仕組みは単純、効果は不思議
取材に伺ったのは株式会社ページワンさん。プロンプター事業部の事業部長・高橋さんに会議室へ通されると、すでに「アレ」がセッティングされていた。
人前で話すとき、原稿が手元に置いてあると、どうしても視線が下がってしまう。見た目にも「読んでるな~」って感じがして、あまり印象が良くない。
とはいえ、原稿を丸暗記してくるのも大変だ。偉い人となるとそんな時間はない。首相が「スピーチ覚えたいから1日練習させて!」とか言わないだろう。言うのかな。
ともあれ、そこでスピーチプロンプターである。
透明な板の上に原稿が浮かびあがって見えるから、話している人は周りを見渡しながら堂々と原稿が読める。首相も練習で1日つぶさなくてもいい。
あっちからは見えないけど、こっちからは見える。え~? これどうなってるんですか~? と、同行した編集部古賀さんと前後を行ったり来たりした。マジックを見ている気分である。
高橋さん 単純な仕組みなんですよ。アクリル板の片面だけに鏡のような加工をして、下に置いてあるモニタの内容を反射させているんです。言わば「透明な鏡」ですね。
この板はシンプルにアクリル板そのもの。ハイテクな透明ディスプレイ!というわけじゃないのだ。
モニタ側も、特に強い光を発するような特別なものではない。
こうなると「へぇ~、なんか簡単にできそう~」と考えるキッズたちもいるかもしれない。
材料費を無駄にする前に念のためお伝えしておくと、ただのアクリル板だと全然きれいに反射しないのだ。
こんなところに匠の技術があるのだ(どこにいる匠かは内緒だそう)
キッズたちに鏡面加工は難しいとはいえ、「入射角・反射角・屈折角」の自由研究にはすごくいい題材だと思う。なんか、こう、習ったじゃないの。習ったよね? ちょっと考えてみてね。
「ふたりのビッグショー」で歌詞を出していた
さて、株式会社ページワンさんなのだけど、実は歌詞検索サービス「歌ネット」 の運営元であり、もともと音楽関係の会社なのだという。
ページワンさんが創業したのは1993年。創業者の藤川英二さんは、もともとコミックバンドで活動しており、かつて「ビートたけし&足立区バンド」で”バンマス南”として楽曲プロデュースもしていた方。
ある日、藤川さんの元にNHKのディレクターから「プロンプターというものを作れませんか?」という相談がきた。
高橋さん 番組収録で海外アーティストを呼んだとき、歌詞を表示するプロンプターを求められたんだそうです。でもNHKでは「プロンプターってなに?」となったみたいで、音楽関係者に声をかけたそうなんですよ。
ここで言う「プロンプター」は、さっき見たスピーチプロンプターではなく、モニタに歌詞を表示するだけのシンプルなもの。
今だから「シンプルなもの」と言えるけど、このとき1993年。当時はまだWindowsは一般的ではないし、パワポなんて使えない。そもそもそんなの、日本の音楽番組で使った前例がない。
高橋さん 日本は「歌手は歌詞を覚えて当然」じゃないですか。でも海外は、いかにパフォーマンスで魅せるかが優先で、歌詞やセリフを覚えるのは二の次。当時からプロンプターを使うのが当たり前だったんですね。
日本にはプロンプターの仕組みがない。そこでページワンさんは、マックのHyperCardを使って”プロンプターっぽいもの”をイチから作った。
作ったけど、これを収録現場で臨機応変に操作しないといけない。そうなると専任のオペレーターが必要だ。マックに詳しくて、音楽にも通じている人。そんな都合のいい人が……。
……いた。それが目の前に座っている高橋さんである。
番組収録は無事終了。と、ここでNHKから「この仕組みを他の番組でも使いたい」と話がくる。その番組とは『ふたりのビッグショー』!
高橋さん タイトル通り、大物歌手が2人だけで進行する音楽番組でした。なんせ大物なので、基本的に台本はうろ覚えだし、視力が悪いからカンペの文字を大きくしないといけない(笑)。そこでページワンがプロンプターを請けることになったんです。
当時のマックは無理をするとフリーズしがちだったので、他のソフトを入れず「プロンプター専用機」として構成し、歌詞をモニタに出力できるようにした。進行を忘れちゃう大物に「あと30秒!」などと指示も出せるようにした。
その仕組みはソフトウェアをバージョンアップしながら受け継がれ、今でもページワンさんは、音楽がメインの番組などでプロンプターのオペレーションを担当しているという。
民放バラエティとかは紙に手書きのカンペが現役だけど、デジタル化されている現場もあるのだ。
問い合わせに根負けして開発がはじまる
こうして音楽番組でその名を轟かせてきたページワンさんだが……。
あれ? ここからどうしてスピーチプロンプターまで作ることになったんですか? 音楽番組であのアクリル板使わないですよね?
