特集 2019年10月1日

磯のアイドル・ウミウシを干潮の海で見つけた

ウミウシを見たい。それも水族館でガラス越しに眺めるのではなくて、手のひらに乗せて直に観察したい。

そんな積年の夢を叶えるために、同じくウミウシに飢えた仲間とともに磯に行ってきた。

変わった生き物や珍妙な風習など、気がついたら絶えてなくなってしまっていそうなものたちを愛す。アルコールより糖分が好き。

前の記事:クジラの解体を見たくて千葉の和田まで行ってきた

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かつて一度、ウミウシとニアミスしていた

以前、鳥取の海に行った時のことである。
色とりどりの海藻が繁茂している岩の表面に、ベビースターラーメンの遠い親戚が車座に集まってできたような、黄色い渦巻きがへばりついているのを見つけた。

そのときは
「ふーん、なにかの卵かな」
と軽く流してしまったのだが、帰宅してから調べると、これは卵は卵でも、なんとウミウシの卵であっることがわかった。
そこに至ってようやく、自分の逃した魚の大きさに気がついた。なんとなれば、そのとき渦巻きの近くを念入りに調べていれば、ウミウシに出会うことができていたかもしれなかったのである。
私は、自分の愚かさを悔やんで歯噛みした。

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ウミウシの卵。よく見ると、黄色い粒々が集まってできている。

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ウミウシ観察のメッカ、和歌山市近郊の加太にやってきた

いくら悔しがっても、ウミウシが内陸部の我が家まで遊びに来てくれることはない。彼らに会いたければ、自分から積極的にアプローチしなければならないのだ。

場所は、ウミウシの観察会などが頻繁に開催されている和歌山市郊外の加太というところ。友人を誘ってみたところ、「行きたい!」と二つ返事がかえってきた。さらに話を聞いて私たちもぜひ行きたいと言う人が現れ、あれよあれよという間に、友人が借りてきた軽自動車は満席となってしまった。
ウミウシに心を焦がしているのは私だけではなかったのだ。

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地形マニアが歓喜しそうな、ものすごい断崖絶壁。
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海綿が落ちていた。ウミウシの中には海綿を主食にするものもたくさんいるので、これは期待が持てるぞ!
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干潮の時間帯を狙ってきたので、いい感じに潮が引いている。
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そしてこういう潮溜まりにウミウシがいるのだ。

潮が引くと、岩のくぼみなどに海水が取り残された潮溜まりができる。そして、その中にウミウシもまた取り残されているのだ。
ウミウシの探し方はいたってシンプルで、目視で見つけるか、海藻をゆするなどしてへばりついているウミウシを水の中に浮かんでこさせるかである。

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一心不乱にウミウシを探す人たち。
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網持参でウミウシ探索に臨むK氏。

集まった4人の同行者のうち、3人とは初対面であった。
K氏ともこの日初めて顔を合わせたのだが、道中話を聞いたところによるといろいろな生き物に興味があって、中でも一番好きなのは植物だという。
そんなK氏が持参した小さな網は、地味な道具ながら潮溜まりに生えた海藻をゆするのに大活躍していた。しかも、浮かんできたウミウシをサッとすくい取ることもできるから優れものだ。
私は、拾ってきた棒切れでオタオタと海藻をかき混ぜていたのだが、その横で網を操るK氏の姿は、なんともスマートでエレガントに映った。
何も言われなくても、ウミウシを探すために網をもってくる。そういう者に、私もなりたい。

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そうそう簡単に見つかるわけではない

「じゃんじゃん見つけてやるから待ってろよ、ウミウシ!」
と意気込んで磯をうろつき始めたものの、ある程度予想はしていたがなかなかウミウシは見つからない。
無理もない。ウミウシは、大きいものでも5,6cmしかないのである。

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「こ、これは!」と思って拾い上げたら、陶器の破片だった。非常にそれっぽい色だったのでまんまと騙されてしまった。海にゴミを捨てないでほしいと思った。
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いつ見ても、これが無毒だということがにわかには信じられないクモヒトデ。
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こちらはイトマキヒトデ。赤い斑点がある上に大きいので簡単に見つかる。
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裏面には、移動などに使う管足という器官が。でたらめな推測だが、千手観音はここから着想を得ていると思う。
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ムラサキウニ。これは、勝手に連れて帰ると怒られるやつ(漁業権があるので)。

ヒトデやウニはたくさんいるが、肝心のウミウシがなかなか見つからない。

それにしても、ヒトデやウニのような生き物の体には、我々と違って上下はあっても前後という概念はない。こういう生き物のことを放射相称動物という。もし、『転生したらヒトデだった』ら、心機一転して前向きに生きていこうにも、「はて、ところでどちらが前なのだろう」などと逡巡しているうちに、捕食者にさらわれてしまうだろう。
その点、ウミウシは前後の区別があるだけまだマシというものだ。転生するならヒトデやウニよりウミウシがいいなあ。

日に炙られた頭でそんなとりとめのないことを考えていた時、誰かが「いたー!」と叫び声を上げた。

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そしてついに見つかったウミウシ

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6人分の視線を一手に集めているとはつゆ知らず、ケースの端に身を寄せるウミウシ。

海水を張ったプラケースの中に入れられたウミウシは、自分の身になにが起こっているかわからないままケースの隅をのろのろと這いずっていた。
生まれて初めて平らな面の上を歩くので、その歩きやすさに感動していたかもしれない。

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か、かわいい......!

