伊豆の踊り子の冒頭からわかること
西村:
川端康成を久しぶりに読んだんですが、「雪国」の「国境の長いトンネルを抜けると雪国だった」って、日本海側に雪がいっぱい降って関東は乾いた空気という気候があの一文にこめられているなと思って。
増田:
いまもそうですし、車なら関越道で関越トンネル抜けたらまさにそうですよね。
西村:
「伊豆の踊子」も実は気候かなと思ってまして。
西村:
この雨って驟雨(しゅうう)ですよね
増田:
そうそう!そうなんですよ!
西村:
山登っているときに後ろからさーって来たんですよね。
林:
しゅうう?
小林:
むずかしい字のやつです。にわか雨。
西村:
川端康成は天気が重要なのかなって思ったんです。書き出しだけですけど。
増田:
雨の降り方がリアルに想像できます。自分が行って、現象も目にしてるんでしょうね。伊豆の踊子の書き出しは素晴らしいですね。
西村:
そうですよね。伊豆の景色が。行ったことある人はわかると思いますが、雨が割と降ってるんですよね。
増田:
驟雨(しゅうう)って英語だとレインシャワー。シャワー性、にわか雨タイプの雨です。要は低気圧がやってきて一日しとしとと長く降るのではなくて、短時間のざーっと急に降ってくるような雨なんですよ。
麓の方から雨が移動してきたと表現してありますが、にわか雨タイプの雨は、遠くから雨が移動してくるところが見えることがあるんですよね。
低気圧の雲だと何百キロとか広がりがあるので、自分の上が全部覆われて暗くなるわけですけれども、にわか雨タイプの雨は数キロもしくはせいぜい十数キロの雨雲で、向こうから移動してきた!っていうのが分かることがあります。それでさーって降って抜けていったらまた晴れるとかよくあるんです。
さらに、「白く染めながら」という表現。白くなるってことは少なくとも1時間30ミリ以上は降ってそう。
林:
具体的になってきた!
増田:
1時間50ミリ以上も有り得る強い降り方だと思うんですよ。
そういう発達した雨雲がやってきているということは、ある程度暖かい空気があるときでしょうね。
西村:
もしかして、季節もちょっと分かるのかしら?
増田:
このあとに、冬の準備をしてないので帰らなくちゃいけないと書いてあったので秋ですよね。
西村:
秋なんだ。秋だと伊豆ではこういう天気になることがよくあるってことなんですね。
増田:
よくありますね。伊豆は雨がやたら多いんですよ。ちなみに、天城山に雨だけ観測しているアメダスがあります。
林:
へええ
増田:
雨が多いところだから災害にそなえる意味もあり、雨の量を気象庁が観測しているわけなんですけど、これがですね!!天城山の年間降水量が平年で4500ミリ!!
小林:
ワアア
増田:
東京が年間1500ミリですよ。天城山はその3倍。
小林:
すごい
増田:
日本トップクラスの雨が多いところなんですよね
西村:
静岡でそんなに雨が降るのは伊豆ぐらいじゃないですか
増田:
そうですね。静岡のなかでも特に多いのが、天城山をふくむ伊豆の山地ですね。
西村:
へえ
増田:
伊豆半島って三方が海に囲まれているわけですよね。雨雲のもとになる湿気が大量にあって、さらにどっちからも風が吹いてきやすい。
さらに、伊豆の山がジャンプ台となって上昇気流がおこって雨雲が生まれやすい。上昇気流が長く続いて長く降ることもあるし、上昇気流が強化されて強い雨も降りやすい。そういう場所になりますよね。
西村:
天城山って何メートルぐらいの山なんですかね
増田:
天城山という山はなくて、いくつかの山の集合ですね。
西村:
海の中に突然、高い山がぽんって出ていて、そこにすごい雨がよく降るっていうのは屋久島も同じですね。
増田:
そうですね。特に屋久島はそうですが、同じ海でも黒潮で暖かいという理由もあります。暖かいところのほうが水蒸気を多く含めるので。
西村:
伊豆とか屋久島というのは雨が降りやすい特徴が備わっている場所なんですね
海に囲まれている山と言ったら房総半島もそうですが、山がそんなに高くない。300~400mとかそれぐらいですね。
それを思うと天城山は1000mこえているから、確かに上昇気流で雲ができますね。
増田:
「伊豆の踊り子」に戻ると、おそらく数日前まで雨、もしくは当日はまだそこそこ気温が高いんですよ。
西村:
わかります?
