部屋に入る小さな台風はない
増田:
印象深い話ですよね。
小林:
泣いちゃう話ですよね。
西村:
一つ目でちょっと怖い感じなんだけど、それを可愛く見せる。
林:
小さい台風。台風は生まれたときは小さいんですか?
増田:
小さいと言っても結局台風かどうかは気象衛星で判別することが多いので、宇宙から見ても見えるぐらいの雲のかたまりだったり渦巻じゃないと。
林:
この部屋に入るサイズのはない。
増田:
それは軍事衛星でも見えないんじゃないですか。
西村:
論理的に考えて部屋ぐらいの台風って存在し…。
増田:
しえないですね。
林:
海の上で生まれているかもしれない。
増田:
もちろん。渦はいろいろな場所で無数に生まれています。竜巻もそうですし、ひどいつむじ風、晴れている日に起こるつむじ風も、瞬間的には激しい風が吹きます。台風の定義である最大風速17.2mをこえる渦ができることはできますよ。でも、それは台風としては認定されないですよね。夢がなくてすみません。
林:
小さい渦が生まれたときはすぐに消えちゃうものなんですか。
増田:
基本的には気象って大きいスケールのものほど長生きするんですね。台風みたいにあれだけ大きい渦だと長生きしますけど、そのへんのビルの合間でくるんって巻いてるようなつむじ風は一瞬で終わりますね。
林:
台風は生まれたときから大きいんですか。
増田:
少なくとも何百キロはありますね。
西村:
ちっちゃいのからだんだん大きくなるっていう感じではない。
林:
ないのか
西村:
そう考えるとフー子ってつむじ風かなにかなんでしょうね。
増田:
でしょうね。
西村:
鳴き声がフーフーっていうのがかわいいですね。
増田:
台風のフー子だけど実は台風じゃなかった。
西村:
未来の気象台の学者が実験のために作ったものって言っているので、そのことでしょうね。
林:
プロに入ってから大きくなるんじゃなくて、最初からプロ級の大型新人として登場するのが台風。
増田:
気象衛星がある意味スカウト網ってことですね。フー子はスカウト網にもひっかからないような存在だった。
台風が遠いのにのび太の家が暴風雨
増田:
台風のフー子って書かれたのが1970年代ですよね(1974年)。その当時って今の台風みたいに予報円じゃないんですよ。扇型なんです。ここに台風があって、扇形でこっちからこっちの間ぐらいに進みますよっていう進路予想図だったんですよ。これはそれを超越して、矢印ですね。
小林:
藤子先生が。ほんとだ!矢印だ。
林:
昔の予報は扇だったんですか?
増田:
そうです、そうです。この扇の間のどこかに行きますよというのが、1982年まで使われてたんですね。
西村:
子どもの頃見てるはずだけど全然覚えてないですね。
増田:
ひとつ つっこんでいいですか。ここに大型の台風がいますよね。外側の円が風速15m以上の強風域、内側の円が風速25m以上の暴風域です。ところが、まだ強風域に伊豆諸島も入ってない。
なのに、なぜこんなに暴風雨なのか。
西村:
言われてみれば。
増田:
すっごい風が吹いてますけど、まだ強風域にも入ってない。この原因はなんだろう。天気図を見てみたい。台風じゃない原因で吹いてるってことになるんですよね。
西村:
ありえます?台風とは別でめちゃめちゃ強い風が吹く。
増田:
ここまでの風っていうのはなかなか。
林:
八丈島ぐらいですよね。
増田:
八丈島にもまだ来てないですよね。
林:
もっと遠いか。
西村:
言われてみればそうですね。
フー子は時速300kmで移動しつつ半径100km以上に発達した
増田:
もうひとつ言っていいですか。ここでフー子が飛び出しました。
大型台風の位置はほとんど変わってないので、時間はあまり経っていないわけですよね。時間は経っていない中で、フー子が飛び出したらあっという間にここまで行った。
