特集 2021年5月26日

『戸籍統一文字』の見たことない漢字はいったいなに?

法務省が、戸籍で取り扱う文字を整理した「戸籍統一文字」を検索できるウェブサイト「戸籍統一文字情報」で、漢字を検索すると、みたことのない漢字がゾロゾロでてきて、たいへんおもしろい。

当サイトでは、昨年動画で取り上げたうえに、記事化までしていじり倒してきた。

この、みたことのない漢字をいじっておもしろがるのは、それはそれでいいけれど、やはり「なんでこんな漢字があるのか」という、素朴な疑問も当然わく。

そこで、漢字に詳しいひとと一緒に、戸籍統一文字にある不思議な文字を一緒にみてもらうことにした。

鳥取県出身。東京都中央区在住。フリーライター(自称)。境界や境目がとてもきになる。尊敬する人はバッハ。(動画インタビュー)

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「戸籍統一文字」とは?

日本語を話す日本人が普段使うとされている漢字は、常用漢字としてまとめられており、その数は現在2136文字ある。

そのほか、めったに見かけないけれど、読んだり書いたりできる漢字。読み方もわからないけれど、どこかで使われている漢字をあわせて、かなり多めに見積もっても、おそらく3000文字〜6000文字ぐらいが、いま日本で使われている漢字のほぼ全てといっていいかもしれない。 

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『戸籍統一文字情報』検索画面

ところが、戸籍統一文字情報に登録されている漢字は5万6000字近くあるという。

ためしに、画数2〜3画で登録されている文字を検索してみる。

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画数で漢字を検索、なんかへんなのが混じってんな……

左上から右にむかって、天、太、夫あたりまでは普通に読めるが、そのあとに見たことあるような、ないような、ふしぎな形の漢字がずらずらっと続く。中にはぐるぐるしているやつまであり、これは、はたして漢字なのかなんなのか不安になってくる。

今回、漢字に詳しいひととして、趣味で字典を編纂しているという竹澤さんにきていただいた。

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左上から竹澤さん、右上は西村、左下DPZ編集部古賀さん、右下はDPZ編集部林さん(以降敬称略)

竹澤さんは現在、漢字の字典『拾萬字鏡』をひとりで編纂しているという。

編纂中の字典の内容見本はこちら(『拾萬字鏡難字尽』PDFファイル)ですこし見ることができる。

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竹澤さんが編纂中の字典『拾萬字鏡』の、一部を抜粋した『拾萬字鏡難字尽』より。画数1の部首の最初の字から、みたことない文字がどっさり。これは期待ができる。

『拾萬字鏡』は、日本、中国のみならず、朝鮮、ベトナム、シンガポール、マレーシアなど、今は漢字をあまり使わないアジア地域で過去に使われていた漢字も含めて網羅的に集める予定だという。

そんな心強いひとと一緒に「戸籍統一文字」の漢字をみていきたい。

なんでも入っている戸籍統一文字

西村:去年、動画で戸籍統一文字をみんなでみる会を公開したところ、これが意外と好評で……みんな、気にはなっているけれど、膨大すぎてよくわからない……というのが漢字なんだろうなと思うんですね。

林:見たことがない漢字って、ちょっと不気味な感じがしますよね。……前回は、詳しい人なしでやったんで、みんなでゲラゲラ笑って終わったんですが。西村さんがそれじゃいかんだろってことで……。

竹澤:でも、そういう(変わった形の)漢字をみるのがたのしくて、字典づくりをはじめたところもあるので、気持ちはわかります。

西村:今回、戸籍統一文字を検索してみつけた、よくわからない漢字をいくつかピックアップしてみました。前回の動画でも取り上げた文字なんですが……。

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黒丸の画数がきになる

西村:読み方がない上に、黒丸ってありなの? という……。まさに、不気味といえば不気味ですよね。素性がまったくわからないうえに、へんな黒丸までついているという。

竹澤:ふしぎですよね。これ、じつは漢字ではないんですよ。

古賀:えー!

竹澤:これは「注音符号(ちゅうおんふごう)」という、中国や台湾で使われている表音文字のひとつで「ボポモホ」とも呼ばれているものですね。それを『大漢和辞典』(※1)が載せたので、漢字だとおもわれてしまった文字なんです。

※1 諸橋轍次(もろはしてつじ)が編纂した、世界最大規模と言われる漢和辞典。大修館書店刊、全15巻。1925(大正14)年から、補巻が刊行された2000(平成12)年まで75年の歳月を費やして完成した。

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どれどれ、大漢和辞典のってんのかな……マジでのってるーぅ。(『大漢和辞典 縮写版(巻一)』より)

古賀:発音記号ってことですか?

