ティーダのほうへ行くといい
請島の請阿室(うけあむろ)港を出て40分ほどで与路港が見えてくる。乗客は私一人だが港にはたくさんの人が集まっていた。もちろん私の来島を待っていたわけではなく、皆が待望していたのは一緒に乗っていた荷物である。
皆が荷物を持って去り、私一人が残ったところで民宿の女将さんに迎えられた。宿へと歩きながら旅の目的を話すと、目の前を通る白い軽トラックに女将さんが声をかけた。
「うちのお客さんなんだけど、この人ハブが見たいんだって」
運転していたのは歳のころ50代くらいの人の良さそうな男性で、笑みを浮かべながら「ハブならティーダ(?)のほう行くといいよ。夜にいるよ」と教えてくれた。
「ああ、あっちのほうね」と女将さんと少しやり取りをしていたが、何やらローカルな地名が織り交ぜられていてよくわからない。まあ後で聞けばいいやと宿に入った。
昼食を取りながらお話を聞く。
「港から左に曲がってずっと行くと、川があるから、そしたら川に沿って歩いていくといいですよ」
与路島は奄美の有人島で一番小さな一島一集落の島である。人口は60人ほど、集落内に小さな商店が1軒ある他には飲食店も自販機もない。
サンゴの石垣が高い
先に回った請島と同じく、民家と道は塀で隔てられているが請島よりもサンゴ石垣が多く、塀の高さも高い。
大正末期から昭和初期にかけて1000人規模の住人がいた与路島では定期的に住民総出でサンゴを積み上げ石垣を作っていたが、昭和30年代になると住民も減り、施工・補修が簡易でハブ対策(隙間に入り込まないので)にもなるブロック塀へと変わっていった。
しかし、夏の風通りの良さや、なんだかんだ耐久性あるじゃん!など石垣の魅力が見直され、さらに平成21年に国土交通省により島の宝百景に認定されたのを機に景観の整備事業としてサンゴ石垣の大規模な修復が行われた。
猫が多い島
集落内にはハブを叩くウエポン「用心棒」も配備されているが隣の請島と決定的に異なるのは猫の多さだ。
いたるところでネコがうろついたり、ごろりとしている。ひとなつっこいものも多く、なんか旅行者の俺に道をたずねようとしてないか?ぐらいの感じで鳴きかけてくる。
集落を離れると川に沿って湿地や農用地が広がり、その先に山を背負って畜産場が点在している。女将さんの言っていたのはこのあたりかと目星をつけ、ヤギなどを見て回る。
心強いハブガイド
日没後、川を見ながらハブを探し歩く。集落を離れると街灯もなく漆黒の闇。個人的にハブはこわくない。しかしヘッドライトに反射して点々とネコの目が光ったり、リュウキュウイノシシが目の前を駆け出すのはこわい。本州のニホンイノシシより小さく、おとなしいが薮の向こうからシューっと鼻息を聞かせてきたりするのだ。こわい。
もっとこわいのが人である。突然遠くから2つの光りが近づいてきた。ネコの目より明らかに大きく、ウォーンとうなりながら私の歩く先で止まった。正体は白い軽トラックだった。
「いまから農場見に行くけど、行くかい?」
声をかけてきたのは昼間に女将さんとやり取りしていた男性だった。彼(Tさん)は畜産を営んでおり、牛舎と牧草の農場の様子見とハブ駆除に向かうところらしい。闇に光るヘッドライトの光を見つけ、もしや港でハブを見たいと言ってたあいつかと近寄ってみたらはたしてあいつ(私ね)だったのだ。
土地勘の無い島でのハブ探しはワクワクと同じくらい、ドロドロした不安に満ちている。思いがけないガイドの出現に心躍らせ、トラックに乗り込んだ。
「川沿いって言われてこのへんを歩いてたんですけど」
「ここもいいけどね、俺の農場のほうに湿地があるんだよ」
トラックは農道をすっと抜けて山道に入り、車と同じぐらいの道幅の曲がりくねった道をすいすい登ってゆくと、斜面が緩やかになって少し開けた所で止まった。
「ここは牧草の農場で、反対側で水が湧いて湿地になってるからよく出るんだよ」
農場にはネズミが入り込んでいるだろうし、湿地にはたくさんのリュウキュウカジカガエルがいる。ハブにとってみたら格好のエサが揃った新横浜のグルメストリートみたいなものではないか。
「いた!」
早速道端の草陰で息を潜めるハブを見つけた。
私が使っているハブ捕り棒(マジックハンドのようにつかめるやつ)をTさんが「ちょっと貸して」と手に取り、少し振りながら「軽くていいなあ」とハブをとらえた。
「いいでしょ、ステンレス製で軽いし、グリップもいいんですよ」フェアウェイで愛用のクラブ談義に花を咲かせるゴルフ仲間のような共感が生まれた。
捕獲されたハブは瀬戸内町役場に引き渡され、報奨金が1匹につき3000円支払われる。請島でもそうだったが、船に乗って届けに行くのは交通費や手間がばかにならないので手数料を支払って船に載せ届けてもらう。
「だから1匹だと(手数料かかるし)割に合わないんだよね」
と周囲を探る。引き返す途中で草陰で横たわるハブを見つけた。行きには気づかなかったのだ。
Tさんと別れた後、1人で散策を続けると、さらに2匹のハブに会うことができた。
一晩で4匹、なんというハブ充だろうか。