わかりにくいかも知れないが黒いのがそれはたくさん飛行してます。
空を埋め尽くし、高速で移動する黒い物体。
草原の上空を目にも止まらぬスピードで旋回する飛翔体。
鳥だ、飛行機だ、スーパーマンだ。いや、ツバメだ、じゃあ鳥だ。
これらはすべてツバメ。春~初夏にかけて街にあらわれて子育てをするあの身近な鳥である。
ピンと伸びた尾羽が麗しい。
少し前に編集部の林さんとふと街で見かける鳥の話をしたことがあった。
「ハトってあんないっぱいいて、そこらでしょっちゅう見かけますけどヒナって見た事ないんですよね」
いきなりこの状態で生まれてくるんじゃないかってぐらいに。
「あー僕もそれはないですねー」
「ツバメのヒナは見たことあるんですけどね」
ツバメのヒナかわいいですよねー。
「カラスも朝の歌舞伎町とかにヒッチコックかっていうぐらいいますけどヒナ見た事ないですよねー」
酒飲んだ後とか「知能で今カラスに負けてるわ」っていう時ありますよね。
「ないない、ないです」
「ツバメなんかは巣があれば簡単に見られますけどねー」
巣からはみ出しててかわいいですよねー。
「スズメだってもうそのへんでチュンチュカチュンチュカ言ってますけどヒナは一度も見た事ないんですよー」
ヒナの場所ですか、4万円もらったって教えないですよ。
「おかしいですよねー」
「ツバメとそんな大きさ変わんないですけどねー」
ほんとうにツバメのひなは気軽に見られてかわい…
ここでハッと目を見合わせた。
「逆だ、逆じゃん。おかしいのあいつらだ。ツバメのほうだ!」
よく考えたらなんなんだ。人前で堂々とマヨネーズのチューブを引きずるハシブトガラスだって、あんなに巣とか子どもたちを見せびらかしたりしないぞ。
あけっぴろげにもほどがある。
まさか法律で守られている事まで知っていて人間の社会をバリアーに利用しているのか。かわいい、しかしけしからん。お小言を言ってやろうと思ったが近所の巣はからっぽだった。
すでにヒナも立派に成長し、東南アジアの国々へと帰ってしまったのだろう。残念、また来いよ。具体的には三鷹の北口方面に来いよと念を送った後に飛び込んできたのが日本野鳥の会主催によるイベント「ツバメの集団ねぐら入り観察会」のニュースであった。
2014年8月3日の夕方、京王線中河原駅から「ツバメの集団ねぐら入り観察会」の運営を担当している日本野鳥の会の林山さんと共に多摩川の河川敷へと向かう。
商店会と商店街のゲートがせめぎあう。
思ったより駅近。
春に子育てのために東南アジアから渡ってくるツバメは家屋の軒下などの人工物に巣を作り、人目をはばからずに子育てをする。ここまではおなじみの生態だろう。
ジャストフィットすぎる巣の中でぎゅうぎゅうと体を寄せ合いながら大きな口を開けておねだりするヒナに親鳥が必死にエサを運ぶ姿は初夏の風物詩といってもいい。
みっしり。
そして成長した雛が巣立つとからっぽの巣を残し、親子共々南へと帰ってゆく、のだと思っていた。
しかし、実は彼らはまだこの地にとどまっていて、日没近くになると、河川敷や池沼などの「ヨシ」という植物が群生するヨシ原に集まり、集団で眠るという。
その大規模なねぐらが多摩川の中流域、府中四谷橋の下流に存在するというのだ。
やや雲が出て来た四谷橋
日没の前にそこで待機し、ねぐらに帰る無数のツバメ達を観察するというのがこの「集団ねぐら入り観察会」である。
目の前のヨシ原にツバメ達が降りてくる。刺激しないように距離を取り、カメラをセッティング。
しばらくすると本日の講師をつとめる渡辺 仁(ひとし)さんが合流。
望遠鏡とハロゲンライトを使った観察キット。
環境コンサルタントとして勤務するかたわらツバメの生態を研究。1999年から多摩川流域を主なフィールドに全国のツバメの集団ねぐらの生態調査も実施している。
2012年には共著で「田んぼの生きものたち ツバメ」を出版。
身近なのに知らないことばかりだったツバメの知見が美しい写真と共にぎっしり。
渡辺さんによる解説、指導を受けながら観察が行われる。
この四谷橋下流のねぐらは渡辺さんをはじめとする「八王子・日野カワセミ会」によって2002年に発見された。
その後、同会および多摩川流域で活動する団体や個人で結成された「多摩川流域ツバメ集団ねぐら調査連絡会」により2003年から2008年まで調査が行われ、多摩川流域に大小合わせて13カ所のねぐらが発見されている。
中でもここは最大級の規模を誇り、ピーク時では約3万羽ものツバメ達がこのヨシ原に集まるという。
「今年のピークはもう過ぎちゃったかもしれませんがそれでも1万羽は期待できると思いますよ」
おお、楽しみだ、日没よ、はやくこい!
