密集地帯に8文字を追加するという無茶
2018年12月に新駅が「高輪ゲートウェイ駅」だと決まり、JR東日本の東京近郊路線図を真っ先に確認した。
新駅ができるのは品川駅と田町駅のあいだ。JRや地下鉄が密集する地帯だ。あそこに「高輪ゲートウェイ」って入るスペースあったっけ……?
JR東日本 東京近郊路線図(路線ネットワーク)(2018年4月版)より。首都圏でJRに乗ると、車内によく貼ってあるやつ。
品川付近を拡大。品川と田町のあいだに「高輪ゲートウェイ」って入る……?
ここに「高輪ゲートウェイ(Takanawa Gateway)」をねじこむのである。絶対どこかにぶつかっちゃう。
スペースを空けるため、田町を上に動かすと、浜松町も一緒にずれるから、東京モノレール(赤の線)も動かす必要がある。あっちを動かすとこっちがズレる。これは大変だ……!
大変なのはJR東日本だけじゃない。地下鉄や私鉄にも「近郊路線図」として、JRを含めた路線図を提供しているところがある。そっちも更新しないと!
都営地下鉄の路線図(2018年3月版)より。都営地下鉄以外にも、JRや東京メトロ、各私鉄の路線図が描いてある。
例えば都営地下鉄。高輪ゲートウェイができるのは、都営浅草線の泉岳寺駅のそば。
高輪ゲートウェイと泉岳寺は「乗換駅」となるので、駅名を枠で囲ってひょうたんみたいにつなげないといけない。
泉岳寺駅付近のアップ。単純に「高輪ゲートウェイ」を入れると、そばを走る東京モノレールやりんかい線にぶつかっちゃう。
あれもこれも直さないと……と、駅名が発表されたその日のうちに手持ちの路線図を調べ、「『高輪ゲートウェイ駅』を路線図にどうやって入れるか」というnoteを書いたりした。それはそれはあわあわした。
あれから1年3ヶ月。ついに答え合わせのときが来た。
2020年3月14日、高輪ゲートウェイ駅開業。デザイナーの方々がどんな解決策を生み出したのか見に行こう。
開業初日でごった返す高輪ゲートウェイ駅に来ました。
高輪ゲートウェイ本人を直撃
到着したのは朝の9時ごろ。高輪ゲートウェイ駅は既に多くの人で賑わっていた。
駅名標。「たかなわげーとうぇい」の「うぇい」の子供っぽさ
吹き抜けから電車を見下ろせる、開放感あふれる構内。ホームは木目調の仕上がり。
テラスもある。周りは再開発真っ最中で、まだコンビニすらない。
開業の様子は各種ニュースサイトに任せて、そんなことより路線図である。どこ?どこにある?
あった!JR東日本の東京近郊路線図。
当たり前だけど、ちゃんと高輪ゲートウェイが収まっている!
同タイプの新旧を比較。左が2018年版。右が2020年版。品川-東京間にスペースを増やすため、東京駅がちょっと上に移動し、神田まで影響が出ているのがわかる。新橋の表記が下に移動し、大﨑も左にずれた。
新しい家具を部屋に入れるとき、スペースが足りないからって部屋ごと広くするわけにはいかないだろう。「高輪ゲートウェイ」を路線図に入れるのも同じだ。
周りを片付け、なんとかしてスペースを確保する。新旧を比較するとその苦労が見て取れる。すごい。両手を合わせて拝もう。
ちなみに、冒頭に紹介した「路線ネットワーク」も同じように更新されている(JR東日本公式HP)
JR東日本 東京近郊路線図(路線ネットワーク)2020年版。2019年10月にカラーユニバーサルデザインを導入してリニューアル。車内掲示版では「高輪ゲートウェイ」をシールで隠していたが、満を持してオープンされた。
比較画像。左が2018年版。右が2020年版。駅に掲出されているバージョンと異なり、品川-東京間で「高輪ゲートウェイ」を吸収しているのがわかる(神田が動いていない)
さて、次はきっぷ売り場にある運賃表である。改札を出よう。現状、高輪ゲートウェイ駅に改札はひとつしかない。
明朝体が話題になった改札入口。「もじ鉄」の石川祐基さんに聞いたところ、フォントは「ヒラギノ明朝」とのこと。Macに入ってるやつだ。
朝9時の段階できっぷ購入まで150分待ち!
