3か所をハシゴした展望飲み、どこも素晴らしかった。ふたりでも話し合った通り、わざわざ高いところに登ってお酒を楽しもうなんて、効率を至上とするならあまり必要性のない行為である。
だが、その“わざわざ”を越えてのぼってみると、そこには地上では味わえないゆるやかな空間と特別な酒の味わいがある。地面を歩いているときとは気分もすっかり変わってしまう。“わざわざ”と書いたけど、エレベーターにちょっと乗ったらそこに着くのだ。行きも帰りもあっという間。こんな簡単な“わざわざ”はそうない。
今後、東京には2023年に330メートル、2027年に390メートルの超高層ビルが建つ予定だとか。もしそのビルに展望スペースが作られ、生ビールを出すスタンドが併設されていたりするなら、すぐ飲みに行ってみたいと思う。
景色を見下ろしながら酒を飲んでみたい
パリ:今回、発端はナオさんでしたよね。
ナオ:神戸に「須磨浦山上遊園」っていうちょっとひなびたような、いい雰囲気の遊園地が、ロープウェイで山の上に登っていくとあるんですね。その遊園地の手前に「回転展望レストラン」っていうのがあって、じわじわと回転しながら眺めを楽しめるっていうレストランなんです。日本でも今や貴重なものらしい。
パリ:良さそう。
ナオ:そこで缶ビールを買って飲んでいた時に、展望しながらお酒を飲むっていいなーと思って。高いところから見晴らしながらのんびり飲む。
パリ:うちらそういうの好きですもんね。シチュエーション酒場。
ナオ:ですよね!よく考えたら、高いビルだと上の方にレストランとかあったりするじゃないですか。
パリ:あるある。標高だけじゃなくて、値段も高そうってイメージがあるからあまり行こうと考えたことがなかったのかもな。
ナオ:うん。夜景の見えるレストランとかだとなかなか行く機会がない。けど、「展望ラウンジ」みたいに、軽食出すような感じのライトな店もあったりして、これまでもそういうところで何度かお酒を売ってるのを買って飲んだことがあったんですよ
パリ:フェリーで飲むのとかとも通じる。
ナオ:そうそう、隙間というか、穴場というか。それで、展望飲みの楽しみを探ってみようというのが今回の主旨なんです。で、事前に少し調べただけでも、練馬区役所の展望ロビーがよさそうだ、とかけっこう色々と見つかるんですよね。
パリ:あるもんですね。なんと、ハードルの高い“回転”まであった。
ナオ:そう!有楽町、交通会館の上のね。そこも含め何軒かハシゴしてみようと。スタート地点は我々も馴染みの深い池袋の「サンシャイン60」にしました。
スタート地点は池袋の「サンシャイン60
パリ:「サンシャイン60」の展望台に入ってるタリーズにビールが置いてあるらしいという情報をキャッチして、半信半疑で行ってみたら、もうここで「展望飲み」の魅力に完全に目覚めてしまいましたね。
ナオ:そう!というか、そもそも私は、あの60階の展望台にのぼったの自体が初めてでした。いっつも地下の方で買い物してるだけだったので。
パリ:まぁ頻繁に登るようなとこじゃないですよね。僕も、長年池袋のあの近くの会社で働いてましたけど、記憶にあるのは1、2回かな。
ナオ:改めて見上げたらめちゃくちゃデカいビルですね。
パリ:そしてけっこう古いですよね。開業が1978年らしい。うちらと同い年なんだ。
ナオ:本当ですね。同学年。
パリ:同期で一番立派ですよ。
ナオ:一番背が伸びたやつ。
パリ:そいつに登って飲めるらしい。
ナオ:まず、展望台に登るのに大人ひとり1200円かかります。
パリ:1200円、高く感じるけど、あんな高いんだからね、位置が。
ナオ:まあ、高さ代の高さという感じですかね。
パリ:ていうか今調べたら、年間パスポート3600円だって!急にお得!
ナオ:本当だ。買っちゃえばよかった。エレベーターでグーンとのぼっていくと、カーテンの向こうにドーンと眺望が広がってるという演出でした。パリッコさんが光の中に消えていくみたいに見えた。
パリ:有無を言わさぬ説得力がありますよね。展望には。
ナオ:取材当日、あいにくの雨で、「ダチョウ飲み」に続いてまたかーと思ってたんですけど、そんな天気でもすごい眺めでした。
パリ:そう。視界ゼロかと思いきや、ぜんぜんすごかった!