早速上空を一群の集団が。
――なんか街で見るツバメよりも体が大きくて力強く見えますねえ。
「ああ、そうでしょうねえ。あれはツバメじゃなくてムクドリですから」
ぎゃあ、はずかしい勘違い。
「ムクドリは聖蹟桜ヶ丘の駅前にねぐらがありますね。ツバメよりねぐら入りの時間がはやいです」
なんという好立地…新宿まで京王線1本ではないか。
そうこうしているうちに参加者の方々が集まった。
日没が近くなり、ツバメが集まるまで渡辺さんの講習が行われる。
これがまたおもしろかった。
7月下旬~8月上旬に最大化
手持ちの資料を使った30分程の濃厚なレクチャー。知っているつもりで知らなかったツバメの生態が次々と解説される。
「ツバメのねぐらは巣とは違って、ツバメが日没から日の出までを過ごす場所です」
私たちがよく知っている「巣」は子育てのために使うもので、繁殖活動をしていない時はねぐらで夜を過ごす。
つまり春、渡ってきたばかりの時点から規模は小さいながらもねぐら入りは行われていて、夏になるとそこに巣立った幼鳥などが加わり、数万羽の大集団となる。
「東京近辺では7月下旬~8月上旬にピークを迎え、その後、越冬地に移動をはじめると急激に規模は小さくなっていきます」
安全ヨシ!
ではなぜ彼らはヨシ原をねぐらに選ぶのか。
「ヨシは背が高く、3m以上にも育ち、時には4m近くにもなり、上のほうにツバメが止まりやすい葉っぱがあります」
説明資料より。ヨシとよく似たオギという植物も混生しているが、しなやかで止まっても安定するヨシを選んで止まる。
高い所でよいのなら木じゃだめなのか。
「ヨシはしなやかな構造なのでツバメの重さの鳥が止まると絶妙なバランスでしなりを見せます。なので天敵の動物(イタチなど)が触れると揺れて気付きやすいという大きな利点があるんです」
忍者屋敷で敵が侵入するとがらがら音がなる鳴子のような仕組みだ。かっこいい。
「この辺に止まります」近づくとヨシのでかさを実感する。
ねぐら入り、はじまる!
時刻は19時の少し前、渡辺さんのレクチャーもひとまず終了し、眼前のヨシ原を眺めていると、どこからともなく現れたツバメたちがかなりの高速でヨシの少し上を旋回するのが目につきはじめる。
とにかく速い。私の撮影技術ではこれがせいいっぱいです。
時間がたつとともに増えてきた!
2羽、3羽、それ以上で先を争うようにとがった翼をたたみながら夏の熱気がこもる空気を切り裂くように滑空したかと思うと、そのスピードを少しも殺さずに見事な急旋回を見せる。
時折、その飛行技術を見せつけるかのように我々の目の前を横切り、子供達が歓声を上げる。
かっこつけてますがAUTOモードです。
宮本武蔵と戦った剣豪、佐々木小次郎の具体的に何をするのかよくわからない必剣はこの急旋回の様から「ツバメ返し」と呼ばれたが、私が小次郎だったら「ツバメのねぐら帰り」と名付けたに違いない。こむら返りみたいで嫌だな。
眼前で繰り広げられる航空ショーにすっかり夢中になっていると、渡辺さんや野鳥の会の方達が参加者に上空を見るよう促した。
わー!!
