生菓子としてのあんドーナツ
成城石井のデザートコーナーはラインナップが豊富すぎて、ずっと畏怖してフレンドリーには近づけずにいた。
人気のチーズケーキやプリンを買ったことはあるけれど、それにしても理解したのは氷山の一角であるという未達成感が毎回残る。心ざわつかせる存在である。
今日も、出先でちょっと暇をつぶす時間があって、ちょうど店舗があったものだから寄ってみたものの、光り輝くデザートコーナーの前はまぶしがって通り過ぎるばかりだった。
が、ふと薄目でながめた視界に思いもよらない商品が映った。
「あんドーナツ」とある。
デザートコーナーといえば冷蔵の棚だ。あんドーナツは通常、常温の和菓子コーナーでかりんとうや一口羊羹と並んでいることがほとんどだろう。
どういうこと? とまぶしがった目を開けて直視したところ、値札に「要冷蔵のあんドーナツです」とある。
冷蔵品なんだ! 見れば賞味期限も購入日の2日後。完全に生もの扱いだ。
謳ってはいないが、これは流行して長い生スイーツ文化の一角をなす、生あんドーナツ、と言ってしまってもいいのではないか。
ぜひ食べてみたいと、食べくらべるために同じ店で常温のあんドーナツも合わせて買ってきた。
冷やして食べるものではない
冷蔵品ということは、この要冷蔵あんドーナツはしっかり冷やして食べるように設計されているのだろうか。
パッケージ裏面のラベルを確認すると、こう書いてある。
食べる瞬間の温度としては、冷たいよりも常温を推奨しているようだ。
冷やして食べるためのものではなく、あくまで保存のために冷蔵が必要ということか。
要冷蔵と常温のあんドーナツ、何が違うのか
要冷蔵と常温。両者のあんドーナツは何がちがうんだろう。
原材料を見比べると、砂糖、小豆、小麦粉、油、牛乳、卵、バター(常温のほうはマーガリン)と、どうもそれほど大きくは変わらない。
カロリーも、要冷蔵で100g 394kcal、常温で415kcalと、やや常温の方が高いものの大きな違いではないように感じる。
要冷蔵品は冷蔵しないと痛む食べ物だ。どういう条件で食品は要冷蔵に分けられるんだろう。
腐りやすい食品、かびやすい食品は経験上なんとなくイメージはあるが、念のため「要冷蔵とは」とネット検索してみる。
すると、「要冷蔵のものを間違って常温で保管しちゃった」うっかりさん向けの情報がいっきに検索結果に表れた。
そうきたか、だ。
インターネットに、いかに人間が集まっているかがこういうときに分かる。世界はひとつだと思う。
うっかりした人間の特性にふれ遠回りをしたが、結果として要冷蔵品となる条件は、水分が多い、栄養価が高く菌が繁殖しやすいなど。
いっぽうで、水分が少ない、抗菌作用がある(はちみつみたいな)、また糖分や塩分が多いものは常温でいける。
ということは要冷蔵のあんドーナツは、揚げたての油のかおりを保ちながら水分が多くしっとりして、一般的なあんドーナツにくらべ味がまろやか(砂糖や塩の量が少ない)なのでは……と、予想が立ったがどうだろう。
腕力を優しさににスライドさせた味
食べてみて、はじめにハッとしたのが、冷蔵・常温に関係ない、あんドーナツという食べ物そのものの優位性だ。
小麦粉のドーナツ生地にあんこを入れて油であげて砂糖がまぶす。「うまい」という言葉を具現化したらできたのがあんドーナツなんじゃないかくらい、食べ物としての作りがそもそもおいしいようにできている。
そういう意味で、要冷蔵であれ常温であれ、ひと口めの感想としては、「安定してうまいな」だった。
食べ進めると、なるほど、予想通り要冷蔵の方は生地に水分が多く、あんドーナツ特有のぱさっとした感じが少ない。生地に風味があって、あんこもなめらかだ。
常温のあんドーナツがうまさの腕力を見せつけどっしり構えるいっぽう、要冷蔵の方は腕力を優しさににスライドさせ、まろやかさをもたたえる味わいがあった。
これは「やってみる高級」だ
私が買ったタイミングでは、この要冷蔵のあんドーナツは税抜で559円だった。常温の方のは360円。
どちらも同じくらいのサイズで8個入りだから、要冷蔵の方がぐっと高い。
私はあんドーナツは大好きで、でも、もっとおいしくできないか、とは、考えたこともなかった。
安いやつ(考えてみたら、8個360円のあんドーナツも私にとっては高価な類だ)でいいと思って満足して、上を目指す選択肢を持つことがなかった。
その天井をぶち抜いて、ためしにリッチに冷蔵でしか保存できないやつを作ってみる、これは「やってみる高級」なんじゃないか。
その現場に立ち会って無責任にうまいうまいと食べさせてもらって、ありがたいことだ。