特集 2024年1月13日

『俳句歳時記』の“気象俳句”を気象予報士と考察する

で、結局「時雨」ってなに?

西村:歳時記を読んで初めて「これ季語だったの?」というの多いんですけど、時雨(しぐれ)ですね。なんとなく知ってますけど……。

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時雨の定義これです。『合本俳句歳時記第5版』角川書店

西村:晴れていても急に雨雲が生じて、しばらく降ったと思うと止んで、すぐにまた降り出すというのを時雨というわけですけれども、それが冬限定ということなんですよ。これ、ぼくは知らなかったんですけど……増田さんご存知でした?

増田:季語的には冬の初頭だというのは知っているんですけれども、時雨は、日本海側では秋の終わりから冬の初めにかけて起こるので、僕は秋の終わり(立冬前)ぐらいでも時雨っていうのは使いますね。

西村:雨が降ったり止んだりなんて一年中どこでもあるだろとは思うんですよね。

増田:現象的には秋の終わりぐらいから、だんだんといわゆる冬型の気圧配置になって日本海でつぶつぶの筋状の雲ができてきて、冬の雪がふるパターンになるんだけれども、ただ地上付近の気温が高いから、雪が溶けて雨になって落ちてくるというのが時雨です。

西村:ほう。

増田:真冬ほど日本海にぎっしりと雲があるわけじゃなく、寒気もまだ強くないので、隙間だらけなんですよね。筋状のつぶつぶの雲が隙間だらけということは、雲が来た瞬間は降って、隙間に入ると晴れ間が出て……と、なので、弱い冬型の気圧配置のときに起きるんです。

西村:あー、なるほど。

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時雨のときの衛星写真。雲が細かくつぶつぶになっているので、雨が降ったり止んだりする

西村:これ、今の話でひとつわかったのは、歳時記に「能登時雨」とか「北山時雨」とか、もともとは場所も限定していたって書いてありますけど、能登は石川県の能登でしょうし、北山は京都の北山でしょうかね。これ、どっちも日本海の筋状の雲の影響がありそうな場所ですね。

増田:時雨は基本、日本海側で起こることがほとんどですからね。

林:時雨を降らすような雲は山を超えられないということですか?

増田:はい、日本海側から来るので、京都ぐらいまでは来ます(影響があります)けど、時雨は日本海側の現象ですね。

西村:今はというか、ぼくの個人的な感覚ですけど、時雨と聞いても、季節や場所は関係なく、雨が降ったり止んだりするような現象? を言うと思ってたんですが……。まったく知らなかったですね。そもそも、あの、アイスに「しぐれ」ってあるじゃないですか?

小林:ありますね! 透明? 白いやつですね。

増田:アイスの時雨ですね。だから、かき氷の(夏っぽい)イメージがあるんですよ。正直僕もこの仕事やるまで時雨ってこのイメージですね。時雨といって、この元々の現象を想像できるひとはあんまりいないんじゃないですかね。

西村:わたしたち(少なくともぼくは)は時雨のことを知らなすぎたんですが、その時雨というのを理解した上で、時雨の俳句をみてみるとちょっとおもしろい。

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丈草は内藤丈草、士朗は井上士朗という江戸時代の俳人です

西村:「幾人(いくたり)かしぐれかけぬく勢田の橋」勢田の橋というのは、瀬田の唐橋(琵琶湖の南部にある橋)のことでしょう、そこの橋を渡っている人が、雨が降ってきたので橋をかけて行く情景ですね。

増田:琵琶湖あたりは時雨ありますよ。11月とかありますね。(増田さんは滋賀県出身)

西村:「ささ竹にさやさやと降るしぐれかな」これは、ささ竹、一年中青いささ竹ですよね、それにちょっと冷たい時雨が「さやさや」と降っている。ささに雨があたっている音なのかわかりませんけど、その様子をさやさやというオノマトペで表している。

小林:おもしろいですねー。

西村:時雨がどんな現象なのかわかると、詠まれている情景もよりリアルに思い起こせると。そういうわけですね。ただ、時雨という言葉自体は本来の意味はもうあまり気にされなくなってきている。天気予報で時雨を使うことってありますか?