券売機の上の運賃表を見たいだけなのだが、きっぷ売り場にめちゃめちゃ人が並んでいて近づけない。150分は待てないな……。
……と思っていたら、Suicaのチャージはチャージ専用機からすぐできるとのこと。
まだ残額には余裕があるけど、近づくためにチャージだ。運賃表を見るためだけに1000円を投入する。
チャージ専用機付近から撮った運賃表。全面がモニタになっていて、一定時間ごとに日本語表記と英語表記が切り替わる。これなら運賃改訂時も変更作業がらくちん。
日本語表記になったところをおさえた。山手線を横に押し広げる「高輪ゲートウェイ」!
きっぷ運賃表は駅ごとの「一点もの」だ。高輪ゲートウェイが「当駅」として示されている運賃表は、高輪ゲートウェイ駅にしかない。
つまり、山手線の上に「高輪ゲートウェイ」が横たわっている姿を見られるのはここだけ。このせいで山手線が横長の楕円になり、円の上半分は駅間がゆったりしているなぁ、と趣を感じよう。
さて運賃表が「一点もの」ということは、他のJRの駅にはまた別のデザインの運賃表が掲出されている。
他の駅では「高輪ゲートウェイ」がどう入ってるか見に行こう。
天気が悪くて寒かった。このあと冷たい雨は雪に変わった。
半年前に既に準備ができていたJR
実は、JR各駅に掲出されているきっぷ運賃表は、2019年10月にすっかり変わっている。消費税増税にともなって、運賃を改訂したためだ。
で、2019年10月に変えたばっかりなのに、2020年3月に高輪ゲートウェイ駅を追加するから、とまた全部変えるのは面倒くさい。
というわけで、10月の段階で既に「高輪ゲートウェイ」を入れるスペースがこっそり用意されていた。
消費税増税直後のJR神田駅。品川と田町のあいだに不自然なスペースが空いた。「こりゃここに入るな」と睨んでいた。
こうやってあらかじめスペースを作っておけば、あとから駅名を書いたシールをペタッと貼るだけで作業完了である。
2020年3月14日は「JRの運賃表にシールが貼られる日」でもあったのだ。
高輪ゲートウェイ駅開業後のJR目黒駅。「高輪ゲートウェイ 160」のシールが貼られていた。他の駅名に比べてちょっと字が薄い。
こちらはJR品川駅中央改札のきっぷ売り場。「高」の字がもう少しで上の中央線の駅にくっつきそう。
同じくJR品川駅の北改札きっぷ売り場。中央改札に比べて全体の縦幅が狭いため、中央線の駅名を路線の上に表記して「高輪ゲートウェイ」がぶつかるのを回避している。
JR新橋駅は下に向けて駅名を表記。下に行ったら行ったで、南武線支線の川崎新町にぶつかりそう。それにしても小田栄駅(2016年開業)のシールとクオリティに差があるな。
JRの各駅で「高輪ゲートウェイ」が他とぶつからないように、と心が配られているのがわかるだろう。
それなのに、フォントサイズを小さくしたり、2行に改行したりという小細工はしない。ハードボイルドだ。
ちなみに個人的に一番気になっていたのは池袋。駅構内の天井が低いので、きっぷ運賃表の高さがかなり狭い。いったい、どうなってるんだ?
JR池袋駅。山手線がこんなにぺったんこだけど……
限界ギリギリに入っていた。ここも「高輪ゲートウェイ」だけ上に書く、なんてことはしない。こだわりを感じる。
JRついでにもうひとつ。
JR秋葉原駅にあるインバウンド向け路線図にも高輪ゲートウェイの姿がある。
秋葉原駅構内に掲出されている “JR・Metropolitan Railways System”。JRと地下鉄が全て英語で書かれている。
「TGW」の略称で高輪ゲートウェイが追加されていた。よく見ると、都営浅草線泉岳寺駅と乗り換えられるようになっていない。諦めちゃったのかな。
できたてホヤホヤの路線図をもらう
続いて地下鉄。高輪ゲートウェイから歩いて数分のところにある、都営浅草線の泉岳寺駅はどうか。
泉岳寺は赤穂浪士ゆかりの地。高輪ゲートウェイ駅のフィーバーぶりに比べると、街はすっかり落ち着いていた(路線図に気を取られて街並みの写真を撮るのを忘れた)
泉岳寺駅ホームにある駅名標。左側の路線図に、「高輪ゲートウェイ」の文字は……。
あった! しっかり乗換に対応している(注:この路線図は地下鉄以外の駅を全てひらがなで表記しているので、高輪ゲートウェイだからひらがなになっているわけではありません)
都営浅草線の停車駅案内にも、泉岳寺駅に高輪ゲートウェイの乗換が追記されていた。フォントサイズを小さくしてギリギリ入れてる。
ただ、泉岳寺駅には都営地下鉄全体の路線図が見当たらなかった。あれが一番見たいのに。
どこにあるのかとさまよって、新橋駅まで来てやっと見つけた。
柱にドーンと巻かれていた。高輪ゲートウェイは……
おぉ……! 縦に入っている……!
