馬が好き
数年前に一冊の本を読んだ。偶然本屋で見つけた本だ。いや、私は馬が好きだから、偶然ではあるけれど好きだから目に入ったのだと思う。その本は木村李花子さんが書いた「野生馬を追う 増補版:ウマのフィールド・サイエンス」だった。
幻のロバ「アドベスラ」を追い求め、セーブル島の再野生馬の話があり、サバンナのシマウマの話もあった。木村先生は動物行動学の先生なので、そのような観点で書かれている。さらに冒険記のような読了感がある。本当に面白い本だ。
先にも書いたけれど、私は馬が好きだ。中学生の頃、住んでいた家の近くに競馬場があり、馬を好きになった。競馬が好きとも言えるのだけれど馬券は買わない。純粋に馬が好きなのだ。そのために海外に行っても競馬場に足を伸ばし馬を見る。
宮崎の都井岬に在来馬である「御崎馬」を見に行ったこともある。さらにウマ属の家畜であるロバも好きでメキシコまでロバを買いに行ったこともあるのだ。当時は世界的なロバ不足が起きていて、ロバを買うのにとても苦労した。今はロバ不足は解消されているのだろうか。
話は冒頭の本の話に戻る。その本の中に北海道・根室にある「ユルリ島」の馬の話が出てくる。そのお話が私の心を掴んだ。今は無人島で一部の人以外は入島することもできない。ただ馬は今日も生きており半野生化しているらしい。それをどうしても見たくなったのだ。
これがユルリ島
ユルリ島のこと
どうしても見たかったけれど、根室に行く機会はなかった。行っても入島することは叶わないと思うと腰が重かった。しかし、2023年の夏に、別の用事で根室に行くことになった。これはチャンスと望遠のカメラを持って訪れたわけだ。
ユルリ島は根室市の昆布盛の海上1.5キロにある周囲約7キロの島だ。面積は200ヘクタールで今は無人島になっている。島の中央部に湧き水と濃霧によってできる湿地がある。草原域にはミヤコザザが生えている。
島は海鳥の保護区となっており島全体が天然記念物に指定されているので、私のような一般人は入島できない。しかし昭和46年までは違った。人々の営みがあった。一番多い時にはこの島に100人以上の人がいて、野球大会も行われていたそうだ。
この島で人々は何をしていたかと言えば、昆布漁だ。この辺りは昆布が取れる。それは「昆布盛」という地名からもわかる。昆布は取ってから干さなければならない。その頃は砂浜に干していたけれど、十分な砂浜はこの辺りにはなかった。
干すところがない人々がユルリ島に行った。しかし、ユルリ島の外周はもはや崖だ。昆布を崖上まで引き上げなければ干すことは難しい。
この引き上げる作業を行うために、庄林家、佐藤家、小平家の三家がユルリ島に馬を導入した。種雄が持ち込まれた記録は昭和43年から残されているが、その前から馬は昆布を引き上げる作業に従事していたそうだ。
島の面積を考えると30頭ほどがこの島に適した数になる。5年毎に新しい種雄を入れ替える。また秋になると一歳雄が島から連れ出される。これは近親交配を避けるため。つまりこの島には基本的には雄は1頭だけで他は全部メス馬ということになる。
馬はハレムを作る動物であるが、この島ではハレムは1つしか存在しない。雄が一頭しかいないからだ。またメスが力を持っているのも特徴のようだ。他にも冬場はとにかく草を食べるのもこの島の馬の特徴らしい。寒さに耐えるエネルギーを得るためだ。他の地域だと、動かない、という戦略をとる馬たちもいる。
昭和46年になると馬を残し人々は島を去る。無人島になったわけだ。エンジンを搭載した船の普及で、漁場が近いだけのユルリ島に価値がなくなったのだ。ポイントは馬を残したことだ。人は去り、馬は残った。馬が残った理由もいくつかあるけれど、その一つが灯台にガスを運ぶためだった。
人々がこの島を去って間もなく電化されたけれど、その前はやはり崖上にガスを運ばなければならず馬が必要だった。人が去り、灯台が電化され、人があまり来なくなることで残った馬たちは、ある意味では野生に近い状態になった。間引きなどはその後も行われたけれど。