増田:たまにあえて使うこともありますけど、多分伝わってないなという気はしますね。言うとしたら「日本海側で晴れ間があったり、にわか雨があって、いわゆる時雨ですね」という風に言うでしょうね。

林:歳時記に載っている言葉って、天気予報に出てくるイメージじゃなくて、解釈の幅が大きいものだと思ってたんですけど、でも本当は解釈がカッチリ決まっていて、なおかつ、気象衛星の画像まで落とし込めるというのはおもしろいですね。

西村:瀬田の唐橋をかけている人の上空には、筋状の雲があるのが想像できるわけですね。

増田:時雨の時は虹のチャンスなんですよね。晴れたり雨がふったりするので。時雨虹なんていうのかな。太平洋側でも、東北あたりだったら、時雨の雲が山を超えてきたりする宮城とか福島の会津、中通りぐらいまではそれで虹がでたりしますね。

西村:虹は夏の季語ですけど、冬の虹とか時雨虹というのは冬の季語ですね。

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寒波あるある、山が澄みがち 

西村:続いてですが、寒波ですね。 

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寒波の定義。『合本俳句歳時記第5版』角川書店

西村:日本付近を西から東へ低気圧が通り抜けた後、大陸からの寒気団が南下してもたらす厳しい寒さ。波のように次々に押し寄せてくるので、寒波という。日本海側では雪、太平洋側では晴れになることが多い……と、そのまま天気の解説ですが。歳時記ではこうなってます。

西村:今まで何の疑問も持たず寒波、寒波って言ってましたけど、確かに言われてみればそうだなと。というか、天気って基本、なんでも波だよなって思うんですよね。

増田:そうですね、天気は基本的に波ですね。こういうふうにうにゃうにゃうにゃとなってる。

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寒波がわかりやすいGIF画像

増田:これ、上空の寒気の予想の様子ですけども、シベリアの方から強い寒気が日本にやってきて、うにゃうにゃうにゃと、波みたいになってますよね。

西村:昔の人は、気象のデータをそうやって視覚化してなかったのに、波のようだって表現したってのはすごいですね。

増田:でも、寒波っていつ頃から使われた言葉でしょうね。というのが、さっきの冬将軍みたいに、天気予報の言葉がメディアに降りてきて、使われるようになったんじゃないかって思うんですけど。

西村:あー、なるほど。……日国(『日本国語大辞典』小学館)をみてみると「寒波」という言葉を最初期に使っている例として、1914(大正3)年の『英和和英地学字彙』という書籍で使われているということが書いてありますね。少なくとも明治・大正以降ごろからの言葉ですね……天気予報発祥の季語ということかもしれないですね。

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飯田蛇笏、内藤吐天、ともに昭和期に活躍した俳人です

西村:飯田蛇笏の「寒波来ぬ信濃へつづく山河澄み」、これはもう、そのままの解釈でいいと思います。寒波がきて信濃へ続いている山河が澄んで見えることよと。次の内藤吐天の「寒波来るや山脈玻璃の如く澄む」これは、玻璃はガラスですね。寒波が来て、山脈がガラスのように澄んでいると。で、どっちも寒波がくると遠くの景色や山がキレイに見える様子を詠んでて、興味深いなと。

増田:これは、どちらも日本海側ではない。ということですね。

西村:そうなると思います。

増田:それこそ強い寒気が来て、一気に寒くなって、冬らしくなった日は、富士山が関東平野からもよく見えますけど、そういうイメージなんですね。

西村:寒くなって、空気が澄むと、山がよく見えるよねという。あるあるネタなんですよね。俳句って、こういうあるあるネタ多いんですよ。

林:短い言葉で意外なこといわれても、ちょっと理解できないことありますけど、あるあるネタだったら、ベースの経験が共通してるわけだから文字数が少なくても伝わりますね。

西村:もうひとつ「寒波来ぬ職員室の鍵の束」これも、たぶん当直かなにかの先生なのかな。寒波がきてめちゃくちゃ寒い朝に当直だから早く出勤して、誰もいない職員室の鍵を開けるわけですね。で、たぶん職員室のまんなか辺りに備え付けてあるでかいストーブをつけるんでしょう。そういう学校の朝の様子が見えてくる……いい俳句ですね。

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三寒四温は寒さと暖かさが一進一退する様子……じゃない?

西村:三寒四温も季語なんですね。

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三寒四温の季語。『合本俳句歳時記第5版』角川書店

西村:読むと、三日間厳しい寒さが続いた後に、四日間やや寒さが緩む現象で、そのあとに注意書きみたいに「春に向けて季節が一進一退するという意味ではないので注意が必要」と、注意が必要とまで言われてて、え、そういう意味じゃないのかと。ちょっとびっくりしたんですが。これは天気予報的にもそうなんですか?

