンジ
でもまぁ、耐震工事を行うという事は、これからも末永くこの建物を使うという意思表示でもあるワケで、これはこれで良い兆しである。

大学の建物というものは、その時々の用途やキャパシティの変化に応じて、あっけなく建て替えられてしまう事も多いのだ。
西一号館の奥にも……なにやら古そうな建物が
西一号館の奥にも……なにやら古そうな建物が
乃木館という建物らしい
乃木館という建物らしい
しかし、どう見ても民家ですな
しかし、どう見ても民家ですな
洋風の建物が多いキャンパスの中、小ぢんまりと建つこの乃木館は、明治41年(1908年)の建造だそうだ。おぉ、かなり古いぞ。

学習院の院長を務めた乃木希典氏が住んでいた建物だそうで、限りなく民家っぽいのも、なるほど、納得である。
こちらは大正2年(1913年)建造の東別館
こちらは大正2年(1913年)建造の東別館
元は皇族の寮として建てられたらしい
元は皇族の寮として建てられたらしい
明治42年(1909年)建造の西別館
明治42年(1909年)建造の西別館
随所に施された桜の紋様は、学習院の校章だそうだ
随所に施された桜の紋様は、学習院の校章だそうだ
左のガラスは、明治時代のガラスで歪みがある
左のガラスは、明治時代のガラスで歪みがある
とまぁ、このように、学習院大学の構内には、明治時代から昭和初期にかけて建てられた古い建物が、数多く残されていた。

西別館には、まだ真平らなガラスを作る技術が無かった明治時代のガラスが残っていたり、建物下部の通気口など、思わぬ場所に校章の桜があしらわれていたりして、なかなか楽しい構内見学であった。

内田ゴシックの嵐、東京大学

東京の学校建築を語る上で、やはりこの大学を外す事はできないだろう。明治10年(1877年)設立の、ご存知、東京大学だ。

東京大学といえば、文京区にある本郷キャンパスが最も有名だろう。本郷キャンパスには安田講堂や赤門を始め、古くて立派な建物がわんさかあり、当サイトにおいても、ライター田村さんの記事「東京ベスト・オブ・ビルのつなぎ目」や萩原さんの記事「東京大学で講演してきた」など、過去に何度か採り上げられている。

なので今回は本郷キャンパスではなく、渋谷区にある駒場キャンパスの建物を見学しようと思う。ただ単に、本郷まで行く時間が無かった、というのもある。
東京大学駒場キャンパスの正門。この門も昭和13年(1938年)頃のものとなかなか古い
東京大学駒場キャンパスの正門。この門も昭和13年(1938年)頃のものとなかなか古い
そしてその背後にそびえるのが教養学部1号館
そしてその背後にそびえるのが教養学部1号館
あれ、ちょっと待って、これって安田講堂じゃないの。そう思ったあなたは鋭い。思わなかった方は、ぜひとも田村さん萩原さんの記事をご覧頂きたい。

この建物が安田講堂に似ているワケは単純明快。設計者が同じであるからだ。いずれも東京帝大の教授であり、理事長も務めた内田祥三氏の作品である。

っていうか、東京大学に残る古い建物のほとんどが、この人の設計なのである。いわば東京大学は、内田祥三の作品展覧会場だ。
なのでどの建物もこんなアーチや
なのでどの建物もこんなアーチや
こんな装飾が見られます
こんな装飾が見られます
内田祥三氏の作風は、その名もズバリ「内田ゴシック」。丸ゴシックとか、そんなフォントの名前みたいだが、そうじゃない。内田祥三氏が好んで作った建築のスタイルである。

どれもこれも、この「内田ゴシック」で建てられているので、悪く言えば似たり寄ったりだが、良く言えば統一感があってまとまっている。
これは1号館の西にある、昭和13年の900番教室
これは1号館の西にある、昭和13年の900番教室
こちらは1号館の東、昭和10年の駒場博物館
こちらは1号館の東、昭和10年の駒場博物館
向き合って建つこれら二棟のファサードはほぼ同じ
向き合って建つこれら二棟のファサードはほぼ同じ
しかし悪くはない、この統一感
しかし悪くはない、この統一感
駒場キャンパスは、時計台を持つ1号館を中心に、ほぼ同じ形状の建物を左右に配置する、シンメトリーなプランである。