竹澤:そうです。ちょっと例えが悪いかも知れませんが、カタカナやひらがなのようなものですね。

西村:中国(中華人民共和国)だと、漢字の発音はほぼアルファベット(ピンイン)を使ってて、これはあまり見かけないですね。逆に台湾はだとよく使ってる印象があります。

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台湾の子供向け『國語辭典』に載っている注音符号

竹澤:これが、ユニコード(※2)の漢字面に登録されかけて、これは漢字じゃないということで議論になって、漢字から外されて、注音符号の方に入ったんです。

※2 コンピューター上で、アルファベットや漢字などの文字を扱うための国際的な規格。

西村:これが『大漢和辞典』に入っていたばっかりに、誤解されちゃったわけですね。

竹澤:『大漢和辞典』はけっこう、注音符号が入っているみたいですね。漢字の辞典は、基本的に漢字を載せるわけですけど、漢字圏で使う文字は、漢字じゃない文字も使っているので、こういう文字にあたって「これなんだろう」ってなったときに、これが辞典に載ってると、便利ですよね。だから、載せたんじゃないかなとおもいます。

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一家に1セットの『大漢和辞典』

林:注音符号で今はこの文字は使わないんですか?

竹澤:今は使わないですね。丸の部分がなくなった形で使ってるのかな。

西村:ウィキペディアをみてみます……。どこにあるんだろう。

竹澤:「e(エ)」の発音になると思うんですけど。※「ㄜ」の発音は、エではなく、カタカナでは表現できない音[ɤ](「オーの口でウー」のような音)となるのが正しいようです。2021/05/26追記

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Wikipedia注音符号より

西村:あ、これだー、たしかにe(エ)だ。ということは、戸籍統一文字に読み方は書いてありませんでしたけど、エと読む可能性はあるわけですね。※ないです。20210526追記

古賀:すごい、この字の素性がわかるとは……。

林:竹澤さんに基本的な質問なんですが……戸籍統一文字というのは、過去に戸籍に使われたことがある文字が入っている。ということなんですか。

竹澤:ちょっと戸籍統一文字そのものに関しては詳しくなくて、戸籍に実際につかわれたかどうかはわからないんですが、どうも『大漢和辞典』に入っている文字は、だいたい入ってるっぽいんですよね。

西村:なるほど……。戸籍統一文字にあるからといって、実際に戸籍に使われたかどうかはちょっとわからないのか。

自由すぎる書き方の漢字 

西村:続いてこちらですが。

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逆さま?

西村:逆さまなんですよね。書きづれえだろって思うんですよ。そもそも逆さまの字ってありなのという。

竹澤:おもしろいですよね。逆さまに書く文字っていうのは昔からいくつか例があるんです。

西村:あるんだ!

竹澤:この予を逆さまにしたようなゲンという字は、篆書(※3)とかに遡る字で、ちょっと私はよくわからないんですけど、そのほかにこういう逆さまの字があるんです。

※3 紀元前3世紀ごろに中国で使われていた漢字の字体。紙幣に描かれている「総裁之印」のハンコなどが篆書体。

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送? 了?

竹澤:たとえば、この上の文字、これ「うちかえす」という読みがついているんですよ。返すだからひっくり返したのかな〜と。

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室町中期の字引『拾篇集』にみえるウチカエスの字

古賀:はっ! トンチだ!

竹澤:変な字ですよね。で、下の了を逆さまにしたような字は「ぶらさがる」っていう意味の字です。
これは中国語だと「ディアオ」って読むんですけど、了は「リャオ」なんで、その発音が似てるのを利用して、ぶら下がることを表現するために逆さまに書いたのかな。と、これは僕の説なんですが。

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了の逆さ文字は、学研『漢字源 第六版』にも掲載されている。❷のブランチに不穏な意味が書いてある。たしかにぶら下がっているけれども

西村:どうやって書いてたんですかこれ。

竹澤:字の書き方を見ると、どうも逆さまの字を書くときは紙をひっくり返して書いてたようなんですよね。

西村:わざわざ、紙の方を動かしてたんだ。漢字、かなり自由だなあ。

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ぐるぐるってありなの、不安になる漢字

西村:続いてはこれです。

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お前は漢字?

