僕がスーツを着てたら気軽に袖を引っ張ってくれ
コントの奥深さと計算を感じた試みであったが、せっかくなのでこの改造スーツをふだん使いしてみたいと思う。コントのある生活なんて素敵じゃないか。身の回りの理不尽さに怒るよりも、さらに理不尽な笑いで応えてゆくのだ。
トカゲがしっぽ切ってピンチを脱するように、僕も袖を外して急場をしのごう。大やけどする可能性もあるけどな。
「もしも将来お金持ちになったならドリフみたいな家を建てよう。」
子供のころにそう思った。ボタンひとつで滑り台になる階段。たらいが落ちてくるトイレ。屋根のフチに電飾がついてぐるぐるまわる家。
そしてひっぱると袖がとれるスーツ。
難易度を整理すると袖がとれるスーツがいちばん簡単かもしれない。
※2006年8月に掲載された記事を、AIにより画像を拡大して加筆修正のうえ再掲載しました。
僕が持つコント欲を満たすために袖がとれるスーツをつくって五反田駅前で住さんにひっぱってもらったわけだが(別にもめてません)、とれたあとに周りに冷たい空気が流れた。「あーあ」と息を吐くのではなく「…っ!」という息をのむ雰囲気だ。
ドリフ的な展開なのだが、なんだかかわいそうだ。僕が。
知人から「東京駅の地下ホームのトイレの洗面台でズボンを洗っているサラリーマンがいた」という話を聞いたことがあるが、それぐらいいたたまれない(ああ、この話、いま書いただけで尻の下がぞわぞわしてくる)。
周りで見てた人も果たして夜に家族に話してくれるだろうか。「きょう五反田でスーツの袖がとれちゃった人がいてさあ…」と。かわいそすぎて心にしまったりしてないだろうか。
これじゃいかん、ポップに昇華しきれていない。コントじゃない。
住さんも袖をつけるのを手伝ってくれた。袖をとってしまった罪悪感を感じているのかもしれない(とれるようにできてるんだけどね)。
「5分ぐらい撮影手伝ってください。袖引っ張ってくれればいいだけですから」
住さんには直前にいきなりそう電話して出てきてもらったのだが、罪悪感に乗じて再撮の協力をお願いした。
今度は駅前でとることにしよう。派手なところのほうがコントっぽさがでるかもしれないじゃないか。
この日の気温、34度。スーツは暑いが袖が取れた腕はひんやりした。
僕には袖がとれたときのリアクションが足りないのかもしれない。「がびーん」という顔をする必要があるのだと思う。
安田大サーカスの団長だってスーツがふたつに割れたら紙吹雪でふんどしになるだろう。あれは必然だったのだ。物事には理由がある。
「がびーん」もなく、暗い顔でとれた袖をおさえて歩いている僕はまるで「ねじ式」である。
「がびーん」は反射神経的センスなのであきらめるとして(きっぱり)、取れかかった袖で歩く「とほほ」感はできるかもしれない。
たとえるならばランニングはできなくてもウォーキング、油絵はできなくても絵手紙、ナンバーワンじゃなくてオンリーワンだ。
こんな人 五反田駅前にどう見てもオンリーワンだが、「とほほ」感を意識して歩いていると、そんなに悲壮感を感じなくなってきた。頭のなかでペーソスのあるメロディが聞こえてくるようだ(羞恥心を麻痺させるように脳内でやばい物質が出ていたのかもしれない)。
通り過ぎた女性にぼそっと
「あ、袖」
と言われた。人間、びっくりすると咄嗟にそのままのことを言ってしまうものなんだな、と思った。
しかしさっきは周りの人が息を飲むような気まずさだったことに比べると「あ、袖」と言ってもらえるのはややコントに近づいた証拠かもしれない。
住さんももう仕事に戻らなければならないので撮影はここまでにして、日付をもどして袖がとれるスーツの制作過程を紹介したい。
どかーん、とはじけることができなかったのは作る過程での葛藤をひきずっているのかもしれない。
コントスーツを作るときになにがあったのか、制作過程の話に入ります。
葛藤というのは、スーツが新品であったということだ。
6000円ちょっとでスーツを売ってる激安店でスーツを買ってきた。試着したり、自分で裾あげ(裾あげテープで)したりしてるあいだにすっかり愛着がわいてしまった。このスーツかっこいい。もうお前はうちの子だ。
いや、袖を取り外し可能に改造するだけで、普通に着ることもできる。ズボンのウエストを出すようなものだ。そう自分に言いきかせて裏地を見る。
既にほつれていた。
幸いなことに縫製が適当で裏地が取れはじめていたのだ。縫製が雑で喜ぶなんてもう二度とないだろう、と考えるとこれは貴重な経験じゃないか、そうだそうだ、後ろを振り返らないようにしながら糸を切っていった。
コントとは内面との戦いであるのか。
当初、袖と胴体部分をマジックテープでくっつけたのだが、マジックテープの粘着力が強すぎてきれいにはがれないことがわかった。むりやり引っ張るとマジックテープとスーツを接着している部分がめりめりとはがれてスーツが毛羽立ってしまう。
微妙なバランスが必要である。松竹芸能には袖がとれるスーツを作るノウハウがあるのかもしれない。袖を引っ張る力をNとしたときの袖を固定するマジックテープの粘着力を計算する式を、だ。
なんどか試行錯誤をしているあいだに、両面テープぐらいのゆるい粘着力が適当であることがわかった。
みなさんもコントスーツを作るときに参考にしていただければ幸いである。
このような過程(夜なべ)を経て前ページのコントスーツが完成したのである。
コントの奥深さと計算を感じた試みであったが、せっかくなのでこの改造スーツをふだん使いしてみたいと思う。コントのある生活なんて素敵じゃないか。身の回りの理不尽さに怒るよりも、さらに理不尽な笑いで応えてゆくのだ。
トカゲがしっぽ切ってピンチを脱するように、僕も袖を外して急場をしのごう。大やけどする可能性もあるけどな。
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