木々も多く、なかなかに良い雰囲気だ。あまりに良い雰囲気過ぎて、30男が一人きりで歩いていると切なくなってくる。
こちらもまた昭和10年に建てられた101号館
こちらもまた昭和10年に建てられた101号館
座薬型もといロケット型の尖頭ゴシックアーチ
座薬型もといロケット型の尖頭ゴシックアーチ
アールデコっぽい、モダンな建物もある
アールデコっぽい、モダンな建物もある
昭和12年建造のファカルティハウスだ
昭和12年建造のファカルティハウスだ
中にはファカルティハウスのように、内田ゴシックから外れた作品もある(でも、れっきとした内田祥三氏の作品)。

ちなみにこのファカルティハウス、なかなか洒落たレストランが入っている。大学にこのようなレストランがあるとは、う~ん、やりおる。

続、東京大学駒場2キャンパス

駒場には、東京大学のキャンパスが二つある。一つは、先ほどの教養学部が入っている駒場1キャンパス。そしてもう一つが、先端科学技術研究センターが入っている駒場2キャンパスだ。

その後者、駒場2キャンパスにも、内田ゴシックの古い建物は存在する。
またもや時計台、昭和4年(1929年)の先端科学技術研究センター13号館
またもや時計台、昭和4年(1929年)の先端科学技術研究センター13号館
こちらの玄関ポーチはアーチではなく、円柱
こちらの玄関ポーチはアーチではなく、円柱
13号館の背後には、昭和5年(1930年)の14号館
13号館の背後には、昭和5年(1930年)の14号館
13号館の左手前には、昭和3年(1828年)の1号館
13号館の左手前には、昭和3年(1828年)の1号館
右手前には、試作工場がデデンと横たわる
右手前には、試作工場がデデンと横たわる
この試作工場の裏手の雰囲気が好きだ
この試作工場の裏手の雰囲気が好きだ
角ばった形に、より色の濃い赤茶色のスクラッチタイル。う~ん、どうも駒場2キャンパスの建物は、駒場1キャンパスよりも無骨で機械的な感じがする。

元は航空研究所だったようなので、そのイメージに合わせているのかもしれない。よりガッチリした印象である。

最後は青山学院大学

さて、最後は渋谷区にある青山学院大学だ。

ちなみにこの大学は、私の弟の母校でもある。……が、弟は理工学部だったので、メインのキャンパスは神奈川県の相模原。こちらには、ほとんど来る機会が無かったようだ。

最も、渋谷より相模原の方が実家から近いので、弟にとってはその方が良かったみたいであるが。まぁ、どうでも良い余談である。
ここもまた、立派な門でございますな
ここもまた、立派な門でございますな
そして美しい並木のどん詰まりにあるのが
そして美しい並木のどん詰まりにあるのが
昭和4年(1929年)に建てられた間島記念館。堂々たる新古典主義建築である
昭和4年(1929年)に建てられた間島記念館。堂々たる新古典主義建築である
うん、良いですな、良いですなぁ
うん、良いですな、良いですなぁ
間島記念館の左手には、昭和6年(1931年)のベリーホールが。こちらはゴシック
間島記念館の左手には、昭和6年(1931年)のベリーホールが。こちらはゴシック
交差ヴォールトのポーチ天井が素敵
交差ヴォールトのポーチ天井が素敵

奥が深い、近代の学校建築

東京の学校建築、いかがだったろうか。京都の大学にも負けていない、個性的な面々がそろっていたと思う。

ただ、こちらは関東大震災などがあった為か、京都の大学に見られた煉瓦造はほぼ無く、代わりにスクラッチタイル張りのコンクリート造が多いという傾向の違いがあるようだ。

今回の訪問にあたり、各キャンパスの沿革などを見て、ここには古い建物がありそうだななどと、ある程度目星を付けていたのだが、実際に行ってみると予想以上の収穫を得る事が多かった。

今回紹介した大学以外にも、古い建物がありそうな大学はまだまだあるので、色々な大学を訪ね歩いてみるのも良いかもしれないですな。
学習院大学には明治41年の厩舎もあった。現役で馬が飼われているので、近付くのは遠慮したけど
学習院大学には明治41年の厩舎もあった。現役で馬が飼われているので、近付くのは遠慮したけど
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