いい買い物をした
商店街の福引きというものをマンガやアニメの中でしか見たことがない。長机にガラガラ回すやつがあって、ハッピを着たおじさんが鐘を持っていて、後ろに紅白幕と景品が並んだひな壇がある、あれである。
あれは実は、我々の想像力が作り上げた架空のイメージなのではないだろうか。
商店街を4つ回ってリアルな「商店街の福引き」を確かめてきた。
(これは、商店街の福引きを見たことがない筆者が初めての商店街の福引きに臨む記事です。商店街の福引きをよく知る方は何を興奮しているのだと不思議に思われるかもしれませんが、そういう場合は各自頭の中で、聞いたことはあるけど見たことはない何か別のものに置き換えてご覧ください。)
娘と子ども向けの番組を見ていたら、「おーい!人気歌手のコンサートのチケットが、商店街の福引きで当たったよー!」「わーすごーい!行こう行こう!」というようなやりとりがあった。
物語の中では、突然舞い込んでくる幸運の象徴みたいに商店街の福引きを使うことがある。商店街の福引きなら都合の良すぎる幸運でも疑問を持たずに受け入れられるのだ。
サザエさんやちびまる子ちゃんのような、マンガの中の庶民的な家庭を思い浮かべてほしい。
お母さんが笑顔で玄関を開ける。そこで「コンサートのチケット、拾ったよー!」だと交番に届けなさいとなるし、「もらったよー!」だと誰に?大丈夫なのそれ?となるだろう。
でも「商店街の福引きで当たったよー!」なら間髪入れずに「やったー!」と言うんじゃないか。カツオやまる子が。この異様なリアクションの早さ、テンポの良さ。反応がリアルじゃないのだ。この辺から、商店街の福引きにフィクションっぽさを感じていた。
この「幸運を突然もたらす装置」のように使われる商店街の福引き、具体的なイメージはどのようになっているだろうか。
これがかなり詳細に浮かんでくる。メジャーなマンガにも出てきたはずだとTwitterで質問したら「こち亀」にあるという情報をいただいた。
ガラガラ回すやつ、紅白幕、カランカランなる鐘、ハッピを着た商店街の人。これしかない、というくらいそれぞれの要素がバチっとはまっている。不思議だ。他のマンガを見てもこんな感じになっているんじゃないかと思う。
次に景品だが、1等はハワイ旅行だろう。自分でもなぜこんなに胸を張って言えるのか分からないが、1等はハワイ旅行だ。2等からは、いいお肉や最新の家電、テレビや折り畳み自転車などが並ぶ。最下位はポケットティッシュだ。何ももらえないパターンもあるだろう。
このようにかなり詳細に思い浮かぶのだが実物を見たことはない。こんなに詳細に思い浮かぶのにだ。
勇気を持って口に出してみよう。
こんなの、実はないんじゃないか。
ないのだ。実はこんなの。マンガやアニメがあまりにも当たり前みたいに描写するから、見たことがない僕たちも「そういうものなのかな」と受け入れてしまっているのだ。そして色んな作品で「そういうものなのかな」を繰り返した結果、細部まで見事に創作された「商店街の福引き像」ができあがり、我々の脳内に鎮座している。
そしてイメージだけの「商店街の福引き像」を持つ人がまた、漫画やアニメや小説に商店街の福引きを描写する。それを別の人が見てまた「そういうものなのかな」と思う。この繰り返しである。今、僕の頭の中にある商店街の福引きのイメージは、先人たちの「そういうものなのかな」による集大成、「そういうものなのかな」で作った元気玉なのだ。
説明が長くなってしまったが、以上が、僕が「商店街の福引き実在しない説」を唱える理由である。福引きイベントの有無ではない。今まで説明した、見たことないのに頭の中にくっきりイメージできる、あの「商店街の福引き」の有無だ。
確かめてみよう。
福引きイベントをやってる商店街を4カ所、回ってきました。
商店街の福引き情報を知りたければツイッターで検索するといい。今回のことで学んだ。検索エンジンでウェブページを探すと、古い情報がたくさん出てきて捗らないのだ。
ハンバーグや揚げ物が山積みにされたお惣菜屋さんなどもあった。アド街ック天国に何回も取り上げられてそう。
福引きイベントが12時からなので、それまで天丼を食べながら時間をつぶす。こんなに今か今かと福引きイベントを待つ人っているのだろうか。僕の頭の中にはいる。キャップを反対にかぶった刈り上げの少年である。友達2人と、母親からもらった福引券を握りしめて準備中の福引き所に並んでいるのだ。
そういう少年がいたらイメージの中の福引きにも説得力が出てくるのだが、実際には見かけなかった。天丼を食べ終わって福引き所へ向かう。さあ、どうだろうか。
見つけた瞬間胸がギュッとなった。
こういうのか…!ああ、こういうのか!けっこう想像通りだ…!でもちょっと違う!ちょっと違うぞ!
