超絶シブい記事です、すみません。
まずはいちおう念のため、俳句と季語について解説しておきたい。
俳句には、文字数を五・七・五、または17音にまとめる。切れ字(切れとも、句中で詠嘆する部分、「や」、「かな」、「けり」などの文字)を入れる。季語を入れるなどのルールがある。
俳句を作るうえで、文字数や切れは自分で調整ができるものの、季語に関しては、使おうとしているその言葉が、季語かどうか、季語であればいつの季節の言葉なのかを調べる必要がある。
その便宜を図る目的で、季語と実際にその季語を使用した俳句を収録した本が『歳時記』や『俳句歳時記』などの名称でいくつも出ている。
今回は、ぼくがたまたま持っていた『合本俳句歳時記 第五版』(角川書店編)の中から、冬の季語を中心に、気象に関連する季語と俳句を抜き出し、気象予報士の増田さんにみてもらい、季語や俳句を気象学的に考察してもらいたい。
そもそも「冬将軍」ってなんだ?
西村:俳句の季語が載っている、歳時記ですけど……、ご覧になったことってあります?
増田:天気のネタだったり、裏取りしたりするために、ちょいちょい見ますよ。だから、放送局の天気の部屋とかには必ず置いてありますね。
西村:そうなんですね。こんかい、歳時記の冬に関する言葉の中でいくつか気になったものを見ていきたいと思うんですが。まずは「冬」ですね。
増田:はい。
西村:見た通り、そのまま季節を表す言葉なので、わざわざ載せる意味あるんかって思っちゃいますけど、ここは、冬を表す他の表現がこんなにあるよってことなんですね。「冬将軍」はよく聞きますけど、「冬帝」なんて言葉もあるんですね。
林:これ、冬帝とか冬将軍というのは、めちゃくちゃ寒いからというのではなく、ただ冬を擬人化して言っているだけなんですかね?
西村:その辺は曖昧なのかな……普通に「厳しい寒さの季節」を表すときに冬将軍とか、冬帝ということもあるよ……という感じだと思うんですよね。
増田:これ、冬将軍って言葉はここにこうやって入っているのは、大昔からではないですよね。
西村:あ、たしかに……、いつぐらいからだろう?
増田:ちょっとわからないですけど、昭和? 以降でしょうかね。日本だと冬将軍ってのはいつから定着したんでしょうね?
西村:日国(『日本国語大辞典』小学館)なんかを見ると、冬将軍はナポレオンのロシア遠征の失敗から来てるって書いてありますけど……たしかにそんなに昔じゃないですね。冬将軍や冬帝を使った俳句いくつかピックアップしたんですけど、どれも昭和以降の俳句のようですね。
西村:ピックアップした三句ですけど、どれも場所が想像できるなと思って、例えば「冬帝の日ざしの中を歩みだす」は、寒さが厳しいのだけれど、日ざしはある、つまり晴れている。ということは、少なくとも日本海側ではない、太平洋側、関東あたりのことだろうか……とか、そんなことが想像できる。
西村:「冬帝を迎へて雲はしろがねに」は、雲がしろがねになる。しろがねは銀ですね。厳しい寒さで雲が降りそうな銀色の雲が出てくる。という意味でしょうか? そうすると、さっきの俳句とは逆に日本海側の厳しい寒さをイメージできるわけです。天気が読み込まれた俳句だけで少なくともこれぐらいは想像できるのが面白いなと。
増田:なるほど、これ雲を見て冬になってきたという風に感じてらっしゃるのは素晴らしい着眼点だと思いますね。西村さんおっしゃったように、日本海側の人がイメージする雪雲はおそらくグレーだと思うんですが、太平洋側の人はちょうどこの俳句の後ろに使われている写真のような。
増田:上の方がスーッと薄い感じのこういう雲をイメージしている可能性もあるのかなとも思いました。
西村:ほう。
増田:夏の雲、入道雲ってあるじゃないですか。あれって白っぽいですよね。ああいうもくもくした雲は水滴でできている雲なんです。だから上空もちょっと気温が高い。
西村:はい。
増田:それに対して、上の方が薄い感じのこういう雲ってのは氷の粒でできている。だから、上空が寒くなってくるとこういう感じ(上記の写真のような)になるんですね。で、この写真の雲のところは銀っぽく見えるといえば見えるじゃないですか。