ナオ:だって、海まで見えましたもんね。
パリ:池袋から海が見えるの知らなかったな〜。
ナオ:海が見たい時は、単純に上に向かえばよかったんだ。
パリ:まさに灯台下暗しですよ。
ナオ:本当です。で、面白かったのが、すごい眺めなのに、施設自体は割と、それよりも不思議な鏡とか関係ないアトラクションがメインで。
パリ:ははは!そうそう。外側じゃなくて内側を見せようとしてくる。横に伸びる鏡みたいのとか。
ナオ:壁に埋め込んである万華鏡をのぞいたり。自分のインナースペースの方にむしろ向かう。
パリ:鏡の部屋みたいなのに入ったら、確かにすごい綺麗で楽しいんだけど、肝心の展望エリアをショートカットすることになる。
ナオ:はは。せっかく60階にいるのにね。
パリ:まぁでも、あの場所にとって展望というのはもう、デフォルトですから。
ナオ:確かに。展望が当たり前過ぎてね。
パリ:それこそ年パス持ってたら、そういう展示ばっかり気になるようになるのかも。
ナオ:「あ、新しい不思議な鏡だ!」と。
パリ:でも、あのちょっとだけずれた観光地っぽさが良かったですよ。
ナオ:良かったです。
地上240メートル展望飲み
パリ:奥の奥にありましたね。もうないんじゃないかと思った頃に、タリーズが。
ナオ:そこにアルコールメニューもある。
パリ:あんなにガラーンとしたというか、贅沢にスペース持て余してるタリーズも珍しい。
ナオ:うん。タリーズタリーズしてない。
パリ:そう。どっしり構えてる。「別にタリーズと思ってくれなくてもこちらとしてはかまいませんし、受け手次第ですよ」、みたいな。
ナオ:そうそう。眺望がいいからそういう気持ちになるのかもな。「まあ、よければビールでも飲んだら?」ぐらいの雰囲気でした。
パリ:そういうタイプのタリーズ。
ナオ:ブラウマイスターっていう生ビールが590円で売ってたし、他にもいろいろあったな。
パリ:ワインもあった。おつまみもいろいろあった。
ナオ:ですね。粗挽きソーセージ5種750円をおつまみに飲んでみることにしました。
パリ:で、ビルの60階の窓ぎわでそれらを飲み食いできる。あんな最高な場所ないでしょう。
ナオ:なんかモニターの前で飲んでるみたいに見えるんですよ。
パリ:ほんとだ。景色がうそみたい。これ、間違い探し感が出てしまってるのは、やっぱり酒とつまみのせいでしょうね。
ナオ:酒の方が間違い。パリッコさんがソーセージを食べやすいようにナイフで切り分けてくれたんですが「ありがとうございます」と思いながら「こんな高いところで何してんだ?」とも思いましたよ。
パリ:ははは。高いだけでおかしい。
ナオ:実際、窓の外をちょっと見下ろすと、都電が走っていくのが見えたり。「あっちは西武の屋上ですねー!」とか。
パリ:飽きない飽きない。
ナオ:飽きな過ぎた。一応、スケジュールを組んで、そろそろこっちに移動とか考えておいたんだけど。
パリ:同行してくれた古賀さんに何度も「急ぐ気あるんですか?」って言われながらね。
ナオ:そうそう「よし、いいかげんもう行きましょう!……あ、あっちにも電車が!」っていう。
パリ:ぶっちゃけあそこに1日いられましたね。
ナオ:あらためて年パス欲しいですね。
パリ:年パスあればだって、生ビール一杯飲んで500円そこそこしかかからない。
ナオ:3600円で、地上何メートルかに一年間も席が確保されると考えたら「なんで買わないの?」って感じ。
パリ:もう、上空に一個、アパート借りてるようなもんですよね。
ナオ:本当だ。サンシャインを指差して「あそこに僕の部屋があるんだよね」っていう。「ほら!」って年間パスポート見せて。
パリ:「なんかこわいこの人……」
ナオ:はは。「聞いてもないのにひとりでずっとしゃべってくる!」
パリ:「ずっと無視してるのに!」
ナオ:そんな自慢をしたくなるスペースでした。
パリ:もう、想像のはるか上空って感じの良さでした。
今度は「交通会館」で回転展望飲み
ナオ:ずっといたかったけど、とにかく次だと泣く泣く移動して行ったのが前述の交通会館でした。
パリ:池袋から有楽町へ。
ナオ:回転レストランで飲んでみようと。ウィキペディアによると、現在稼働してる回転展望台は日本に6つあって、そのうちのひとつですからね。
パリ:1/6か。貴重だ。でも、あんま派手に打ち出してないですよね。1階とかに看板が出てて、「上、回ります!」みたいな。そういうのがないです。
ナオ:あー。そうですね。なんか上の方が丸くなってるなーって思うぐらいで。
パリ:そもそも不思議なビルだよな。名前もおもしろいし。
ナオ:交通会館。
パリ:交通感そんなにないもんな。
ナオ:パスポートの発券ができるんですよね。そこが交通なのかな?