西村:官の別の書き方? ということでしょうか。漢字にぐるぐるはありなのかというきもしますが。漢字なのかなんなのか、不安になっちゃいますね。

竹澤:これは、伝抄古文字と呼ばれる古い字体の官を、むりやり楷書というか明朝体にしたんでしょうね。

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確かにぐるぐるしてる……(「古今文字集成」より)

竹澤:西暦100年ぐらいの中国の古い漢字字書に『説文解字』(※4)というのがあるんですけど、そこに書いてあるのは、もう少し形が違うんです。宋代の字書『類篇』(※5)に載っている異体字だという話もあります。

※4 中国最古の漢字字書。後漢の許慎の著。漢字の構成やなりたちを解説した「象形、指事、会意、形声、転注、仮借」といったいわゆる「六書」を具体的に説明した最古の例。

※5 北宋時代に作られた部首引きの字書。

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説文解字の官(「古今文字集成」より)

竹澤:ただ、いずれにせよこの字は古い石碑や墓碑などで使われている可能性はありますけど、その他は字書に掲載されている以外での用例(使われている例)はちょっと見たことがないですね。

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『説文解字韻譜』5巻上平より、「宮」の字だが、官に似ている……きがしませんか?

林:これ、ウカンムリなんですね。

西村:ぐるぐるしてるから木枯らしみたいにもみえますけども。

林:天気の記号っぽいですけどね。

竹澤:みてて漢字なのかなんなのか、不安になっちゃう文字なんですけど、これ以外に用例が確認できる文字がありまして、これなんですけど。

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なんだこの字は?

竹澤:上の方は有名な字ですが……。

古賀:いや、初めてみましたけども。

西村:一反もめんですよね。

竹澤:一反もめんではないです。これは『法華三大部難字記(ほっけさんだいぶなんじき)』という字典に載っている字で、漢字に混じってこの字が書いてあるんです。

古賀:でもかわいいですね。

竹澤:おばけの文字なんて言われて、(漢字好き)界隈では有名ですけどれど、よく意味がわかってないんですよ。もしかしたら、字典の編集者の落書きだったかもしれない。

林:それ最高ですね。

竹澤:下の方、これは「ぐるり」という読みがついているんです。

古賀:そのまんまだ!

竹澤:1696(元禄9)年に成立した『反故集(ほうぐしゅう)』(遊林子詠嘉(編))という当て字の辞典があるんですよ。それに漢字と一緒に羅列されている、漢字なのか、模様なのかよくわからない文字ですね。読みがなが付いてるので、漢字と見なせなくもないかな。というところですね。

林:これ(ぐるり)は2画ですかね?

古賀:1画じゃないですか?

西村:画数という概念を超えてますね。

竹澤:日本の文字じゃないんですが、不安になる文字はほかにもあって、こちらみてください。

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漢字の概念を揺さぶってくる

竹澤:上の字、これは中国のチワン族(※6)が使っていた古壮字という字にある文字なんですけど、わかります?

※6 中国、ベトナムなどに住む少数民族。1854万人の人口があり、中国の少数民族のなかでは最大。

西村:え、ゴキブリ?

竹澤:ゴキブリではないです。

林:蝶だ!

竹澤:そうです、蝶です。で、その下、これは布依(プイ)族(※7)が使っていた文字なんですが。

※7 中国、ベトナムなどに住む少数民族。プイ語を使う。

古賀:葉っぱですよね。

竹澤:そうです。見たとおり、葉っぱです。チワン族、プイ族は、言葉も似てて、漢字のような文字も作ってるんですけれど、こういった象形文字みたいな文字もいっぱいあるんですね。

林:ここまで来るともはやLINEで出てきますよね。

古賀:たしかに絵文字で出ますね。

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もはや絵文字で出る、チワン族とプイ族の文字

斎の字について

西村:この字、サイトウさんのサイの字であるのは知ってたんですけど。これなんなんですかね。

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王冠みたいだけど、斉藤さんの斉です

竹澤:これは、説文解字の字を持ってきちゃったパターンでしょうね。

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『説文解字韻譜』より、たしかに載ってる

西村:サイトウさんのサイの字、斉藤、齊藤、斎藤、齋藤、いっぱいあって、ややこしいですよね。

竹澤:もともと、齊は「いっせいに」とか「そろう」という意味の漢字で、齋は「ものいみ」つまり神仏に使えるため身を清めるという意味の字で、別の字なんですよ。

古賀:えー、そうなんだ。

竹澤:で、齊を簡単に書いた字が斉で、齋を簡単に書いた字が斎になるわけですね。上の部分が「サイ」という音を表していて、下の部分が意味を表してる。

西村:なるほど、神仏が関係あるから示(しめす)偏なのか。

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サイトウさんの字に迷わなくなる情報です、これ以外のサイの字は、おそらく、上記4つのどれかの異体字か、なんらかの間違いが定着したのかのどれかかもしれません

漢字ってなに?

