桂さんは「営業日はいつでもボイラーを動かすんで、また焼きたいものがあったら持ってきてください」と言ってくれた。
北京ダックは無理でも、夢の屋台「ボイラー軒」のメニューを少しずつ充実させていきたいと思う。もっと無難にとうもろこしを焼いたり、ジャガバターを作ったりもしてみたいし。
そんなことを思いながら開店直前の千鳥温泉を後にした。これからお風呂に入りに来る人たちに「その熱で芋が美味しく焼けたんですよ!」と伝えてまわりたくなるような、不思議な気持ちが沸き起こってくるのだった。
銭湯にはお湯を沸かすためのボイラーが備え付けられている。以前、銭湯を取材してボイラーを見せてもらった際、店主がこんなことを言っていた。
「ここで焼き芋が焼けるんですよ」。一瞬、耳を疑ったが、確かにそう言っていたのだ。銭湯のボイラーで焼き芋が焼けるのか。本当か。本当ならば焼いてみたい。
さらに、焼き芋が焼けるのであれば、もっと色々な食べ物を焼かせてもらいたいではないか。大阪の銭湯「千鳥温泉」に協力してもらい、芋やリンゴやファミチキなど5種類の食べ物を焼いてみた。
※編集部より
この記事は連載形式の「小出し記事」を1本にまとめたものです。
「銭湯の鏡に広告を出した話」の記事で取材させてもらって以来、大阪市此花区・千鳥橋の「千鳥温泉」には何度となくお世話になっている。
店主の桂秀明さんは脱サラしていきなり銭湯業界に飛び込んだ方で、前述の鏡広告のようなアイデアだけでなく、銭湯内でのライブイベントを企画したり、演劇を上演したりと柔軟な姿勢で銭湯を盛り上げようとがんばっている。
その桂さんに千鳥温泉のボイラー室を案内してもらったことがある。大きな窯が鎮座し、周りには計器類があれこれと設置されており、私たちが「いい湯だなー」と浸かっている温かいお湯はこのような場所で生まれているのだなと思った。
千鳥温泉のボイラーは重油を燃料にするタイプ(他に薪を使うもの、ガスを使うものなどがある)。窯の内部を説明してもらった際、桂さんが「ここがめっちゃ高温になるんで、焼き芋も焼けるんですよ」と言っていた。銭湯の重油式ボイラーで焼き芋……その際は深く考えずに「へー!」と驚いただけだったが、なんだか意外な取り合わせだったので記憶に残っていた。
今回、そのことをふと思い出し、桂さんのご協力のもと、ボイラーで焼き芋を焼かせてもらえることになった。さらに、芋だけでなく他の食材も焼かせてもらうことにした。
さあ、早速焼いていこう!
あれこれ焼かせてもらう前に、まず窯の内部を掃除する必要がある。毎日稼働して銭湯のお湯を温めているボイラー、使用するたびに窯の中には煤がたまっていくため、定期的にそれを取り除いていかないと熱の伝導効率が落ちてしまうのだという。
ここ最近、桂さんは忙しくてしばらく掃除ができていなかったそうなので、だいぶ煤がたまっているはずとのこと。長い柄のついたブラシやホウキやチリトリでガシガシと落としていく必要がある。
「じゃあ、手伝ってもらえますか!煤がすごいんで、上はTシャツ、下はパンツだけになった方がいいですよ」と桂さんが言う。お、おう。
長い柄のついたブラシで穴の中にたまった煤をこすり落とす。なかなかしんどい作業である。あたりに煤がもうもうと舞い上がる。
窯で温められた空気は最終的に煙突をのぼって抜けていく。桂さんが「ここが煙突の根元なんですよ」と指差した。
桂さんに教えていただきながら、1時間ほど掃除をがんばった。よし、これでようやく芋だのリンゴだのが焼けるところまで来たぞ!