パリ:今調べてみたらおもしろい。1965年に「東京都交通局庁舎」の跡地に建てられたんだそうです。で、開店当初は回転が一番の売りだった。
ナオ:そうなんだ!あれ、1965年から回転してるのか。
パリ:貴重な建物ですね。
ナオ:で、回転すると知ってて行ったんですが、有楽町駅のホームからあの丸い部分を見ても動いてないんですよ。「あれ?回転やめちゃったのかな?」と思いました。
パリ:そうそう。「今日は動いてないとかあるんですかね?」みたいな。でも行ってみたらちゃ〜んと動いてた。
ナオ:窓枠は固定されてて中身が回ってた。
パリ:そもそも、遠目で見えるほどのスピードだったら、中の人耐えられないですよね。80分で1周と言ってました。
ナオ:はは。そうか。時速およそ0.1キロ。ちなみに、正式なレストランの名前は「東京スカイラウンジ」で、東京会館系列のちょっと高級なレストランなんですよ。
パリ:めちゃくちゃ格式の高い雰囲気のお店で緊張しました。だけど店員さんたちが慣れてるから、すごい説明とかしてくれるんですよね。
ナオ:優しかった。ランチやディナーはそれなりのお値段なのですが、17時までは喫茶メニューもあって、コーヒーを飲んだりビールを1杯飲んだり、っていう使い方ができて。
パリ:紅茶とケーキのセットでも1000円くらいとか。
ナオ:ちょっといい喫茶店いくぐらいの。
パリ:ビールも1杯950円でしたっけ?展望+回転料と考えたらタダみたいなもんですよ。
ナオ:例えば居酒屋で飲んでて、「今からあなたを高く持ち上げてゆっくり回します、500円ですけど」って言われたらやるもんね。
パリ:行列できますよ。
ナオ:はは。全員やる。
パリ:「次俺!次俺!」、「お前もう2回目だろう!」って。
ナオ:それをやってくれてると思えば安いもんだ。
座ってるだけで景色が勝手に動いていく
ナオ:交通会館のスカイラウンジは、サンシャインと比べたら高さ自体は低いけど、回転するの、すごい良くなかったですか?
パリ:最高でした。スピードは遅いんだけど、アトラクション感が確かにある。
ナオ:最初、有楽町の駅方面が見えてたんですよね。それがちょっとずつ丸井のあるビルが見えて銀座の町の方に徐々に向いていって。
パリ:これまた、飽きない飽きない。
ナオ:飽きな過ぎ。こっちはビール飲んでぼーっとしてるだけなのに眺めが変わって行くんだもんなー。
パリ:うちらそういうのが一番好きじゃないですか。ゆっくり景色が変わっていくのが。
ナオ:そう。ずっと黙って見ていられる。お店自体も最高でしたね。
ナオ:格式高い雰囲気なのにはしゃぐ私たちを店員さんが温かく見守ってくださってね。
パリ:決して見下したりしない。
ナオ:「こちらの眺めが人気ですよ」と教えてくれたり。
パリ:メニューにないのに、「ミックスナッツなどの軽いものもございますよ?」と提案してくれて、それを頼むことによって、ビールだけの後ろめたさから解放された。うちらは展望はハシゴ酒のために急いでたけど、ビールをゆっくり飲みつつ、80分いられますよね。
ナオ:そう思いますよ。仕事の打ち合わせする時なんかにもいいんじゃないかって。ゆっくり回転してんのなんか笑えますよ。
パリ:真面目に打ち合わせしてるのに背景が変わってる。
ナオ:上空から透視してみたい。パリッコさんと打ち合わせ相手の人が都会の真ん中でゆっくり回転してる様を。
パリ:最初いたところにゆっくり戻ってくる。
ナオ:ははは。いいなー!いろんなところがもっと回転して欲しいっすね。
パリ:回転ブーム再来して欲しい!