西村:ちょっとなんか根本的な質問でもうしわけないんですけど、さっきの台湾の発音記号は漢字じゃない。でも、うずまきみたいなのは、読みかたがかいてあるから、漢字かもしれない。なにが漢字でなにが漢字でないかわからなくなってきましたけど、漢字の定義ってあるんですかね?

竹澤:漢字の定義って、無いような気がするんですよね……。とらえかたは人によってそれぞれで、研究者によってもそれぞれで、どこまでが漢字でどこからが漢字じゃないのか……例えば、卍ってあるじゃないですか。

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卍は漢字? 記号?

古賀:はい、あります。

竹澤:卍が、漢字なのか漢字じゃないのかってのも難しいところで、もともとインドで宗教的な模様として使われていたのが、仏教とともに中国に伝わって、漢字字典に入るようになって、漢字みたいな気になって使ってますけど、卍を単体で、文章の中で使う例ってほとんどないとおもうんですよ。

西村:たしかに、仏教を表す記号か弘前市の市章として使うぐらいでしかみないですね。

竹澤:ところが、日本で「まじ卍」のときに、文章の中で使う漢字として使う例ができたんです。

西村:「まじ卍」のおかげで、やっと漢字の仲間入りができた……と、でも、それを言い出すと、こんどは記号と漢字はどう違うんだって話になってしまいそうですけど。

竹澤:先程の「ぐるり」と同じで、文章の中で読み方を示して使えば漢字と言えちゃうのかな。というところはありますね。

西村:なるほど。

竹澤:ある人は「漢字文化圏で使用されている文字のうち、音と意味を表す形を持つ文字を漢字というんじゃないか」と。そうなると、契丹文字(※8)や西夏文字(※9)も漢字に入ってくるんですが、その人がいうには、契丹文字や西夏文字も漢字だと。

※8 10世紀にモンゴル高原から中国にかけて成立した国、契丹で作られた文字。

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契丹文字の例、契丹文字には大字と小字があり、大字は表意文字、小字は表音文字と言われているが、詳しくはわかってない(「古今文字集成」より)

 ※9 1036年、後に西夏を建国した李元昊が制定した文字。

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西夏文字の例。西夏文字は、映画『敦煌』で知った世代です

西村:漢字ってなんとなくかっちり決まってるような気がしてましたけど、その境界ってのはけっこう曖昧なんですね。

圀の字はいったいなんなのか

西村:戸籍統一文字の話に戻りますけども。水戸光圀の名前ぐらいでしか見ない圀の字も入ってるんですよね。この圀の字、固有名詞以外で使う人がいるのかきになりますが、それはそれとして、これなんで「くに」って読むんですかね。

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水戸光圀以外に、京都の本圀寺などでわずかに使われる圀の字

竹澤:この圀の字は則天文字と呼ばれる文字で、7世紀ごろの中国の女帝の武則天(※10)が新たに制定した漢字ですね。これ以外にも何十種類かあって異体字もいくつかあるんですけど、武則天が亡くなると使われなくなって、今はほとんど使われてないんですが、朝鮮や日本に伝わったいくつかの文字が今でも使われていて、水戸光圀の圀の字もそのひとつですね。

※10 則天武后とも呼ばれる。中国史上唯一の女帝だが、自分の息子を毒殺するなどして権力を握り、皇帝に即位した。中国三大悪女の一人ともいわれる。

林:日本で圀だけ使われているの、方言が地方に伝わっていって、周辺に残ってるみたいな話ですね……でも、よく考えたら漢字もそうか。今中国では簡単にして書いているのに、香港や台湾は難しいまま使ってますもんね。カラオケなんか「卡拉OK」ですもんね。

西村:確かに、漢字とアルファベットの交ぜ書きですね。

西村:ところで、圀は、なんで囗(くにがまえ)に八方でクニなんですかね。

竹澤:國の字は、惑わすという文字が囗の中にあって縁起が悪いので、八方(四方という説も)が治まるようにということでこう書いたらしいです。

古賀:へー。これもトンチだ。

西村:則天文字、他にどんな字があるんだろう。

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代表的な則天文字

林:いい字がいっぱいありますね、則天文字。

古賀:ちょっと、なんだかどれもかっこいいですね。

西村:まるいのはなんですか?

