特集 2022年3月9日

「五月雨をあつめて早し最上川」の前に梅雨前線が南下していた、はず~月1天気2022年3月 その2~

気象予報士、増田雅昭さんに天気について聞く月イチ連載。
第2回は前回好評だった文学作品を天気の視点で読み解く試みです。今回のお題は「奥の細道」。

月1天気3月号
その1 奇跡!2022年2月22日22時22分、東京は2.2度でした
その2 「五月雨をあつめて早し最上川」の前に梅雨前線が南下していた、はず(この記事)
(構成 編集部 林)

1977年滋賀生まれ。お天気キャスター。的中率、夢の9割をめざす気象予報士です。 好きな言葉は「予報当たりましたね」。株式会社ウェザーマップ所属。
ツイッターでも気象情報やってます。(動画インタビュー)

前の記事:奇跡!2022年2月22日22時22分、東京は2.2度でした~月1天気2022年3月 その1~

> 個人サイト ウェザーマップ・増田雅昭 ツイッター @MasudaMasaaki

今回もこのメンバーでお送りします

同じ五月雨でも奥羽山脈の東西で降り方が違う

西村:
僕「奥の細道」大好きで。小学校の夏休みの自由研究が「奥の細道」でした。

西村さんの夢はバイクでおくのほそ道をたどること

五月雨の句を2つあげてますけど、

五月雨をあつめて早し最上川
五月雨のふりのこしてや光堂

「五月雨を集めて早し最上川」、最上川は山形のほうですよね。平泉のほうでも「五月雨の降り残してや光堂」っていう句もあるんですね。

同じ五月雨を詠んでいる句でも、奥羽山脈を挟んでこっち側だと「降り残してや光堂」ってしとしとした感じのイメージがあると感じたんですけど。「集めて早し最上川」はいっぱい降って、川が増水して、それがすごい速さで流れてるっていう句になっていて。
同じ五月雨でも、山脈の東西でそんなに違いが出てるんだなっていうのが面白い。

「五月雨をあつめて早し最上川」が大石田、「五月雨のふりのこしてや光堂」が平泉で詠んだ ©openstreetmap

増田:
素晴らしい。素晴らしいとしか言いようがないんですよ。ほんとおっしゃる通りで。平泉の降り方ってそういうふうなニュアンスで使ってますよね。金色堂だけは降らなかったんだろうなっていう意味なんですよね。 

素晴らしい!

西村:
そこだけは降らなかったように、昔のまま残ってる。

増田:
ずっとしとしと降るような雨。五月雨、つまり現代でいう梅雨の雨をそう捉えてますよね。

西村:
イメージではそんな感じかなと思います。

増田:
岩手や宮城など東北の太平洋側って梅雨はそういう雨が多いんです。いわゆる、やませにもつながる風なんですけど、東の冷たい海から湿った風がどんどん吹いてくるので低い雲でしとしと降ることが多いんですね。だから、東北の太平洋側、関東もそうですけど、五月雨、つまり梅雨の雨というのはしとしととずっと降り続くようなそのイメージ。この句はそれでピッタリなんです。

その湿った東からの風って海の上を渡ってきてる風で、低いところだけ湿ってる。だから奥羽山脈を越えられないので、岩手とか宮城はどんよりしてしとしと降っているけど、奥羽山脈を越えたら乾いた風として吹くので、日本海側、山形とか秋田は意外と梅雨時でも晴れてることがけっこうあるんです。

林:
冬の雪と逆ですね。

増田:
逆ですよね。雪のときは西から風が吹いてくるので日本海で水蒸気をゲットして、日本海側に雪を降らせる。

芭蕉の上を梅雨前線が行ったり来たりしていた

増田:
有名な集めて早し最上川に関しては、最初もともとは集めて涼し最上川だったんです。

西村:
そのようですね。推敲して「涼し」が「早し」になった。

増田:
いろいろ読んだら、集めて涼し最上川と詠んだのが、旧暦の5月。新暦の7月の半ばぐらいに山形・大石田に行ってるんですよね。
注:1689年5月28日(新暦だと7月14日)に大石田(山形県)に到着

増田:
最初はそこに行って、涼しとわざわざ詠んだのはやたら暑かったから。五月雨、梅雨の雨を全部集めたような大きな最上川から涼しい風が吹いてくれていいね、この暑さの中。
といった感じの意味がもともとだったようですね。

そう詠んだということは、晴れて暑かったということですよね。日中は陸と水辺の温度差によって、水の方から風が吹いてくる。この句は日中に詠んでいるんでしょうね。

西村:
日中に感じたことを詠んだわけですね。

増田:
面白いのが、集めて早しに推敲したのが、数日後。旧暦6月3日(新暦7月19日)に最上川で川下りを体験していて、それで集めて早し最上川に変えたんですね。

林:
早いな。

増田:
それってたった5日後ぐらいじゃないですか。まず最初に着いた時にもう夏の空気だったんです。梅雨前線がいちど山形の北に上がってるんですよ。その後急流になっているということは雨が一回降っているんです。雨が降って最上川が急流になって、その旧暦の6月3日、新暦の7月19日は川下りができるぐらいまでは落ち着いてきている。

