かっこよすぎる東京都章
さて、紋章が使われている場所として外せないのが日本橋の欄干にある獅子像だ。
この欄干の四隅にいる獅子像をよくみて欲しい。
東京の紋章を抱えている。めちゃくちゃかっこいい!
こんなにかっこいい都章、後にも先にもない。マジでいい。安産のお守りを抱えているわけではない。いや、逆に安産のお守りを抱えていると考えても、これから生まれる子供たちを守っているという意味でなおのことかっこいいんじゃないか。
これらの銅像は、1911(明治44)年、彫刻家の渡辺長男(おさお、本当に長男らしい)が制作した。
渡辺長男は、大分県出身の彫刻家で、同じく彫刻家の朝倉文夫(重文指定の「墓守」が有名)の兄である。ちなみに、同じく彫刻家の大塚辰夫は次兄で、辰夫の孫が声優の大塚明夫である。
閑話休題。
渡辺は、魔除けの意味をもつ狛犬を参考にこの獅子像を作った。本来は盾を持たす所を、いろいろと検討した上で東京の紋章にしたという。
日本橋の真ん中にある麒麟像には東京の発展、この獅子像には東京を守護するという願いをそれぞれ込めたのだ。
もし、夜陰に乗じて皇都東京を蹂躙せんと蠢く物の怪と、この獅子たちが夜な夜な動き出し、戦っていたとしたら……。
とりあず、イメージをAIに描いてもらったらこんな感じになった。
『帝都物語』はたしかこんな話だったはずだ。(ちがう)
ところで、この日本橋が作られた当時、この紋章は東京市の市章だった。
かつて、東京は東京府とその中に東京市があり、さらにその下に区があった。現在、東京都の紋章として使われているのは、東京市の市章だったものだ。
では、東京市ではなく、東京府に紋章は存在したのか? これが、存在していた。
ほとんどの人は見たことがないかもしれない。東京府が消滅して80年以上たつので、仕方がない。……が、実はこの東京府章が今でも現役で使われているところがある。
マンホールの蓋だ。
東京府時代に作られたマンホールの蓋が23区内のあちこちに、わずかに残っているらしい。
路上遺産データベースというウェブサイトを見ると、東京府のマンホールの位置がピックアップされているので、確認に出かけてみた。
あちこちに残っているとはいえ、撤去されて少なくなってきてはいるらしい。最初に向かった新宿の新都心歩道橋近くにあるというマンホールは残念ながら最新のものに付け替えられており、無くなっていた。
うっかり写真を撮りそこねていたので、ストリートビューをリンクしておく。
この位置のマンホールの蓋は新しくなっています! みなさんお気をつけ下さい!
ということで、次に向かったのは神宮前の道路だ。
道路上にある、四角いマンホールの消火栓用吸水孔の蓋をみてみる。
この蓋。太平洋戦争、戦後復興、高度経済成長から、オリンピック、バブル景気、バブル崩壊、平成改元、イット革命、ミッチサッチー戦争、令和改元、コロナ禍、2回目オリンピックと、80年以上を生き抜き、ここに残っている。
ちなみに、このデザインは、東京都のマークにも使われた東の篆書体が元ネタだと思われる。


