乾杯
友人の松田を呼び出した。
50mくらい離れて向かい合う形で着席する。
表情や細かい動作は目視で確認できないので、トランシーバー頼りのコミュニケーションになりそうだ。
松田:もしもーし。こちら松田。聞こえますか?どうぞ。
松田:…聞こえますか??どうぞ!
佐伯:聞こえてまーす。今ちょっと準備してました。どうぞ。
松田:よかった。聴こえてないかと思ってドキドキした。軍隊の人とかは、この不安を抱えながらやってるのかな。
佐伯:じゃあさっそく遠隔乾杯をしましょう。せーの、カンパーイ!
松田:………………カンパーイ!……待って、これちゃんと乾杯できてます?!
佐伯:できてますよ〜。
松田:手ごたえないなー。
ラグのデカい乾杯を皮切りに、遠隔飲み会スタート。相手が何を飲んでいるのかは、全く見えない。ざらついた音声を頼りに、コミュニケーションを図る。
佐伯:松田はさ、わたしのライタープロフィール写真撮ってくれたじゃん。それ以来じゃないですか?会うのって。
松田:ね!2年振りくらいですね!
佐伯:…トランシーバー超しだと敬語になっちゃいます…よね!
松田:わかる。同じこと言おうと思ってた!あのさ、もう敬語やめない?!
佐伯:10年来の付き合いで改めてそのセリフ出てくることあるんだ。
自然と敬語になるのはトランシーバーあるあるだろうか。たしかに、『トランシーバー=敬語で会話する』というイメージがある。少なくとも、我々二人の間ではそれが共通認識だったわけだから不思議だ。
ゴキゲンなダチ
佐伯:そういえば、風の噂で聞いたよ。松田、同棲始めたんだってね。相手は何で知り合った人なの?
松田:フフフ......!では!ここで3択問題♡お相手は、①大学の先輩♡②マッチングアプリ♡③元彼の紹介♡どれでしょ~かっ!♡
そうだ、会うの2年ぶりだから忘れてた。松田ってこういう感じの人だった。昔から、ご機嫌な時はわかりやすくハッピーオーラがほとばしってたよな。
この距離でも、この音質でも、ビシバシ伝わってくる。トランシーバーを隔ててなければ、カロリーの高さに早々に胃もたれしていたかもしれない。
松田:正解は…ドゥルルルルルル……ドゥン!①大学の先輩♡でした!
佐伯:へー。大学卒業後に知り合ったってこと?
松田:…わたしのターンが長くなってもいいでしょうか?
佐伯:いいよ。
松田:その人とは、社会人になってから知り合ったの!わたしは大学の同期達と定期的にキャンプに行ってて。ある時、偶然その内のメンバーの一人が都合がつかなくなって不参加になっちゃったのね!で、その代打で来たのが彼だったんだけどーーー(以下略)
長い。
話の長い友だちのことは大好きなので、長話はウエルカムだ。ただ、トランシーバーの機能の関係で、会話の途中で相槌を打ったりカットインして質問することはできない。
そうすると、話が通常の倍長く感じる。あと、すぐに集中力が切れる。授業中に先生が生徒に発言させるのってマジでちゃんと意味あるよな。授業も会話も、参加しないと右から左に言葉が流れていく。
佐伯:へ〜…その人とは今後も同棲を続けていくの?
松田:では!!!今日一番のビッグニュース!松田は…結婚します!
佐伯:……
佐伯:…よかったね。
松田:結婚報告したときの一番薄い反応じゃん…。
違う。本当はもっと派手なリアクションがしたかった。でも、ノイズが増えて聞き取りづらくなるかなと思って、余計な部分をそぎ落としたのだ。その結果が『よかったね』だった。ごめん。
トランシーバー使用時において、『絶対に伝えたい』気持ちと『会話を華やかにしたい』気持ちの両立は、困難である。
松田:つきましては、わたくし引っ越しをするんですけど…ここでまた三択クイズ!松田はどこに移住するでしょ〜か!①海外②北海道③沖縄 さぁどれ!
佐伯:…北海道?
松田:正解!
佐伯:そうなんだ。
松田:さっきからずっと反応薄いなー。
ここは正直、対面だったとしても『そうなんだ』しか言っていなかったと思う。わたしのコミュニケーション能力の問題である。
松田:エンゲージリングも注文したんだ🎶
佐伯:へー。エンゲージリングってさ、結婚指輪とは違うやつなんでしょ?結婚指輪買ったらエンゲージリングはどうすんの?結婚指輪のスペアなの?失くしたらヤバいやつ?あと婚約指輪とは違うの?
通話をコマ切れにしてやりとりするのも面倒なので、一気に質問してしまう。これもトランシーバーあるあるだ。
松田:婚約指輪と同じやつだよ。わたしは重ね付けして常に身に着けるつもり!
佐伯:へ〜。ほ〜ん。
松田:佐伯がそういうこと全然わかってないってことはわかったよ。
佐伯:そうだね。
松田:まって。いま魔法陣みたいに米落としちゃった。
佐伯:魔法陣みたいに落とした米、見てぇ~。
松田はいま何を食べているんだろう。おにぎりだろうか。パラパラのチャーハンを掻っ込んでいる可能性もある。