いよいよ実際に食材を焼いていこうと思う。
用意したもののうち、サツマイモ、リンゴ、玉子を濡らした新聞紙で包み、さらにその外側をアルミホイルでしっかりと包む。
ファミチキをじかに新聞紙で巻くのは気が引けたので、直接アルミホイルで巻くことにした。
コンビニ弁当については、この日のために購入したダッチオーブンに中身を詰め替えて焼くことにする。ダッチオーブンは分厚い金属製の鍋で、キャンプやバーベキューなどで使用されるもの。これで煮ものを作ったりすると食材にじっくりしっかりと火が通って美味しいのだそうだ。
鋼鉄のお弁当箱だと思うことにしてこのまま食べてしまいたいが、もっと美味しくなることを信じて蓋を閉めた。
先ほど掃除をしたボイラーに焼きたい食材を並べていく。
「ほな、いきますよー」と桂さんが重油式のバーナーの作動ボタンを押す。
すると轟音が鳴り響き、バーナーの炎が床を赤く照らし始めた。
これは……どう見てもとんでもない高熱なんじゃないか。火加減どうこうなど関係なく、全部一瞬で真っ黒焦げになってしまうんじゃないだろうか。
本当に今さらだが、そもそもボイラーで焼き芋を焼くなんて、こんなことをして大丈夫なんだろうか。聞いてみたところ、桂さんはこれまでに何度か実際にこうして焼き芋を作っているんだという。
桂さんはこの銭湯を以前の店主から引き継ぐ形で経営しているのだが、前の店主からボイラーの説明を受けた際、「ここで焼き芋は焼けますかね」とたずねたそうである。すると相手は一瞬ポカーンとして「まあ……焼けるんちゃう?」というような返事をしたそう。
ボイラーの説明を受け、真っ先に焼き芋が焼けるかどうかを質問するなんて、桂さんも改めて変な人である。
とにかく、そうして実際に焼き芋を焼いてみた桂さんだったが、結果、本当に美味しく焼けたんだそう。ただ、どれぐらいの時間をかければちょうどいい焼き具合になるかなどといったノウハウは一切なく、毎回なんとなくの勘でやっているらしい。よって、今回がうまくいく保障もまったくないとのことだ。
という感じなので、自宅に重油式ボイラーがあるという方もあまりマネしないでいただけるとありがたい。あくまで桂さんの経験則あってのこの企画なのである。
炎の赤い光に見とれていると、桂さんが私を外に手招きした。「ほら、見えますか?煙突の先から煙があがってますよ」と。見上げると確かに煙突の先端から薄く黒い煙が空に流れていくのが見えた。
以前、親戚の葬式で感じたような、なんともいえない思いが私の胸に去来した。いやしかし、本当に上手に焼けるんだろうか。大丈夫か!?
ボイラーに火が入って食材を並べた部分もかなり高温になっているはずだが、一体どれぐらいの時間をかければちょうどいい焼き具合になるのかはまったくわからない。
桂さんは「そこはスズキさんの判断にお任せしますわ」と言う。こんなに難しい判断を任されたことがあったろうか……。根拠も何もないが、なんとなく「30分ぐらいしたら開けてみましょうか」ということに。
その間、ボイラーで加熱されたお湯が浴場内にどのように循環していくかを教わった。千鳥温泉には浴室中央にある熱めのお湯が張られた湯舟の他に、ぬる湯、水風呂などいくつか浴槽があり、それぞれのお湯(水)は混ざらずに独立している必要があるため、パイプの構造もその分だけ複雑になる。
温かいお湯がもわもわっと湧いてくるパイプということで、「男ワキワキ」「女ワキワキ」と書いて識別しているそう。
お湯を加熱するパイプとは別に、それぞれの湯舟のお湯(水)を吸い上げ、ろ過機に通して清潔に保つためのものもある。ろ過機に投入するための薬剤を準備する桂さんの姿を脇で眺めながら「銭湯の仕事って大変なんだな……」と素朴過ぎることを思う。当然のことだが、番台に座っているだけなんかじゃないのだ。
「そろそろちゃいますか?」と桂さんが言う。ボイラー内の湯温を示す温度計を見ると、いつの間にか80度近い高温となっている。
本来なら一度点火したボイラーは営業終了時間近くまで自動で運転を続ける。お湯の温度がある程度に達したら自動で火が消え、冷めてくるとまた着火される仕組みだ。しかし今回は焼き上がった食材を取り出すために一度ボイラーをオフにしなければならない。桂さん、こんなことに付き合わせてしまってすみません。
桂さんがボイラー上部の扉を開くと、そこには30分前に置いた通りの銀紙が見えた。
まずはサツマイモを包んだ銀紙を取り出してみる。軍手を通しても伝わってくる熱さ。中はどんなことになっているやら。
銀紙を剥いてみると……いい感じに焼けているではないか!手で軽く力を入れただけでサツマイモがパカッと2つに割れた。
私の方は少しだけ芯が残っていて、あと5分ぐらい焼きを入れてもよかったかなと思う感じではあったが、しっかりホクホクして美味しい焼き芋ができていた。
こうなってくると他の食材にも期待が高まる。上手に焼けているんじゃないだろうか。銀紙で包んだファミチキを開封してみよう。
ファミチキは四隅がちょっと焦げてカリカリ状態。水で濡らしたキッチンペーパーで包んだ方がよかったかな。しかしギリギリのところで衣の中のジューシーさは失われておらず、ザクザク食感がやけに強めの唐揚げと聞けばそう思えそうなレベル。
