で、イチョウのマークはなんなんだ
さて、ここでひとつ気になるのが、イチョウのマークではないだろうか。あれはなんなんだ。紋章じゃないのか? と。
イチョウのマーク、これです。
どうやら、このイチョウのマークは「シンボルマーク」という位置づけになっているらしい。基本的に、現在は紋章よりもこちらのマークの方が使われている。
ちなみに、この看板はめちゃくちゃでかい。
あまりにもデカいので、家族総出で実物大を模写したことある。
閑話休題。
このシンボルマーク、1989(平成元)年にコンペで決まったものだ。
コンペということは、採用されなかったボツ案もあるだろう。そんなボツ案が掲載された資料が、国分寺の東京都公文書館にあるというので閲覧しに行った。
『東京都シンボルマークについて 報告』によると、東京都のシンボルマークは、指名コンペの形式で行われ、実績のあるデザイナー、CIのマークを手掛けるデザイナーなど、10名と2社を選定し、それに対し11名(社)が応募した。指名された人たちの一覧があるが、そのメンツがすごい。
まず、亀倉雄策(東京オリンピックのポスターが有名)、田中一光(LOFTのロゴ、つくば博などが有名)、永井一正(札幌五輪、JA、三菱UFJなどが有名)など、ICデザインの世界では神様のような人たちの名前が並ぶ。
そして、そのコンペに出されたシンボルマークの案がこちらだ。
選ばれたのは18番のイチョウのマークだが、これをデザインしたのは、XICO(エクシコ)の代表であるレイ吉村。日本たばこ産業のマークや、ダイエーのマークなどを手掛けたデザイナーだ。
11人参加だが案は20ある。複数提出した人がいるのかもしれない。どの案を誰が出したのかは選ばれたレイ吉村の作品(18番)以外はわからない。
ただ、なんとなく16番と13番は混ぜたら三菱UFJ銀行のマークになりそうだ。もしかして永井一正? などと、いろいろ想像は膨らんでしまう。
4番はかつての東京府のマークがモチーフだろう。Tをモチーフにしたものが多い中、温故知新の精神なのが清々しい。8番や9番は再現するのがめちゃくちゃ難しそうだが、今の時代ならあり得たかもしれない。
このコンペ案は一般からの投票も受け付けていたらしく、その結果がつぎのページにあった。
投票結果を見ると、得票数1位は、12番のイチョウっぽいやつで、これが人気だったようだ。しかし、選ばれたのは投票では5番人気だった18番のイチョウである。
ちなみに、このマークを選んだ選考委員の方もけっこうなビッグネーム揃いである。
團伊玖磨、森英恵、小谷実可子(この頃はまだ学生)あたりが目を引くが、河野鷹思(札幌五輪ポスターなど)、栄久庵憲司(しょうゆ卓上瓶、成田エクスプレスなど)、菊竹清訓(江戸東京博物館が有名)、真鍋博(新潮文庫の星新一の本の表紙が有名)、中村誠(資生堂のアートディレクター)など、選ぶ方もビッグネーム揃いだ。
東京都シンボルマークは果たしてイチョウなのか?
ところで、さっきから、イチョウイチョウと言ってはいるが、デザイン意図や、選定理由、選定経緯などを見ても、イチョウをモチーフにしているとは公式には言ってはいない。
デザイン意図には「(TOKYOの)頭文字Tを中央に秘め、3つの同じ円のカーブで構成したシンボルは、新生・東京のダイナミックな躍動感、生命感、気品と威厳、バランスのとれた成長、を表した」とだけある。
それをもって、ネット上では「(シンボルマークは)イチョウをモチーフにしているわけではない」とする記事も見かける。
ただ、この造形で、1966(昭和41)年に決まった東京都の木であるイチョウの葉っぱの形をまったく考慮していないわけはないだろう。資料の中では、このシンボルマークの展開案というものが示されているがそれを見てほしい。
色んな色がある中で、紅葉したイチョウの色と同じ色をわざわざ展開例として出している。
もちろん、明言されてないことを勝手に決めつけるのは良くないけれど、もうこれはイチョウがモチーフと言ってもいいのではないか。裁判風に言えば「相当程度推認される」と言うやつだろう。
実際、当時の新聞記事ではすでに「イチョウのマーク」と呼称されていたようだ。
さらに、東京都清掃局があった頃の清掃局のマーク。これを思い出して欲しい。
こんな感じだったはずだ。
これのイメージが強かったかもしれない。
このマークは、東京都清掃局が東京二十三区清掃一部事業組合に代わったとき(2000(平成12)年ごろ)に廃止となった。
以上、東京都のマークについて考えてみた。


