秘密兵器登場
当然のことであるが、池の中を撮影するということはカメラを水に入れなければならない。 しかし、防水機能を持たない通常のカメラでは、水に入れたら壊れてしまう。 そこで登場するのがこれだ。
これは、いわゆる防水プロテクタのようなものである。 ダイビングなどのマリンスポーツで、わりと一般的に使用されているものだ。 今年の正月、某電器屋で購入した1万円ぐらいの福袋に、デジカメとともに入っていた。 これにデジカメを納めて池の中に沈め、水中の写真を撮ってみたいと思う。
やってきたのは上野公園
私はまず上野公園へと向かった。 公園といえば上野公園、上野公園といえば不忍池だ。 休日の上野公園は人が多く、やや落ち着けない嫌いはあるものの、 そこは東京を代表とする公園、ぜひとも押さえておきたい。
意気揚々と上野公園へ向かった私であったが、 そこで思わぬ事実を知ることになる。
なんということだろう。 この池には、ワニガメやカミツキガメが生息しているかもしれないというのだ。 これらのカメは、人に噛み付くことで悪名高い外来生物。 誰だそんな危険な生物を、こんなところに離したヤツは。
最初の予定では、素手でカメラを池の中に突っ込み、シャッターを切るつもりであった。 しかし、ヘタに池の中に手を入れてカメに噛まれたらたまらない。
とりあえず、池の中に手を入れなくてすむよう、 カメラのストラップを長くしてみることにした。 釣りのようにカメラを池に吊るし入れ、 タイマーで水の中を撮影しようという寸法だ。
これならば、直接池の中に手を入れることもない。 カミツキガメに噛み付かれる心配も無い。 さらに念には念を入れ、軍手も用意した。 準備は万端。さぁ、いよいよ撮影開始だ。
どこまでも、グリーンな世界
不忍池の周囲は柵で囲われており、淵に近づくことはできない。 池へ入る方法はただ一つ、ボートのみ。
私はボート乗り場へ赴き、手漕ぎボートを借りて水上へ出た。
事前に考えていた手はず通り、 ボートから池の中へカメラを投げ入れる。 カメラはドボンと音を立て、池の中へ潜っていった。
すばらしい……すばらしいまでに緑色。 まるで抹茶や青汁のような、濃い緑。 深さや日当たりの違いによって濃度に多少の差異はあるものの、池の中は総じて緑色。 どこを見ても緑色。
そこには、生き物の姿などまったくない。 あれほど恐れていた、ワニガメの姿もいない。カミツキガメもいない。 ただのカメすらいりゃしない。本当、何もない。
グリーンダヨ!イインダヨ!……いや、ダメだろう。
撮影前は、テキトウに撮っても何か写ってくれるだろう、などと気楽に思っていたのだが、 どうやらそう簡単にコトは運んでくれないらしい。
新たな池を求め、井の頭公園へ
不忍池ではいくら粘っても緑一色以外の写真が撮れず、 とりあえず私は河岸を変えることにした。 次に訪れたのは、三鷹は吉祥寺、井の頭公園。
あからさまに濁ってる池の水に少々不安を覚えながらも、 とりあえずカメラを池の中へ沈め、シャッターを切る。
……いやはや。
水の色を見たときからある程度予想は付いていたものの、 やはりここでも何かを撮影するのはムリだった。 不忍池は緑だったがここは茶色。まるで具の無いミソ汁だ。
正直、ここまで池の中というものが不透明であるとは思わなかった。 私が想像していたのはもっとこう、植物がもさもさ生えていたり、 魚とかがうろうろしていたりするような、 ネイチャー番組で見られるような水中の光景だったのに。 まさか、空き缶一つ写ってくれないとは……
何かを撮るのはムリなのか
失意のまま、最後に訪れたのは大田区の洗足池。 三度目の正直、ここでもダメなら男らしくきっぱり諦めるとしよう。
今度こそ、何か写ってくれていますように。 祈りながらカメラを引き上げ、恐る恐る液晶画面をのぞいてみると……
何か写った!
今度は白ミソ仕立てか……とまたも落胆しかけたその時、 一枚の写真になにかの影が見て取れた。
それは、厚ぼったいセクシーな唇につぶらな瞳、 ちょこんと飛び出たヒゲがチャーミングなシルエット……コイだ! コイが写った!
私は無我夢中でシャッターを切る。 カメラの向きを変え、深さを変え、ただひたすらに写真を撮る。
すごい!やっぱりコイだ!コイ君だ!
正直、もうほとんど諦めかけていた。それゆえ、まさに感無量。 興奮するなと言う方がムリな話だろう。 いやはや、不忍池で打ち切らず、洗足池にまで足を運んで本当に良かった。
しかし、なぜここになって急にコイが撮影できるようになったのだろうか。 撮影を開始した直後はコイの姿など全く見えていなかったのに。 まさか、私の熱心な思いが通じ、コイ自ら私の元へ集まってきてくれたのか?
そんなことを思いながら、ふと顔を上げてみると……
とりあえず、撮れた
とりあえず池の中を撮影することはできた。 しかし、総じて透明度は悪く、何かが写るほうがまれな状態である。
そもそも、濁っているということは栄養が豊富な池だということだ。 逆に、透明な池というのは栄養が少ないということである。 ある程度濁っている方が、池の状態としては良好なのかもしれない。
まぁ、とにかく、今回の撮影にて分かったことは、 池の中は想像以上に濁っているという事実と、 コイというのは待っているだけではやってこない、 エサを撒き、策を弄することでようやく寄ってくる、という人生の摂理であった。