前述のように渡辺さんはNPO法人「東京生物多様性センター」を設立し、東京の生物多様性保全を目的としてワークショップを開催したり(コロナ禍で中止になっちゃったけど)、動画コンテンツを発信したりといった活動を始めている。
Youtubeではまだ本数は少ないが、身近な生き物の生態を記録した東京在住でなくとも興味深い動画が上がっているのでぜひ覗いてみてほしい。
■「東京生物多様性センター」WEBサイト
https://tokyobio.jp/
■Youtubeチャンネル「東京生きものチャンネル」
https://www.youtube.com/channel/UCIlxjqZHcVxiWygs0hbVgyw
談合坂でツバメ博士と再会
8月も終わりが近づいた談合坂上りサービスエリア。平日とはいえ夕方になっても車はひっきりなしに入場し、休憩やショッピングの客で賑わっている。
おっさん1人で甘ずっぱくてかわいいソフトクリームを堪能していたら携帯電話が鳴った。
「今、フードコート入り口の前にいますよ」
「そっちじゃなくて奥の方ですね」
場所を勘違いしていそいそと高速道路本線への出口寄り、ドッグラン手前の広場へ向かうとその男は既に並木の状態をチェックしていた。
以前、多摩川河川敷のツバメ集団ねぐらや駅ツバメの記事で解説をしてもらったツバメ博士の渡辺仁(わたなべ ひとし)さんである。
このサービスエリアの一角は日没時に大量のツバメが飛来して夜を過ごす「集団ねぐら」となっており、その模様を観察しに来たのだ。
前回の取材が2015年だから約5年ぶりである。お互い忙しくしてなんかいいタイミングがつかめずにいたらこんなに空いてしまった。
2019年、渡辺さんは独立してNPO法人「東京生物多様性センター」を設立、長年取り組んできたツバメ研究だけでなく東京を中心に様々な生物多様性の保全を推進する活動を開始した。
そんな転機をきっかけに昨年からあんな事やこんな事やりましょうと盛り上がっていたらコロナ禍でぜんぶダメになってしまい、やっとこの8月、渡辺さんのツバメ調査に同行できる事となった。
あっという間にツバメで埋まる空
ツバメの「集団ねぐら」に関して軽くおさらいしよう。春に日本に渡ってきたツバメは、子育て期間以外は繁殖地近くの水辺のヨシ原などに集団を作り、そこで眠る。6月半ばごろから巣立ちしたヒナも加わって夏まで日に日に集まる数を増やし、大きなところでは数万羽規模の集団となって、その後、越冬地に移動を始めるのだ。
川のヨシ原を好む主たる理由は保安上のもので、水に囲まれているだけでなく、ヨシは背が高い上に茎がしなやかなので天敵のネコやイタチ、ヘビが近寄っても茎のゆれですぐに気づいて逃げる事ができる。
しかし、この談合坂には川もヨシもない、そんな山あいのサービスエリアをねぐらにするためにツバメが大挙して集まるという珍しいスポットなのだ。
「ツバメはこのあたりのケヤキや桜に降りてきます。木が切られて去年よりだいぶ減っていますが、フンが落ちているので今年も来ている事は間違いないですね」
日没直前、18時10分を過ぎた頃、渡辺さんが空を見ながら呟いた。
「お、もう来てますね」
暗くなりはじめた空を小さな黒点の群れが高速で横切る。
黒点はみるみる大きくなり、シャープな鳥の姿となって並木のすぐ上を高速旋回しながら飛び回り、止まり先を吟味するかのように木から木へと移動する。
どこからともなく現れたツバメは秒単位、分単位でみるみる増えて空を埋め尽くした。
「まだまだ増えますよ」
ツバメのねぐら入りを見るのは初めてではない。しかしこの臨場感は特別だ。
動画でどうぞ。おらが街のヒッチコック。
「通常は川の中洲とかに集まるので我々も遠目から観察するしかないですが、ここはサービスエリアですから、真上からツバメが降りてきて頭上を飛び交うので迫力が違います」
どんどん現れる新手、先に来た部隊はすでに木に降り立っている。
動画でどうぞ。不安定な細枝にどんどん止まってモビールみたいにしてしまう。
ここまでわずか30分足らず。みるみる増えるツバメに圧倒されてただカメラを振り回していたが、やっと落ち着いて渡辺さんと話ができた。
── いやあ、あまりの迫力に言葉を失いました。これ何羽ぐらい集まってるんですかね。
「正確にはわかりませんがこの感じだと1万羽ぐらいは来てると思いますね。過去はピーク時に2万羽以上集まったことがあります」
── ここが発見されたのはいつ頃なんですか?