高橋さん 最初はそのつもりはなかったんです(笑)。でも、ホームページにプロンプターを載せたら、「プロンプター」で検索した企業から問い合わせがやたら来るようになったんですね。海外でスピーチプロンプターが使われるのを見て「株主総会で使いたい」と。
「そっちのプロンプターは扱ってないんですよ」と答えていた高橋さんであったが、あまりに問い合わせが来るので「じゃあ作るか……」となったという。
まさか根負けした形で開発がはじまるとは。
高橋さん 当時は海外製のスピーチプロンプターしかありませんでした。海外製は床に設置するタイプで支柱が長く、ガラス板を使っているので割れると危険だし、とても重いんです。当然、価格も高くなる。そこで、気軽に持ち運べる卓上型で価格を抑えたものを目指すことにしました。
海外製の床置きタイプは、今でも首相官邸の記者会見などで使われている。でも一般企業が使うにはちょっと大げさ。
そこでページワンさんは、音楽番組の経験から「現場目線」を詰め込んだ日本製スピーチプロンプターを作り上げた。
さっき「普通のDellのモニタ」を使っていたのも、モニタが壊れたら現場ですぐ交換できるようにするため。専用機にしちゃうと、トラブル時に替えが効かないから。
そして現場ノウハウを最大限に詰め込んだのが、モニタに文字を映すための「専用ソフト」である。
ハードとソフトがあっての「プロンプター」
モニタに文字を映すなんて、それこそ今ならパワポでできちゃうんじゃない? という人もいると思う。実際、僕もそう思ってた。黒バックに白文字で作って、1枚ずつ出したらいいもんね。
でもそれだと大変なのだ。スピーチの現場は、ギリギリで内容が変わることもしばしば。追加されたり、削除されたり、順番が変わったり。
そのたびにパワポに文章をコピペしてたら、いつか絶対ミスが起こりそう。社長が同じところを何度もしゃべる無限ループに入ったりしかねない。
高橋さん 専用ソフトでは、原稿のテキストデータを読み込んで、スピーチプロンプターに映し出す範囲を1ページずつ設定できます。Wordで改ページを設定するイメージですね。これができないと「挨拶は必ず1行目」とかにするのが面倒なんですよ。
この専用ソフトは、もともと音楽番組のプロンプター用に開発されていたそう。
音楽番組では、曲が変わったり順番が入れ替わったりするのは日常茶飯事。そこで専用ソフトは、ブロック単位で編集や入れ替えをできるように作っていた。これがそのまま活きている。
さらに、ページワンさんは「歌詞(原稿)をプロンプターに落とし込むノウハウ」も蓄積してきた。
たとえば、一画面に収める分量。いくら覚えなくていいからといって、あまり詰め込みすぎると読みづらいのだ。
また、一般的なスピーチプロンプターには原稿を下から上にスクロールさせるものもあるが……。
高橋さん 実際にやってみると、流れる文字を追うのにいっぱいいっぱいになって、案外読みづらいんです。弊社のソフトでもスクロールに対応していますが、お客様にはページ単位の切り替えをおすすめしていますね。
高橋さん プロンプターに出す文字は人に見せるものではないので、読む人が読みやすいように作ればいいんです。音楽番組でも、英語をカタカナで表記したり、間違えそうな箇所だけ行頭を変えて目立たせたりする歌手の方もいますよ。
大切なのは、ベストなパフォーマンスを見せること。それは音楽でもスピーチでも一緒なのだ。
でも日本の場合、スピーチプロンプターを使っていると「自分の言葉で話していない」と言われがちなのだそう。
言いたいことは頭の中から出てくるはず、という考えが根強いのかもしれない。でも偉い人だって、思いつきでしゃべっているわけではない。
高橋さん スピーチプロンプターを使うような人は「事前によく練られた文章を間違えないように話す」という役割を担っているものです。少しでも不安を取り除けるなら、こうしたものを使って、聴衆に訴えることを意識したほうが何倍もいいと思いますね。
「もっとプロンプターの存在を知ってほしくて」と高橋さんは言う。最近はオンライン授業にプロンプターを導入するケースも増えているそうだ。
コロナ禍でオンラインになっても、「人が見ているところできちんと話す」ことは無くならない。だったら、頼れるところは頼ったっていいのである。
プロンプター紆余曲折物語
音楽業界でプロンプターの仕事が生まれ、ひょんなことからスピーチプロンプターを作ることになり、音楽の現場で培ったノウハウがスピーチでも活かされる……。
スピーチプロンプターってどんな風に見えるんですか~? と興味本位で伺ったら、なんとも紆余曲折あるストーリーが待っていた。
いつか自分にも、スピーチプロンプターで話すような重要な場面が来るのだろうか。そのときは「これどういう仕組みなの~!?」と動揺せずに落ち着いて話せることだろう。安心して未来を待ちたい。
取材協力:株式会社ページワン