桂さんが「これ、30分というのがギリギリやったかもしれないですね。もう少しやり過ぎてたら真っ黒やったんやないですか」と言う。確かに、30分が絶妙なラインだったかもしれない。
芋がふっくらと焼け、ファミチキがカリカリ食感になった。今回、ボイラーで焼くなら何がいいだろうと事前に考えた時、「玉子」が思い浮かんだ。しかし、一回やめた。ボイラーの高温で玉子がどうなるのかは未知数だが、なんとなく「爆発しそう」という感じがするのだ。
だが、もし成功すれば「温泉たまご」じゃなくて「銭湯たまご」ができあがることになる。「銭湯たまご」という、耳に馴染む割に聞いたことのない言葉の魅力には抗いがたく、千鳥温泉・桂さんに「もしボイラーを汚したら掃除をがんばりますので!」と前置きした上でやっぱり焼かせてもらうことに。
焼き芋同様、玉子を濡らした新聞紙で包み、その上をさらにアルミホイルを巻きつける。銀色の球ができあがった。
他の食材と同様にボイラーに30分火を入れて取り出した。アルミホイルを剥いていくと焦げた新聞紙が現れた。
不安を覚えながら新聞紙をよけていくと、しっかりと形を保った玉子が出てきた。
殻がパリパリでアツアツで、白身に張りついてしまっていて剥くのが難しい。慎重に剥いたつもりでもポロポロと白身が欠けてしまう。
しかしまあ、食べるのは自分だし、いいか!とにかくなんとか「銭湯たまご」ができあがったぞ。
ハードボイルドなゆで卵が好きな私にとっては好みの食感である。普通に作るものと味わいがどう違うかといえば、まあだいたい同じだけど、これが重厚な作りのボイラーの中から出てきたと思うと愛しく思える。
リンゴも焼いた。こっちはうまくいっただろうか。これも焼き芋式で、濡れた新聞紙で包んだものにアルミホイルを巻きつけてボイラー内に置いておいただけである。
開封してみるとリンゴの皮は熱でしおしおになっている。
スプーンでそのまま中身をすくえるほどに柔らかくなっている。
スプーンですくいとって食べてみると、これが絶品。ノートに「あったかいアイスみたい」とメモを取り、我ながら素朴過ぎる表現だと思ったが、どうしてもそんな風に言いたくなる。ジェラートのような食感で、甘みと酸味のバランスも絶妙である。
桂さんにも味わってもらったのだが「あ、これは美味しいですね!」と高評価。「シナモンふりかけたらいいスイーツになりますわ」とのこと。もし千鳥温泉の前に「ボイラー軒」という屋台を出すとしたら、締めの一品としてこの「ボイラー焼きリンゴ」が名物になるだろう。
ボイラーの熱で焼いたものを提供する幻の屋台が「ボイラー軒」で、「銭湯たまご」も出すし、ボイラーの熱でどうにか日本酒をお燗にできないか……と、妄想しているうちに忘れそうになったが、ダッチオーブンに詰めて焼いたコンビニ弁当が残っていたんだった。
さて最後の一品、コンビニ弁当の中身はどうなっているだろうか。この日のために購入したダッチオーブンに詰め込んでボイラー内に設置した。
ボイラーの扉を閉める際は黒くツヤツヤと光っていたダッチオーブンだったが、30分の加熱後には煤がうっすら降り積もって年季を感じる風合いに。
タイムマシーンのようだ。たしかに30分間だったはずなのに、扉の向こうでは一年ぐらい経っていたような。
軍手を一枚装着しただけでは到底持てない熱さ。とんでもないほっかほか弁当である。タオルでくるむようにして慎重に運び、蓋を開けてみた。
これはちょっと焼きが入り過ぎたようだ。特に上面の方に強い熱が加わったようで、どのおかずの表面もカリッカリになっている。
ちなみにこんな見た目ではあるが、食べてみると中身はホクホクでちゃんと美味しい。焼き魚なんか、皮がパリッとして香ばしくてなかなかによかった。
おかずの下のご飯は絶妙の加減のおこげになっていて美味しい。
こうして色々焼いてみると、ボイラーの火の入り方の特徴がわかってくる。かなりの高温がすべての方向から一気に加わるような焼き方になるのだと思う。じっくりじわじわと時間をかけて加熱していく低温調理の逆。外側をカリッとさせて中をジューシーに保つような料理に向いているのかもしれない。
そう考えた時、なんとなく「北京ダック」という言葉が頭をよぎった。「ボイラー軒」のメイン料理として出せるんじゃないだろうか。いやしかし、火加減のコントロールが難しく毎回がギャンブルのようなボイラーでの焼きに高級食材を使うのはリスクが高すぎるな。
そんなことを考えながら「焼きコンビニ弁当」を食べている私を横目に桂さんはカップ麺をサッと食べて昼休みを終え、数時間後に開店する千鳥温泉の準備作業を始めている。
芋を焼き、銭湯たまごを作り、コンビニ弁当を焦がしたあのボイラーが今日も千鳥温泉のお湯を無事アツアツにしてくれた。
桂さんは「営業日はいつでもボイラーを動かすんで、また焼きたいものがあったら持ってきてください」と言ってくれた。
北京ダックは無理でも、夢の屋台「ボイラー軒」のメニューを少しずつ充実させていきたいと思う。もっと無難にとうもろこしを焼いたり、ジャガバターを作ったりもしてみたいし。
そんなことを思いながら開店直前の千鳥温泉を後にした。これからお風呂に入りに来る人たちに「その熱で芋が美味しく焼けたんですよ!」と伝えてまわりたくなるような、不思議な気持ちが沸き起こってくるのだった。
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