増田:元々はこの三寒四温って、中国とかの大陸の言葉なんですね。冬の中国は、基本的にシベリア高気圧の圏内にあって、そのシベリア高気圧が、3日、4日単位で強まったり弱まったりを繰り返すので、すごい寒くなったと思ったらちょっと弱まって少し寒さが緩むというのを繰り返す。そこで三寒四温という言葉ができたわけですね。

西村:あくまで、元々は中国の気象現象というわけですね。

増田:いま日本で使われるのは、3日寒くなって、4日温かくなっていく。だから、冬の終わりから春への季節変化のことを言ってる人が多いですよね。そっちで使われることがもう多くなってきてますね。

西村:元々、大陸の気象現象を表した言葉だから、それを日本の気象に当てはめたら、寒さが一進一退しながらだんだん暖かくなるという意味に捉えがちではありますね。

林:これ、天気図的なことを言うと、(日本に)寒気が降りてきて、3日ぐらいでそれが東へ移動する……ということになるんですよね。

増田:そうです、日本でいうとそうなりますね。大陸の三寒四温は、もうすでにある寒気(シベリア高気圧)が、3、4日周期で、強まったり弱まったりするイメージです。一方、日本だと、南下してきた寒気が流れ込んできて、寒くなって、3日ぐらいでそれが抜けて暖かくなる。

林:さっきの話じゃないですけど、波ですね。ひとつの寒気の波の幅が3日ぐらいってことなんですね。

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三寒四温を使った俳句

林:ふたつめの句、すごい天気じゃないですか?

西村:「三寒と四温の間に雨一日」ですね。

増田:(拍手)すばらしい(笑)これは、近代の人なんだ。

西村:作者の林十九楼ですね、昔の方ではないです。

増田:春先は、まさにこの俳句のような天気変化をしていて、春先になって温かい空気がやってくるようになります、南風です。で、その南風と元々あった冷たい空気が混ざり合うようにして、かき混ぜられてできるのが低気圧です。

西村:はい。

増田:なので、温かい日がしばらく続いたら低気圧ができて、雨が1日降って、その低気圧が過ぎると低気圧の後ろ側っていうのは寒気の冷たい空気になるので、また寒くなる。もうまさにそれですね。この俳句は。

西村:天気予報的にはまさに正確な表現の俳句。

増田:この作者の方が、日々の変化だけを感じとって、純粋に作ったのか、それともある程度天気や気象の流れを知った上でこの俳句を作ったのか。それが気になりますね。体感だけでこれだったら結構すごいですね。

西村:おそらく、天気予報や天気図は見て作ってるとおもいますけど、三寒四温の間に雨が一日ぐらい降ることあるよね。という、あるあるネタを見過ごさずにすくい取って俳句にする感性はさすがに俳人ですよね。

西村:あと、ちょっと意味がわかりかねている句があるんですが、3つ目の句ですね。「三寒を安房に四温を下総に」という句。これがちょっと意味がつかめず……。ちょうど温かいところと、寒いところの境目が千葉あたりにあるってことなのかな? そんなことあります?

林:前線が房総半島あたりにある?

増田:安房って南の方ですよね、下総は北の方……どうなんでしょう? 安房の方が四温で北の下総の方が三寒の方が自然かな。

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安房、下総の位置こちらでーす

西村:これは、ぼくのまったく個人的な解釈で間違っているかもしれないんですが、安房は南の方で元々温かいから、寒い三寒は南の方に、温かい四温は、それよりもすこし北にある下総の方に行ってくれという、ちょっとしたユーモア? おかしみ俳句みたいなことなのかな? というふうに解釈しましたが、どうなんだろう。正解はわからないんですが。

小林:作者の大屋達治さんは兵庫の方みたいですね。

西村:まだ現役で活躍されてる方ですね。もしかすると、これは三寒四温の言葉を借りた、まったくの暗喩の句かもしれない。ちょっと詳しいことはわからない。でも、なんだか気になる、魅力のある句ですね。

西村:4つめの「日本海けふ力抜く四温かな」……今日は日本海上の寒気が力を抜いているのか、温かいな。というふうに解釈しましたけど。どうかな。

増田:天気図目線でいうと、等圧線の混み具合がゆるみ、日本海側からの押してくる冷たい北風というか、冷たい空気が力を抜いて四温になるかな。ですけれども、別の解釈もできそうで、日本海のは冬に荒れているイメージがある、でもそれが力を抜いて荒れなくなってきたよ、それでちょっと暖かくなるかなっていう、そういう解釈かもしれない……。これ作者の辻桃子さんは日本海側にお住まいの方ですかね?

小林:辻桃子さん、横浜生まれ、でも最近は青森にお住まいみたいですね。

西村:なるほど、そうなると、海が荒れているという方の解釈でもいいかもしれないですね。


解釈する楽しみが広がる

俳句は、たった17音しかないため、極限まで情報を削った句が多い。

そのため、読み手側が、この俳句はどういう意味なのかと、さまざまな解釈する余地があり、まさに、ドラマや映画を「考察」するような楽しみ方も実はできる。

俳句を「考察」する上で、お天気の知識があると、いろいろと想像の幅がひろがって、楽しく鑑賞することができる気がしている。

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