富山ルートで立山へ
映画「シャイニング」の前半に、「CLOSING DAY」という章がある。ホテルが閉鎖される日のエピソードである。閉鎖期間の管理を請け負ったジャック一家が支配人にホテル内部を案内され、「午後にはここがホテルかと疑うほど閑散とする」と言われる。あの感じがたまらないのだ。そして11月29日が、ホテル立山のCLOSING DAYである。いつもより厚着をして家を出た。
東京からホテル立山までのルートには、長野県側から入るルートと富山県側から入るルートがある。特に理由はないが、僕は富山ルートで入ることにした。新幹線で越後湯沢まで行き、ほくほく線で魚津へ。魚津から富山地方鉄道に乗り換えて立山で降り、立山からは立山黒部アルペンルートでホテルのある室堂駅を目指す。
東京を出発してから約3時間後、僕は新魚津の駅で大きな不安に駆られていた。

駅員さんに立山までの行き方を確認したところ、「これから立山に?」と不思議そうな顔で聞かれた。11月30日で立山黒部アルペンルートが閉鎖されるため、その前日に立山に入るような人は珍しいのかもしれない。
駅員さんはどこかに電話をかけ始めた。

どうやら立山黒部アルペンルートの運行状況を問い合わせてくれているらしい。メモを取りながら頷いている。
「どうでした?」
と、電話を切った駅員さんに聞くと、これから来る電車で立山に向かえばギリギリ間に合うとのこと。立山発のケーブルカーは15時50分が最終で、その最終に乗ろうとしているのは僕1人だけだと言っている。
「本当に、今から行くのか?」
駅員さんに念を押されて、更に不安になった。ホテルの従業員もほとんど下山してるだろうし、お客もいないのでは、と心配してくれている。
客が僕1人だったらどうしよう?
今回の旅の目的は、「シャイニング」的なロケーションを楽しむことにある。肝試し的な旅ではない。
出来ることならこの駅員さんも一緒に連れて行きたい。
本気でそう思った。




もちろん、駅員さんと一緒に立山に向かうことは出来ないので、1人で向かった。この日は重苦しい曇天で、車窓を流れる景色を見ているとどんどん淋しくなってくる。




岩峅寺駅で停車中、トイレに行った。駅員さんにトイレの場所を聞くと丁寧に教えてくれて「終わるまで待ってますから、ゆっくりどうぞ」と言ってくれた。新魚津といい岩峅寺といい、駅員さんが本当に親切である。

15時40分、ようやく立山駅に到着した。ちょうど下山して来たひとたちとすれ違ったのだが、みんなスキーの恰好をしている。僕みたいにデジカメを持ってウロウロしているような人は1人もいない。
そうか、みんなスキーを滑りに来るのか。
「シャイニング」っぽい、なんて理由でホテル立山に泊る人なんていないのだ。新魚津の駅員さんが不思議そうに僕を見ていた理由がやっと分かった。

