松田の家まで傘を送り届けると、お礼に六花亭のバターサンドをくれた。
内見で北海道に行った時のお土産らしい。この人、本当に北海道行くんだ。そっかー。ふーん。
また2年後に電話するねー。
松田:そういえば、加藤(共通の友人。高校時代の同級生。)とも全然会ってないなー。
佐伯:え!この前高校の時のクラス会があったって加藤から聞いたけど。
松田:…呼ばれてないね!
気まず。でもこの距離だからギリセーフである。
佐伯:聞かなかったことにして。
松田:聞こえなかったことにする。
佐伯:でも、わたしが加藤と会った時は必ず松田の話するよ。
松田:え!うれしい!例えばどんな話を?
佐伯:松田の大学の時の元彼の話とか…フフッ…脚早すぎて別れた人いたじゃん。
松田:競歩の岡本ね…!競歩のマジの強い選手で、歩くの超早い岡本。デート中とにかく歩くのが早くて、『頼むからわたしに合わせて』ってお願いしたら『歩くペースだけはどうしても遅くできない』って言い返されて…。でも岡本のペースに合わせると、もはや小走りで付いていくしかなかったんだよね。
佐伯:マジで競歩やってる人に小走りで付いて行けるんなら大したもんだよ。
松田:あとは、本人から聞いた話だけど、テーマパーク開園と同時に早歩きで入園して、それがあまりにも早すぎて同行者が誰も追いつけなかったことがあるらしい。それくらい早い。
佐伯:ガハハ。そんで、デートの後に松田が岡本に改善してほしい点について長文LINE送ったんだよね。
松田:違うよッ!!電話したの!
佐伯:より熱がこもってる。
松田:そしたらフラれちゃって……一瞬で別れた…。でもこれ絶対わたし悪くないよね?!
佐伯:はー、好きなんだよなーその話。トランシーバー越しに聴くとまた違う風情があっていいわ〜。
既に聞いたことのある話は非常にトランシーバー向きだ。話の展開がわかっているので、途中でツッコミを入れる必要もなく、ゆっくりと堪能できる。デジタルで聴きなれた名曲をあえてアナログ盤で再生するような味わいだ。
松田:てか、この話擦り続けてるの佐伯だけだよ。
佐伯:松田のエピソードトークベストヒット集があったら絶対入れてほしい。そんくらい好き。
松田:…ま、そんな松田も結婚しますがね…♪ホホホ!
トランシーバーの向こう側に、あらゆる話題を結婚に繋げる凄腕DJがいておもしろい。DJ松田a.k.a.マリッジハイだ。
佐伯:今気づいたんだけどさ、トランシーバー使ってると笑う時1人だからちょっと怪しい人になっちゃうね。電話みたいにわかりやすく『通話中です!』ってポーズもしてないしさ。
松田:ていうか佐伯、さっきからクネクネしたヘドバン(ヘッドバンギング)してるよね。あれかなり怪しいよ。近くに人もいたし…。
佐伯:そういうの先に言ってよ。
友だちとしゃべっていると、笑いすぎて次の言葉がすぐに出ない時がある。トランシーバーの性質上、笑い声だけを相手に伝えることは難しい。トランシーバーを用いたコミュニケーションは、文字通りの『言葉のキャッチボール』を求められるからだ。
だから、遠くから見てもわたしが笑っていることを伝えたくて、オーバーにリアクションしていたのだ。しかし、完全に裏目に出たようだった。
佐伯:いやー、でも、松田が元気そうでよかったよ。2年前に会った時よりも顔色がいい気がする。
松田:ほんと?わかる?
佐伯:うん。この距離だと顔全然見えないけど、なんとなくわかるよ。
終始ご機嫌で元気いっぱいだった松田。よかったよかった。
しかし、その直後自分の傘にゴキブリがくっついていたことに気付いた瞬間、さっきまでのテンションが嘘のように憔悴してしまったのでお開きにした。
『この傘もう触れない。家に持って帰れない。』と言っていたので、わたしが松田の家に届けた。
声は直接届かないけど、ゴキブリにダメージを食らっていたらすぐ助けに行ける。付かず離れずの絶妙な距離感。それがトランシーバー飲みである。
松田の家まで傘を送り届けると、お礼に六花亭のバターサンドをくれた。
内見で北海道に行った時のお土産らしい。この人、本当に北海道行くんだ。そっかー。ふーん。
また2年後に電話するねー。
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