これ200km~300kmぐらい移動してますよね。仮に1時間だとしたら、時速300kmぐらいで移動する台風って新記録ですよ。
西村:
新幹線なみ。
増田:
しかも、強風域がこれくらいの大きさになるということは、すっごい勢いで成長したということですね。
林:
時速300キロで移動しながら。
増田:
押入れのレベルからガッと出てきて、半径100km以上の強風域を持つまでになったのは、なかなかすごい成長っぷり。暴風域もあるし。
西村:
フー子すごいな
林:
ぶつかることはあるんですか。台風って。
増田:
まともにはないですけどね。ある程度近づいていったらお互い影響し合って方向が変わったりはあったりします。
西村:
実際あるんだ
増田:
あります。あと、片方がかなり弱まると、もう一つの台風に取り込まれるというのもあったりしますね。
西村:
正面からぶつかって「負けるなフー子!」って状態はなかなかない。
増田:
なかなかないですけれども、もしぶつかりそうになった場合、台風って大きさだけで決まらないので、小さい台風のほうが影響力が強いということも有り得ますね。昔の表現で言うと「小型で非常に強い台風」とかのパターンですね(注:いま「小型の台風」という言い方はしない)。大きさだけで決まらない。
西村:
そっか。
増田:
人間も体が大きい人が必ず強いわけでもない。体が小さくても強い人は強い。台風も一緒で小型だけれどもめちゃくちゃ強いっていう台風もあるわけです。だからフー子もそういうタイプだったんじゃないかな。
林:
小型だけど強いというのは風が強いということですか?
増田:
風が強いです。台風の「強さ」は中心付近の最大風速で決まります。これ南から来た台風は大型と言ってますけど、もしかしたらあまり強くない台風だったのかもしれません。だからフー子はちっちゃくても…
西村:
勝てた。
増田:
勝てたのかもしれない。
林:
ぶつかってなくなることはあるんですか?
増田:
ないですね。ないですが、予想進路図上で、台風としての表示が消えるということはあります。台風の定義である最大風速17.2mより弱まった場合ですね。
だから、ぶつかりあった状態でお互いが動けずもたもたしているうちに、海水温がどんどん下がっていって衰弱して、台風としての定義を満たさなくなったので表示されなくなったということは考えられますね。(注:台風は温かい海水で発達する。台風が一箇所にとどまると海水がかき混ぜられて下の冷たい水が上に上がってきて台風が弱まる)
西村:
消えたんじゃなくて観測の対象ではなくなった。
西村:
ちょっと風が吹いているぐらいみたいな。
増田:
最後はだいぶ風がおさまってますね。ここまで晴れるということは、最終的にはおそらく東海上に去っていったんでしょう。
増田:
もし台風が同じ場所にいたとしたら、完全に衰弱して風が静まり返るには、何日かはかかるはずなので。
西村:
ほんとだったら。
増田:
何百kmもある渦は、そんなに簡単には消えないんですよ。
林:
東海上に、東北に移動しましたって関東の台風一過ですね。
西村:
ありますね。
増田:
ぶつかってぶつかって衰弱しながら、予想図上には表示されないレベルまで落ちたまま、しれっと東へ去って行って風も収まったということなんでしょう。
フー子は海に出て本物の台風になった
林:
育つところなんですけど。「おいしいかい、フー子」。台風のエサは熱い空気なんだって言ってますが。これはどうでしょうか
増田:
うーん…
西村:
あら。
増田:
台風って陸に上がると弱まりますよね。台風は海面から水蒸気を補給してそれが水滴になるときに出す熱によって、どんどん発達していきます。つまり、海の上で水蒸気が必要。
林:
これはローソクじゃなくてでっかい鍋にお湯沸かしたほうがいい?