きれいで、かわいくて、なのにどこかかっこよくて......そんな「歩く3K」にみんな見とれて、口々に褒めそやしたり、写真を撮ったりした。
丸っこい体にヒラヒラとした飾りのついた造形、カラフルできれいな色、まさにアイドルと言うほかないでないないか。

帰宅してから調べたところによると、このウミウシはミヤコウミウシという種名で、1949年刊行の大著『相模湾産後鰓類図譜』では

”すこぶる美麗で、容易に字句に表現しえない”

と紹介されているそうだ。たしかに、これは「とにかく実物を見てくれ、本当に綺麗なんだ!」としか言いようのない美しさだから納得である。

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触覚のある方が頭、ふさふさした鰓がついている方が尻。

さっき、ウミウシにはヒトデやウニと違って前後の区別があると書いたが、立派な触覚が生えている方が頭である。この触覚が牛の角のように見えるのが、ウミウシという名前の由来なのだ。
尻の方にはふさふさとした海藻みたいなものがついているが、これは飾りではない。なんと鰓(えら)である。このふさふさで、水中の酸素を吸収して呼吸している大切な器官なのである。
鰓が心臓よりも後ろにあるから、ウミウシは後鰓類(こうさいるい)という生き物のグループに入れられている。

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目が慣れたことでぞくぞくと発見されるウミウシたち

ひとしきりウミウシを愛でて、その姿を目に焼き付けてから潮溜まりの探索を再開すると、だんだんこれまで見過ごしていたと思しきウミウシを見つけられるようになった。
目が慣れたのもあるし、他の人にばかり見つけられては悔しいから真剣に探すようになったというのもあるだろう。競争の原理である。

例えば、下の写真にはミヤコウミウシが1匹隠れているのだが、どこにいるかお分かりいただけるだろうか。

画像の中に、1匹のミヤコウミウシが隠れている(マウスオンで正解が表示されます)

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防水カメラを海中に突っ込んで水中撮影してみた。派手なように見えて、驚くほど周囲に溶け込むのが上手い。
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そっと手ですくい取る。ちょっとの間、お付き合いくださいね。
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ついに自分のウミウシを見つけた!大海原をバックに記念撮影。
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水から引き上げると、重力に負けて丸まってしまった。

周りの人たちも、コツをつかんで同じようにウミウシを見つけ始めたようだった。

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ヒメマダラウミウシ。5cmくらいあって、ここで見つかったウミウシの中では一番大きかった。
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クロヘリアメフラシ。似たような見た目だが、こいつはアメフラシで、他はウミウシ。

ウミウシもアメフラシももともとは貝の仲間だが、進化の過程で貝殻は退化して消えてしまうか、わずかに痕跡を残す程度まで萎縮してしまった。では、ウミウシとアメフラシはどこが違うのかというと、意外なことにはっきりとした線引きは難しい。アメフラシを広義のウミウシとして見ることもあるという。

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そのままスニーカーのデザインに流用できそうな、クロシタナシウミウシ。
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水から引き上げたクロシタナシウミウシは、ちょっとだけブラックタピオカみたいだ。

みな、思い思いにウミウシと戯れている。
ここまで人々の心を鷲掴みにしてしまう生き物は、なかなかいないのではないだろうか。今回我々が見つけたのは4種類だけだが、世界の海にはわかっているだけで3000種類くらいのウミウシの仲間がいて、そんなウミウシを探すのに生涯を捧げてしまう人もいるらしい。ウミウシ探しは、まさに7つの海を股にかけた現代のトレジャーハンティングなのだ。

ところで、ウミウシと形が似た生き物にナメクジがいる。ご先祖様が背負っていた貝殻を「ま、なくてもいっか」と断捨離してしまったために、子孫が無防備な姿で生きる羽目になったところもそっくりである。
しかしナメクジに対する人々の反応はウミウシのそれとは正反対で、ナメクジがちやほやされることはない。それどころか駆除の対象にされたり、「ナメクジ野郎」という罵倒表現まで出てくる始末だ。
参考までに、画像フォルダの中にあった適当なナメクジの写真を載せておく。

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ドイツの山中で見つけたナメクジ。

正直に告白すると、「ナメクジ、ちょっとかわいいかも」と思ってしまったが、それでも手に乗せてくれと言われたら拒否するだろう(※感じ方には個人差があります)
思うに、ナメクジがみんなに愛されるために克服すべきは以下の2点だ。

・じめじめしてて不潔(清潔感)
・華やかさに欠ける外見(ファッション)

厳しい要求かもしれないが、ウミウシは海水で日々体を洗い、きれいに着飾ることでこれらをクリアしている。同じ軟体類として、ナメクジにもぜひ頑張ってもらいたいものだ。

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潮が満ちてきたので、涙を飲んでお別れ

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波があるわけでもないのに、仰向けになって体の下側をさらけ出すミヤコウミウシ。

ウミウシ探しを始めてから2時間ほど、徐々に水位が上がってきて、これ以上の探索は難しいということになった。

動き回っていたウミウシたちも、箱の中の世界に各々自分の居場所を見つけたようで、隅の方でじっとしていることが多くなった。
慣れてきたところで申し訳ないが、彼らを再び危険の渦巻く大海原に放流しなければならない。ウミウシは、家では飼えない生き物なのだ。

短い間だが、ときめきを与えてくれてありがとう。ウミウシとアメフラシ、解散!

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大海へと放流されるウミウシたち。強く生きてくれ!

海岸には変わった植物もいっぱい

帰路、K氏が

「この辺には面白い植物が多いですね」

と言って、いくつかの海岸性植物を教えてくれた。
生き物趣味の範囲が広いと、どこに行ってもなにかしら興味を引く物が見つかるのでお得である。
自分の中の生き物図鑑を増やし続けようと、そっと誓ったのであった。

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K氏が「あ!」と叫んでかけよった先にあった、タキキビというイネ科の植物。急な崖に生える希少な植物なのだそう。
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