竹澤:星っていう漢字ですね。

西村:そのままだ。……山水土って書いてある文字ありますけど、これなんですか?

竹澤:これは地ですね、大地の地。

林:モスバーガーみたいじゃないですか、マウンテン、オーシャン、サン。

古賀:MOSの由来だ!

西村:則天文字、モスバーガーみたいなノリで作られた可能性ありますね……明と空の字はなんですか?

竹澤:照という字ですね。武則天の名前とされている字です。日と月と空。

古賀:うわー、なんかちょっとキラキラしすぎてますね。

林:米津玄師っぽさありますね。

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ねんのためもう一回、則天文字

西村:一生。これはなんですか。

竹澤:人ですね。

西村:うわー、一生と書いて人と読むか〜。

古賀:ちょっとマイルドヤンキー感でてきてませんか。

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武則天、今生きてたらマイルドヤンキー説

西村:しかし、自分のために漢字をむりやり作り出して制定するのすごいですよね。

古賀:なんか権力の濫用っぽいところありますね。

竹澤:そうです。ただ、則天文字が作られたのが、7世紀の終わり頃らしいんですけど、その頃から日本の国字も文献に現れはじめるんですよ。もしかしたら則天文字の影響もあったんじゃないか? という人もいますね。

西村:漢字、自由に作って使ってもいいんだ、ってことに気づくわけですね。

読み方がわからない漢字に見た目で適当な読みをつける昔の人

西村:これも、変な字なんですけど、読みに「ざんぶと」って書いてあるんですけど。

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「ざんぶと」という文字

竹澤:これは日本の国字と呼ばれている文字なんですけど、実は諸説あって……この文字の由来について、はじめて資料にあらわれるのが『江談抄(ごうだんしょう)』という資料なんですけど、そこで、渤海という国(※11)が昔あって、そこからきた人の名前に使われていた文字だと、だからもともと渤海の文字じゃないかと……。

※11 7世紀末、中国北東部。現在のロシア、中国、北朝鮮にかけて存在した国

古賀:めちゃくちゃニッチな文字だ……。

西村:これ、ざんぶとって訓読みじゃないですか? 渤海人の名前に使われていたけれど、読みがわからないから、日本人が「井戸に木入れたらざぶーんって音するだろう? だから、ざんぶとって読もう」って勝手に決めたとか?

竹澤:そうですそうです。

西村:あ、そうなんだ! 適当すぎる! おもしろいけど。

林:じゃあこれ井戸を上からみてるってことですか? 井戸に石とかでもいいじゃないですか。

竹澤:井戸の中に石っていう字もあるんです。

古賀:あるんだ!

竹澤:戸籍統一文字にあるかな。石の方は「どんぶと」って読むんですよ。

古賀:あはは(笑)

林:音が違うんですね(笑)

西村:ありました!

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どんぶと!

古賀:あった、マジか(笑)

竹澤:これ、用例があって、15世紀ごろに成立した『大塔物語(おおとうものがたり)』(※12)という軍記物に「ザンブと」と「ドンブと」が使われているんですけど、ドンブとは井戸にものを落とした時の音じゃなくて、激しい衝撃音として使われているんです。

※12 室町時代の信濃守護小笠原氏を中心とした合戦記。

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『大塔物語』より「ざんぶと」と「どんぶと」が使われるシーン

西村:ドンブと、状況がよくわからないですけど、柔らかくて重いものがぶつかった感じがするな……。

竹澤:そこで使われたので、その後の節用集(江戸時代の字引)に、ざんぶと、どんぶととして載って、今に伝わっているというわけですね。

西村:『ザンブとドンブ』、『トミーとマツ』とか『ぐりとぐら』みたいですね。


めくるめく漢字の話は尽きない……

竹澤さんに伺った漢字の話、漢和辞典と話をしているようで、たいへんおもしろかったが、じつはこの倍以上もある。しかし、この原稿はすでに8000文字を超えているので、ひとまずここで、区切りをつけておきたい。

漢字は、知っていて読めても、よく考えると「なんで?」ということが多い。

ふだん、よく使うもののことを、じつはよく知らない。ということを、強く感じた。

ざんぶと、どんぶと。そんな文字があるなんてしらなかったし、武則天がマイルドヤンキーっぽいのも知らなかった。

漢字は奥が深いんだろうな、と思っていたが、やはりそのとおり奥が深かった。

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