芸能人を街で見ると想像と現実がグワッと混ざるような瞬間があるが、それが少しだけ起きた。
あと景品はプレミアム賞がお買い物券3万円分またはニンテンドースイッチ、そこから下はお買い物券や商店街のスタンプカードのスタンプだった。商店街の方々の相談で結局金券が一番うれしいんじゃないか、という話になったのだろう。分かる。会社の忘年会の景品とか考えると一度は絶対話に上がる。
何はともあれ握りしめていた福引券をおばちゃんに渡して三角くじを引いた。「男の人はよく当たるのよー」「欲がないからかしらねー」とか言われたけどしっかり当たらなかった。欲が出てしまった。
違うところもあったが、おばちゃんのフレンドリーな雰囲気はかなり想像していた商店街の福引きだった。次の商店街に行ってみよう。
次は蒲田にある日の出銀座商店街。
時間の関係で福引き所だけ見せてもらう。ここのおっちゃんもフレンドリーで快く写真を撮らせてくれた。ありがとうございます。
そうなのだ。福引きイベントの最終日だったので後ろの棚にあった景品がなくなってしまっていたのだ。空いたスペースに荷物も置いて、かなり撤収ムードだった。
でも紅白の幕で景品が飾ってあってガラガラがある。きっと景品があったらイメージとほぼ一致していただろう。いつもテレビで見ている芸能人に会えた、と思ったらその弟だった、ぐらいの惜しさだ。でもこれは僕が悪い。もっと早く来ていれば本人だったのかもしれないのだ。
「商店街の福引き」は本当にあった!もっと早くきていれば!と、興奮と後悔が混じった気持ちでおっちゃんにお礼を言って事務所をあとにした。
商店街の福引きって実在するのだ。実在するんだな…!
次は森下商店街。
ここも申し訳ないのだが、福引き所だけ見せてもらった。
おお…!チケット売り場みたいな福引き所だ。ここでやっと気がついたのだが、この時期の福引イベントは屋内でやったほうがいい。寒いからだ。僕たちの頭の中にある、露店スタイルの福引き所は夏仕様だったのかもしれない。
見ていたら当たりが出て鐘が鳴った! で、建物からおばちゃんが出てきてホワイトボードに何かを書いた。
ちなみに景品だが、特賞が大相撲初場所のペア券、そこから下はいいお肉やカニ、ビール、お寿司などが並んでいた。いいラインナップだなと思った。ワクワクする。
最後に行ったのは高円寺の純情商店街。
ここでは福引きをやりたいと思い、買うものを探す。
いい買い物をした。ちょうど今使ってるやつが焦げ付くようになってきたので買い換えようかという話をしていたところだったのだ。お店のおっちゃんも、欲しいフライパンに合うフタを探してくれたりして優しかった。ホクホクで福引き所へ向かう。
中に入った瞬間、フィクションの世界がドドっとなだれ込んできたようだった。
紅白幕、景品がぎっしり並んだ長机、そして後ろに自転車やテレビが並んだひな壇がある。コントのセットみたいだが、この姿で実際に運営されているのだ。すごい、やっと芸能人に会えた、という感じがした。
唯一想像と違ったのは三角くじだった点だ。でもここまで完璧だったらそこは大した違いではない感じがした。芸能人でいうと、普段と違うメガネをかけてる、とかそのぐらいの差だ。
アワアワしながら街の方々の列に並んで三角くじを引いた。
くじを引いた後、写真の許可をお願いするとこちらも快くOKをもらい、商店街の方に少しお話を聞けた。
ーー福引き所の装飾って昔からこの感じなんですか?
うーん、そうですね。昔からこうですね。
ーー景品ってどういう風に決めるんですか?
定番のものがあるんですけど、年によって少しずつ変えてますね。今年でいうと話題になったハズキルーペを入れたりとか。あとうちはファミリー層が多いのでそういう家庭に喜ばれる掃除機とか調理家電とか。
そうか、ハワイ旅行とか当たっても家庭によってはそんな時間がとれなかったりして現実的ではないんだろうな、と妙に納得した。
あと6等が充実するように色々考えてて。ティッシュでもポケットティッシュじゃなくてボックスのとか。
ーーそうですね、これ嬉しいと思います。
あとお子さんには、こういうおもしろい消しゴムが人気ですね。
話を聞きながら内心、僕も6等だったのでこれをもらえばよかったーと後悔していた。
というわけで、僕たちが想像していたあの「商店街の福引き」は実在した。福引き所の皆さんはキョトンとしていたが、僕にとってはツチノコが実在した、というニュースと同種の興奮を商店街の事務所で味わっていた。
マンガやアニメでしか見たことのなかった、あの「商店街の福引き」は実在しました。この、人を選ぶニュースで記事を終わります。「商店街の福引き」は実在しました!
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