というわけで当サイト4回目の八ッ場ダム工事現場レポートである。順調に進めばこの秋にも水を貯めはじめて、それも順調に進めば来年の春には貯水池が満水になり、問題がなければその後に運用に移行するという。つまり水のない期間はあとわずか。交通アクセスは悪くなく、見学会も頻繁に行われている。美味しい食事どころも温泉宿もたくさんあるので、興味を持ったらいますぐに行ってみてください。
僕と八ッ場ダム
縁あって、群馬県長野原町に建設されている八ッ場ダムの工事を、着工当初から何度か追いかけてレポートすることができた。
ダムライターを名乗ってはいるけれど、もう国内で大規模なダム工事がほとんどなくなってきている時代、全国を見渡してもこれだけの規模のダム建設工事はあといくつもない。ということで、八ッ場ダムに対しては執念に近い熱意で現場を見てきた。
本体工事が始まる直前のおよそ10年前、中止か継続かで揺れていた頃はニュースやワイドショーで毎日のように是非(主に非)が語られていたけれど、近頃は工事現場の見学が大盛況、という話題が放送されたりして、あの頃はなんだったんだよもう、と隔世の感がある。
そしていよいよ、その工事も終わりに近づいている。コンクリートでダム本体を造る打設は6月に完了し、現在は細かい設備などの最後の仕上げと、建設に使われた施設の撤去が行われていた。
最終段階の現場へ
まず、これまではダム本体に使うコンクリートを製造する工場があって近づけなかった左岸側(上流から下流を見たときの左側)にやってきた。いつの間にかコンクリートプラントやケーブルクレーンは姿を消し、管理事務所となる新しい建物が建っていた。
まだ資材や機材、重機がところ狭しと置いてある通路を抜けて、いよいよできたばかりの八ッ場ダムの天端(ダム本体のいちばん上の通路)に足を踏み入れる。
これが、あの、まだ何もなかった頃から見ていた(見ていた?)八ッ場ダム本体の上である。生まれた頃から知ってる親戚の子がいつの間にか社会人になってた、くらいの感激と戸惑いを覚えつつ、足の裏に硬いコンクリートの感触を感じながら踏みしめてゆく。
本体の上から上流の方向を見ると、そこはもうすぐ貯水池になる土地だ。数年前まで国道が通り、JR吾妻線の駅もあったけれど、国道も線路跡もダムを境に途切れている。大部分の木は伐採され、地肌が見える荒涼とした景色が広がる。
目的とか必要性の前に、ダムを作ることに対してのネガティブな意見や感情が出るのは、これはもう仕方のないことだと思う。誰も無条件にこの景色を望んでいる人はいないだろう。ただ水が必要、洪水の防御が必要、となったときに、いろいろな角度から検討した結果、最適な方法がこの地点にダムを作ることだった、ということなのだ。ここに住んでいた人、この場所が好きだった人、想像しきれないほどのいろいろな想いがあるとは思うけれど、それに対して僕らにできることは、ここにダムが造られること、なぜ造られるのかということを伝え、完成したあとにはひとりでも多くの人が訪れたくなるように魅力や見どころ、そして実際の活躍を伝えることだけだ。
下の方を覗くと、もともと流れていた川の水を工事現場から迂回させる仮排水路トンネルの入口部分のコンクリートと、大雨などで増水しても工事現場に水が入らないための上流仮締切と呼ばれる小さなダムが見えた。しかし本体がほぼ完成した現在はどちらも役目を終え、上流仮締切は穴が開けられて水がその中を通り抜けていた。仮排水路トンネルの中は、水を貯めはじめても漏れないように頑丈な栓をしているはずだ。川の流れは元に戻され、本体のいちばん下に開けられた穴を通って下流に流されていた。
クレストゲート組み立て中!
さらに天端の上を歩いて行くと、緑色に塗装された金属の部材が置かれていた。何かと思ったらこれはクレストゲート(ダムのいちばん上に設置される水門)の部材。水門が設置される洪水吐(大雨などのときに水を放流する設備)の上から見下ろしたら、まさにいま現場でクレストゲートを組み立て中だった。ライムグリーンっぽい色合いはダムのゲートとしてはかなり珍しい。
ゲート、もっと2分割とか4分割くらいの、もっと大きい部材で運んできて溶接で1発で決めてしまう、くらいの作り方かと思っていたのだけど、相当な大きさなので運ぶのが大変だし、隙間があれば水が漏れてしまうから1ミリのズレも許されないと考えれば納得である。
なんとダムの内部に初潜入!