「2006年に『世田谷トラストまちづくり野鳥ボランティア』のメンバーが発見したのが発端でした。以来、毎年集団ねぐらが形成されています」
──ここは人も多いし、当然車もがんがん行き交ってますよね。なんでこんなところをねぐらにするんですかね。
「はっきりした事はわかりません。長年集団ねぐらを調査して、ツバメが好む環境は川や湖などの水辺、ヨシなど背の高いしなやかな植物が群生している、そして森や林の中というよりも周りが開けて見通しがいい場所、というような傾向が見えてきました。しかしここは開けているという条件以外は当てはまらないのでかなり特殊です」
陽が完全に落ちて暗くなると、あれだけ自由奔放に飛び回っていたツバメ達も並木の枝に止まり、寝る準備に入った。
夜の調査のコツは危機回避
三脚、カメラ、ハロゲンライトを抱え、夜のサービスエリアの並木をのぞいて回るおっさん2人
──ねぐら調査ってやっぱり夜がメインになるわけですよね。
「そうですね、夜の調査大好きなんですよ」
──その、なんていうか、大丈夫なんですか?
「120%怪しいですよね。でも私はこれまで不審者扱いや職質を受けた事は1度もないですね」
──へぇー、すごいですね!ってこういう感想でいいのかわからないけど。
「不穏な空気を感じたら無理せずにすぐ引き返しますからね」
──ツバメなみの危機回避能力ですね。
──しかしあれですね。いっぱい止まってる木と、全然止まってない木がありますね。
「基本、集まりたがりなので特定の木に集中しがちですね。去年は違うところにたくさん来てたんだけど木が切られちゃったのでこっちに来たんですね」
「通常、川辺などの繁殖地近くのねぐらは子育てした親と巣立ったヒナが集まるので成鳥と幼鳥が入り混じっていますが、ここは成鳥の割合が多いです」
──へぇー、それはなぜですか?
「ここは繁殖地から離れて渡りを始めたツバメたちが立ち寄る中継点のねぐらではないかと考えています。この時期(取材は8月25日)だと先に渡る成鳥が多いので成鳥の割合が多くなるんですね」
「ツバメの集まるピークの時期もこちらのほうが遅いんです。たとえば以前見た多摩川なんかでは8月上旬を過ぎると数が減っていきますが、ここは8月半ばくらいにピークになって10月はじめぐらいまでは集まってきます」
──なるほど、移動して来てるから集まる時期も後になるんですね。
専門家ならではの発見!「止まり方が変」
ツバメが特に多い木を観察していた渡辺さんが何かを見つけた。
「うお、これは、はじめて見たなー」
──なんですか、どうしました?
「太い枝に止まってるんです。」
──え?
「通常は枝先に止まりますがあの2羽は太い横枝に止まっている。こういうのは初めて見ましたね」
──ああ、言われてみれば確かに。先っぽに止まるのは木を登ってくる天敵に襲われても逃げられるようにだから、あれだと......。
「リスクの高い場所ですね。しかも幼鳥ではなくて立派な成鳥です。これはおそらく溢れてるんだろうなあ。止まるところが満室状態で」
──隣の木がすっかすかなんだから移ればいいのに。
「そこはまたおもしろい所で、やはり集団でいる事にメリットを感じているんでしょうね。良い環境がいくつかあったとしても、ツバメは分かれて眠ることはしません。理想的なねぐら環境があっても、集まったツバメが全部入れないとそこからはいなくなってしまいます」
──つまりここも一気にいなくなっちゃう可能性があるわけですね。
「ありますね。いつまでこの特殊なねぐらを使ってくれるかわからない。だからずっと見ていきたいし、この環境を保つためには秘密にするよりむしろ知られた方が良いと思っているので何らかの形で発信していきたいですね」