デジタルリマスター 2022年8月19日

コントみたいなスーツ(デジタルリマスター)

やってることとは裏腹に内省的な内容です

「もしも将来お金持ちになったならドリフみたいな家を建てよう。」

子供のころにそう思った。ボタンひとつで滑り台になる階段。たらいが落ちてくるトイレ。屋根のフチに電飾がついてぐるぐるまわる家。

そしてひっぱると袖がとれるスーツ。

難易度を整理すると袖がとれるスーツがいちばん簡単かもしれない。

2006年8月に掲載された記事を、AIにより画像を拡大して加筆修正のうえ再掲載しました。

1971年東京生まれ。デイリーポータルZウェブマスター。主にインターネットと世田谷区で活動。
編著書は「死ぬかと思った」(アスペクト)など。イカの沖漬けが世界一うまい食べものだと思ってる。(動画インタビュー)

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五反田駅前でもめる僕とライター住さん

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住 「事務所でちょっと話しましょうよ」
林 「いや、もう帰ります」
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住 「いいからこっちきてください」
林 「話すことなんてないから」
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住 「その言い方はないでしょう」
林 「ひっぱらないでくださいよ」
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「ビリッ」 住・林 「ああっ」

なんだこのかわいそう感は

僕が持つコント欲を満たすために袖がとれるスーツをつくって五反田駅前で住さんにひっぱってもらったわけだが(別にもめてません)、とれたあとに周りに冷たい空気が流れた。「あーあ」と息を吐くのではなく「…っ!」という息をのむ雰囲気だ。

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あ、そでが…。

ドリフ的な展開なのだが、なんだかかわいそうだ。僕が。

知人から「東京駅の地下ホームのトイレの洗面台でズボンを洗っているサラリーマンがいた」という話を聞いたことがあるが、それぐらいいたたまれない(ああ、この話、いま書いただけで尻の下がぞわぞわしてくる)。

周りで見てた人も果たして夜に家族に話してくれるだろうか。「きょう五反田でスーツの袖がとれちゃった人がいてさあ…」と。かわいそすぎて心にしまったりしてないだろうか。

これじゃいかん、ポップに昇華しきれていない。コントじゃない。

やりなおしだ

住さんも袖をつけるのを手伝ってくれた。袖をとってしまった罪悪感を感じているのかもしれない(とれるようにできてるんだけどね)。

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住 「つきますか…」 林 「だいじょうぶですよ…」

「5分ぐらい撮影手伝ってください。袖引っ張ってくれればいいだけですから」

住さんには直前にいきなりそう電話して出てきてもらったのだが、罪悪感に乗じて再撮の協力をお願いした。

今度は駅前でとることにしよう。派手なところのほうがコントっぽさがでるかもしれないじゃないか。

この日の気温、34度。スーツは暑いが袖が取れた腕はひんやりした。

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猫背の二人が駅前に移動します

 

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住 「落ちついて事務所で話しましょう」
林 「袖とられたら嫌だから帰ります」
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住 「とりませんよ!」
林 「またひっぱってるじゃないですか!」
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ビリ!
住・林 「ああっ」
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「………」「………」

表情が足りないんじゃないか

僕には袖がとれたときのリアクションが足りないのかもしれない。「がびーん」という顔をする必要があるのだと思う。

安田大サーカスの団長だってスーツがふたつに割れたら紙吹雪でふんどしになるだろう。あれは必然だったのだ。物事には理由がある。

「がびーん」もなく、暗い顔でとれた袖をおさえて歩いている僕はまるで「ねじ式」である。

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これじゃ「ねじ式」
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瞬発力はないが

「がびーん」は反射神経的センスなのであきらめるとして(きっぱり)、取れかかった袖で歩く「とほほ」感はできるかもしれない。

たとえるならばランニングはできなくてもウォーキング、油絵はできなくても絵手紙、ナンバーワンじゃなくてオンリーワンだ。

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「いやっはあ、まいっちまったなあ」

こんな人 五反田駅前にどう見てもオンリーワンだが、「とほほ」感を意識して歩いていると、そんなに悲壮感を感じなくなってきた。頭のなかでペーソスのあるメロディが聞こえてくるようだ(羞恥心を麻痺させるように脳内でやばい物質が出ていたのかもしれない)。

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「♪ ひとつひとより力もちー」

通り過ぎた女性にぼそっと

「あ、袖」

と言われた。人間、びっくりすると咄嗟にそのままのことを言ってしまうものなんだな、と思った。

しかしさっきは周りの人が息を飲むような気まずさだったことに比べると「あ、袖」と言ってもらえるのはややコントに近づいた証拠かもしれない。

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「帰っていいすか」

住さんももう仕事に戻らなければならないので撮影はここまでにして、日付をもどして袖がとれるスーツの制作過程を紹介したい。

どかーん、とはじけることができなかったのは作る過程での葛藤をひきずっているのかもしれない。

コントスーツを作るときになにがあったのか、制作過程の話に入ります。

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スーツがかっこいいんだ

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これがコントになる前のスーツです。

葛藤というのは、スーツが新品であったということだ。

6000円ちょっとでスーツを売ってる激安店でスーツを買ってきた。試着したり、自分で裾あげ(裾あげテープで)したりしてるあいだにすっかり愛着がわいてしまった。このスーツかっこいい。もうお前はうちの子だ。

いや、袖を取り外し可能に改造するだけで、普通に着ることもできる。ズボンのウエストを出すようなものだ。そう自分に言いきかせて裏地を見る。

既にほつれていた。

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裏地をひっぱるとプチプチプチと糸が切れた

幸いなことに縫製が適当で裏地が取れはじめていたのだ。縫製が雑で喜ぶなんてもう二度とないだろう、と考えるとこれは貴重な経験じゃないか、そうだそうだ、後ろを振り返らないようにしながら糸を切っていった。

コントとは内面との戦いであるのか。

そしてノウハウ

当初、袖と胴体部分をマジックテープでくっつけたのだが、マジックテープの粘着力が強すぎてきれいにはがれないことがわかった。むりやり引っ張るとマジックテープとスーツを接着している部分がめりめりとはがれてスーツが毛羽立ってしまう。

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マジックテープを貼った後。袖口が壊れかけている。

微妙なバランスが必要である。松竹芸能には袖がとれるスーツを作るノウハウがあるのかもしれない。袖を引っ張る力をNとしたときの袖を固定するマジックテープの粘着力を計算する式を、だ。

なんどか試行錯誤をしているあいだに、両面テープぐらいのゆるい粘着力が適当であることがわかった。

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袖口を縫って両面テープで固定した

みなさんもコントスーツを作るときに参考にしていただければ幸いである。

このような過程(夜なべ)を経て前ページのコントスーツが完成したのである。

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完成。袖がとれます

僕がスーツを着てたら気軽に袖を引っ張ってくれ

コントの奥深さと計算を感じた試みであったが、せっかくなのでこの改造スーツをふだん使いしてみたいと思う。コントのある生活なんて素敵じゃないか。身の回りの理不尽さに怒るよりも、さらに理不尽な笑いで応えてゆくのだ。

トカゲがしっぽ切ってピンチを脱するように、僕も袖を外して急場をしのごう。大やけどする可能性もあるけどな。

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あたまちょい悪おやじ
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