ナオ:そしてここも長居しすぎましたね。ティータイムが終わる17時ギリギリまでいて。もう一軒あるのに、古賀さんのスケジュールもオーバー寸前で。
パリ:面目なかったです……。それで我に返って移動を。
大都会東京の夜景を見ながら飲む
ナオ:日が暮れてきた頃合いで最後の目的地、新宿へ。都庁です。
パリ:ラスボス。
ナオ:都庁の展望台には何回か行ったことがあって。無料なんですよ。で、中にカフェスペースがあってビールを飲んだ記憶があったん。でもそれはだいぶ前で、今どうなってるかちょっと不安だったんですけどね。
パリ:都庁で飲めるイメージなかったので、正直半信半疑でした。
ナオ:入口で手荷物検査もあってね。「あれ、これは酒飲めるような雰囲気じゃないかな」って。時代もありますし。
パリ:飲みに行った店で手荷物検査は生まれて初めての体験。というかそもそも、カバンに酒が入ってたんですよ。
ナオ:はは。ふたりとも焼酎のミニボトル入ってた。
パリ:「こんな場所で飲む気か!」と、没収されないか怯えつつ。
ナオ:無事没収をまぬがれ、エレベーターに乗っていざ展望台に着いたら、酒とか以前に夜景がすごい。
パリ:SFの世界でしたね。
ナオ:そう。テクノポリス東京。無料ということもあってか海外の方がたくさんいましたね。一番にぎわってた。
パリ:そうそう。とはいえ、テーブルが満席とかってほどでもなく。
ナオ:そうですね。そこまで混んでいるようには感じませんでした。そもそも広いし。
パリ:中央にどーんと売店があってね。
ナオ:「都SEEN」っていう謎のネーミングの売店。そこで売っているお土産も海外向けの「ジャパン!」っていう感じのものでした。
パリ:寿司のTシャツとかね。
ナオ:それが一押しになってましたよね。
パリ:都庁のおすすめがそれでいいのか感は否めませんでした。
ナオ:はは。しかし売店のメニューに軽食とお酒各種、けっこういろいろありましたよね。
パリ:あったんだよな〜。こんなところで出会えるとは思っていなかったプレーンチューハイ!
ナオ:そう!宝焼酎のソーダ割りがね。
パリ:メニューには「SHOCHU-Japanese Distilled Spirits」とか書いてあるんだけど、お前チューハイだろ!っていう。
ナオ:はは。それがまた、最高にクリアな味わい。
パリ:上空のせいか、普段よりさらに雑味がなかったです。
ナオ:炭酸水か…?ぐらいの。
パリ:しかも、23時までいれるんでしたっけ?普通に居酒屋レベル。
ナオ:それでいてガヤガヤしてないし落ち着いた雰囲気でしたね。展望室内に音楽が一切流れてなくて、無音なのもすごい。
パリ:そうそう、無音がまたよかった。
展望台には妙に穏やかな空気が流れている
ナオ:なんか、展望施設って独特のムードがありますよね。落ち着いた。
パリ:とにかく余裕がある。展望って、いわば無駄というか、生活にどうしても必要なものじゃない。つまりは余裕の産物。酒もそうでしょう。嗜好品。
ナオ:そうですね。わざわざ飲んでる。
パリ:だから相性がいいんだな。わざわざ登って、わざわざ飲む。
ナオ:そんなことをわざわざしてるぐらいだから、集まってくる人もせかせかしてないっていう。
パリ:チェアリングもそうだけど、「わざわざ」は心の余裕なんでしょうね。
ナオ:そうですね。しかもちゃんと登った分だけいい眺めが待ってくれているという。今回の3軒だけでもそれぞれに特色があったし。
パリ:また行きたい店ばかりでした。今回の3軒だけでも、いろんな時間帯、季節、気候と合わさると無限すぎます。
ナオ:展望台は都会の中で一番喧騒から離れてる場所っていうことなのかも。
パリ:喧騒ってやっぱ、地上のものですもんね。世界が広がりましたよ。Y軸方向に。
ナオ:縦にね。