下流側を見ると、放流した水の勢いを弱めるための立派な副ダムが既に出来上がっていて、その隣では発電所の工事が佳境に入っていた。
案内していただいた職員の方の後について行くと、なんとフーチングの階段を降りて行く。フーチングとはダム堤体と脇の岩盤が接する部分を安定させるために造られる階段状の構造で、主に管理上の目的でダムの上と下を行き来できるように階段が設置されていることが多い。
真新しいフーチング階段を少し降りると、堤体内の通路に入るための扉があった。職員さんはためらわずにその中に入って行く。
いいの!?コンクリート打設は終わったとはいえまだ工事中のダムの中、僕らも入っていいの!?
などとたじろいだのは一瞬で、すぐに後を追って堤体の中に入って行った。
ダムの中を通る通路は監査廊と呼ばれていて、堤体内部に設置された各種のセンサーや放流設備などの場所へ行き来したり、電源や通信のケーブルの通り道になっている。
監査廊へ入ると、すぐに急な階段が下に向かって伸びていた。これはつまり堤体が接している岩盤の斜面の角度で、ここは約45度らしい。
ところどころに踊り場があるとは言え、ほぼ一直線の急階段を50mほど降りるとようやく平らな通路に出た。職員さんに遅れないようについて行くものの膝が激しく笑っている。内部ではちょうど電源や通信のケーブルを引く作業をしていた。
未経験のゲートと対面
しばらく進むと巨大な空間の中に出た。ここは常用洪水吐の操作室。つまり堤体の内部に設置された、通常の洪水調節などで使う放流ゲートを操作するためのシステムや駆動装置などが設置されている部屋だ。堤体内の心臓部と言っていいと思う。
操作室とは言っても、通常は管理事務所の中にある操作室で遠隔操作する。万が一停電やトラブルなどで遠隔操作ができなくなった場合に、この場所まで来てゲートの開閉操作をするのだ。
目の前には巨大な油圧シリンダーが鎮座している。そしてこの下に洪水調節で使う放流ゲートが設置されている。今回はなんとそのゲートも見せてもらった。まだいちども放流したことのないゲートだ。
水深何十メートルという場所で放流したり止めたりするゲートは、常に大きな水圧に耐えなければならないため、高圧ラジアルゲートというマッチョな型式の水門が設置されていた。八ッ場ダムが運用を開始したら、きっと何度もこのゲートから放流されることがあるだろう。でも僕はまだいちども放流していない頃のゲートを知っている。人気俳優や芸人をデビュー前から知っている、みたいなめんどくさい優越感に浸ってしまった。
来た道を戻り、さらに階段を延々と降りて行く。もう膝が限界かも、というところで平らな道になり、進むとふたたび広い部屋に出た。ここは利水放流ゲートの操作室。さっきの常用洪水吐は主にダム湖に流れ込んでくる水の量が通常より多いときに放流する設備で、こちらは逆に流量が少なくなったときに、貯めてある水を放流して下流を潤すための設備だ。
ここにも油圧シリンダーが何本も立ち並んでいるけれど、これらは高圧スライドゲートという、鉄管の中を仕切って水を止めたり流したりする水門なので、鉄管の中に入らないと水門自体は見ることができない。
ついに姿を現した八ッ場ダム本体!
そこから扉を抜けて外に出た瞬間、僕は腰を抜かしそうになった。目の前に八ッ場ダムの本体がそびえ立っていたのだ。
計画から数十年の時を経て、是非に揺れて一度は中止を宣告されて復活して、まさに紆余曲折を経てようやくその姿を現した八ッ場ダム。
いちダム好きとして、このダムの建設工事を最初から追いかけていろいろな場面を見て、もちろん反対運動の歴史とかテレビや新聞の報道などを目の当たりにして、いろいろ考えたり考えるのをやめたりしてきたけれど、目の前の堤体を見上げた瞬間、もはや好き嫌いとか要不要とかの考えは吹き飛んだ。ただその大きさに脳が麻痺し、ボキャブラリーが消失した。あのダムができた。いま目の前にある。すごい、やばいしか出てこない。しばらくの間、ただ口を開けて見上げるだけだった。
帰りはフーチングの階段を登って天端まで帰ることになった(志願者だけ)。高低差はおよそ80m程度、下の方の階段は仮設である。途中で何度も後悔が頭をよぎったけれど、この日はもう八ッ場ダムのすべてを受け止める覚悟だったので息を切らせて何とか登り切った。
最後に、もうすぐ水が貯められる堤体の上流側に連れて行ってもらった。貯水池が空になることはまずないので、高さ100mを超える堤体の上流側が目の前にそびえる姿は、おそらくもう二度と見ることができない光景である。
動画レポートも作ったのでぜひ見てね
最近ダムに行ったら動画レポートも作ってYouTubeで公開しているのですが、本当に偶然に今回の八ッ場ダム見学の動画も本日公開になりました。なので一緒に見ていただくとより一層臨場感が味わってもらえると思うのでぜひ見てください。