月と無数のツバメ。現実とは思えない光景。
けたたましい鳴き声と共に上空を乱舞する大群。寝る気はあるのだろうか。時々、肩身が狭そうにアブラコウモリが群れの下をひょこひょこと飛んで行く。
参加者の口からため息のような歓声がもれる。
降り注ぐように降下してねぐらを探す。
しかしそんな光景も15分程、日が没して空が暗くなると共に、ツバメ達はどんどん降下し、ヨシに止まりだした。
渡辺さんの解説によれば、ツバメの寝ぐら入りの時刻は晴れた日程遅くなって曇りや雨の天気だと早くなる。
明るさが関係しており、暗くなるのが遅くなるほど、ねぐら入りが遅くなるという。
また、ツバメの数が多いとねぐら入りの時間が遅くなるという傾向もあり、時間を遅くする事で、ハヤブサやチョウゲンボウなど、天敵に襲われる危険の高い時間を短くしているのではないかと考えられている。
多摩川のねぐらではハヤブサなどに狩られた姿がほとんど目撃されていない
輝くツバメの目
先ほどまでの喧噪は嘘のように静まり、集団ねぐらで眠りにつこうとするツバメたちをハロゲンライトで観察する。
ハロゲンランプの光は気にしないようだが、刺激を与えないため充分に距離を取る。
ヨシの最上部の葉に止まる。
穂の部分を利用しているツバメもいる。
設置した望遠鏡を除くとライトの光りでネコの目のようにツバメの目が光っていて、これもまた普段目にするツバメの姿とは違った野性味を持って我々を魅了した。
写真が下手ですいません…ツバメが眠るたびに光が消えて行くのがなんともまた。
多摩川の水辺のヨシ原は現在、土地の乾燥化による植生の遷移や外来植物の進出、不法な整備による伐採など、様々な問題により減退の危機にさらされているという。
実はここ府中四谷橋のヨシ原はアレチウリという外来植物が入り込んでヨシを覆い尽くしてしまい、2005年にはいちどツバメ達に放棄されてしまった。
説明資料より。ヨシがなぎ倒されてツバメの止まるところがなくなってしまった。
その後、地元の府中野鳥クラブなどのアレチウリ除去など、ヨシ原の復元、保全活動によりツバメの数は3万羽という規模を回復している。
ツバメに魅せられたものだからこそできる地道な調査
――残念ながらなくなってしまったスポットもかなりあるとの事ですが、新しい場所が出来る、または見つかる可能性も…
「もちろんあります。なくなってしまったとはいえ、そこのツバメが消えてしまうという事ではなく、どこかに行っている訳ですから。ただ、集団ねぐらを見つける作業というのは実はかなりきついんですよね」
――ええ?
「こんなにたくさんいるから簡単に見つかるじゃないかという人もいるけど、ここは目の前で見ているからこの迫力ですけど300~400m離れて下流とかに行ったらもうわからないですよ」
――そうか。数万羽が舞うっていったって多摩川の流域でいったらかなりピンポイントですもんねえ。
しかも今日の感じでいうとツバメが集まって上空でわいわいやってるのは日没時のせいぜい30分とか。
「そう、飛んでいるのを見つけるだけだったら1日1カ所限定。チャンスが少なすぎてくじけちゃいます」
――ですよねー。しかしそれ以外の方法というと…
「暗い中このハロゲンで照らしながら夜通し歩く。これしかないんですよね」
いやー地道ですよこれは。
ツバメ達よ。夜ねぐらでに彼方にほのかなライトの光りを見つけたら、目をつぶる前にその目を光らせて合図を送ってあげてください。
お願いします。
街で見かけるツバメのワイルドな一面が垣間見えて興奮を禁じ得なかったが、こういった感慨を持たれる野鳥というのも考えてみたらすごい。やはり身近なのに不思議で奥深い鳥だという思いを深くしたねぐら観察だった。
「環境を維持していくためにもこのような習性や場所をみなさんに知っていただくのは重要です」
とは渡辺さんの言葉。多摩川だけでなく地域によって時期をずらして観察会なども実施されているので興味のある方は足を運んでみていただきたい。
ツバメがものすごくいっぱい集まってるというだけで壮観ですよ。
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