西村:たしかに、向こう側の白っぽいところが銀色に光っているのをイメージするとそういうふうにも見えますね。
増田:だから、太平洋側でこういうスーッとした雲を見て冬が来たと感じたのかなと思いました。作者の鍵和田秞子さん、神奈川のお生まれで東京で亡くなられてるので、そういう可能性もちょっと考えました。
西村:なるほど! 雲の知識があると解釈も色々できますね。
西村:あと「冬将軍龍飛崎あたりを根城とす」ですね、これはもうそのままズバリ地名が書いてある。龍飛崎、青森の津軽海峡のあたりですよね、実際そのへんに寒い空気が停滞? するようなこと多いのかな。
増田:根城ということは、根拠地というか本拠地ということですよね、出城ではなく。根城となると、(気象学的には)冬将軍の根城はもうシベリアですね。これは申し訳ない(笑) ただ、この俳句は冬将軍の根城はシベリアなのに、龍飛崎あたりにあるんじゃないかと思うほどすごく寒いと、そういうふうに解釈しましょうか。
西村:そうですね、ま、あくまでもちろん俳句ですから、本人がそう感じたよということですから。大げさに誇張するような、そういうユーモアでもあるんですよね。
林:これ、このひと龍飛崎に行って詠んだんですかね。実際にこういうのって体験と知識がずれちゃうこともありますよね。
西村:あぁ、なるほど。実際に行ったのかどうかは、よくわからないんですけど、ぼくはこれ天気予報とか見て詠んだのかなとも思ったんです。
林:天気図みて俳句詠んでもいいんですか。
西村:それはもちろん、自由ですから。天気図みて俳句詠んでもぜんぜんいいです。というか、ぼくが許可するわけじゃないですけど。
増田:可能性はありますよね、上空5000メートル付近でマイナス36度の寒気がっていう天気図が出てきて、その中心がポーンと青森の上のあたりにあって、それをみてパッと詠んだのかもしれない。
そもそも冬とは?
西村:そもそもなんですが、冬という季語の定義をちょっと見てほしいんですけど。
西村:ちょっと長いんですけども、まとめると、歳時記的には立冬(11月7日ごろ)から立春の前日(節分の日)までが冬ですと。新暦だと11月、12月、1月なんだけども、旧暦だと10月、11月、12月になると、で、昔の暦の分け方で三冬(冬の三ヶ月を初冬、仲冬、晩冬などに分ける分け方)やら冬九旬(冬の90日間のこと)なんて言い方もあると。
増田:実は冬の定義って結構難しくて、我々の天気予報で結構いろいろ気を使うんですけども、確かに立冬から立春って特に俳句をやっている方向けにはその辺は意識をして言葉を選ぶ部分がある一方で、今の世の中的にやっぱり冬ってもう12月、1月、2月のイメージですよね。
西村:ですね。
増田:カレンダー例えば三枚づつ、季節4つ分けましょうってなったら、12月、1月、2月とする人も多いと思います。気象庁の分け方も冬は12月、1月、2月なんですよ。
西村:はー、じゃあもうそこで(歳時記なんかとは)すでに2ヶ月ぐらいズレてるんですね。
増田:だから、立冬から立春までが冬だということを念頭において、俳句をやっている方にお叱りをいただかないように、言葉遣いは意識してますね。
西村:じゃあ、2月あたりに冬の話をしたりするのは難しい?
増田:頭ではわかっていて立春すぎてるから、でもまだみんなが感覚的に冬だよねっていうことで冬っぽい話は、します。ただ、バリバリの冬のそれこそ歳時記に出てくるような季語に関しては立春過ぎたら使わないようにしますね。
林:放送上でなにかを言うときにってことですか?
増田:一般的に我々が生活で使うものだったら言ってもいいんでしょうけど、俳句で使われるような言葉っていうのはちょっとその辺まで意識しますね。だから「爽(さわ)やか」っていう言葉は秋の季語なんですけど、立冬過ぎるとちょっと一瞬考えますね。
林:「爽やか」って秋の季語なんですか?
増田:はい、一般的な言葉ですけど、俳句では秋の季語ということになってますね。
増田:春にうっかり「爽やかな……」って使っちゃうと、爽やかは秋の季語ですっていうご意見をいただくことがありますね。
西村:季語、たまにそういうのがありますね……「甘酒」が夏の季語とか。