なんだか息子の合格発表に付き添いできた親の気持ちである。あの子は1年間よくがんばったわね……みたいな感慨深さがある。
ちなみにこの柱をバシャバシャ撮っていたら、近くにいたインフォメーションの駅員さんから「これ新しい路線図なのでどうぞ~」とできたてホヤホヤの路線図をもらった。わーい。
記事執筆時点では、まだ都営地下鉄の公式HPに最新版の路線図がアップされていない。現地に来て良かった!
比較画像。上が2018年版、下が2020年版。高輪ゲートウェイを入れるスペースを作るため、三田と田町の縦横の向きが変わっているのがわかる。さらに3月は、羽田空港周りの駅名も変わるタイミング。京急空港線と東京モノレールも大幅に更新されている。
東京を走るもうひとつの地下鉄網、東京メトロはどうか。
同じ新橋駅で東京メトロ銀座線乗り場まで行ってみる。
東京メトロ銀座線の新橋駅。構内に掲出されている「メトロネットワーク」には……。
まだ高輪ゲートウェイの姿がなかった。泉岳寺のすぐそばに山手線があるので、これも都営地下鉄と同様にシールを貼れば解決しそう。
一方、東京メトロの公式HPでは、高輪ゲートウェイに対応した路線図が配布されている。画像は詳細版路線図の2018年(上)と2020年(下)。最新版は泉岳寺駅がちょっと上に移動。「高輪ゲートウェイ」は、ゆりかもめのループにまでかぶっている。
私鉄はドライ
こうなると私鉄各線も気になる。だが、そもそも近郊路線図がなかったり、あっても品川周辺が含まれていなかったりするので、数は少ない。
山手線周辺を回った限りで変わっていたのは、京浜急行くらいだった。
京浜急行のきっぷ運賃表(品川駅)。都営地下鉄や京成にも乗り入れており、三崎口から成田空港までその範囲は広い。
JRはうっすら描いてあり、高輪ゲートウェイ駅も2行に改行されて入っていた。こちらも泉岳寺駅との乗換は描かれていない
惜しかったのがつくばエクスプレス。
「高輪ゲートウェイ」が命名される前から、近郊路線図に山手線新駅の場所が空けてあったのだけど……。
つくばエクスプレスののりかえ路線図(秋葉原駅)。自社路線以外にも、JR、東京メトロ、都営地下鉄、東武鉄道、関東鉄道もカバーしている。
品川と田町のあいだがこんなに空いていて、何文字の駅が来ても大丈夫な状態。てっきり開業と同時にシールでも貼るのかと思ったら何も無かった。これから対応されると思います。
デザイナーのみなさんお疲れ様でした
路線図の数だけ、それを手がけたデザイナーがいる。「高輪ゲートウェイ」を追加するために、四苦八苦してスペースを確保した方も多いだろう。皆さまお疲れ様でした……!
新しく駅ができたり、駅名が変わったりして、路線図は時と共に形を変えていく。まさに生き物。記録を残しておかないと、以前の路線図は二度と見られなくなる。
……というわけで、路線図を記録した本が出ます。その名も『日本の路線図』(三才ブックス)。
当サイトのライター・西村まさゆきさんと、エッセイストの宮田珠己さんとの共著です。デザインは『もじ鉄』の石川祐基さん。
全国149社の路線図を集めた「路線図図鑑」になっています。ぜひお手元にどうぞ……!
『日本の路線図』(三才ブックス)
また、発売に伴い書店でのイベントも開催します。こちらにもぜひお越しください……!
日時:3月23日(月)19:00~
場所:書泉グランデ(神保町)
出演者:宮田珠己 、西村まさゆき、石川祐基、井上マサキ
詳細は書泉グランデのHPで。