増田:
梅雨前線がいちど北に上がって夏の空気に覆われていたのが、再び下がって雨が降って、また晴れてとなっているので、梅雨の終わりぐらい。 

西村:
え、すごい、そこまで想像できるんだ。

増田:
梅雨前線が南下して雨を降らす。たった数日で川を下れるぐらいまでの流れになっている。ということは極端な豪雨ではないけど梅雨末期っぽい強めの降り方くらい。

梅雨前線が北上→高気圧に覆われているところに芭蕉登場→「集めて涼し最上川」
しかし梅雨前線が南下→雨が降って→川が増水

 

梅雨前線は再び北上→天気は回復→水量は増えたまま→「集めて早し最上川」

増田:
大石田に着いたのが旧暦5月28日、新暦だと7月14日。それぐらいの時の雨は、今でも梅雨の最後で強く降りますからね。五月雨。

林:
五月雨って激しい雨なんですか。

増田:
東北の太平洋側だったらしとしとですし。同じ五月雨でも地域によって違いますね。

林:
よく仕事で五月雨ですみませんって。

増田:
言いますね。

林:
あれはパラパラっていうイメージですけどパラパラじゃないんですね。

小林:
ほんとは梅雨。

林:
じゃあドバドバ送ってみよう。

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亜熱帯の空気が入ることで雨が亜熱帯的になる

西村:
尿前(しとまえ)の関がものすごい雨に降られたっていう描写があって。
注)1689年5月15日(新暦7月1日)

増田:
ちょっと亜熱帯的な空気が入ってきてないと、ダーッと激しくは降らないんですよ。梅雨前線が現地よりまだ南に位置しているなら亜熱帯の空気は入ってなくて、しとしとしか降らない。1回梅雨前線が北上して亜熱帯の空気がくることによって、降り方が亜熱帯的になる。

林:
一回前線が北上して暖かい空気を入れる

増田:
おそらく当時の人達も五月雨の季節もそろそろ終わりだなって思っていたと思いますよ。雨の降り方で。

林:
すごいタイミング悪い時に行っちゃったんですね。

増田:
ほんとほんと。

増田:
気圧配置はたぶんこうだったんだろうなって思います。

西村:
今までは普通に読んでいて、雨だなとか、梅雨の時期だなぐらいにしか考えてなかったんですけど。天気図をこんなに想像できるとは思わなかったです。

増田:
集めて早しは五月雨だから梅雨時なんだろうなぐらいしか僕も思ってなかったですけど。いろいろ読んでるとおもしろーい。

熱血天気教室

荒海と天の川の組み合わせはあるのか

荒海や佐渡によこたふ天の河

西村:
出雲崎(新潟県の日本海側の町)で詠んだ「荒海や佐渡によこたふ天の河」。というのは、夜晴れてるんですよね。

増田:
これ、記録的には雨が降ってるそうですよ。

西村:
芭蕉って現実の景色と、心象イメージの景色をひとつの句に入れるそうです。「古池や蛙飛びこむ水の音」ってあるんですけど、実際に見たのは古池だけなんです。蛙が飛び込んで水の音がなったというのは心の風景らしいんです。

林:
へー。

西村:
(荒海やの句は)そういう形式なのかなと思ったんですけど、荒海と天の川、海がすごい荒れてるのに、空が晴れてるって面白いなと。

増田:
いろんな解釈の仕方はあると思うんですけど、荒海というのはこの季節に日本海はおかしいんですよね。

小林:
夏だから?

増田:
そう。冬だったら日本海は荒海ですけど、この句の着想は旧暦の7月4日頃。新暦、今で言う8月のお盆過ぎ。その時期に日本海が荒れてるっていうのが不思議だなと思うんですよ。もしほんとに海が荒れてるとしたら考えられるのは2つ。

ひとつは、梅雨明けして梅雨前線が北にいったのが、お盆過ぎてもう秋雨前線として南に下りてきてる。梅雨前線とか秋雨前線のすぐ南というのは南風が強く吹く。その前線によって雨も降っていて海が荒れているのか。

もしくは、台風ですよね。夏台風になるので動きが遅いはずなんですよ。だから数日間、日本海も荒れたりして。台風が多少遠くにあっても雨が降っていたとも考えられます。

西村:
台風だと考えるといいかもしれないですね。台風行ったあとすごい晴れたりするじゃないですか。そういう時に見えたりするのかなって思いました。

林:
基本的ですけど。海が荒れる原因は風ですか?

増田:
そうですね。はい。

林:
低気圧があって、風が吹けば。

増田:
普通の低気圧はこの時期あんまり発達しないんですよ。夏は。だから台風か前線の近くでビュンビュン吹くっていうそれぐらいしか考えられない。

小林:
台風が突っ切ったあとに天の川。

増田:
天の川は方角的に見えないだろうっていう説もある。

西村:
心象風景なんですよね。天の川の部分。

増田:
ほんとに見えたとしたら、西村さんがいうように台風一過で見えたっていう可能性はありますね。

小林:
絵的にきれいだなって。

西村:
星空ぐらいのイメージで天の川って言ってるかもしれないですけど。

増田:
面白いな。

西村:
絶対台風来てるはずですもんね。旅してる間に1つ2つぐらい来ててもおかしくない。

増田:
おもしろい。こんな面白いと思わなかった。
 

今月のクイズ

問題:2022年4月1日0時00分の東京の気温を当ててください
おもしろに振っても、本気の予想に振ってもOK!気軽に応募してください。
回答はこちらから。(締め切り:2022年3月12日23時59分)

特定の時間の温度予想が盛り上がったので、今月もそのパターンです。新年度になった瞬間の気温を当ててください。


文学を天気で読み取るシリーズは前回の伊豆の踊子もどうぞ
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