増田:
そっちのほうがリアル。
林:
そのほうが嬉しかったかもしれない。
増田:
この時点ではまだ台風じゃないのかも。水蒸気がない熱い空気で大きくなれるということは、純粋な台風ではないわけですね。
西村:
ローソクにかけ寄ってるところのフー子がかわいいんですよね。
小林:
口があるんですね。
林:
目が笑った目になる。
西村:
フー子は台風じゃない可能性がある。
増田:
でも最後は海の上に出ていって、そこで一気に急発達してますね。
西村:
陸上ではでかくなりすぎちゃうから。
増田:
陸の上では本物の台風にならないようにしてたのかも。最終的には、海の上に出ていって台風になったから、台風のフー子で間違いないですね。
林:
海の上に出ていって野生に戻った。
フー子を天気図にかいた人がすごい
増田:
フー子は海で水蒸気が供給されて、やっと台風らしくなった。急成長が世界記録的な台風に。夜の間の数時間で一気に移動して一気に発達して。
林:
きっと世界中の気象学者がオーって盛り上がっている。
増田:
この時代(1974年)は気象衛星ひまわりも打ち上がっていない。だから、これは天気図を描いて台風を把握しているという時代。
西村:
各地の気圧とかも全部聞いて。
増田:
このへんで急に気圧が下がってきた!中心がこのあたりにあるぞ!みたいな、職人技の時代ですよ。
林:
この2コマの間に天気図を描く人は大いに戸惑っている
増田:
なんだこれ!全く理解できない!気圧が急激に下がってる!
林:
この辺の観測所が急に気圧ががーんと。
増田:
きっと伊豆諸島の観測値は大変なことに。伊豆諸島の気圧が急に下がってるぞ、でも、大型台風はまだ南海上にあるぞ。
西村:
ここにもうひとつ渦を作るしかない。
増田:
あれ!?って状態でしょうね。
西村:
日本から飛び出した小型の台風が。すごいですね。
増田:
なんだこれは、東京から横浜の気圧が下がった、伊豆大島が下がった、三宅島で下がった、八丈島で下がった、急激に北から気圧が下がってるぞ、なんだこれ。しかも、どんどん南に行くほど気圧が大きく下がってる!
西村:
気象庁のドキュメンタリー映画見たいですね。
林:
前線が通過したって思わないですか
増田:
どんどん下がるんだけど、まわりの静岡とか千葉も同心円状にある程度下がっている。なんか渦あるよ、台風じゃない? しかもすごい急に、下がってる下がってる!南に動いてる!なんだこれ!経験したことないぞ!っていう感じだと思います。
西村:
当時は気圧の観測ってどれぐらいの頻度ですか
増田:
台風が接近してるので、一時間に一回ぐらいだったのかな。
林:
一時間に一回でこれ描くの相当大変ですね。
増田:
常識の枠をとっぱらって天気図を描けた職人技の人がいた。
林:
この天気図を書いた人がえらい。わかった!こうだ!って。
増田:
何が起こってるのかを瞬時に理解して描いたっていうことですね。
西村:
これほんとに気象衛星がない時に書かれたのかな。
増田:
当然、気象衛星がない時代も台風情報は出ていて、天気図上で気圧などからこうやって割り出すしかなかったわけですね。
西村:
気象衛星なかったら今大変でしょうね。
増田:
最初1977年に打ち上がって、気象衛星ひまわりからの雲の画像が送られてきたときは、あまりにも画期的すぎて当時の気象関係者で信じない人もいたそうですよ。天気図をもとに、こういう雲だって想像して白で色を塗ってるんだって。そういうふうに言ってた人もいたぐらい画期的だった。
林:
人類は月に行ったことを信じてないような。
西村:
昔の人みたいですね。
台風のフー子はのび太の家にいるときは「台風ではないなにか」でしたが、海上で台風になったようです。すっきりしたところで5月のクイズに挑戦してください。ヒントは前回のインタビューにあります。(第1回はこちら)