住宅街にある競馬場
日本の競馬にはJRAが主催する「中央競馬」と、各自治体が主催する「地方競馬」の2つが存在する。埼玉県さいたま市にある「浦和競馬場」は地方競馬の競馬場ということになる。1947年に着工し、1948年に記念すべき第一回目の競馬が開催された。
浦和競馬場は住宅街の中にある。最寄駅は南浦和駅か浦和駅。どちらも歩いて15分ほどで到着する。ちなみに競馬場ができた当時、周りは田んぼだったそうだ。内馬場にも田んぼがあった。住宅街はその後にできたのだろう。
落馬した騎手が田んぼに落ちることもあったそうだ。のどかな景色が広がっていたことがわかる。今では住宅街。駅前はお店も多いけれど、しばらく歩けば、どこの地域でも見かける住宅街となり、その中に浦和競馬場が現れる。
コースを横切って
一部例外もあるのだけれど、競馬とは基本的には楕円形のコースで、その内側はコースには使われないことが多い(障害コースになっているところもあります)。浦和競馬場では、その内馬場を公園にしている。
中央競馬の競馬場である「東京競馬場」も、内馬場は公園で、キッチンカーが来たりなどのイベント広場になっている。しかし基本的には開催日以外は入ることができないし、入るときも地下を通って内馬場に入る。でも浦和競馬場は違う。開催日以外に入れて、しかも地上から行くのだ。
コースを横切って内馬場に入る。これに私は感動した。本来、関係者と馬以外はコースに入ることなんてできないのだ。しかし、浦和競馬場ではコースに入れる。もちろん緑色のシートの場所しか歩けないけれど、それでも感動なのだ。
内馬場への出入り口は4つある。第一コーナーと、第二コーナーと、第三コーナーと第四コーナーのところ。横切る時にコースを見ると騎手が見ている景色を知ることができる。当たり前だけれど、観客の私とは違う景色が広がる。
コースって横幅がかなりあるんだなとか、砂って砂浜の砂みたいなんだな(競馬場によって砂の質は異なる)とかを実感した。私は競馬が好きでして、知っているようで知らなかった世界を堪能できた。ハイライトは第二コーナーの入り口だった。
この日だけなのかわからないけれど、第二コーナーの入り口には緑色のシートがなかった。なので砂の上を直接歩いて横切った。砂にめちゃくちゃ足を取られた。砂のコース、競馬ではダートというのだけれど、これはパワーがないと走れないと身をもって体験することができた。
コースを横切れるだけで、浦和競馬場に行く価値がある。最高なのだ。本来は見ることのできない景色、本来なら知ることのできないダートの質感など、普通では体験できないことができるのだ。もう感動で、感動で。
広くて気持ちがいい!
内馬場も素敵だった。見通しをよくするためなのか、高い木がほぼない。緑は多いけれど、それは草花で、木はあるけれど低木が多い。そのために広く感じる。そんなこと関係なく広いけど、より広く感じるのだ。
一番高いものは大型モニターで、この日は当然浦和競馬場での開催はなく、船橋競馬場でのレースの様子が映し出されていた。緑に座りゆっくりと見た。開放感。貸切だった。
大型モニターを見ている人はいなかったけれど、子供達が虫を取っていたり、ランニングをする人がいたりと、内馬場はどこにでもあるような公園の平和な雰囲気が漂っていた。私も歩き回り、ハロン棒を見て、デカいな、と感動していた。
内馬場はコースと本当に距離が近い。開催中は入れなくなるのが理解できる。もう手を伸ばせば届く距離でコースなのだ。東京競馬場などは開催中は内馬場に入れるけれど、コースとの距離は遠い。浦和競馬場が近すぎるのだ。
今はないけれど、1973年頃は内馬場に噴水があったそうだ。また浦和競馬場には川が流れている。藤右衛門川という一級河川だ。その昔はウナギが取れることで有名だった。
川が流れているため、コースの一部は橋になっている。競馬場なのに、橋の上を馬が走るのだ。ちなみに昭和30年代の写真を見るとコース全体が水没しているものがあった。浦和市史を見ても、藤右衛門川は氾濫する川として有名だったようだ。
現在は水害対策のために調節池が設置されている。またヘリポートもある。広域避難場所にも指定されているためだ。防災倉庫もあるそうだ。遊具などはないけれど、公園としては広くて最高と言える。私はだだっ広い公園が好きなのだ。