増田:
10月ぐらいだとまだ気温が高い日があって、そこで雨雲が発達して強い雨を降らせます。そして、そういった雨のあと、気温がガクっと下がっては季節が進んでいく。雨のあとは寒くなったとも書かれてますから、おそらく秋の後半なんでしょうね。
西村:
この雨が降ると空気が冷たくなってちょっと寒くなる。なるほど。面白いです
増田:
雨、季節を的確にとらえてます。
林:
川端康成の小説を気象目線で読むと面白いですね。
増田:
「雪国」の冒頭部分は天気予報で話のネタにされることもあるんですが、伊豆の踊り子もこうやってじっくり読んでみると面白いですね。素晴らしい表現だなって思います。
石川さゆりの天城越え
林:
石川さゆりの「天城越え」にも「小夜時雨」という歌詞があります。
増田:
小夜時雨は、夜にサーっと短い時間降る雨ですね。
これはまたちょっと季節が進んでいると思います。
時雨は秋の終わりから冬の初めぐらいなので、11月から12月の初めぐらいだと思うんですよね。
西村:
なああるほど
増田:
前後がどうなっているんでしょうね。「ふたりでいたって寒いけど」という歌詞もありますね。
西村:
寒い季節ですね
増田:
演歌で寒いだと雪に歌詞が行きがちですけれども、雨に行ってるところが天城山を嘘なく表現してますね。
林:
天城山って松本清張も小説にしてますね。氷室が登場します。
増田:
氷室がある、ほほう
林:
川端康成の書き出しがゲリラ豪雨だったら全然雰囲気が出ないですね。
増田:
そうですよ
西村:
もとの書き出しも驟雨(しゅうう)と書かずに、驟雨を表しているところがいい。
林:
驟雨やゲリラ豪雨って言われると気象に気持ちが言っちゃいますからね。
増田:
「すさまじい速さで私を追ってきた」、っていうからにはそのあと止むんだろうなって想像できますもんね。
西村:
そのあとは、「そのうちに大粒の雨が私を打ち始めた。」「雨脚が細くなって、峰が明るんで来た。もう十分も待てば綺麗に晴れ上ると、しきりに引き止められたけれども、」
そういう展開になってます。
増田:
「大粒の雨」。そうだよねー、その雨雲の近づき方なら大粒だよね(しみじみと)。
小林:
そうやって読むんだ。
西村:
「伊豆の踊り子」って天気が重要かもしれないですね。
増田:
実際に見ているから書ける文章ですよね。大粒の雨は白くなるような雨の降りかたとセットで間違ってない。
白くなるような雨がサーっと勢いよく来たっていうことは、積乱雲は時速30キロとか50キロとかで一気に来るので、そういうふうな雨雲が来てしかも大粒の雨がちゃんと降ったっていう。
うん間違いない。つっこみどころがない。
西村:
伊豆という天気の特性もあっているし、伊豆の踊り子っておもしろいですねえ。
「道がつづら折りになって、いよいよ天城峠に近づいたと思う頃、雨足が杉の密林を白く染めながら、すさまじい早さで麓から私を追ってきた。」
天城峠に近づいたと思う頃、雨足が → 天城山で発生した積乱雲か発達した綿雲
← 伊豆半島は三方が海に囲まれて、1000m超の山があるため
← 海は黒潮で暖かく、水蒸気を多く含むため
→ そのため天城山は年間降水量が4500ミリを超える(cf 東京は1500ミリ)
白く染めながら → 降水量は1時間に30~50ミリ
すさまじい早さで → 積乱雲は時速30~50キロとかで移動している
それ以外のところからわかること
・雨粒は大粒
・季節は秋の終わり
月1天気 今月の問題はこちらになっています。2/12掲載のその1を読んで回答してください。