買ってしまった
総火造りの裁ち鋏、見ていたらどうしても欲しくなってしまい、できたてホヤホヤのその鋏を購入した。
ニヤニヤしながら持って帰ってその笑えるほどの切れ味とシャキンシャキンという音を楽しんだのだが、私が裁ち鋏を持っていても、裁縫はしないので宝の持ち腐れである。釣りで使う訳にもいかないし。
使ってこその道具ということで、実家に帰ったときに裁縫が趣味の母親に渡してきた。誕生日と母の日とクリスマスとその他諸々10年分のプレゼントだと言い張って。
さてあとはネジを締めればおしまいかと思ったら全然違った。形こそ鋏にはなったものの、まだ刃に焼きが入っていないのだった。
荒木田という田んぼや川の底に溜まる粒子の細かい土で刃を泥パックして、真っ赤になるまでコークスの火で熱する。
アツアツに熱せられた鋏のパーツを水に入れる。ジューという音がして、なんだか急にお腹が空いてきた。この水で急激に冷やすやり方こそ、日本の鍛冶技術の賜だ。
この焼きを入れるという作業、刃物の強度を出すためには必要なのだが、鋼は伸びて、軟鉄は縮むため、思いっきり反ってしまう。
しかし北島さんの中ではこれも計算のうちで、刃がどれくらい反れるかを考えた上で形を作っておき、北島さんの言葉を借りれば、「鉄が曲がりたい方に曲がらせてあげる」のだ。
とはいっても多少の狂いはどうしてもでるので、それはどうするかというと、叩いて直す。
鉄は熱すれば狂うし、冷やしても狂う。砥石との摩擦熱でも狂ってしまう。
少しずつ少しずつ、狂った分だけハンマーで叩いて直していく。なんだかハンマーを振るい続ける北島さんが柳生博に見えてきた。
ガンガン叩いて反りを微調整して、ようやく刃を研ぐ段階へとやってきたのは午後3時。朝9時からスタートして、お昼を挟んで気が付けばおやつの時間である。
研ぐ時に長く砥石にあてていると、刃が熱を持ってしまってまた刃が狂ってしまうため、すばやくサッとおこなう。
何度も書いているが、鋏の刃は微妙にカーブをしているので、この研ぐ作業もまた覚えるのに数年かかる作業なのだ。ウナギを捌くのよりも大変そうである。
機械での研ぎが終わったら、鉄の棒に巻いた紙ヤスリでピカピカに仕上げ、その上で「あんまりピカピカだとつまらないから」という理由で刃に硝酸を塗って曇らせる。今考えるとこの理由はもしかしたら冗談だったかもしれない。
そしてさらにドラマとかでたまにみる日本刀にポンポンする打ち粉という白い粉をつけて、鋼の棒でゴリゴリとやって磨いていく。こんな磨き方なんてはじめて見た。手間のかけ方が私の知っている鋏の域を大きく超えている。
ここまで手をかけて、ようやく研ぎと磨きが終了。ここから先、刃を触ると「錆びるだろ!」と怒られる。そう、怒られた。
最後の仕上げということで、きれいに磨いた鋏に刻印を打ち込む。朝から作業をずーっと見ていて、これだけは私でもできるなと一瞬思ったが、私がやったら上下逆に打って台無しにするな。
打ち込んだ「総火造」は製法、「東鉄」は東京の鉄刃物、そして「平三郎作」は北島さんが26才の時に亡くなった父親の名前である。平三郎作という名前ではなくて、平三郎さんの作という意味。
自分の名前じゃないんですねと聞いてみると、「俺の名前はいいやあ」といって、最後のパーツであるネジを止めた。
北島さんが一日かけてつくったこの鋏、販売している刃物フルカワさんでのお値段は約3万円。なにも知らないで鋏だけの値段として聞けば高いと思う値段だが、つくる工程を見ればその値段が安すぎると思える一挺だ。
「刀とかと違って、鋏はあくまで道具だから、このくらいの値段でいいんだ。これが高いって思う人は買わなくていいし、その値段でも欲しいっていう人には、ありがとうって作るんだよ。」
その言葉には、何十年もの間積み重ねた自分の技術に対するプライドがはっきりと感じられた。
北島さんが最後の伝承者となってしまうのは部外者ながらとても寂しくもったいない気もするが、一人前になるには、センスがある人でも10年かかるという鋏造り。
「鋏作りをやめていったやつの方が儲かっているから、息子にも勧めなかったし、弟子も取っていない。俺がはじめたときとは時代が違うから。」という北島さんの言葉に、なにも返せなかった。
総火造りの裁ち鋏、見ていたらどうしても欲しくなってしまい、できたてホヤホヤのその鋏を購入した。
ニヤニヤしながら持って帰ってその笑えるほどの切れ味とシャキンシャキンという音を楽しんだのだが、私が裁ち鋏を持っていても、裁縫はしないので宝の持ち腐れである。釣りで使う訳にもいかないし。
使ってこその道具ということで、実家に帰ったときに裁縫が趣味の母親に渡してきた。誕生日と母の日とクリスマスとその他諸々10年分のプレゼントだと言い張って。
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